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冬島 フェーレッテ
落札
しおりを挟む「か、神……」
ごくりと喉を鳴らす。
あの人間に、半分は神の血が流れている。
神の血は龍の血と似通った効果があると言われている。龍の血と違うところがあるとすれば――幸福を招くというところだ。
願いが叶うと言い換えてもいい。
どんな神秘でも魔法でも、絶対不可能と言われた死者の復活すら、夢ではない。
「証拠は⁉ 証拠を見せろ!」
先ほど、処女がどうとか言っていたお客様が唾を飛ばす。
司会はその言葉を待っていたと言いたげに頷く。
「証拠は、こちらです」
「動くなよ」
黒服がレリスの服を引き裂く。
ビリィ!
「……ぐっ」
冷たい空気が素肌を撫でる。露わになった胸元には、赤い宝石が埋まっていた。
脆弱な人の身では神の力――神気を扱うことなど出来ない。使われることのない気は淀み、積もり、神気宝石(ホーリーストーン)という結晶となって身体のどこかに現れる。
「ホーリーストーン! ほ、本物だ!」
「神の瞳とのセットか……。これは気合を入れて競り落とさないとな」
「馬鹿言えっ! あれは私の物だ」
願いが叶うチケットをぶら下げられ、観客は異常に色めき立つ。
「それでは――強気に一千万からいかせていただきます!」
「二千!」
「三千!」
「四千!」
一千万ずつ積み重なっていく。こんなことは初めてだ。司会は「おおっ」と感心し、虎の完全獣人も口角を吊り上げる。
レリスは腕に力を込めるが、がっちり縛られた腕を引っこ抜くことはできない。
「――一億」
どよっと会場がざわめく。
手を上げていたのは、ねじくれた角を頭部から生やした男・魔人族だった。闇の貴族とも呼ばれ鬼人と並ぶ危険な種族で、人間より上手く魔法を使う。
悪魔のような形相ながら、貴族が好むような立派なコートを身につけていた。パーティー会場から抜け出してきたような華やかさがある。
魔人の男はフフンと、勝ち誇ったように足を組む。
「い、一億です! 億が出ました! 他に、他に誰かいませんか⁉」
「くそ。一億二千!」
獣人が手を上げるが、魔人の男がすぐ追い抜いてしまう。
「一億五千」
「二億だ!」
「二億五千」
「す、すげえ……」
「まだ上がるのか」
ついていけなくなった者は悔しい気持ちを抱きながらも、勝敗の行方を見守る。
「三億」
「くそっ……くそっ、くそおぉおおー!」
「三億だと」
「過去最高額じゃねぇか?」
司会はもう飛び跳ねそうな笑顔だ。
「三億! 三億です! さあ! 他におられませんか――? おられないのならば」
「五億」
車椅子に座った老人が手を上げた。
「ご、五億⁉」
「あいつ、ブリジデンの皇帝じゃねぇか」
黒服が呟く。
「血狂い皇帝か!」
「確か――不老不死になるために三十万の民を虐殺したとか」
正体も隠さずに堂々と。一番高い席から会場を、レリスを見下ろしている。もう自分の物であるかのように。豪快に。不遜に。
レリスは項垂れた。
いやだ。いやだ!
(ロッド……ッ)
俺は誰の物にもならない。俺は、俺はロッドの隣にいたい。あいつの横で生きて、あいつの横で死にたい!
そんな思いも届かず、司会が魔人に目を向ける。
「五億です。他におられますか⁉」
「五億……」
「これ以上は、無理だ」
司会は深く頷いた。
「それでは五億で落札――」
「十億だ」
時が止まったかのように会場は静まり返った。
魔人は目をぱちくりさせ、司会は目を点にして固まっている。皇帝は顔全体に怒りを宿し、黒服は観客を見回す。
誰だ?
誰が言った?
司会は冷や汗を流して叫ぶ。
「も、申し訳ありません! 聞き間違いの可能性があるため、もう一度! 規則通り手を上げてからお願いいたします」
『ほう? それはすまんかった。なんせ手など無いのでな』
隕石でも落ちてきたかのように会場の屋根がぶち抜かれた。と、同時に膨大な量の水が落ちてくる。
「な、なんだ!」
「がぼっ、がぼぼ! 溺れ……」
「皇帝! こちらへ」
「何の余興だ?」
数名が流され、車椅子の老人を付き人が庇う。顔をしかめた魔人は翼を広げて空中へ逃れる。
洪水のように押し寄せた水はステージにぶつかり、飛沫を盛大に飛ばす。
「冷た!」
「あぶねえ!」
司会は咄嗟に顔を覆い、黒服は椅子ごとレリスを持ち上げて下がった。十億の値がついたのだ。流されてはたまらない。
ほんの一~二分ほどで、流れ落ちていた水が止まる。
屋根の大穴から猛吹雪が――吹き込まなかった。ざあざあと雨が降っている。
「雨……?」
「この島で、雨だと?」
全員が空を見上げる。どこの馬鹿か知らないが、危険人物が揃う場でこんな馬鹿をやらかして、生きて帰れると思っているのか。
「誰だ! 姿を見せろ」
魔人が鋭く叫ぶ。
『ではもう一度言おうか』
ひょこっと顔を出した巨大生物に、会場に充満していた殺気が霧散する。魔法攻撃を叩き込もうとしていた魔人も、ぴたっと動きを止めた。
雨雲を背に、金の瞳の龍が会場を覗き込んでいた。
白いふわふわした毛に、突き出した黒い四本の角。一見、毛で覆われた蛇のようだが、この場にそんな勘違いをするお馬鹿はいなかった。
「龍……だと?」
誰かがぽつりと言った言葉に、全員が大口を開ける。人間如きの皇帝や魔人も例外ではなかった。
「龍。龍だ!」
「う、嘘だろ⁉ な、なんで? な、なんで?」
「死んだのか? 俺たち……」
レリスも口を開けたまま固まっている。
ロッドだ。間違いなくあの海龍だ。
レリスの布団で、家で、家族で――
神の瞳に涙が滲む。
ロッドはレリスと目が合うと、渾身のため息をついた。
『はぁ~。貴様は何だ? 醜態をさらさねば死んでしまうのか? どれだけ惨め度を更新すれば気が済むのだ。一回教えてみよ』
「……」
この素直に礼を言いたくなくなる感じ。うーん、ロッドだ。
ちらっと金の瞳を向けられ、司会は飛び上がった。
「ふぁヒイィ!」
『で? 我は手が無いのだが、どうすればよいのだ?』
「ふぇ、ふえぇ……」
泣き出しそうに震え出すが、司会は根性で競売を続けた。
「あ、あー。ゴホン! ……申し訳ありませんが、飛び入りのお客様は、手持ちの現金を見せていただく規則があります。最低でも一千万はお持ちでないと、参加できない決まりで――」
『あい分かった』
ぱっと口を開くと、大きな箱が降ってくる。
真下にいた観客は蜘蛛の子を散らすように逃げていく。重厚そうな箱は水浸しの床に激突すると――黄金をばら撒いた。
耳をつんざく音に、獣人たちは耳を塞ぐ。
「「「⁉」」」
吐き出されたのは大量の金貨。見ただけで分かるほど今の時代では使えない古いものだが、金は金。その他にも宝剣や七つの宝石がはめ込まれた王冠。真珠のネックレスなど。まさに宝箱の中身がぶちまけられていた。
水に沈む金貨を見下ろし、つまらなさそうに言う。
『換金すると十億はあるだろう。信じられないのなら、調べてみると良い』
「あ、あああ……」
司会者はもう、顎を限界まで落としていた。
これは自分では判断できないと踏んだのか、司会はステージの横に視線を向ける。そこでは壁に寄りかかったオーナーが親指と人差し指をくっつけ、丸を作っていた。
ホッとした司会は笑みを広げた。
「十億! 十億です。他におられませんか? ――おられませんね? 半神半人を飛び入りのお客様が落札です!」
拾った木槌を叩きまくる。
穴からロッドが首を押し込む。ステージの前に、巨大な龍の顔。完全獣人の歯がカチカチと鳴り、司会者の足は産まれたての小鹿以上に高速で震えていた。
「落札おめでとうございます。とっ、当店では焼き印や従属の首輪、性奴隷への淫紋といったオプションもつけておりますが、いかがです?」
恐怖が一周回った渾身の笑顔に、ロッドは少し引く。
『なんだその気色悪いオプションは。そのようなものは不要。さっさと寄こすがいい』
んがぁっと大口を開ける。
ずらりと並んだ水晶の牙に、司会はもう魂が出そうだった。
口を開けたせいで「え? 食べちゃうの?」という勿体ない空気が満ちたが、お構いなしに桃色の舌を伸ばし、レリスを掴まえるとばくんと一口に収めた。
「ひいいっ!」
「お、お気をたしかに!」
「余の……。余の不老不死……がっ」
食べたと思ったのか皇帝が泡を吹いて倒れたが、ロッドは口をもごもご動かすと、ペッ! と器用に椅子だけを吐き出す。
椅子は観客の真横を通り過ぎ、壁にぶつかりガラクタと化した。
『ふがが(ではな)』
飴を舐めているせいでうまく喋れなかったが、海龍は引きあげていく。
雨はその後しばらく降り注いだ。
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