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11 ゴミ箱のケーキは
しおりを挟む〈宇佐美視点〉
「なあ。早く風呂入りたいのに受付でめっちゃ足止め喰らったんだが! 何か知らないか?」
部屋に入るとアルがへたり込んでいた。倒れたゴミ箱の横で。
「アル?」
近くでしゃがむも反応はない。いつも真っ先に飛びついてくるのに。
「……アル?」
屈んで肩を揺するも瞬き一つしなかった。まるで俺の存在に気づいていないようだ。
「?」
倒れているゴミ箱を戻すと妙に重く、なかに不釣り合いなものが埋まっていた。ケーキだ。え? ケーキ?
一目でわかる。ゴミにまみれて、輝く真っ赤な苺がふんだんに散らばっていた。ゴミ袋にへばりついた生クリーム。形の崩れたホールケーキ。
(もしかしてこいつ、買ってきたケーキをゴミ箱に落としちまったのか?)
それは凹むな。それはそれとして……
我慢できなかった。マッハで腕を伸ばす。
ケーキを鷲掴みにすると口に押し込んだ。
「……っ、うめぇえええええ‼」
あ、甘い。甘い。甘い。
「え?」
「う、うまあああ! めちゃくちゃ甘いぞこれ。あ、甘い‼ 市販のケーキって甘さ控えめになっていってるのに、これ……どこのケーキだよ。甘いッ」
両腕を突っ込んで頬張る。
「脳天痺れるほど甘いのに、苺がジューシーで合いすぎる‼ う、うまあああコレぇえ。止まんねぇ」
「う、うさみ、さ……」
食べられる天国はものの一分でなくなった。昼飯食い損ねていたとはいえ、あっという間過ぎる。
「もうなくなっちまった‼ 嘘だろ」
信じたくなくてゴミ箱に頭を突っ込む。なんか引っ張られるなと思えば、アルだった。
「う、宇佐美さ。たべ、食べた、ですか?」
「え?」
アルの瞳に涙が溜まってく。ここでようやく俺は我に返った。
――……あ。やっべ‼ 俺一人で食っちまった。アルも食べたかったんじゃないか⁉
ゴミ箱から手を離すと、しがみついてくるアルの背中を撫でた。アルの背中に見事に生クリームが付着する。うぐっ。
「あ、ああ……。ご、ごめん! 美味くて止まらなくてさ……。アルも食べたかったよな? すまん。言ってなかったけど、俺、甘いものを前にすると止まらなくて」
「うう、ううっ、うえ、ええええ」
「ごめんってえええ‼ あ、あ、そうだ! まだ店開いてるだろうし。俺が買ってきてやるよ。何が良い? 苺か?」
ポッケから財布を出すと、アルがぐしゃぐしゃの顔を上げた。
「ご、ゴミまみれだったのに……。ひぐっ、おなが、ごわしますよ……」
「エラーに来る前は生ごみ漁ってたし、ヘーキヘーキ」
「……っ、げーぎ、おいしかっ、ですか?」
「うん。人気の甘さ控えめを嘲笑うようなケーキだった。一生あれ食べたい。あれを枕にして寝る。あれと結婚する」
急にアルが叫んだ。
「だめですうううううう‼」
「わっ、なんだよ。あ、チョコか? チョコケーキが良いのか? 買ってきてやるって! 放して?」
俺の首に腕を回して、アルはわんわん泣いた。わけが分からん俺はつい、いつものように助けを呼ぶ。
「シェルーーーっ! ちょ、こっち来てくれ! どうすりゃいいんだ俺は‼」
〈アル視点〉
律儀にシェルさんは来てくれた。
悪鬼も逃げ出すオーラを纏って。
「「……」」
僕と宇佐美さんから表情が抜け落ちる。こんなに怒り狂っている彼は初めてだ。どんなに忙しくても僕の顔を見ると笑ってくれるシェルさんが。
恐る恐る目線を下げると、シェルさんは髪の毛のような物を掴んでいた。怖かったけど勇気を出して更に視線を下ろすと、顔を二倍に腫らした(多分)輪切りさん。彼を文字通り引きずって。髪を掴んだまま部屋に入ってくる。
僕と宇佐美さんは無意識で抱き合っていた。べ、別に怖いとかじゃなくて……いや怖……。は、迫力があっただけです。
「話は聞いたよ。血染め。アル君」
「……」
どういうわけか宇佐美さんが正座した。
「話って……?」
シェルさんはぐいっと輪切りさん(だったもの)を持ち上げる。
「この馬鹿。アル君が作ったケーキを、ゴミ箱に捨てたんだってね?」
「へ?」
宇佐美さんが首を傾げている。
「楽しげに語ってたよ。ケーキを捨ててやったぜって」
僕は無意識に宇佐美さんの制服をきつく握った。
え? この部屋での出来事をシェルさんに話したってこと……? 誕生日とケーキなんてイコールってくらいセットなのに? シェルさんに、聞かせた?
「俺に説教しに来たわけじゃないのね」と、宇佐美さんが正座を崩して片膝を立てて座り直す。
「ケーキって。さっきのゴミ箱のやつか?」
宇佐美さんが目を向けてくる。僕はドキンッとした。
「は、はい。あの、さっきのケーキは。僕が作ったもので」
「……ごめん」
宇佐美さんがかつてないほど青ざめている。違うんです!
「あ、あれは! 感謝の気持ちで。宇佐美さんのために作ったんです!」
「……俺、のため?」
ぱちくちと瞬きを繰り返す宇佐美さん。
シェルさんは輪切りさんを廊下に捨てると、邪魔にならないように部屋の隅で座り込む。あ、あの。もっとこっちきてくださっても……
僕が口を開く前に手を振られる。「いいから先に宇佐美と話をしろ」と。どこか疲れた顔で。やはり地雷を踏まれた疲労があるのだろう。
宇佐美さんに向き直る。
「僕、貴方に助けられて、居場所までもらったのに。疲れている宇佐美さんに何もできないことが悲しかったんです。……何かしたくて。考えて」
「……」
口の周りを袖で拭おうとした彼を制し、ハンカチを取り出して宇佐美さんの口元を拭う。
「っ」
目を見開く彼に僕は……どばっと汗が出た。
――あああああなんて大胆なことををををを僕は!
先ほどの悲しみを焦がす勢いで体温が上昇する。真夏かってくらい熱い。わずかに頬を染め、目を泳がせている宇佐美さんが、可愛い……。もっと、見ていたいような。
ギクシャクしながらもなんとか腕を引っ込めた。
「ぼ、僕。宇佐美さんの役に立ちたくて……」
もう自分で何を言っているのか。ぐるぐると目が回る。
「ふ、ふーん?」
宇佐美さんも気まずそうに耳の裏を掻く。
「お前はもう十分俺を、助けてくれてるけどな。お前が、俺に懐いてくれたから、職員たちが四倍くらい話しかけてくるようになって。……すっげぇ、仕事しやすくなった」
「宇佐美さん」
「……ありがとな。お前の気持ちは嬉しいけど、そんな気を遣わなくていいから。俺、どうすりゃいいのかわからんくて……。人に、こういうことされっと」
照れた顔を隠すようにそっぽを向き、手の甲を口元に当てている。
愛しくて、可愛くて。
僕は、想いを伝えたかった。
でも未成年の僕が言っても、彼を困らせるだけだと分かっている。
「貯金がいっぱいになるたびに、ケーキ作りますからね!」
むんっと胸を張る。
「いいって! 金貯めとけ。またのんきに暮らせる日本に、俺たちが戻してやるから。金は置いとけ」
「使ってなんぼですよ」
「口ごたえするようになりやがって」
ぱちぱちと手を叩く音。シェルさんが笑ってくれていた。
僕たちは彼に駆け寄る。
「大丈夫か? シェル」
「シェルさん、もしかして、強いんですか?」
「いやこいつはバリアで身を守れるから、一方的に相手を殴れるだけだ」
シェルさんは隠したけど、彼の手は人を殴ったせいで血が滲んでいた。僕と宇佐美さんは顔を見合わせる。
「アル。絆創膏」
「はい」
持ってきた救急箱を開けると、宇佐美さんが絆創膏を取り出す。傷だらけの手がシェルさんの腕を掴むと自分の膝に乗せる。
ぺたっと絆創膏を貼った。
「ほい」
「……ありがと。血染め。アル君」
「いえ」
シェルさんを撫でようとしたけど、その前に彼は腰を上げた。ドアを開けると、廊下で死んでいる輪切りさんを掴み上げ、宇佐美さんの前に突き出す。
「聞いただろ? お前のケーキを捨てて、アル君の心を踏みにじったんだ。お前も殴っとけ血染め。こいつは許さない」
「……」
識別困難になった顔に、宇佐美さんが引き攣る。
「いやもう俺が殴るスペースねぇよ」
「一発でいいから」
「宇佐美さんが殴ったら、多分死んじゃいますよ……」
腰を上げた宇佐美さんがシェルさんの肩を掴み、自分の方へ向かせた。
「シェル。今回は奇襲できただけで、輪切りはこれでも実力者だ。やり返されたらどうする。今度からは、俺が帰ってくるのを待て」
「……」
下唇を噛んだが、シェルさんは素直に頷いていた。手を離すと輪切りさんがまっすぐに落ちた。ゴチンと床とキスしている。床が汚れるからやめてほしいんですけど。
シェルさんは良い人ですけど、宇佐美さんと距離が近い気がするので二人の間に身体をねじ込んでおく。
むぎゅうっ。
「どうした?」
「まぜてください」
宇佐美さんとシェルさんは苦笑すると、僕を撫でてくれた。
心の傷が、癒えていく。
また僕が癒されてる‼ けど……いい気分です。
🐰
僕一人の時に、輪切りさんが突撃してきた。
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