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その後 ③
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雨は弱まったようだった。
『んおおっ。イかせて……もう、イかせてえぇ!』
全裸で布団に入り、スマホで視聴会(強制)をしている。流れているのは俺が伸一郎さんに鳴かされている時の映像。
『伸一郎さん。伸一郎さん大好きぃぃ……。早く、挿れて。我慢できない』
『あーん? 俺のナニが好きなんだ? 言わないとお預けだからな』
『ああ……。伸一郎さんの……んっ、チンポ……。挿、れてぇ』
涎を垂らし、伸一郎に縋りついている俺が映っていて死にたい。
「……」
「おい。ちゃんと見ろって」
顔を手で覆うが手首を掴まれる。
「見れるか……っ! これを笑顔で見てたら気が狂っ……けほっ」
宣言通り、喉を駄目にされた。
「もお。明日熱が出たらどうしてくれんの」
「看病してやるって。おー。自分でケツの穴広げてんの、エロいな。待ち受けにすっか」
スマホをぶん投げた。
「何しやがる」
「仕事行かないと駄目なんでしょ? えほっ、留守番してるから、行ってきなって……」
「はあ? なんでお前を置いて仕事に行かなきゃいけないんだ? 正気か?」
俺が正気を疑われた。
「熱出た嫁を置いてきたって言ったらジジイに殺されるっての」
「……どんなお爺様なの?」
「鉈持ってタバコ吸いながら猪とか狩ってるジジイ」
すごく血の繋がりを感じる。
「なんで仕事始めたのか、聞いてもいい?」
「あー。藤行には内緒なんだが、お前の誕生日プレゼントを買いたくてな」
「……え?」
藤行には内緒って。俺は藤行です。
「たっ、た、誕生日、教えたっけ?」
「この前バスケした時、お前の弟に聞いた。ていうか、あいつから言ってきた。『兄ちゃんの誕生日何あげるの?』って。あいつの中では俺が何かあげるのが決定事項になってた」
弟の方もほどよくブラコンだよな、と呟いている。
「貢ぐのにも金が要るし。競馬で負けたばっかだったからな。働くしかないと思って。ま、目標金額が貯まるまで、だけどな」
「えっ? そのままずっと働かないの?」
「だるい」
布団を被ると、俺を抱き締めて目を閉じてしまう。
「でも、誕生日って来年もあるし。その時はどうするの?」
「……」
考えてなかったのか。「そういえば……」みたいな表情をする。
「チッ」
「なんの舌打ち?」
「しゃーねー。働くか。お前に貢ぐために」
「いやいや……。生活のために働きなよ。う、嬉しいけどさ」
げほげほっと咳をすると、伸一郎は起き上がった。
トイレかな? と見ていると、レンジの音がしてカップを持って戻ってきた。上体を起こして受け取る。
「ほらよ。熱いからな」
「何?」
ふーふーして、こくっと飲んでみる。めっちゃ甘い。
「はちみつ、ミルク?」
「喉に良いんだろ?」
知らんけど、と言っているので喉を傷めたことも無いのだろう。
「で?」
「え?」
「誕生日プレゼント。何が良い? 一日中抱き潰す券とかどうだ?」
「いらないです。……考えとくよ。思いつかない。予算何円までとかある?」
伸一郎はスマホを拾いに行くと充電器に刺した。
「欲しいもの言えって。一千万のものだろーが金貯まったら買ってやるから」
伸一郎さんが甘やかしてくる。
「俺は。伸一郎さんに、何をプレゼントしたらいい?」
「お前」
「他の選択肢は?」
「は?」
一択―――
戻ってくると無言で抱きしめてくれる。
「飲んどくから、寝てていいよ」
「ふーん」
雨音と伸一郎に包まれ、ひどく安心する。
「ねえ。伸一郎さんは俺のためにセフレたちと切ってくれたけど。俺も友達と連絡、取らない方がいい?」
「好きにしろ」
あっさりと言われた。
「好きにしろって……。伸一郎さんは? 嫌じゃないの? 俺が切ったんだから、お前も男友達と連絡とるな、とか。そういう気持ちにならない?」
「なんだそりゃ」
「……」
宇宙人に納豆を見せた時のような反応をされた。
ミルクに口をつける。
「はあ。お前が俺以外の人間を好きになろうと。どうせ俺以上に好きにはならねぇんだから。結局は俺の元に戻ってくるだろうが」
「……すごい、自信だね」
退屈そうに耳をほじっている。
実際。彼以上に好きになる人は現れないだろうと、自分でも思う。
「てか。俺の一番のライバルってお前の弟じゃねぇか?」
「ブッ」
咽た。
「青空? な、なんで?」
「いや、お前。いやお前なんで自覚無いんだよ。お前は弟命だろうが」
「青空はみんなから好かれて当然の存在だもん」
「……」
「なんで黙るの?」
「はあ……。いい。お前のそういうとこも好きだ」
「え? なん……。お、俺だって好きだよ? 伸一郎さんのこと」
「はいはいはい。そうだなそうだな」
「ちょっと! 俺は真剣に言ってんだぞ」
信じられないなら見せてやるよ。俺の青空フォルダを。特に青空がベイビーの時、母が撮ったもの。俺にももらったんだ。これは特別な人にしか見せないんだからな……って、
「スマホ! 鞄の中だあああ! げほごほっ!」
うるさそうに伸一郎が耳を塞ぐ。構わず俺はバタバタと這って、玄関に放置していた愛用している鞄の元へ。水を吸ってすっかり重くなっている鞄から、恐る恐るスマホを取り出す。
「おぎゃあああ……。こ、壊れてないかな?」
のそりと追ってきた伸一郎が肩越しに覗き込んでくる。
「壊れてたら俺とお揃いのにすりゃいいじゃねぇか」
「撮り溜めてた青空の写真がァ――――っ! データ破損してたらどうしよう……。げほげほっ、げほ! 死ぬしかない」
がくっと倒れた俺を小脇に抱えて布団の上に投げた。
「お前それ、隠し撮りか?」
「お馬鹿! ちゃんと青空に許可取ったもん! 『ああうん。いいよもう。どうでも……』って言ってくれた!」
「……」
だからなんで黙るんだよ。
「俺の青空があああぁぁぁ」
伸一郎は大あくびすると、布団に入って目を閉じた。
「何寝てんだ⁉ 俺はこんなにショックなのに! 俺の気が済むまで話聞けってオイ!」
ぽかぽか殴るも、伸一郎はすかーっと眠ってしまった。
「あーあー。もー。明日修理に持って行こう……」
カラになったカップをシンクに置き、布団に戻ると伸一郎の背中に抱きついた。
🐻
朝になっても雨は残り続けた。
一人でも帰れるのに伸一郎さんが送ってくれた。「お前すぐ変なのに絡まれるから」って、困ったやつを見る目だったのが納得いかない。
鍵を使って扉を開ける。
早朝だし、ふたりは寝てるかな。
「兄ちゃん。おかえりー」
あああ。空がどれだけ曇っていようと、弟の笑顔を見ると心が晴れ渡っていく……
「起きてたのか。早起きだな」
「……兄ちゃんなんだか、声、かすれ……あ」
察しないでくれ! すごく恥ずかしい!
荷物を置くと、さっそく洗濯機に放り込んでいく。
「コーヒー無くなったから、ジュース飲む? 兄ちゃん。オレンジとリンゴどっちがいい?」
「悪いな。リンゴで」
「おっけー」
「朝食は? 食べたのか?」
「まだ。兄ちゃん聞いてくれよ」
コップふたつ持ってテーブルに置く。なんだ? なんでも聞くぞ。
「俺実は今日、光先輩と、か、買い物に行くんだ」
俺の背後でリンゴーンと鐘が鳴った。天使がラッパ吹きながら忙しなく紙吹雪を撒いている。
赤い頬を掻いている弟の手を両手で握った。
「デートか? 兄ちゃん嬉しいぞ」
「違うって! 部活の、必要な物の買い出し、だよ……。でも俺、キンチョーしちゃって、早く目が覚めちゃってさ……なんで泣いてるの?」
弟が青春してくれているのが心から嬉しい。俺の生き甲斐なのだから。
「弁当とか必要なら、兄ちゃん頑張っちゃうぞ?」
「あーその。俺、弁当も自分で作れるようになりたくて。兄ちゃんに頼りっぱなしはダサいと思うんだ」
「……」
「でも! 兄ちゃんに頼る時はあるかもしれないし! その時は手を貸してほしいな! うん!」
本気で倒れた俺に必死で声をかけてくれる。いかんいかん。俺が弟離れしなくては……無理だな。
「うるさいぞ。朝早くから」
親父が起きてきたのでパンを焼いて三人で朝食。
「なあ。青空。ちょっと相談なんだが」
「なに?」
「相談なら父さんにしなさい!」
「伸一郎さんのことなんだけど」
「……」
親父が黙ったので続ける。
「伸一郎さん、俺に気を遣ってセフレとの連絡消してくれたんだ。だから俺も、男友達と連絡取らない方が、いいのかなって」
セフレという聞き慣れない単語に父が咳き込む。
青空はもぐもぐと咀嚼していて一生見ていられる。可愛い。
「んー? 伸一郎さん、そんなこと気にしないと思うんだけど」
「そうだよ。気にしないんだ」
「残しておけば?」
「なんか、不義理じゃないかなって……」
「俺の電話番号も消すの?」
「世界が滅んでも消さない」
あきれ顔でリンゴジュースを飲んでいる。
「じゃあ消さなくてもいいじゃん。誤差だよ、誤差」
「父さんはあいつとの交際をまだ認めてないからな! なんだあの会うたびに分厚くなる熊男は! 藤行! お前はしっかりした女性と一緒になってだな――」
くどくどと何か言っていたが、俺は電話番号のことで頭いっぱいだった。
朝食の後、泣きながら修理に持って行った。
店員さんを引かせてしまったがなんと、スマホは無事だったのだ。確かにタフネススマホだけど、スマホって水に弱い代表みたいなものなんじゃ……。でも嬉しい!
昨日見せそびれた青空フォルダを伸一郎さんに見せてあげよう! きっと喜ぶはずだ。お世話にもなったし、何か果物でも買って……
「藤行?」
「お。宮治」
会えて嬉しいが……告白して振ったことを思い出し、双方ずぅんと暗くなる。
スーパーの果物売り場前で見つめ合っててもしょうがないので、買い物を済ませてからイートインスペースでお茶にした。また伸一郎さんに声を低くされそうだが、宮治を無視できなかった。俺ってはっきりしないなぁ。伸一郎さんに愛想つかされ……伸一郎さん、俺のこと嫌いになるのかな?
想像できない。
「あ、いや。そんな顔させたいわけじゃないんだ」
考え込んでいたせいか、宮治が切り出してきた。ハッとなって顔を上げる。
「その……」
何か言おうとしたがその前に宮治に遮られた。
「なあ。藤行。お前の……付き合ってる人って。この前写真見せてくれた人、なんだよな?」
「え? うん」
「もう一回、見せてくれないか?」
「いいけど青空の写真は? 見たい?」
「見ないです」
どいつもこいつも遠慮しやがって、と呟きながらスマホを操作する。
スマホを差し出す。
「ほい」
「ありがと」
びくっと肩が跳ねた。礼を言われたからてっきりキスされるのかと。んなことしているの俺らだけだっつーの。しっかりしろ! 俺!
バシバシと自分の頬を叩く。
「……かっこいいな、この人」
伸一郎さんを褒められると嬉しくなる。
が、なにやら宮治の目に熱がこもっているのが見えた。
「宮治?」
「この人、名前は?」
「え……なんで?」
「いやその……。なんていうか、かっこいいなって思って。お前に写真見せてもらった時から心に残ってて。おかしいな……。俺、ホモでもゲイでもないはず、なのに」
画像と宮治を見比べ、さぁっと青ざめた。そうだった。伸一郎さん、顔は良いんだ。惚れられる可能性を考慮していなかった。不用意に見せるべきでは……なかったんだ。
「っ、スマホ、返して」
手を伸ばすがさっと避けられる。
「宮治!」
「いいじゃん。この写真くれよ」
「嫌。駄目。無理」
宮治がニヤッと笑う。
ま、まさかこいつがライバルになるのかよ。
「そんなムキになるくらい、いい男なんだな?」
「そ、そうだよ」
「これ一枚だけだから」
「お前! スマホは大切に扱えよ! 青空の写真が入ってるんだからな!」
「……うん」
ムキになるのソコ? みたいな顔をしている。当たり前だろ。ベイビー青空写真はもう二度と手に入らないかもしれないんだぞ。
「もしスマホに何かあったら。日本から逃げてもお前を許さない」
「変わってないな。藤行さあ。好きだったわ、そういうとこ」
そう言えば俺のこと、好きでいてくれた、んだよな。
気まずそうな顔をする藤行を見て、宮治も口が滑ったと顔を背ける。
「……写真欲しいなら、本人に聞いてみないと」
「この人の家に案内してくれよ」
「住所も教えていいか、聞かないと」
「真面目だな」
ちえっと口を尖らせる。伸一郎さんは熊男だから心配しないけど、女性だったら知らない男に住所教えるのはまずいだろ。真面目とか関係ないの。
「スマホ。返して」
「はい」
素直に返却してくれてホッとする。よかった。こいつのこと、嫌いになりたくなかったから。
安心したように微笑む藤行を見て、わずかに頬を染める。
「ったく。今日はもう帰るわ。写真、見せてくれてありがとな」
「ああ。気を付けてな? 寄り道せず帰れよ」
「母親かよ」
くすっと笑うと帰って行った。
俺の数少ない貴重な友人。……でも、今度から伸一郎さんの写真を見せるときは気をつけないと。
「わざと変顔した写真、撮ってみようかな? 変顔してくれるかな?」
会計して店を出ようとしてふと気づく。
「あれ? 伝票は?」
無い。落としたかなと机の下を覗くも、無い。
まさか宮治が払ってくれたのか?
(俺がまとめて払うつもりだったのに……)
今度お礼に、抹茶以外のアイスでも奢ってやるか。
藤行は幽霊が出そうなアパートに直行した。住んでいるのは、あったかい人ばっかりなんだけどね。
「写真撮って良いか?」
伸一郎にそう言われた。
「へ?」
先に言われてしまい、藤行はスマホを取り出しかけた体勢で固まる。玄関で。
「誰の?」
「お前しかいないだろ」
「なんで?」
「ジジイにお前の話したら、『嫁の顔見せろ』って言われてな」
俺の知らないところで話が進んでいる。
「おじいさん。俺が男なのは。えーっと、気にしてないの?」
「そんなのどうでもいいから早く結婚して、ふたりで引っ越して来いってうるさい」
お、おおおおおおじいさん? マジですか。
「おばあさんは?」
「男手が増えるって喜んでた」
「そっかぁー……」
それしか言えなかった。
「おい。笑え。撮るから」
スマホを横にして構えている。藤行は飛び上がった。
「え? 撮るの? いま?」
「お前美人だけど、笑った顔が一番きれいだ。ほら。笑え」
「…………」
真っ赤になってうつむく。伸一郎が「またクソだせぇ服着てんな……」と顔をしかめているが目に入らなかった。
「下向くな。こっち見ろ」
「し、伸一郎さんが恥ずかしいこと言うからだろ」
「じゃねーとこの前の動画見せるぞ? お前が喘いでいるやつ」
購入した果物を投げたが片手でキャッチされた。
「お前ぇ! あ、あんなの見せやがったら伸一郎さん刺して俺も死ぬからな⁉」
リンゴを拭くと丸かじりし出す。いい音が鳴った。
「刺すなら俺だけにしとけ。お前は生きてろ。あの世で眺めとくから」
「え……? それなら一緒に死んであの世で……なんでもない」
またニヤニヤ笑い始める。
「あーん? 一緒に、なんだって?」
「その……。なんでもない! ていうか、刺されたくらいで死なないだろ! 俺も、伸一郎さんの写真、撮ろうと思ったんだよ」
「なんで?」
三口でリンゴが半分になった。
「……あんまりカッコイイ写真だと、ほ、他の人が惚れちゃうから」
カシャッと、シャッター音が響いた。
「え? 撮った?」
「よし。これでいいか。なんか暗いな。電気つけとけばよかったか」
スマホを弄りながら部屋に戻り、ラグの上に腰を下ろす。
「待って? 俺、変な顔してなかった?」
「で? なんだっけ? 他の奴に俺が取られるかもって、独占欲か? へー。可愛いこと言うじゃねぇの」
「バッ……カ!」
キウイも投げたが、やはりキャッチされた。
【終わり】
『んおおっ。イかせて……もう、イかせてえぇ!』
全裸で布団に入り、スマホで視聴会(強制)をしている。流れているのは俺が伸一郎さんに鳴かされている時の映像。
『伸一郎さん。伸一郎さん大好きぃぃ……。早く、挿れて。我慢できない』
『あーん? 俺のナニが好きなんだ? 言わないとお預けだからな』
『ああ……。伸一郎さんの……んっ、チンポ……。挿、れてぇ』
涎を垂らし、伸一郎に縋りついている俺が映っていて死にたい。
「……」
「おい。ちゃんと見ろって」
顔を手で覆うが手首を掴まれる。
「見れるか……っ! これを笑顔で見てたら気が狂っ……けほっ」
宣言通り、喉を駄目にされた。
「もお。明日熱が出たらどうしてくれんの」
「看病してやるって。おー。自分でケツの穴広げてんの、エロいな。待ち受けにすっか」
スマホをぶん投げた。
「何しやがる」
「仕事行かないと駄目なんでしょ? えほっ、留守番してるから、行ってきなって……」
「はあ? なんでお前を置いて仕事に行かなきゃいけないんだ? 正気か?」
俺が正気を疑われた。
「熱出た嫁を置いてきたって言ったらジジイに殺されるっての」
「……どんなお爺様なの?」
「鉈持ってタバコ吸いながら猪とか狩ってるジジイ」
すごく血の繋がりを感じる。
「なんで仕事始めたのか、聞いてもいい?」
「あー。藤行には内緒なんだが、お前の誕生日プレゼントを買いたくてな」
「……え?」
藤行には内緒って。俺は藤行です。
「たっ、た、誕生日、教えたっけ?」
「この前バスケした時、お前の弟に聞いた。ていうか、あいつから言ってきた。『兄ちゃんの誕生日何あげるの?』って。あいつの中では俺が何かあげるのが決定事項になってた」
弟の方もほどよくブラコンだよな、と呟いている。
「貢ぐのにも金が要るし。競馬で負けたばっかだったからな。働くしかないと思って。ま、目標金額が貯まるまで、だけどな」
「えっ? そのままずっと働かないの?」
「だるい」
布団を被ると、俺を抱き締めて目を閉じてしまう。
「でも、誕生日って来年もあるし。その時はどうするの?」
「……」
考えてなかったのか。「そういえば……」みたいな表情をする。
「チッ」
「なんの舌打ち?」
「しゃーねー。働くか。お前に貢ぐために」
「いやいや……。生活のために働きなよ。う、嬉しいけどさ」
げほげほっと咳をすると、伸一郎は起き上がった。
トイレかな? と見ていると、レンジの音がしてカップを持って戻ってきた。上体を起こして受け取る。
「ほらよ。熱いからな」
「何?」
ふーふーして、こくっと飲んでみる。めっちゃ甘い。
「はちみつ、ミルク?」
「喉に良いんだろ?」
知らんけど、と言っているので喉を傷めたことも無いのだろう。
「で?」
「え?」
「誕生日プレゼント。何が良い? 一日中抱き潰す券とかどうだ?」
「いらないです。……考えとくよ。思いつかない。予算何円までとかある?」
伸一郎はスマホを拾いに行くと充電器に刺した。
「欲しいもの言えって。一千万のものだろーが金貯まったら買ってやるから」
伸一郎さんが甘やかしてくる。
「俺は。伸一郎さんに、何をプレゼントしたらいい?」
「お前」
「他の選択肢は?」
「は?」
一択―――
戻ってくると無言で抱きしめてくれる。
「飲んどくから、寝てていいよ」
「ふーん」
雨音と伸一郎に包まれ、ひどく安心する。
「ねえ。伸一郎さんは俺のためにセフレたちと切ってくれたけど。俺も友達と連絡、取らない方がいい?」
「好きにしろ」
あっさりと言われた。
「好きにしろって……。伸一郎さんは? 嫌じゃないの? 俺が切ったんだから、お前も男友達と連絡とるな、とか。そういう気持ちにならない?」
「なんだそりゃ」
「……」
宇宙人に納豆を見せた時のような反応をされた。
ミルクに口をつける。
「はあ。お前が俺以外の人間を好きになろうと。どうせ俺以上に好きにはならねぇんだから。結局は俺の元に戻ってくるだろうが」
「……すごい、自信だね」
退屈そうに耳をほじっている。
実際。彼以上に好きになる人は現れないだろうと、自分でも思う。
「てか。俺の一番のライバルってお前の弟じゃねぇか?」
「ブッ」
咽た。
「青空? な、なんで?」
「いや、お前。いやお前なんで自覚無いんだよ。お前は弟命だろうが」
「青空はみんなから好かれて当然の存在だもん」
「……」
「なんで黙るの?」
「はあ……。いい。お前のそういうとこも好きだ」
「え? なん……。お、俺だって好きだよ? 伸一郎さんのこと」
「はいはいはい。そうだなそうだな」
「ちょっと! 俺は真剣に言ってんだぞ」
信じられないなら見せてやるよ。俺の青空フォルダを。特に青空がベイビーの時、母が撮ったもの。俺にももらったんだ。これは特別な人にしか見せないんだからな……って、
「スマホ! 鞄の中だあああ! げほごほっ!」
うるさそうに伸一郎が耳を塞ぐ。構わず俺はバタバタと這って、玄関に放置していた愛用している鞄の元へ。水を吸ってすっかり重くなっている鞄から、恐る恐るスマホを取り出す。
「おぎゃあああ……。こ、壊れてないかな?」
のそりと追ってきた伸一郎が肩越しに覗き込んでくる。
「壊れてたら俺とお揃いのにすりゃいいじゃねぇか」
「撮り溜めてた青空の写真がァ――――っ! データ破損してたらどうしよう……。げほげほっ、げほ! 死ぬしかない」
がくっと倒れた俺を小脇に抱えて布団の上に投げた。
「お前それ、隠し撮りか?」
「お馬鹿! ちゃんと青空に許可取ったもん! 『ああうん。いいよもう。どうでも……』って言ってくれた!」
「……」
だからなんで黙るんだよ。
「俺の青空があああぁぁぁ」
伸一郎は大あくびすると、布団に入って目を閉じた。
「何寝てんだ⁉ 俺はこんなにショックなのに! 俺の気が済むまで話聞けってオイ!」
ぽかぽか殴るも、伸一郎はすかーっと眠ってしまった。
「あーあー。もー。明日修理に持って行こう……」
カラになったカップをシンクに置き、布団に戻ると伸一郎の背中に抱きついた。
🐻
朝になっても雨は残り続けた。
一人でも帰れるのに伸一郎さんが送ってくれた。「お前すぐ変なのに絡まれるから」って、困ったやつを見る目だったのが納得いかない。
鍵を使って扉を開ける。
早朝だし、ふたりは寝てるかな。
「兄ちゃん。おかえりー」
あああ。空がどれだけ曇っていようと、弟の笑顔を見ると心が晴れ渡っていく……
「起きてたのか。早起きだな」
「……兄ちゃんなんだか、声、かすれ……あ」
察しないでくれ! すごく恥ずかしい!
荷物を置くと、さっそく洗濯機に放り込んでいく。
「コーヒー無くなったから、ジュース飲む? 兄ちゃん。オレンジとリンゴどっちがいい?」
「悪いな。リンゴで」
「おっけー」
「朝食は? 食べたのか?」
「まだ。兄ちゃん聞いてくれよ」
コップふたつ持ってテーブルに置く。なんだ? なんでも聞くぞ。
「俺実は今日、光先輩と、か、買い物に行くんだ」
俺の背後でリンゴーンと鐘が鳴った。天使がラッパ吹きながら忙しなく紙吹雪を撒いている。
赤い頬を掻いている弟の手を両手で握った。
「デートか? 兄ちゃん嬉しいぞ」
「違うって! 部活の、必要な物の買い出し、だよ……。でも俺、キンチョーしちゃって、早く目が覚めちゃってさ……なんで泣いてるの?」
弟が青春してくれているのが心から嬉しい。俺の生き甲斐なのだから。
「弁当とか必要なら、兄ちゃん頑張っちゃうぞ?」
「あーその。俺、弁当も自分で作れるようになりたくて。兄ちゃんに頼りっぱなしはダサいと思うんだ」
「……」
「でも! 兄ちゃんに頼る時はあるかもしれないし! その時は手を貸してほしいな! うん!」
本気で倒れた俺に必死で声をかけてくれる。いかんいかん。俺が弟離れしなくては……無理だな。
「うるさいぞ。朝早くから」
親父が起きてきたのでパンを焼いて三人で朝食。
「なあ。青空。ちょっと相談なんだが」
「なに?」
「相談なら父さんにしなさい!」
「伸一郎さんのことなんだけど」
「……」
親父が黙ったので続ける。
「伸一郎さん、俺に気を遣ってセフレとの連絡消してくれたんだ。だから俺も、男友達と連絡取らない方が、いいのかなって」
セフレという聞き慣れない単語に父が咳き込む。
青空はもぐもぐと咀嚼していて一生見ていられる。可愛い。
「んー? 伸一郎さん、そんなこと気にしないと思うんだけど」
「そうだよ。気にしないんだ」
「残しておけば?」
「なんか、不義理じゃないかなって……」
「俺の電話番号も消すの?」
「世界が滅んでも消さない」
あきれ顔でリンゴジュースを飲んでいる。
「じゃあ消さなくてもいいじゃん。誤差だよ、誤差」
「父さんはあいつとの交際をまだ認めてないからな! なんだあの会うたびに分厚くなる熊男は! 藤行! お前はしっかりした女性と一緒になってだな――」
くどくどと何か言っていたが、俺は電話番号のことで頭いっぱいだった。
朝食の後、泣きながら修理に持って行った。
店員さんを引かせてしまったがなんと、スマホは無事だったのだ。確かにタフネススマホだけど、スマホって水に弱い代表みたいなものなんじゃ……。でも嬉しい!
昨日見せそびれた青空フォルダを伸一郎さんに見せてあげよう! きっと喜ぶはずだ。お世話にもなったし、何か果物でも買って……
「藤行?」
「お。宮治」
会えて嬉しいが……告白して振ったことを思い出し、双方ずぅんと暗くなる。
スーパーの果物売り場前で見つめ合っててもしょうがないので、買い物を済ませてからイートインスペースでお茶にした。また伸一郎さんに声を低くされそうだが、宮治を無視できなかった。俺ってはっきりしないなぁ。伸一郎さんに愛想つかされ……伸一郎さん、俺のこと嫌いになるのかな?
想像できない。
「あ、いや。そんな顔させたいわけじゃないんだ」
考え込んでいたせいか、宮治が切り出してきた。ハッとなって顔を上げる。
「その……」
何か言おうとしたがその前に宮治に遮られた。
「なあ。藤行。お前の……付き合ってる人って。この前写真見せてくれた人、なんだよな?」
「え? うん」
「もう一回、見せてくれないか?」
「いいけど青空の写真は? 見たい?」
「見ないです」
どいつもこいつも遠慮しやがって、と呟きながらスマホを操作する。
スマホを差し出す。
「ほい」
「ありがと」
びくっと肩が跳ねた。礼を言われたからてっきりキスされるのかと。んなことしているの俺らだけだっつーの。しっかりしろ! 俺!
バシバシと自分の頬を叩く。
「……かっこいいな、この人」
伸一郎さんを褒められると嬉しくなる。
が、なにやら宮治の目に熱がこもっているのが見えた。
「宮治?」
「この人、名前は?」
「え……なんで?」
「いやその……。なんていうか、かっこいいなって思って。お前に写真見せてもらった時から心に残ってて。おかしいな……。俺、ホモでもゲイでもないはず、なのに」
画像と宮治を見比べ、さぁっと青ざめた。そうだった。伸一郎さん、顔は良いんだ。惚れられる可能性を考慮していなかった。不用意に見せるべきでは……なかったんだ。
「っ、スマホ、返して」
手を伸ばすがさっと避けられる。
「宮治!」
「いいじゃん。この写真くれよ」
「嫌。駄目。無理」
宮治がニヤッと笑う。
ま、まさかこいつがライバルになるのかよ。
「そんなムキになるくらい、いい男なんだな?」
「そ、そうだよ」
「これ一枚だけだから」
「お前! スマホは大切に扱えよ! 青空の写真が入ってるんだからな!」
「……うん」
ムキになるのソコ? みたいな顔をしている。当たり前だろ。ベイビー青空写真はもう二度と手に入らないかもしれないんだぞ。
「もしスマホに何かあったら。日本から逃げてもお前を許さない」
「変わってないな。藤行さあ。好きだったわ、そういうとこ」
そう言えば俺のこと、好きでいてくれた、んだよな。
気まずそうな顔をする藤行を見て、宮治も口が滑ったと顔を背ける。
「……写真欲しいなら、本人に聞いてみないと」
「この人の家に案内してくれよ」
「住所も教えていいか、聞かないと」
「真面目だな」
ちえっと口を尖らせる。伸一郎さんは熊男だから心配しないけど、女性だったら知らない男に住所教えるのはまずいだろ。真面目とか関係ないの。
「スマホ。返して」
「はい」
素直に返却してくれてホッとする。よかった。こいつのこと、嫌いになりたくなかったから。
安心したように微笑む藤行を見て、わずかに頬を染める。
「ったく。今日はもう帰るわ。写真、見せてくれてありがとな」
「ああ。気を付けてな? 寄り道せず帰れよ」
「母親かよ」
くすっと笑うと帰って行った。
俺の数少ない貴重な友人。……でも、今度から伸一郎さんの写真を見せるときは気をつけないと。
「わざと変顔した写真、撮ってみようかな? 変顔してくれるかな?」
会計して店を出ようとしてふと気づく。
「あれ? 伝票は?」
無い。落としたかなと机の下を覗くも、無い。
まさか宮治が払ってくれたのか?
(俺がまとめて払うつもりだったのに……)
今度お礼に、抹茶以外のアイスでも奢ってやるか。
藤行は幽霊が出そうなアパートに直行した。住んでいるのは、あったかい人ばっかりなんだけどね。
「写真撮って良いか?」
伸一郎にそう言われた。
「へ?」
先に言われてしまい、藤行はスマホを取り出しかけた体勢で固まる。玄関で。
「誰の?」
「お前しかいないだろ」
「なんで?」
「ジジイにお前の話したら、『嫁の顔見せろ』って言われてな」
俺の知らないところで話が進んでいる。
「おじいさん。俺が男なのは。えーっと、気にしてないの?」
「そんなのどうでもいいから早く結婚して、ふたりで引っ越して来いってうるさい」
お、おおおおおおじいさん? マジですか。
「おばあさんは?」
「男手が増えるって喜んでた」
「そっかぁー……」
それしか言えなかった。
「おい。笑え。撮るから」
スマホを横にして構えている。藤行は飛び上がった。
「え? 撮るの? いま?」
「お前美人だけど、笑った顔が一番きれいだ。ほら。笑え」
「…………」
真っ赤になってうつむく。伸一郎が「またクソだせぇ服着てんな……」と顔をしかめているが目に入らなかった。
「下向くな。こっち見ろ」
「し、伸一郎さんが恥ずかしいこと言うからだろ」
「じゃねーとこの前の動画見せるぞ? お前が喘いでいるやつ」
購入した果物を投げたが片手でキャッチされた。
「お前ぇ! あ、あんなの見せやがったら伸一郎さん刺して俺も死ぬからな⁉」
リンゴを拭くと丸かじりし出す。いい音が鳴った。
「刺すなら俺だけにしとけ。お前は生きてろ。あの世で眺めとくから」
「え……? それなら一緒に死んであの世で……なんでもない」
またニヤニヤ笑い始める。
「あーん? 一緒に、なんだって?」
「その……。なんでもない! ていうか、刺されたくらいで死なないだろ! 俺も、伸一郎さんの写真、撮ろうと思ったんだよ」
「なんで?」
三口でリンゴが半分になった。
「……あんまりカッコイイ写真だと、ほ、他の人が惚れちゃうから」
カシャッと、シャッター音が響いた。
「え? 撮った?」
「よし。これでいいか。なんか暗いな。電気つけとけばよかったか」
スマホを弄りながら部屋に戻り、ラグの上に腰を下ろす。
「待って? 俺、変な顔してなかった?」
「で? なんだっけ? 他の奴に俺が取られるかもって、独占欲か? へー。可愛いこと言うじゃねぇの」
「バッ……カ!」
キウイも投げたが、やはりキャッチされた。
【終わり】
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