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クォーツ島
小船の姉妹
しおりを挟む「ぅ……」
自分の呻き声で目を覚ます。
目を開けると、二つの顔が自分を心配げに覗き込んでいた。ぼやけた視界。一人は知らない顔で、もう一人は――
「シェリー!」
「おねえちゃん」
勢いよく起き上がると、びしょ濡れの妹を抱き締めた。海水は冷たかったが、抱きしめた妹の身体はじんわりとあたたかい。熱が伝わってくる。この熱が消えなくて良かったと、ぎゅうぎゅうに抱きしめる。
妹の小麦色の髪に指を差し込む。
「シェリー……。怪我はない?」
「ぐるじい。おねえぢゃん!」
小さな手がばしばしと背中を叩いてくる。どうしたのだろう。もしや怪我でもしたのでは――と目線を落とせば、妹の顔が胸に埋まっていた。
「ご、ごめんね」
「もう~」
自身の豊満な胸を押さえ、ぱっと身体を離す。妹はムスッとした顔で鼻を摩ると、花が咲くような笑みを見せてくれた。
「どこもいたくないよ。おねえちゃんこそ。ケガはない?」
「え、ええ……。でも、ここは?」
妹の頬を両手でむにっと挟みながら周囲を見回す。見覚えのない浜辺の小屋……の軒下であった。
「生きてる?」
嵐の海で龍を見たような。
それともう一人、誰かいたような気もする。
うーむと悩む姉に、妹が後ろを指差している。肩越しに振り返り――姉は目を見開いた。
塗れた長い髪を押さえているそれは、二十歳前後の人物だった。
あまり見かけない銀の髪と銀のまつ毛で飾られているせいか、まるで神話から抜け出してきた雰囲気を醸しながら――同時に人類を惑わせる魅力にも溢れている。神聖さと妖艶さが矛盾なく同居していた。
女性かと思ったが、体つきは間違いなく男のそれ。身体のラインが分かるぴったりした水着のような服の上から、肩を大きく露出した衣服を身につけている。正直、目のやり場に困るが、もっとも目を惹くのはそこではない。
夕陽を切り取ったような橙の瞳である。
姉はその顔をぐっと覗き込む。相手は顔を引きつらせてのけ反ったが気にならなかった。
橙の瞳の中央に、クラウン(冠)を真上から見たような輪っか型の光が浮かんでいるのだ。
(天使様……?)
嵐の海にもみくちゃにされていたことも忘れて、姉はその瞳に見惚れていた。
天使は髪を絞りながら苦笑する。
「災難でしたね。どこか、痛むところはありませんか? 近くに町がある様なので、そこに、行きます?」
「ここは?」
軒下の周りは雨が降り続いている。海は荒れまくっており、びゅうびゅうと風も吹きつけてくる。姉は両腕を摩った。
「さむっ」
「えい」
砂まみれの妹が背中にぴとっとくっついてくる。もっちりしているが、あまりあたたかくはない。
「ごめんね。この小屋、鍵が閉まってるみたいで、入れなくて」
「え? あ、あの。天使様が、助けてくださったんです、か?」
ブグッ‼ っと誰かが吹き出したような音が海から聞こえた。天使は何故か海を一瞬だけ睨むと、ふるふると頭を振る。ほのかにいい香りがした。
「波打ち際で倒れているのを見つけて、ここに運んだだけさ……」
目線が合わない天使に首を傾げつつ、姉は妹と同じ色の髪を耳にかけた。
「私たちは……どうしたんだっけ? あ、そうよ! 魚を獲っていたら嵐に見舞われて……」
恐怖を思い出したのか、ぶるっと身を震わせる。
「おねえちゃん。さむい」
「ちょっと待ってね? 町があるみたいだから、そこに……」
妹がいるのだ。怖がっていられない。しかし立ち上がってようやく、姉は自分の姿に気づく。
ほぼ下着姿だった。
「きゃあっ‼ な、なんで⁉」
胸と股間を隠すように手で押さえる。妹は良いが、見知らぬ男性が居るのにこれは困った。天使が目を逸らしている理由が判明したがちっとも嬉しくない。
「服は⁉ 私の」
「俺が見つけた時は、その姿だったよ」
波に揉まれまくったのだ。人間の衣服などあっという間に流されていく。
「ど、どうしよう⁉ こんなんじゃ町にいけないよ……」
ここがどこか知らないが、下着姿の女性がうろついていてきれいな身体のまま帰れるほど、治安のよい場所などない。少なくとも姉は知らない。
しかし絶望に沈むことはなかった。同じく薄着の妹が寒がっているのだ。なんとかしないと、と姉心が燃える。
「シェリー。天使様。離れてて」
「え? な、何を……」
姉は手ごろな石を掴むと施錠されているドアから一~二歩距離を取る。振りかぶると、石をドアに投げつけた。がうんっ音がして石が弾かれる。ドアが開く気配はない。
「おねえちゃん。こわれちゃうよ」
「中に何か。物資があると思うの!」
小屋に入れたら雨風も防げる。火を起こせたらお湯も作れるはず。
自分はどうでもいい。身体が冷えてきている妹のために……
「あの! 危ないから俺がやるよ」
絶妙に目線が合わない天使が声を上げる。姉は自分でやると言いかけたが、ふらっと身体がよろめいた。妹が支えようとするが、身長的にただくっついただけとなる。
「おねえちゃん。だいじょうぶ?」
「無理しないでください」
銀髪の男性が取っ手に手をかけると、バキッと音と共にドアが歪み大きな亀裂が走った。
「……え?」
「あいた、の?」
ぽかんとする姉妹を手招きして室内に入れさせる。
身体は濡れているが、雨風が防げるようになっただけで体感温度がまるで違う。
慣れた手つきで姉は暖炉に火を点けた。
「あったかい……」
炎が身体を温める。小さな火に手をかざし、姉妹はホッと息を吐いた。
どこかの海小屋のようで、非常食や乾いた衣服。魚を捌けそうなナイフまで揃っている。これで最低限、身を守ることができるだろう。毛布を引っ張り出し、妹に巻きつける。
「ありがとう。天使さ……あれ?」
笑みを滲ませた姉が振り返るが、そこには壊れたドアがあるだけで誰もいなかった。
『もういいのか?』
「ああ。ありがとう。ロッド。彼女たちを助けてくれて」
雨風によろめきながらレリスが戻ってくる。関わりたくなくて(無暗に怯えさせないようにと)海の中で待機していた海龍が顔だけを出す。
「もう大丈夫だろう。近くに町もあるし。船も出ているようだ」
レリスは一度だけ遠くの小屋を振り返る。
姉が周囲を探しているようだったが、もう気にしなかった。
ロッドは忌々し気に吐き捨てる。
『下らん事をさせおって!』
「でもどうせ、この島に来る予定だったんだ。いいじゃないか」
なだめるように両腕を広げてみせるも気が済まないのか、嫌みたっぷりに睨み、熱を持たない爬虫類の瞳がレリスを映す。
『偽善者め』
「助けたのは、ロッドだけどね」
『なんだと?』
むっとするがレリスは顔の前を横切り、砂浜を歩いて行ってしまう。
『レリス!』
「情報収集してくるよ」
すべてを拒絶する背中にロッドは低く唸る。稲光が海を白銀に照らすと、ロッドはうるさそうに鼻を鳴らし、海に潜った。
――さて。あいつが戻ってくるまで、どうやって時間を潰そうか。
自分は陸地をうろつけない。常に濡れていないと呼吸できないのだ。逆にレリスは水中では苦しそうな顔をして、意識を失ってしまう。
ならば陸地探索はあやつに任せ、自分は海中でやるのみだ。
海の暗い場所へ。ロッドは進んで行く。二百も潜ると太陽の光は届かなくなる。今はどうせ、雲で覆われているが。
「へぇ。海龍の旦那」
『――貴様か。本当に神出鬼没だな』
瞳の横を、海龍からすれば小さい影が泳ぐ。見れば、魚人の男だった。
二足歩行で一見すると人のようだが全身が青い鱗で覆われ、指の間には薄い水かきがある。耳は魚のヒレのように尖り、ギョロリと大きな目玉と口は、真夜中に遭遇した人を気絶させる迫力があった。
水陸両用の生物だが、広い意味では人魚に分類される。人間とも多少交流のある生き物だ。
ふっと笑う龍に、三メートルはある魚人は親しみの笑みを返す。
「まさかクォーツ島でも会うなんて。これも海の思し召しでしょう」
彼らの神は母なる海。雲の上、天の意向など気にしないのだ。
『心にもないことを。これで貴様と会うのは何度目だ? ストーカーはやめろと言ったであろう?』
「……旦那たちに簀巻きにされたのが懐かしいですよ」
この魚人が商人とはいえ毎回違う島で必ず会うのはおかしい。
あまりにも行く先々で遭遇するため、一度こいつを簀巻きにして放置して海を渡ったのだ。その二日後に華麗に再会した時は寒気がした。
「あちしは嬉しいですがね。旦那たちと会えるのが」
『それで……? 情報があるなら買ってやるが?』
ロッドたちは目的もなく世界を揺蕩っているのではない。探し物を見つけるために、気に食わないいけ好かない無い無い尽くしの銀髪野郎と共にいるのだ。
早く見つかるのなら、吹っ掛けられようとも構わない。欠片でも情報が手に入るのならば言い値で買ってやろうじゃないか。
無意識だったとはいえ、縋るように金の瞳を向ける。魚人の男は痛々しそうな表情を浮かべたが、凄まじい早技で笑みに切り替えた。
「申し訳ねぇ。旦那。あちしのとこにも情報は入ってないんでさ」
『ふん。構わん。だが残念だな。せっかく月歌真珠を手に入れたのに』
口を開けると、舌先で口内を探り、光る小粒の物体を取り出してみせる。
「あ、あーッ!」
わなわなとこちらを指差す魚人の声に、魚たちが「何?」「なんだなんだ?」と振り返って行く。
魚人の反応に、おかしそうにロッドはにやりと笑う。
『貴様欲しがっていたであろう? 手に入れておいてやったのに、これと交換する情報は無し、か。……いや気にするな。集まらないものは仕方がない』
「だ、旦那ぁ。勘弁してくださいよ……。あちしは、それが絶対に欲しいってのに……」
そうだろう。この商人魚人だけでなく、地上に恋をした人魚ならまず欲しがるものだ。
月歌真珠。月夜の間だけ水中生物でも陸地を歩けるようになる、海の力を秘めた宝。水陸両用の魚人でさえ長らく水に浸からなければ不調をきたすが、これさえ身につけておけばその心配はない。火山だろうが砂漠だろうが。陸地のどこだろうと赴き、商売ができる。夜にしか効果は無いが、日中の間に減った体力を夜になれば回復してくれる優れもの。
どこかの人魚の小娘のように、王子を殺さずとも泡となって消えることもない。
……と、実に素晴らしい海の秘宝なのだが。この真珠では小さすぎるのか、ロッドにはまるで効果が無かった。
納得がいかずにプンプンと怒りながら試すと窒息しかけたので――レリスは止めた――海龍にとっては無用の長物。むしろ見ていると腹が立ってくるまである。
目を離せずにいる魚人に「我はいらないんだけどな~。どうしようかな~」と見せつけるように舌先で真珠を弄ぶ。
震えていた魚人は、やがて肩を抜いた。
「あっちで、お茶でもしながら、話しませんかぃ?」
『そうかそうか。貴様の奢りか。うむ。悪くないな』
うんうん頷く海龍に、商人魚人――ケルツァは「龍の癖にケチくせぇ」と笑みが引きつった。命が惜しいので口には出さなかったが。
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