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10 どう……して?
しおりを挟むケーキを宇佐美さんと僕の部屋に置いて、彼を呼びに行く。エントランスで受付のおねえさんに聞くと、宇佐美さんはもうすぐ戻るそうだ。受付のおねえさんの一人が「楽しみね」と言ってくれる。
「はい!」
「ふふっ。あー。私がドキドキしてきた。何度口滑りそうになったか」
「なんであんたが緊張してるのよ」
おねえさんたちと一緒に笑い合っていると、自動ドアから職員さんたちが出入りしている。冷たい風がヒュウと吹き抜けた。春は近いのにまだ冷える。
「アルさん。ここで待つなら部屋から上着取ってきなさい」
「そうそう。宇佐美さんが帰ってきたら、ここで足止めしておくから」
親指を立てるおねえさんに礼を言い、上着を取りに向かった。僕にも支給された、エラーの一員である制服。タクティカルベストとジャージを組み合わせたような上着は宇佐美さんのと色違いで、とても着心地がいい。
同じ色とボスさんに言う前に、「宇佐美のあれは一位だけの最強カラーなんだ。ごめんねぇ? 他のエラーと連携する際に、一番強い奴が誰かぱっと見で分かるようにしとかないと駄目でさ~」と言われた。ぼ、僕そんなに顔に出てましたか? 恥ずかちぃ……。僕が宇佐美さんを好きなこと、なんだか皆が知ってるような気がします。
ジャンプして指紋認証機にピッと指を当てる。
着地すると同時にシュンとドアが開く。
駆けこもうとした室内に、一人の男性が立っていた。
「――え?」
「ああ?」
振り返るそれは『輪切り』。性格に難ありだがエラーの二番手だと聞いた。近寄らないようにしていたがすごい人なんだと思っていた彼が、どうして宇佐美さんと僕の部屋に?
「あ。え? え、え⁉ 無い! どうして⁉」
ふと机に目を向け、嫌な予感が的中した。
机のど真ん中に置いておいたケーキが見当たらない。ケーキ。ケーキは⁉
まさか足が生えて独りでにどこかへ行ったわけでもあるまい。僕は半分パニックになって探しまくった。ベッドの下、机の下。洗面所。ない。無い。無い! どうして⁉
「ああっ!」
やがて見つけた。
ケーキはゴミ箱の中でぐしゃぐしゃに潰れていたのだった。
血の気が、音を立てて引いていく。ピカピカの苺がゴミに塗れている。
「―――?」
呼吸が上手くできない。酸素が吸えなくなった。
ど、ど、どうして。なんで? なんでケーキがゴミ箱に?
呆然とする僕を見て、輪切りはつまらなさそうにゴミ箱を蹴り倒す。
「なんだよコレ。これが戦闘員様にお出しする食べ物か? ああん?」
僕は震えながら彼を見上げる。
「形はイマイチだし味も悪い。食えたもんじゃねぇ。お前、こんなんでよく俺の気を引こうと思えたな」
「……」
な、何を。言っているんだろう。彼は。
「まだまだ練習が足りねぇな。俺に渡すなら? せめて材料だけでも店のものより良いものを使えよ。スポンジは甘すぎだし、生クリームはぼそぼそ。いやぁ、酷かったな」
「……え?」
宇佐美さんの部屋に置いてあったのに? どうして自分の物だと思ったのか。
「お前、俺に気があんだろ? 随分はしゃいでたじゃねぇか。どんな一品が出来上がるのかわくわくして待っててやったってのに。はぁ~、これかよ。まあ? マイナス千点ってとこだな」
心に亀裂が入った。彼の言ってることも理解できないし、目の前の惨状には脳が追い付かない。甘味が高価になってきている今だからこそ、宇佐美さんに食べてほしかった。いつもへとへとになって帰ってくる彼を、い、癒して……い、いや……
「――……」
言葉を忘れてへたり込んだ。おじさんを失った衝撃を軽く超えている。立ち上がれる気がしない。なにも、何もしたくない。考えたくもない。
瞳から光を失う僕の頭をゴツンと小突くと、輪切りさんは出て行く。
「俺の気を引きたいのなら、次は妥協しないこったな。もっとまともなもの作れよ。ガキ。そうそう。俺と吊り合いたいのなら、外見にも気合入れとけ。その髪型だせぇぞ。俺好みじゃねぇ」
ドアが閉まる。取り残された白い部屋。
呼吸を忘れた僕の視界は、端から徐々に黒で染まっていく。
どうでも、よかった。
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