全種族の男の子、コンプリートを目指す魔女っ娘♂のお話

水無月

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双子

18 吊りスカート

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 崖の下から這い上がってくると、食堂でほのぼのとしたお茶会が開かれていた。
 小さな子でも座りやすいよう食堂の高い椅子ではなく、玄関ロビーのソファーを運び入れた。クッションをたくさん敷き詰め、中央にエイオット、左右に狸っ子という並び順。

 一人用ソファーにはごっちんがすまし顔で腰掛け、同じようにお茶(きな粉ミルク)とお菓子を楽しんでいた。
 エイオットはのほほんとしているし、双子は美味なお菓子にもっちゃもっちゃとがっついている。すごい勢いだ。ほっぺがぱんぱんでフヘヘヘヘヘヘ。

 だらしない笑みを浮かべ、髪に小枝や葉をつけた主人が這ったままじりじり近づくと、エイオットが気づいてくれた。ぶんぶんと大きく手を振る。

「あ、ごしゅじんさま! おかえりなさーい」

 いい子だ……。笑顔に癒される。シカトかましている執事も見習ってほしい。魔王様は目線だけは寄こしてくれた。

「主人殿も食うか? キャットがきな粉餅なるものを作ってくれたぞ」
「何しに来たんだよ」
「俺の館なんだからどこで何しててもいいでしょうが」

 それより、きな粉餅とな。是非食べたいぞ。

「俺も食べるー」

 キャットが嫌そうな顔をする。

「雑草でも食ってろよ。おこがましい」

 ヤギじゃないから雑草じゃ満足できんのよ。食えるけど。

「その様子じゃ、自己紹介は済んだようだね?」

 口元を丁寧に拭っておられるごっちんが頷く。

「軽く名乗り合っただけだがな……。素直な子たちのようだ」
「ほほーーう?」

 木の枝やらをぱっぱっと払いながらアクアを見てニヤつく。主人と目が合うと、アクアは気まずそうに目を逸らす。この子が素直に名乗るとは。これが魔王パワーか。

「おい。食堂で汚れを払うんじゃねぇ。お前を払ってやろうか」

 と言いつつ、テーブルにきな粉ミルクときな粉餅を置いてくれる。主人は自分のソファーに腰掛け、きな粉餅を一口。
 パクリ。

「んまーい。キャット君。お店出せるよー」
「ごっちん様。おかわりはよろしいでしょうか」

 ガン無視してくるきみが好き。

 首から『二度あることは三度ある』と書かれたプレートを下げた執事が、汚物を見るような眼差しを向けてくる。

「ところでお前……。このちび共にも頭おかしい衣装を着せる気か……?」
「もぐもぐ。当たり前じゃん」

 はあーーと長いため息をついている。なんだよ。

「ふふん。今回はなんと、露出控えめ衣装だぞ? 見たい? 見たいか?」
「……」
「なんだその目つきは」

 帽子に手を突っ込み、ヴァッサーの手作り衣装を引き出す。

「ふはははは! 見ろ! この素晴らしいとしか言えない衣装を! バニー服だぞ、バニー服! これをむっちむちにしたツインズに着せるのだ! はははは。たまらんなぁ。こんなにテンションが上がったのはウルトラソ〇ルを聴いた時以来かもしれん」

 ハッハハハハハハハハハハーー
 手袋を外して牛皮のように柔らかいきな粉餅を摘むと、大口開けて笑っている主人の口にそっと押し込む。
 尋常ではなく咽ている主人を無視して、キャットは何事もなかった顔で手を拭う。

「おい、ちび共」
「! な、なんだよ……」
「……はい」
「この館の主はそこの変態だ。人権無視した理不尽な目にも合うだろう。それでもここで暮らすかどうかは、自分たちで決めろ。いいな?」
「「……」」

 お菓子を両手で持ったまま、うつむいてしまう。
 悩む二人の肩を、エイオットがやさしく抱き寄せる。

「大丈夫だよ。ごしゅじんさまはよく意味が解らないけど。絶対にアクアとファイアを傷つけたりしない。まずはいっぱい食べて、お風呂に入って元気になってから考えよう。ね?」

 交互に二人の顔を見ていく。
 双子にとってはまったく慣れない環境。初めての場所。だが、くつろいでいるエイオットに少しでも安心したのか、こくっと頷いてくれる。

「よしよし。食べたらお風呂に行こうね……? ぐふふ。怖くないよ?」

 手をワキワキしながら迫ろうとすると、足の長い執事が割って入ってくる、

「俺が入れてくるから、お前は木の下にでも埋まってろ」
「何でいつも邪魔すんだよ! キャット君はこの子たちを肥えさせるうまうま飯をいっぱい作ってりゃいいんだよ」

 ぎゃあぎゃあうるさいふたりに、ごっちんは身体をエイオットの方に傾け、こそっと呟く。

「長くなりそうだ。私たちで双子を風呂にいれてしまおうか」
「そ、そーだよね……」

 でないと、満腹になった双子たちがウトウトし始めてしまう。
 ごっちんはアクアの、エイオットはファイアの手を握って、お風呂場へ向かう。

「……」

 流れるように手を握ってきた黒髪の男の子を、アクアはじぃっと見上げていた。

「わあああっ。ごっちん様! 俺がやりますゆえ」
「おお。待ってたぞ」

 ごっちんたちがいないことに気づいたキャットが滑り込んできた。勢いよく風呂場の扉を開く。湯気に包まれたお湯の流れる空間。そこにはすっぽんぽんの狸たちと袖をまくったごっちんとエイオットが。










 大きな浴槽。たっぷりのお湯。流れ落ちるミニチュア滝。双子は目を輝かせて走り出したが、即行でエイオットとごっちんに捕まった。

『なんだよなんだよ! 離せよ!』

 お湯に飛び込みたいらしい。
 じたばたするアクアの前で少しだけ屈み、紫の瞳を合わせる。

『滑りやすいからな。コケては大変だ。風呂場では走るな。お前が怪我をすると、悲しむ者がいるのではないか?』
『…………ぴぃ』

 小鳥みたいな声だったが頷いていたので理解してくれたのだろう。逆にファイアは浴槽の中身がお湯だと知ると、エイオットにぎゅっとくっつき離れなくなった。

 もしかして火傷の原因って……

 ファイアを抱っこしたままごっちんの方に歩いていく。

『ねえねえ。ごっちん君』
『ん?』
『この子ね? 会った時ひどい火傷をしてたんだ……。それで、思うんだけど。お湯が怖いのかも……。どうすればいいのかな?』
『ほお?』

 エイオットの胸に顔を埋めている狸を引き剥がし、顔の高さまで持ち上げる。アクアもだが、ごっちんに触れられると妙におとなしくなるのは何でだろう。エイオットは軽く首を傾げる。

『ふむ。すでに治した後か。それはいいが心の傷になっているのだな……』

 そっとファイアを床に下ろす。
 上書きしてもよいが……

『ファイアよ。お湯が怖いか?』
『…………はい』

 震えていたがアクアが抱きしめると、縋るように抱きしめ返す。

『どうして怖いのだ?』
『え? ……痛かったことを、思い出す、から……』

 怖い。どうしても身体が震える。この空間はこんなにもあったかいのに。

『他には?』
『……? え、えっと』

 言い淀んでいると、キッとアクアが睨んでくる。

『おい! ファイアを虐めるなよ!』
『こうやって、辛い時にいつも庇い、側にいてくれる者はいなかったのか? その思い出は本当に、辛い事だけなのか?』
『…………』

 そうに決まっている。怖くて辛い事だけだ。

『良ければ消してやろうか? その記憶』
『!』

 けせ、るの?

 痛かった。もう何が起きて火傷したのか、脳が蓋をしたかのように思い出せなかったが、身体はすくみそうになる。怖い。あんな痛みがこの世にあるのかと。何のために存在しているのかと。怒りと悲しみでぐちゃぐちゃになった。
 親もいない自分は、ここで惨めに死ぬだけなんだ、と。子どもでも理解できた。

 ――ファイア、大丈夫だ! 俺はここにいるぞ!

 怖くて恐ろしい記憶。

 ――喉かわいただろ? 水をくんできてやる。

 出来ることなら消して忘れてしまいたい。

 ――大丈夫だ。ちゃんと手を握っててやるから。ゆっくり歩け。

 そうだ、忘れてしまえば……

 ――ばか! ファイアがめいわくなわけないだろ。ばかを言うな! ばかっ!

 怖い記憶……

 ――傷が痛む? ぺろぺろしてやるからな? だーいじょうぶだ! 治りかけてるぞ。……え? も、もちろんだ! 回復にむかってるぞ。あんしんしろ。なっ?

 ――ああっ。血が出てる! 痒くて掻いちゃったのか? だいじょうぶだ。舐めたら治る。ぺろぺろ。大丈夫だ。

 ――ずっと抱きしめててやるから、ゆっくり寝ろ。分かってる。どこにも行かないぞ。

『…………』

 何も見えなくなった暗闇の記憶に、アクアの声だけが聞こえる。

 もしいらない記憶だと捨ててしまったら、この声も消えるのだろうか。怖い記憶だと忘れてしまったら、アクアの優しさも忘れてしまうのだろうか。辛い記憶だと塗りつぶしてしまえば、無理して笑っていたアクアのことも潰してしまうのか。
 痒くて痛くて見えなくて苦しくて、アクアの迷惑になってるんじゃないかって思うと胸が潰れそうで。たまにアクアは血のにおいを纏って帰ってきた。怪我はしていないと言っていたが、アクアの血のにおいだった。

 自分だけならいいが、アクアまで傷つける世界が嫌だった。でも――

 この記憶は消したくない。
 辛い。辛かったけど、辛いだけじゃ、ない……

『いい、です……! 消さないで、いい』

 ファイアは首を横に振る。
 驚いていたのはアクアだった。

『え? なんで――』
『……いいの』

 これは、僕の辛くて苦しい、大事な記憶なんだ……
 ごっちんは双子の首根っこを掴むと、すとんと風呂椅子に座らせる。

『お湯が怖いのなら、構わん。目を閉じているか片割れに抱きついていろ。無理に湯船に入る必要はない。だが身体は洗うからな』
『は、はい……』

 ぎゅっと目を閉じる。
 エイオットはどこか感心した風な顔でごっちんを見ている。

 だだだだと足音が聞こえ、執事が入ってきたのはその直後だった。











(ええ~?)

 遅れてやってきた主人は水とお湯を混ぜ、ぬるま湯を作る作業をやらされていた。
 いきなりファイアにあっついお湯をかけて、パニックになっても駄目だからだ。心の傷はゆっくりと癒していくものだ。とはいえ、風呂場は怖がると思っていたのに――

「きもち、いい……」
「なんだこれ。あわあわだ。ぺろっ。……うえっ苦!」
「舐めちゃ駄目だよぉ」

 ファイアの髪を洗っているエイオットが、アクアに石鹸は食べられないことを教えている。

「なんだよ! 甘くねぇじゃん。だましたな!」

 泡が甘そうに見えたのか。怒りだそうとしたアクアの頭を、大きな手ががっと掴む。

「おい。洗ってる時はじっとしろ」
「ぴゃう……」

 アクアの髪を洗っていた執事の声に、魂が出そうになっている。その様子を懐かしそうに苦笑を浮かべながら見つめているエイオット。
 それをだらしない顔で眺めていると、ぺたぺたと足音が近づく。

「入れるぞ」
「うっす」

 水を容器に入れて運んできたごっちんが、お湯の入った容器の中に水を注ぐ。それを俺がかき混ぜて、いい温度のゆるま湯が完成。
 嫌がることなく椅子でじっとしているファイアに目を向ける。

「ごっちん。……ファイアのカウンセリングをやってくれたんだね。礼を言うよ」
「カウン……? 私は恐怖をあまり知らんからな、トラウマとやらがどんなものか聞いただけだ」

 斜め上の答えが返ってきた。ファイアの痛みと恐怖に寄り添ってくれたわけではなく、まさかの知りたかっただけ、ですか。

 トラウマは何度も何度も思い出し、身を刻まれそうな記憶をしつこいほど呼び覚ますことで、人間が持つ最強の特性「慣れる」と「飽きる」で薄めていくのも効果的だと、何かで読んだことがある。もちろん絶対ではないが……
 あれかな? 王として臣下の話も聞いていただろうし、身体が勝手に悩み解決に動いてしまうようになっちゃったのかな?

 なんにせよ助かった。俺の役目だったのに。申し訳ないな。

 洗ってくれている二人の元にぬるま湯をえっちらおっちらと運ぶ。

「あーん。おもい~。エイオットぉ~」
「は、はい!」

 じゃぶじゃぶと手についた泡を流し、笑顔で歩いてやってきてくれる。ついでのように抱きしめられる。ンフフッ。

「すぐにエイオットに頼るな変態! エイオット。お前も甘やかすな!」
「えへへ。頼られると、嬉しくて。このくらいは……」

 ひょいと容器を持ち上げ、ぬるま湯で泡と汚れを流そうとする。

「……えっと」

 ファイアは目を両手で押さえているから、耳を防げない。桶を持ったまま悩んでいると、アクアがファイアの耳を押さえる。目を閉じている時に急に触られたというのに、ファイアはまったくいつも通り。

「ゆっくり流すよ~」

 ざばーっと、ちょうどいい温度が降りそそぐ。びくりと身体が揺れるが……

「大丈夫だぞ。そばにいるからな」
「……うん」

 ファイアがパニックになることはなかった。兄弟の絆が尊くて泣いた。
 エイオットがタオルで髪を拭いてあげている横で、キャットはアクアにお湯をぶっかけていた。

「ごぼぼぼぼっ」
「痒いとこあったらいえよ~」

 それは洗っている時に言うセリフでは?

 ふたりはすっきりした顔になった。
 脱衣所に出る頃には汚れと言う汚れが落ち、肌はぷるんと輝く。毛先が黒い灰色の髪も艶を取り戻し、黒い瞳はキラキラクリクリ。
 タオルにくるまれ、ほくほくのふたり。……起き上がりこぼしが並んでいるようで、主人は胸の前で祈るように手を組んだまま倒れた。

「阿呆は無視して……服、どうしましょうか?」
「そうだな」

 水干を着るのを手伝っているキャットと、優雅に団扇で扇いでいるごっちんがうーむと悩む。

「ありがと。お兄ちゃん」

 風呂上がりだし、というごくごく真っ当な理由でネグリジェを着せようとしたら頭の固い執事に引っ手繰られた。
 着せてもらった礼を言うと、エイオットは主人の帽子に手を突っ込む。

「ここに服が……おばあちゃんが服を入れていたはず……」

 ごそごそ。

「それ……収納鞄だったのか」

 ぺいぺいっと中身を書き出していると、布の手ごたえ。

「あった! これだよこれ!」

 取り出したのは吊りスカートだった。ちび〇子ちゃんが着ているあれ。
 キャットとごっちんは胸を撫で下ろした。イカレタ服が出てきたら暖炉の火に主人ごとくべようと思っていたところだ。

 ……ん?

「いや、スカートじゃん」
「尻尾用の穴がない……不良品か?」

 穴を探しているごっちんに、エイオットは頬を膨らませる。

「おばあちゃんが用意してくれたんだもん! 不良品じゃないよ」
「……」

 おばあちゃんとは誰だろうか。
 むむうとむくれている小麦色の髪を撫でる。

「不快にさせたな。すまなかった」
「……うぅ。大きな声出して、ごめんね」

 無いよりマシなのでキャットはせっせとブラウスを着せ、橙色の吊りスカートを履かせる。
 着るなり、ファイアはもう条件反射レベルでアクアに抱きついた。触れ合っていないと不安なのかもしれない。

「うわー。かわいいよ。アクア。ファイア」
「……」
「えへへ。そうかな……」

 「かわいい」の言葉にアクアはスカートを引っ張りながらぶすっと口を尖らせ、ファイアは腕しそうに尻尾をぱたぱた。ただでさえボリューミーな尻尾でスカートがめくれているのだ。可愛いお尻が丸見えになる。

「おい! 下着」

 キャットが胸ぐらを掴んでいるが主人は幸せそうだ。

「下着……? 知らんな。あの可愛いプリケツが見えんのか! あれを隠してしまうなど人類の損失ぞ!」

 カッと目を見開いた主人を湯船に沈めに行った執事を見送り、ごっちんもふたりを眺める。

「うむ。シンプルでいいんじゃないか?」
「パンツがないとスース―して落ち着かないぞ」
「今はそれで我慢するがいい」

 洋館内に探せばあるとは思うが、見つけられる気がしない。

「くそー」
「アクア。似合ってるよ……かわいい」

 片割れにすりすりと頬ずりされ、アクアはふんっと顔を背けた。でもファイアを突き放さない。なんだか、いつもよりファイアのほっぺがぷるぷるしている。きもちいい……
 ファイアも同じ気持ちだったので、普段より多くすりすりする。

「俺はかわいいより、カッケーって言われたいんだ!」
「アクアはいつもかっこいいよ……?」

 当然でしょ? と言いたげな顔で真っすぐに見てくるファイアにたじろぐ。

「……。そーかよ」
「そうだよ」

 隣から『かぼぼぼぼぼ』と音が聞こえた。





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