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クォーツ島
龍の卵
しおりを挟む向こうはこちらに気づいているようで、レリスが雨宿りしているのを確認すると一度だけ瞬きした。
(ケルツァさんと会っていたのか……。あの人どこにでもいるな)
では月歌真珠を渡したのだろう。軽く頷くともう用は無いとばかりに、ロッドは海底へと姿を消す。
(そんなに俺の顔を見ているのが嫌なのかな……)
退屈だからもう少し目線会話をしていたかったのに。
それか、神を見つめているのは不敬だと思ったのか。あの海龍が気を遣うという事は、ここの神は海の神、か。
(水系統の生物には優しいからな)
それと子ども。
また、雨がぱらつき出す。まるで、全員が避難するのを待っていたかのように。
「あー。てんしさま」
「え?」と呟き振り向くと同時、背中にもちっとした何かが抱きついてくる。小麦色のつむじ。
それを追いかけるように、もう一人走ってきた。
「やっぱり。天使様」
「あ……っと。貴女は」
肩甲骨まであるふわんとした小麦色の髪に、服の一ヵ所だけがはちきれそうになっている豊満な身体。ダボッとした男物の衣服を身につけ、薄い毛布をマントのように首元で結んでいる。
小船の姉妹ではないか。
レリスはお得意の人当たりの良さそうな笑みを浮かべた。
「お元気そうで」
「もうっ‼ 急に消えちゃったから心配してたのよ!」
腰に手を当てて怒り出す。深く関わるつもりはなかったとはいえ、一言告げてから去るべきだったか。
「すみません」
「……」
素直に謝られるとそれ以上は責めづらいのか、まだ言い足りなさそうな顔で髪を後ろに払いながら隣に座った。
「貴方もここに避難していたのね」
「そう、ですね。ここが安全だと聞きました」
宿にいるつもりだったことは伏せておく。なんで? と聞かれても返答しづらい。
自分の方に寄ってきた妹を抱きあげ、膝の上に座らせる。
だが妹は離れようと姉を押し返した。
「やだー」
「な、なんで?」
姉はショックを受けた顔をする。
仁王立ちになった妹がきっと睨む。ワンピースを通り越して裾引きずっている大きな服がズレて肩どころか腕が出そうになっている。裾を引きずらないようにとお尻の当たりで結んであるので、転びはしないだろう。
「おねえちゃんくるしいから、いや!」
「ほぇっ⁉ わ、私が苦しいって何⁉」
分かりやすく狼狽える姉をフンッと無視して、レリスの膝に乗っかってくる。むちむちしている姉の方が座り心地が良いと思うのだが。
と、見つめているとレリスの平らな胸に抱きつく。ホッとした様子で。
「「……」」
姉とレリスが同時に悟った。
そうだった。この子は姉の胸で窒息しかけていたんだっけ?
妹の頭くらいある胸の脂肪。
「そん……。だってこれ、取れないし……」
自分の胸を抱き、声を震わせながら姉が落ち込んでしまう。膝を抱え込み、わざわざこちらに背を向けて項垂れる。
肉付きの良い可愛いお顔のお姉さんだが、服と体のラインを隠すマントのおかげで男性からの視線はそこまで集めていない。あの小屋があって良かったと思いながらお姉さんを宥める。
「お姉さんの方が良いに決まってますよ。今だけです」
「……そう?」
ぐすっと半泣きで同じ向きに座り直してくれた。あのままではレリスが泣かせたようにしか見えないので冷や冷やした。集まりかけていた視線が散っていく。
「天使様は、この島の人?」
「……その、天使呼びやめませんか?」
「名前教えてよ。私はマド。この子はシェリーね」
妹の頭を撫でる。シェリーは嬉しそうに目を閉ざした。甘えている様がとても愛らしい。
「マドさん。シェリーさん……。俺はレリスと言います」
(名前まで綺麗)
何故か姉の顔がムッとなり、レリスの顔を覗き込もうとしてくる。フードを摘みながらさっと顔を避けた。
「なんで顔を隠してるの?」
「いやその……ですね」
「あの不思議な瞳。もう一回見せてほしいんだけど」
「……」
レリスは無意識に下唇を噛みしめる。
顔を隠すのは大抵やましい事情を持つ者かお尋ね者。それに思い至るとマドは素早く妹を取り返し抱きしめた。姉の気も知らずに妹は「むぐ……」と両腕を振り回し始める。
警戒する瞳を向けられ、レリスはちょっとだけフードをずらし、笑顔を晒した。
「怯えさせたのならすみません……。人目を惹いちゃうんです。この髪と顔面ですから」
「……」
キランと白い歯を輝かせ炸裂するナルシスト発言。
マドは口を開けたまま放心すると、ぶっと吹き出した。
「ん、ぐぐ……。り、理解したわ……ンフッ」
「助かります」
口元を隠しぷるぷる震える姉にホッとして深く被りなおす。
内心馬鹿恥ずかしい思いをしながらも奥歯を噛んで耐える。いや言いたくないし自分を殴りたくなるので嫌なのだが、こう言うと高確率で理解を示してもらえるので切り札として取ってある。それはそうと顔から火が出そうだった。
レリスは目に涙を溜めながらも頑張って笑みを維持する。
「ぶふっ……。んぐっ。レ、レリス……レリス様は、この島の人?」
「いえ。旅をしている者です」
「そうなんだ。私はグピット出身なんだけどね。この島からもグピットに船が出てるみたいでさ。もー安心したわ。私の船は転覆しちゃったんだもの。船出てなかったらどうしようかと思ったわ」
足を伸ばしため息を吐き出している。妹は目を回して大の字で倒れた。船を失ったのは痛手だし、よく知らない島に無一文でいるのも不安だっただろうが。帰りの道が示されたことで気はだいぶ楽になったようだ。
「マド様は、グピット島出身ですか」
「そうよー。天……レリス様は旅をしているのよね? 私の島に来たことある? もしかして」
美しいアップルグリーンの瞳を輝かせる。グピット島はここ(クォーツ)に来る前に立ち寄った島である。
「串焼きを食べましたよ。甘かったですけど」
「あーん勿体ない! グピット島(うち)は魚料理が人気なのよ! 良かったら案内……って、ここ私の島じゃなかったんだったわ……」
たははと髪を掻いている。
「グピットに行くなら一緒に行かない? 案内してあげるわよ?」
グピット島の方角を指差しながら、地味に顔を覗き込もうとしてくる。
レリスは自然な動作で顔を逸らした。
こんな得体の知れない男と行動したがるとは。それだけ不安なのか、それとも、
「案内人、とかですか?」
島から島への往来が盛んになったこともあり、島の案内で食べている者もいる。彼女もそれかと思ったが、
「ううん。私の家は漁師よ。……ふ、船は失っちゃったけどね」
「……」
明るくなったり落ち込んだり、忙しい女性である。レリスもかける言葉が見つからない。レリスも移動手段が船だったならば、こういう事態に何度も遭遇していたのだろう。
妹は話し合う大人たちに退屈になったのか、姉の毛布を引っ張る。
「おねーちゃーん。ひまー」
「ええ? でも、こんな天気じゃ外で遊べないしそもそも無一文だし……。あ」
「……」
自分が不安な顔を見せれば、妹の表情も曇ると思ったのか、マドはにぱっと微笑んで見せる。
「なんでもないわ。おいで。くすぐっちゃうぞ~」
「きゃわ! ひゃわぁ」
ピアノを弾くように指でつんつんする。シェリーは笑いながらころころと板の間を転がった。ほほ笑ましい光景に、島の老人方の視線が向けられる。
退屈ならばと、レリスは話を振ってみた。
「マド様。少し訊いても良いですか?」
「え? あー……グピット島に彼氏がいるから……」
「んん?」
「レリス様。外見は文句ないけど、彼とは……。親が決めちゃったから!」
「えっと?」
申し訳なさそうに両手を合わせている。
これは。もしや。
フラれた?
告白もしてないのに?
「ごめん~」と手を擦り合わせている女性を見つめる。
マド様が良い女なのは認めるが、彼氏募集してますか? と言いたかったわけではない。
んん、と咳払いする。
「俺は旅をしているんですか。探し物を見つけるために、ですね」
「私は駄目だけど、シェリーなら、どうかしら?」
「マド様……」
ちょっと落ち着いてほしい。
妹さんが自慢なのは分かるが、「可愛いでしょ?」と抱っこしたままドヤ顔しないで。
年の差とか、気にしないのか。
「『龍の卵』を探しているんですけど」
得意げだった姉妹の顔から表情が抜け落ちた。時間が止まったように硬直する。
妹を勧めてくるほどだったマドが妹を背中に隠す。
「……レリス様? あいつらの仲間なの?」
険しい顔つきになっていく。
警戒と恐れが混じり合ったそれは、敵を見る目付きだった。
『龍の卵』。文字通りの卵。
中身――生まれるものによって価値は大きく変動する。龍ともなれば狙うものは山ほどいる。龍など鱗一枚とっても破格の価値があり、肉や骨、血の一滴も無駄にはならない。骨は万病、血肉は不老不死の効果があるとか――
龍からすれば鼻で笑うような話だが、か弱い種族はその伝説に縋ろうとする。
それだけではない。龍の生態のせいもあるだろう。龍は産まれた時に近くにいた者をまるっと家族だと思ってしまう習性がある。それがどれだけ取るに足らない種族だろうと。卵を奪ってしまえば、龍を仲間にできるというわけだ。
親がしっかり外敵を追い払っていればそんな事態にはならないだろうが、なんと龍は子育てを……卵を守ったりしないらしい。卵は放置!
卵の殻は鉄以上の強度を誇るが、割る手段がないわけではない。
そのせいか卵を狙おうとする者――『龍狩り』は後を絶たない。
はた迷惑極まりない話だ。
あの村には卵がある。あの町は卵を隠し持っている――そんな不確かな噂が流れただけで、人諸共町を焼き村を襲う者たちが存在する。
そいつらだと思われたようだ。
確かにレリスも卵を求めている身だが、人里を焼いたことなど無い。
しかし、被害にあった者からすれば関係のないことだ。
「……知らないわ」
命の恩人だからか、罵詈雑言を浴びせかけられることはなかったが、姉妹はさっと離れていってしまった。慣れているのに。毎度のことなのに一抹の寂しさに似た虚しさを覚えるのは、きっとレリスが未熟だからだろう。
胸の前で拳を握りしめる。
「……ありがとうございます」
石を投げられなかっただけでも有難い。
嫌われついでなので、寺院に集まった人にも訊ねて回ってみる。
この島では卵を狙う阿呆共がやらかしたことは無いのか、大きな騒ぎにはならなかったがいい顔はされなかった。島人たちの不信感が募っていくのが目に見えるようだ。それはそうだろう。噂が流れただけで悲惨な目に合うと分かり切っているのだ。出来れば卵の話題など振ってほしくもない。
しかしレリスたちは卵を見つけなければならない。迷惑なのは百も承知だが、声をかけ続けた。毎回やっているのでほぼ定型文をしゃべるだけとなる。
一通り聞き終えるとまた隅っこで外を眺める。住民たちを刺激しないようにとの配慮だが、背中に突き刺さるのは冷たい視線。
「……」
マドは一瞬だけ同情を瞳に浮かべたが、もう関わろうとはしなかった。
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