龍と旅する。

水無月

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冬島 フェーレッテ

オークションにかけられるレリス

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「あっ……」

 怪しく光っていた少女の瞳から光が消え、ガタガタと怯えだす。

 上から数えた方が早い種族がこうも怖がるとは。一体何が。

 檻の向こう。立っていたのは、見事な紳士服に身を包んだ人物だった。

 赤い飾り羽根のついた紳士帽に、不気味な仮面。長い足は二本だが、腕は六本の多腕。そのうちの一本が杖に手を置いていた。

 レリスですら、訳の分からない寒気にゾッとした。

 腕が多いという事は虫人だろうけれど、何か、違う気がする。

(なんだこいつ!)

 おぞましい気配に汗が流れる。反射的に少女を背に庇いかけたが、さっき捕食されたばかりだと思い直した。

 変な動きをしたレリスが面白かったのか、上品に口元に手を添え、仮面の人物はクックッと喉の奥で嗤った。


「初めまして。私はここのオークションのオーナー。クリームバニーズと申します。どうぞ、よしなに」


 胸に手を当て、率先して名乗り深々と腰を折る様は紳士のようだったが、帽子を取らないことから、舐めているのが伝わってくる。

 だが怒りは湧かない。レリスは冷や汗が止まらず、少女は泣きそうだった。

 手袋をした六本の手が、レリスを指差す。

「良ければ、お名前を教えてもらえますか。そこの、銀髪の君」
「……っ」
「おや? もしや、声が出ないのですか?」

 声はいかにも「これは困った」という風だったが、仮面は笑っている。

 レリスは強がるように睨む。

「……レリスだ。あんた、オークションとか言ったな。もしや……」

 仮面の男・クリームバニーズは朗らかに笑う。

「ふふっ。美しいお名前だ。その通り。ここはけっして表舞台に出ることはない闇のオークション会場。あなた方は本日の商品の一つ、ですよ」

 恐怖に耐えきれなかったのか、う、うえ、うえええんと、少女が泣き出す。

 オーナーは肩を竦めた。

「おやおや。泣いた顔も愛らしい。これは高値が期待できそうです」
「おい。この娘は鬼人だぞ。こんな危険な種族を売るのか?」

 危険なことを主張すれば、この子は逃がしてもらえるかと踏んだが、

「……? これはなんとも。ふふっ。レリス様。お優しい。しかし承知の上です。力にはより強い力で、抑え込めばいいだけ、ですから」

 すっと、六本腕のうちの一本を伸ばす。

「――ひ、ぎゃっ」

 少女の額が、床に叩きつけられた。ごおぉんと信じられない音が鳴り、建物が揺れた気さえする。その衝撃から、レリスの頭だったらトマトのように潰れていたことを感じ取り、一瞬放心した。

「う……うぅ……」

 鬼らしい生命力と頑丈さで少女は生きていた。が、何かに押さえつけられているかのように、もがもがと手足を蠢かせることしかできないでいる。

 海賊・マカロンが使った魔法と、どこか似ている。

「おいたをするといけないと、申したでしょう? レディ? いい子で待っていなさい。どうせ――貴女はすぐに買い手がつきますよ。可愛い小鬼を欲しがる変態は、たくさんいますからね」

 クッと笑うオーナーに、レリスはがなる。

「やめろ! 死んでしまうぞ」

 なんで鬼を庇っているんだろうと思いながらも、目は逸らさなかった。

「……おっと。これはいけませんね」

 腕を引っ込め、バニーズは自身の顎を撫でる。謎の力からは解放されたようだったが、少女鬼は起き上がれずにいた。

「では、出番が来ればお呼びいたしますので。それまではどうぞごゆるりと。最後の自由をお楽しみください」

 片手を上げると、不気味な男は闇の中に去って行く。

「……」
「ふぇ……」

 レリスと小鬼娘は、その背を見ていることしかできなかった。











 時間になったのか、レリスたちのいる檻に数人の獣人が入ってくる。

「立て!」

 強引に立たされると目元に布を巻かれ、目隠しをされた。足枷は外されたが、腕はまだ縛られたままだ。

「何を――」
「大人しくしろ」

 虎の手で持ち上げられゴツイ肩に担がれると、どこかへ運ばれていく。

「おにいちゃん……」
「はい。貴女はこっちですよ」

 黒服の一人は泣きそうな娘を姫のように抱きあげ、レリスを担いだ完全獣人の後に続く。

 ここで待機しろと物のように置かれた場所からは、複数の話し声が聞こえた。かなり多い。百人以上はいそうである。

(これからオークションにかけられる、ってことか……)

 買われた生き物は、その者の所有物となる。持ち物や財産、人権などは取り上げられ、「物」として扱われるようになるのだ。

 見たことがある。借金のカタに売られた者や犯罪者が鎖で繋がれている姿。

 内臓を売られるか、冷凍され観賞用にされるか。はたまた一番ポピュラーな労働力か。

 主人にもよるだろうが碌な末路は辿らない。逃げ出そうにも「隷属の首輪」が奴隷を縛り付ける。

「ほら。来い!」
「やだぁ」



 少女は人生最後のステージの上に連れていかれてしまう。



 司会者だろう。マイクを通したハツラツとした声が聞こえた。

「では次。――鬼人族の娘。生娘です。頑丈が取り柄ですので、気が済むまで殴るなり刻むなり、ストレス発散に良いですよ。また玩具としてもお使いいただけます」

 聞いただけで反吐が出そうだった。

 言っていることすべてが気持ち悪い。「可愛らしいな」と嘲笑する声。「本当に処女か? 服を脱がせろ」と怒鳴っている声に拍手の音。

「下着も取れ」
「商品に下着など履かせるなよ」
「っ!」

 咄嗟に助けに行こうとしたが、そばにいたらしい黒服の男たちに取り押さえられた。

「じっとしてろ」
「なーに。殺されやしないさ。処女は失うだろうがな」
「……お前ら!」

 ケラケラ笑っていたが、すぐに笑みを引っ込めた。

「それでは、三百から!」

 聞いていられず、レリスは顔を背ける。

 どうせなら耳も塞いでほしかった。唇が白くなるほど噛む。「四百!」「四百五十!」と金額が積み上がっていく。

「八百!」
「出ました! 八百。それ以上のお客様はおりませんか⁉」

 白熱しているようだが、レリスの心は氷のように冷めきっていた。

 黒服がひゅうと口笛を吹く。

「おーおー。良い調子じゃん」
「ま。客の中にロリコン伯爵が混じってっからな」
「あんな小娘に八百とは。理解不能だ」
「トラベルさんは男が良いんでしたっけ?」
「ああ」

 黒服たちの勝手な会話も耳障りだった。何もできない身が悔しくて虚しくて、奥歯を噛みしめる。

 カンカン! と喧しい木槌の音が響く。

「一千二百! 落札は二十九番のお客さま! おめでとうございます」

 観客が湧く。

「おーっと。ロリコン伯爵競り負けてんじゃん」
「鬼娘の他にもいくつか買っていたからな。まあ、しゃあねぇわな」


 流れ的に、次はレリスなのだろう。黒服がへたり込んでいるレリスの腕を掴む。


「触るな」
「強がるなよ。商品が」

 左右から肩を押さえられる。

 司会がふぅと息を吐いた。まるで、わずかに緊張しているように。



「……それでは、最後の品となります。が! 超目玉商品と自負しております。今日ここに来られたお客さま方は幸運だった、と胸を張って言えるでしょう」




 やけに持ち上げる司会者に、会場に集まった「客」は期待と困惑で満ちる。

「なんだ? 龍の卵か?」
「そんなもん売る馬鹿はいねぇよ」
「亡国の姫か。希少種か。……楽しみだな」

 ざわつく声に司会は満足したように頷く。

「それではお見せいたしましょう!」
「よし。行くぞ」
「ちょ!」

 またもや軽々担がれると、階段を登って行く。目が塞がれていても眩しい光を感じた。ステージの上に上がったのだろう、ざわめきが一層大きくなった。

「なんだ? 精霊……人間?」
「人間? はっ? 馬鹿にしているのか?」
「いや待て。ここのオーナーはそんな愚者ではない。説明を聞こう」

 憶測が飛び交う中、司会はとびきりの笑みを浮かべる。

 レリスはステージの中央に座らされる。腕や足は椅子に固定され、動けなくされた。

「では、商品説明に参ります。名前はレリス。種族は人間ですが――こちらをご覧ください」

 司会が合図をすると、黒服が目隠しを取っ払う。

 眩いスポットライトが突き刺さり、ぎゅっとまぶたを閉じる。

「っ!」
「おっと。眩しかったでしょうか。人間の弱さをうっかりしておりました。これは失礼」

 おどける司会に、どっと観客たちが笑う。こいつら今すぐ全員くたばってほしかった。

 黒服が顔を覗き込んでくる。

「おい。大丈夫か? 目を開けられそうか?」

 小声で訊ねてくる。レリスはそろそろと目を開けた。それを確認した虎の完全獣人が司会に親指を立てる。

「では改めまして。こちらをご覧ください!」

 レリスの前に立っていた黒服が退けると――音がなくなった。

 だが、徐々にざわつきが大きくなる。

「お、おい! あれって……」
「馬鹿な。よく見つけられたな」
「ほぅ……。バニーズめ。やるじゃないか」

 司会は片手を思いっきり真上に掲げた。

「そうです。この瞳! 夕焼けの中に輪っかが浮かんでいるのが見えますか⁉ そう。冠聖輪(ホーリーリング)。神の瞳です」




 地響きに似たどよめきが上がる。

 レリスは目を閉じようとしたが虎獣人に顎を掴まれ、前を向かされる。

「自分をしっかり売り込むんだな。商品さんよ」
「放せ……」

 いやだ。見られたくない。こんな奴らに‼ 見せていいものじゃない。

 顔を歪めるが、観客の視線はレリスに突き刺さる。

 観客は人と獣人が半々。あくどい事をしている彼らに配慮してか、観客席の方は真っ暗だ。人間の多くは目元だけを隠した派手な仮面をつけている。どこかの貴族だろう。獣人ににおいでばれないようにと、におい袋をぶら下げているせいか、うっすらと甘い香りがレリスのところまで流れてくる。


「神の瞳だと⁉ ほ、欲しい!」
「これは……譲れないわね」


 司会の説明は続く。


「滅多にお目にかかれない神と人間の子ども。半神半人です!」


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