クズとグラブジャムン

水無月

文字の大きさ
1 / 43

助けてくれてありが――あれ?

しおりを挟む
 俺の不注意だった。



 普段は近寄らないネオン煌めく歓楽街。でも今日は遅くなったこともあって近道するために突っ切っていた。ここを通らないと墓地の横の公園を通るか街灯の無い道を通るかの二択になるのだが。ここを歩くよりはましだと思っていた。

 歓楽街が嫌いなのではない。

 去年事件が起きたから、小心者の俺は避けていただけだ。
 異国の街を歩くかのように鞄を両腕で抱き、絶対人にぶつからないように隅っこを通る。それでもキャッチの人が声をかけてくる。

「お兄さん。可愛い子いるよ? 飲んで行かない?」
「すいません。俺、ガチムチしか興味ないんで!」
「……」

 ハッピを着て声をかけてくる人を適当に躱す。違うよ? ガチムチ興味ないよ?
 ただこれを言うと相手が言葉に詰まってくれるから、多用しているだけ。

「うち、ガチムチいるよ?」
「ぎゃあっ⁉」

 躱せたと思っていたら別のお店の人に引っかかった。急に出てきたからびっくりした。しかも俺の発言を聞いていたらしい。腕を掴んで店に引き込もうとしてくる。なんて情熱的なんだ。これが女の子だったら……。彼女いない歴年齢の人生に涙が出そうになる。

「すいませんごめんなさい! 俺、二メートルないと駄目なんです」
「はっはっはっ。大丈夫。いるよ? 二メートル」
「あれが二メートルないと駄目なんです!」
「……」

 そんな化け物いるわけねーだろ。自分でも何を言ってるのか分からなかった。とにかく怖くて早く家に帰りたいしか頭になかったんだと言い訳したい。
 手を振り払って駆け出す。
 前を見てなかった。

 ――ドンッ

「いてて……」

 なにかにぶつかりよろけた拍子に電柱にもぶつかる。
 何にぶつかったんだと目を開けるとアロハシャツのチンピラ風の男二人が睨んでいた。
 片方は金髪でじゃらじゃらとアクセサリーを身につけ、片方は煙草をくわえごつい腕時計に半ズボンからはすね毛が見えている。

 ――え? 俺、こんなやばそうな方たちにぶつかったの? 終わりじゃん。人生……。

 鞄を抱えたままじりじり下がろうとしたが胸ぐらを掴まれた。

「おう、兄ちゃん。どこ見て歩いとんじゃ?」
「ご、ごめんなしゃいごめんなさい!」

 ひたすら謝るが手は離してもらえず、暗い路地に連れていかれる。
 山積みにされたゴミ袋に向かって突き飛ばされ、近くに置いてあったゴミ箱と一緒になって倒れる。
 ゴミ袋がクッションになってくれたおかげで怪我はなかった。でもどこか破けたのか鼻につくにおいが立ち上る。

 アロハシャツに軽く蹴られる。

「とりあえず荷物もらおか?」
「な、なんで……ですか?」
「てめーのせいで服が汚れただろうが。弁償しろボケがぁ!」

 踏まれるように蹴られ、恐怖から身体を丸める。

 痛い。怖い。痛い。怖い。
 なんで? なんでそんなに蹴るの?
 痛い。痛いよ。

 背中が熱を帯びてくる。皮膚が切れたところを思いっきり踏まれ、歯を喰いしばる。
 あらかた蹴られたところで片方が止めた。

「まあ、その辺にしといたり」
「ケッ」

 鞄を引っ手繰られても、怖くて頭を抱えたまま。震えるしかできない。

「なんや学生さんかいな。気をつけなあかんよ? ここは悪い大人が多いから」

 財布から金と学生証を抜き取られ、空になった財布は捨てられる。

「兄ちゃんきれいな顔しとるから、色々働いてもらおうか。家族に迷惑かけたくないやろ? メールするから、手ぶらで事務所来てな」
「はー。久々に暴れたからスカッとしたわ」
「……」

 チンピラ風男が去って行く。
 取られたものを取り返す勇気もなく、痛みがおさまるまでゴミのようにその場でうずくまるしかなかった。



「な、なんだお前!」
「どけこら! やんのかオァ?」

 遠くで、さっきのチンピラたちの声が聞こえる。また新たな犠牲者に絡んでいるのだろうか。今頃になって涙が出てきた。情けない。怖い。痛い……。

「ううっ……」

 いつまでも転がっているわけにはいかない。風邪を引いてしまう。
 引きずるように身体を起こすと、砂を踏む音がした。

「よぉ」
「……え?」

 後ろで聞こえた声に振り返ると見覚えのない男が、コンビニ前でたむろする不良のようにしゃがんでいた。
 短い黒髪に少し垂れた目。よれたシャツ。ダメージデニムでもないのに所々破けているズボン。

「……」

 思わず目を白黒させてしまう。それは相手が初対面なのに感じ取れるほどのヒモ男臭を放っていたから、ではない。

 ――大きい……。

 立てば二メートル近くはあるだろうか。よれたシャツでも隠し切れないがっしりとした肉体。手も足もごつく、雄々しいという言葉がよく似合う。
 首も太く鎖骨が浮き上がっており、腹筋もバキバキなのだろうと予想がつく。だって……男の背後で倒れているチンピラたちの顔がぼこぼこに歪んでいるから。

「ほら」

 言葉が出ない俺に、男は学生証を放って寄こす。

「学生証の写真と顔が一致してねぇなあ。学生じゃねえのか? お前」

 低くていい声だと感動している場合ではない。慌てて学生証を拾い上げる。

「お、弟の……」
「ふうん?」

 男は興味なさげに立ち上がる。学生証は返してくれたが、財布の中身は返してくれなかった。

「あ、あの……お金」
「救出料として貰っとくわ。……しけてんなぁ」

 札を数えたのち、ポッケに乱雑に突っ込まれる。
 でもまあいいや。学生証、取り返してくれたんだし。もう帰ろう。帰ってテレビ見て寝て忘れよう。

「あ、ありがとう、ございます」

 一応、お礼を言っておく。
 鞄を肩にかけ壁に手をついて立ち上がると、大きな手で二の腕を掴まれた。

「え?」
「救出料、足りねえから身体で払ってくれよ」
「…………は?」

 ぽかんとする間もなく、引きずって行かれる。
 ちょ、ちょちょちょ! どういう意味?
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

処理中です...