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惨劇に挑め
01 幻獣種
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🌙
「おーう。〈優雅灯〉」
「およっ?」
金ランクハンターであるアゲハがのんきな声に振り返る。何者かが接近していることは察知していたが相手が〈黄金〉とは。
落差十メートル以上あろう段差を、平然と飛び降りる。
「どうなさいました? 俺に会いに来てくれたんですか?」
主人の不機嫌メーターがぐっと上昇する。成人男性がもじもじすんな!
「あれからどうだ? ゴスロリ魔族は見つかったか?」
「捜索で俺を当てにしてくれるのは嬉しいんですが……よければお茶でも」
「聞かれたことだけに答えろ」
訊ねる側なので多少のことは流すが、苛々してくる。笑顔を維持するのが厳しい。
アゲハは不服そうに地面……ではなく鱗の上に腰掛ける。
ここは地面の上ではなく、この男が討伐した蛇モンスターの上。とぐろを巻けば山になる巨大蛇の討伐を遠目で見ていた。相変わらず虫たちより前に出て戦っていた。モンスターよりモンスターするの、やめてほしい。でかでか蛇モンスターは目をバッテンにして伸びている。
「いえ。虫たちの包囲網に引っかからないですね」
「あっそ。邪魔したな」
はい帰ろう。これ以上この空間に用はない。〈優雅灯〉が追いかけてくる。
「あ! もう帰るんですか?」
「うん」
「もうちょっとお話でも……」
ついてくるな。
「成人した貴様に用はない。じゃあな」
「……いいんですか? 俺にそんな口をきいて」
「ああ?」
時間が惜しいが足を止めてやる。
〈優雅灯〉は瑠璃を伸ばしたような美しい棍棒を両手で握り締めている。怖いからそれ、仕舞ってくれんか。
「俺の虫が……父さんが探していた『幻獣種』の里を見つけたんですが……。そうですか知りたくありませんか。いえ。お引止めして申し訳ないです。父さんの活躍を、祈っておりますね」
マントを翻して背を向ける〈優雅灯〉。主人は迷いなく額を鱗に擦りつけた。
「教えてください。なんでもしますから‼」
「……」
アゲハは外に出していた虫たちを首飾りの中に収納する。吸い込まれるように消えて行く虫たち。どうなっているのかサッパリだが、虫使い版の収納鞄、のようなものらしい。
首飾りをかけなおし、長い三つ編みを払う。
「何でもするんですね?」
「する! 未成年が未成年のまま成長しない世界を作れと言うのなら神になってくる!」
「急に怖い事言わないでください。それでは」
土下座したまま言葉を待つ。
アゲハは笑顔で言い放った。
「デートしてください」
「……」
一分ほど頭が真っ白になった。
「もう一回言ってくれ」
「デートしましょう」
「……そんなことでいいのか?」
「そろそろ顔上げてください」
帽子を押さえながら立ち上がる。正直、神になるより断然楽だ。峠を越えた主人は目を閉じてドヤ顔する。
「ふっ。いいだ……」
ろう、と言う前にアゲハの言葉が滑り込んでくる。
「元の姿で、ですよ?」
二分ほどこの顔のままで固まった。
ギギギギ、ガガガガ……
「モトノ、スガタッテ……ナニ……?」
「年季の入った機械モンスターになってますよ。本来の姿でデートしてください」
「俺に死ねと言うのか⁉」
機械から人間に戻り血を吐きながら訴えるも、〈優雅灯〉は一切容赦なかった。
「するんですか? しないんですか?」
主人に選択の余地はなかった。
「じまず……。デードじでぐだじゃい……」
地面に蹲ると、涙が水溜まりのように広がる。
「いいお店を見つけたので。上質なワップルが食べられるお店みたいなんです」
「……」
正直、キャットの飯がうますぎるので外食に価値を見出せないのだが……。幻獣種の未成年が俺を待っているのだ。仕方なし!
「よし。……そこは俺が奢ってやろう」
「いいです。俺が誘ったんですから」
「うるさい。黙って奢られろ」
「誰かに奢る癖が抜けてませんよ。父さん」
ああ、もう。ごちゃごちゃ言うな!
「では、出発しましょうか」
首飾りから巨大蝶・アルタイルを出現させる。五メートルを超えるモ〇ラに吹き出しかけた。急に出すな。
「は? 転移陣は?」
「目的地にセットしてませんし。……ちょっとでも長く共にいたいので、使いません」
うげ~~~。嬉しそうな顔をすんじゃねぇ……。魔女っ娘の姿じゃなかったら殴ってたぞ。
アルタイルのマダムとやらに縄を括りつける。輪っかになった部分に片足を差し込み、縄を片手で握っただけのターザンスタイル飛行。
主人は三日月を呼び、身軽に飛び乗る。
「それ(三日月)に乗るんですね。マダムに乗ってもいいんですよ?」
「いやあの俺もそんなに虫、得意じゃないし」
しっかりと三日月に掴まる。
「こんなに美虫なのに……? 照れてるんですか?」
こいつ虫のことになると話通じないな。ちょうちょのワッペンを付けただけで喜んでくれていた、あの頃のゲキマブラブリーなお前はどこに行った。
「幻獣種の里はちょっと遠いですが、ついてきてくださいね」
アルタイルの飛行速度は新幹線を軽く置き去りにする。三日月君以外の箒では並走は不可能だ。主人はのんきに帽子を押さえて後ろ向きに座る。案内してくれる人がいる場合、前を見なくてもいいので楽だ。
新幹線を思い出すと駅弁が食べたい。
「腹減った」
「もうちょっとしたらお昼にしましょう」
「はあ~……」
こういった時間が退屈に感じるのは、前世のスマホが最強すぎたからだろうな。黄色い通学帽にランドセル背負った子たちの動画が見たい。
「おい。アゲハ」
「はい?」
「今すぐ未成年時代に戻れ」
「タイムさんあたりに言ってくれません? そういうことは」
半笑いで流された。
「んあ~」
「前見て座らないと落ちますよ?」
「うるせーな。見くびるんじゃねーよ! 三日月君から落ちたことなんて三回くらいしかないわ」
「三回落ちてもきちんと座らないんですね……」
でっかい蝶と三日月は北へ向かう。
北に広がる森。陽光知らずとは比較にならない面積を誇る未開の地。一年を通して雪に閉ざされ、来る者を拒みもしないが歓迎もしない森。
まだ入り口付近だというのに、小雪がちらついている。しかも目的地はこの広すぎる森を抜けたさきにある山の中だとか。幻獣種がいなければ一生来ないわこんな場所。
「未開の地なのに、里があるのか?」
「未開の地なんて、だいたいそんなものでしょ?」
一体の虫を召喚すると、てくてくと当然の顔で森に足を踏み入れる〈優雅灯〉。バリケードに設置してある看板には『入るな?』『危険!』『推定レベル三百』と書いてあった。普通に人類立ち入り禁止区域で笑ってしまう。
モンスターのレベルも跳ね上がるだろう。ここまでくると稀に人語を介するモンスターがいたりする。知能が高く、まったく笑えない脅威である。
不自然に静かな森の中。主人はアゲハの光を反射して目立つマントをぎゅっと掴んで歩く。アゲハがチラッと目を向けてくる。
「手、繋ぎます?」
「なにが楽しくて?」
勘違いするな。モンスターが怖いんじゃない。虫! 虫が! 森の中だからな! 虫のエデンだよ。モンスターでもないただの虫でもモンスター並みに大きい。キショイ。木の枝や幹の上を雪が降っても元気な虫がうごうごしている。もうううう絶対にアゲハの側から離れられない。
陽光知らずは良いよ。虫はいるちゃいるけど、虫モンスターより妖怪系のモンスターの方が多いからな。まだ快適だ。……妖怪系は俺が勝手に言っているだけで、この世界に妖怪はいない。
〈優雅灯〉は気に入った虫がいれば仲間に出来るし、逆に忌避剤みたいに虫を遠ざける魔法も使える。虫のエキスパートだ。こいつの作った虫よけ魔具が世界で一番売れているかもしれない。俺も買って洋館に置いている。置くだけで効果を発揮し、キッチンにコバエやGが湧かないのだ。アゲハはこれだけで食っていけるのに何が楽しくてハンターをしているのか……。興味もないわ。
「おい……。走るなよ? 急に走るなよ? 頼むから一人にしないでくれええぇ……」
歯を食いしばり、マントを雑巾絞りする勢いで握り締める。足が多い生き物の動きって、どうしてこうもぞわぞわずるのか。
〈優雅灯〉は苦笑する。
「はいはい」
獣道すらない茂みをかき分けてくれているのは、巨大なイモムッチ。成長すればアルタイルになるバケモノの赤ちゃんだ。〈優雅灯〉のエースモンスターであるマダムの子らしいので、大きくなればボスモンスターになるのは確定している。半透明の緑の巨体が戦車のように進み、道を作ってくれている。
バキバキと樹木すらへし折って美味しそうに食べている。進むごとにちょっとずつ大きくなっている気がしないでもない。怖い。
〈優雅灯〉がうっとりした声を出す。
「イモムッチって可愛いですよね……」
「あ?」
「おしりがぷりぷりしてるところとか……」
「ああうん……」
適当に相槌を打っておく。芋虫の尻ってどこ?
俺はエイオットのお尻を撫でたい。怒って恥ずかしがりながらも、頬を染めちゃうところが、ぐうへへへへ……あの表情、あの尻がたまらんなぁ。
「ぐっへっへっへっへ……。デュフフフへへへへ」
「父さん……。キ笑をやめてください」
「キショウ? なんだそれは」
若者の間で流行っている言葉か? それなら教えてほしい。たまにハーレムの子たちの会話についていけてないときがある。
「いえ、父さん特有のキショイ笑いをやめてください、の略です」
「あんだお前ぶっ飛ばすぞ」
失礼な若者の尻をぶっ叩いておく。〈優雅灯〉はビクッと背筋を伸ばしたが苦笑いを返してくれた。よかった。こんな場所でこいつにマジギレされたら虫の餌にされる。
急斜面や細い道。橋もかかっていない川を飛び越える。途中から完全に〈優雅灯〉のマントにしがみついているだけになっている。こうしないと置いていかれるので仕方ない。
三日月で空を行けたら早いのだが、この地は『空の封印』と『炎の封印』がかけられている。三日月君は使えない。
よくあることだが、一定の魔法が使えない土地が存在する。それは『封印』と呼ばれ、『空の封印』なら飛行魔法。『炎の封印』なら炎系統の魔法が使えなくなる。わずらわしいので理由を解明してやろうと意気込んだが、結果はサッパリだった。ズルいと思いつつ魔王様に聞いても疑問にすら思っていないようだったので、重力のようなものなのだろう。
ごっちんはぽかんとしていた。「あの」魔王様が『封印』に疑問を抱かなかったなんて。なんだかうすら寒い。
〈優雅灯〉の虫たちもこの場では飛べなくなる。自力で飛んでいる虫は飛べるが、アルタイルなど飛行魔法で飛んでいる虫は『封印』の影響は受けるようで。モンスターであっても例外ではないようだ。
「あー楽ちん」
「……マント外れそうなので、せめて肩に掴まってくれませんか?」
「うるさいぞ。さっさと歩きたまえ」
楽だし快適だ。時々向かってくるモンスターは〈優雅灯〉が難なく駆除してくれている。一番数の多い虫モンスターにいたっては、イモムッチを見るなり茂みの奥へそそくさと消えて行く。見事な敵前逃亡だ。赤ちゃんとはいえボスモンスターの威厳は兼ね備えているようだ。
外れたマントごと置いていかれても困るのでアゲハの肩に掴まる。
「あいつらは仲間にしないのか? 便利そうだぞ」
「イモムッチに怯える程度では……ちょっと」
帽子から取り出した玩具みたいな虫メガネ魔具でちょちょいと鑑定してみる。逃げてった虫モンスターでレベル255。あっちのバッタっぽいので267か。
けっこうな化け物だが不満らしい。
ついでにイモムッチのレベルはーっと……
『556』
……不満だな。なるほど。はい。わかった。もういい。見るんじゃなかった。
「お昼にしますか?」
歩きにくい森の中だというのに、〈優雅灯〉の進む速度はマウンテンバイクの全速力以上だ。気がつけばあたりは真っ白。雪だが……雪だけではない。白色のモンスターがあちこちに紛れて擬態している。視線が突き刺さるようだ。
凍りついた岩だらけの、比較的平らな場所。
〈優雅灯〉はテントウムシモドキの上に腰を下ろし、俺は帽子から出したクッションの上に座った。ただのクッションなので尻が冷える。ちべたい。ぶるるるっと震える。
「俺の膝に座りますか?」
「ゲボ振りかけんぞ」
「〈黄金〉の脅し文句がキショくて最高ですね」
ギルドの購買で買った安物の保存食をふたりでもそもそとかじる。……尻の下のテントウムシモドキも何か食べているのでふたりと一匹。
その後も少し進んだが夜になったので本日はここまでとなった。
人工の灯りひとつない森の中。ミシミシという音と共に、幻想的な蛍が舞う。
〈優雅灯〉の操る虫の一種で、アカリダマというミニモンスター。愛する地球の蛍と違い、人魂のような不気味さも併せ持っている。
さきほど狩った地面の中を泳ぐ、ヒレを持ったティラノサウルスみたいなモンスターの死骸をテント代わりにして、雪を防ぐ。横を見るとマントを布団にしてアゲハはさっさと眠っていた。
アカリダマの一匹が横になっているアゲハの肩に甘えるように止まり、また宙を舞い始める。無数に泳ぐ、光る雪のようだ。
下に一応古びた絨毯を敷いているが、無くても平気。寒いけれどレベルが高いおかげかそれで体調を崩すことはない。寒さ冷たさは感じるが、一般人よりかはマシだろう。地球でこんな舐めたキャンプをしていたら間違いなく翌朝凍死している。
帽子を適当に置き、クッションを枕にして寝っ転がった。
(うう~。エイオット……エイオットと寝たい。人肌が、未成年の体温が恋しいよおぉ……)
ぐぎぎぎぎっと歯を食いしばる。辛い。悲しい!
どこにでも繋がりそうなドア魔具を開発してくれ誰か。
たまにモンスターが覗き込んでくるが、人間と涙を流しながら寝ている変なものしかいなかったので、どすどすと通り過ぎていく。
「おーう。〈優雅灯〉」
「およっ?」
金ランクハンターであるアゲハがのんきな声に振り返る。何者かが接近していることは察知していたが相手が〈黄金〉とは。
落差十メートル以上あろう段差を、平然と飛び降りる。
「どうなさいました? 俺に会いに来てくれたんですか?」
主人の不機嫌メーターがぐっと上昇する。成人男性がもじもじすんな!
「あれからどうだ? ゴスロリ魔族は見つかったか?」
「捜索で俺を当てにしてくれるのは嬉しいんですが……よければお茶でも」
「聞かれたことだけに答えろ」
訊ねる側なので多少のことは流すが、苛々してくる。笑顔を維持するのが厳しい。
アゲハは不服そうに地面……ではなく鱗の上に腰掛ける。
ここは地面の上ではなく、この男が討伐した蛇モンスターの上。とぐろを巻けば山になる巨大蛇の討伐を遠目で見ていた。相変わらず虫たちより前に出て戦っていた。モンスターよりモンスターするの、やめてほしい。でかでか蛇モンスターは目をバッテンにして伸びている。
「いえ。虫たちの包囲網に引っかからないですね」
「あっそ。邪魔したな」
はい帰ろう。これ以上この空間に用はない。〈優雅灯〉が追いかけてくる。
「あ! もう帰るんですか?」
「うん」
「もうちょっとお話でも……」
ついてくるな。
「成人した貴様に用はない。じゃあな」
「……いいんですか? 俺にそんな口をきいて」
「ああ?」
時間が惜しいが足を止めてやる。
〈優雅灯〉は瑠璃を伸ばしたような美しい棍棒を両手で握り締めている。怖いからそれ、仕舞ってくれんか。
「俺の虫が……父さんが探していた『幻獣種』の里を見つけたんですが……。そうですか知りたくありませんか。いえ。お引止めして申し訳ないです。父さんの活躍を、祈っておりますね」
マントを翻して背を向ける〈優雅灯〉。主人は迷いなく額を鱗に擦りつけた。
「教えてください。なんでもしますから‼」
「……」
アゲハは外に出していた虫たちを首飾りの中に収納する。吸い込まれるように消えて行く虫たち。どうなっているのかサッパリだが、虫使い版の収納鞄、のようなものらしい。
首飾りをかけなおし、長い三つ編みを払う。
「何でもするんですね?」
「する! 未成年が未成年のまま成長しない世界を作れと言うのなら神になってくる!」
「急に怖い事言わないでください。それでは」
土下座したまま言葉を待つ。
アゲハは笑顔で言い放った。
「デートしてください」
「……」
一分ほど頭が真っ白になった。
「もう一回言ってくれ」
「デートしましょう」
「……そんなことでいいのか?」
「そろそろ顔上げてください」
帽子を押さえながら立ち上がる。正直、神になるより断然楽だ。峠を越えた主人は目を閉じてドヤ顔する。
「ふっ。いいだ……」
ろう、と言う前にアゲハの言葉が滑り込んでくる。
「元の姿で、ですよ?」
二分ほどこの顔のままで固まった。
ギギギギ、ガガガガ……
「モトノ、スガタッテ……ナニ……?」
「年季の入った機械モンスターになってますよ。本来の姿でデートしてください」
「俺に死ねと言うのか⁉」
機械から人間に戻り血を吐きながら訴えるも、〈優雅灯〉は一切容赦なかった。
「するんですか? しないんですか?」
主人に選択の余地はなかった。
「じまず……。デードじでぐだじゃい……」
地面に蹲ると、涙が水溜まりのように広がる。
「いいお店を見つけたので。上質なワップルが食べられるお店みたいなんです」
「……」
正直、キャットの飯がうますぎるので外食に価値を見出せないのだが……。幻獣種の未成年が俺を待っているのだ。仕方なし!
「よし。……そこは俺が奢ってやろう」
「いいです。俺が誘ったんですから」
「うるさい。黙って奢られろ」
「誰かに奢る癖が抜けてませんよ。父さん」
ああ、もう。ごちゃごちゃ言うな!
「では、出発しましょうか」
首飾りから巨大蝶・アルタイルを出現させる。五メートルを超えるモ〇ラに吹き出しかけた。急に出すな。
「は? 転移陣は?」
「目的地にセットしてませんし。……ちょっとでも長く共にいたいので、使いません」
うげ~~~。嬉しそうな顔をすんじゃねぇ……。魔女っ娘の姿じゃなかったら殴ってたぞ。
アルタイルのマダムとやらに縄を括りつける。輪っかになった部分に片足を差し込み、縄を片手で握っただけのターザンスタイル飛行。
主人は三日月を呼び、身軽に飛び乗る。
「それ(三日月)に乗るんですね。マダムに乗ってもいいんですよ?」
「いやあの俺もそんなに虫、得意じゃないし」
しっかりと三日月に掴まる。
「こんなに美虫なのに……? 照れてるんですか?」
こいつ虫のことになると話通じないな。ちょうちょのワッペンを付けただけで喜んでくれていた、あの頃のゲキマブラブリーなお前はどこに行った。
「幻獣種の里はちょっと遠いですが、ついてきてくださいね」
アルタイルの飛行速度は新幹線を軽く置き去りにする。三日月君以外の箒では並走は不可能だ。主人はのんきに帽子を押さえて後ろ向きに座る。案内してくれる人がいる場合、前を見なくてもいいので楽だ。
新幹線を思い出すと駅弁が食べたい。
「腹減った」
「もうちょっとしたらお昼にしましょう」
「はあ~……」
こういった時間が退屈に感じるのは、前世のスマホが最強すぎたからだろうな。黄色い通学帽にランドセル背負った子たちの動画が見たい。
「おい。アゲハ」
「はい?」
「今すぐ未成年時代に戻れ」
「タイムさんあたりに言ってくれません? そういうことは」
半笑いで流された。
「んあ~」
「前見て座らないと落ちますよ?」
「うるせーな。見くびるんじゃねーよ! 三日月君から落ちたことなんて三回くらいしかないわ」
「三回落ちてもきちんと座らないんですね……」
でっかい蝶と三日月は北へ向かう。
北に広がる森。陽光知らずとは比較にならない面積を誇る未開の地。一年を通して雪に閉ざされ、来る者を拒みもしないが歓迎もしない森。
まだ入り口付近だというのに、小雪がちらついている。しかも目的地はこの広すぎる森を抜けたさきにある山の中だとか。幻獣種がいなければ一生来ないわこんな場所。
「未開の地なのに、里があるのか?」
「未開の地なんて、だいたいそんなものでしょ?」
一体の虫を召喚すると、てくてくと当然の顔で森に足を踏み入れる〈優雅灯〉。バリケードに設置してある看板には『入るな?』『危険!』『推定レベル三百』と書いてあった。普通に人類立ち入り禁止区域で笑ってしまう。
モンスターのレベルも跳ね上がるだろう。ここまでくると稀に人語を介するモンスターがいたりする。知能が高く、まったく笑えない脅威である。
不自然に静かな森の中。主人はアゲハの光を反射して目立つマントをぎゅっと掴んで歩く。アゲハがチラッと目を向けてくる。
「手、繋ぎます?」
「なにが楽しくて?」
勘違いするな。モンスターが怖いんじゃない。虫! 虫が! 森の中だからな! 虫のエデンだよ。モンスターでもないただの虫でもモンスター並みに大きい。キショイ。木の枝や幹の上を雪が降っても元気な虫がうごうごしている。もうううう絶対にアゲハの側から離れられない。
陽光知らずは良いよ。虫はいるちゃいるけど、虫モンスターより妖怪系のモンスターの方が多いからな。まだ快適だ。……妖怪系は俺が勝手に言っているだけで、この世界に妖怪はいない。
〈優雅灯〉は気に入った虫がいれば仲間に出来るし、逆に忌避剤みたいに虫を遠ざける魔法も使える。虫のエキスパートだ。こいつの作った虫よけ魔具が世界で一番売れているかもしれない。俺も買って洋館に置いている。置くだけで効果を発揮し、キッチンにコバエやGが湧かないのだ。アゲハはこれだけで食っていけるのに何が楽しくてハンターをしているのか……。興味もないわ。
「おい……。走るなよ? 急に走るなよ? 頼むから一人にしないでくれええぇ……」
歯を食いしばり、マントを雑巾絞りする勢いで握り締める。足が多い生き物の動きって、どうしてこうもぞわぞわずるのか。
〈優雅灯〉は苦笑する。
「はいはい」
獣道すらない茂みをかき分けてくれているのは、巨大なイモムッチ。成長すればアルタイルになるバケモノの赤ちゃんだ。〈優雅灯〉のエースモンスターであるマダムの子らしいので、大きくなればボスモンスターになるのは確定している。半透明の緑の巨体が戦車のように進み、道を作ってくれている。
バキバキと樹木すらへし折って美味しそうに食べている。進むごとにちょっとずつ大きくなっている気がしないでもない。怖い。
〈優雅灯〉がうっとりした声を出す。
「イモムッチって可愛いですよね……」
「あ?」
「おしりがぷりぷりしてるところとか……」
「ああうん……」
適当に相槌を打っておく。芋虫の尻ってどこ?
俺はエイオットのお尻を撫でたい。怒って恥ずかしがりながらも、頬を染めちゃうところが、ぐうへへへへ……あの表情、あの尻がたまらんなぁ。
「ぐっへっへっへっへ……。デュフフフへへへへ」
「父さん……。キ笑をやめてください」
「キショウ? なんだそれは」
若者の間で流行っている言葉か? それなら教えてほしい。たまにハーレムの子たちの会話についていけてないときがある。
「いえ、父さん特有のキショイ笑いをやめてください、の略です」
「あんだお前ぶっ飛ばすぞ」
失礼な若者の尻をぶっ叩いておく。〈優雅灯〉はビクッと背筋を伸ばしたが苦笑いを返してくれた。よかった。こんな場所でこいつにマジギレされたら虫の餌にされる。
急斜面や細い道。橋もかかっていない川を飛び越える。途中から完全に〈優雅灯〉のマントにしがみついているだけになっている。こうしないと置いていかれるので仕方ない。
三日月で空を行けたら早いのだが、この地は『空の封印』と『炎の封印』がかけられている。三日月君は使えない。
よくあることだが、一定の魔法が使えない土地が存在する。それは『封印』と呼ばれ、『空の封印』なら飛行魔法。『炎の封印』なら炎系統の魔法が使えなくなる。わずらわしいので理由を解明してやろうと意気込んだが、結果はサッパリだった。ズルいと思いつつ魔王様に聞いても疑問にすら思っていないようだったので、重力のようなものなのだろう。
ごっちんはぽかんとしていた。「あの」魔王様が『封印』に疑問を抱かなかったなんて。なんだかうすら寒い。
〈優雅灯〉の虫たちもこの場では飛べなくなる。自力で飛んでいる虫は飛べるが、アルタイルなど飛行魔法で飛んでいる虫は『封印』の影響は受けるようで。モンスターであっても例外ではないようだ。
「あー楽ちん」
「……マント外れそうなので、せめて肩に掴まってくれませんか?」
「うるさいぞ。さっさと歩きたまえ」
楽だし快適だ。時々向かってくるモンスターは〈優雅灯〉が難なく駆除してくれている。一番数の多い虫モンスターにいたっては、イモムッチを見るなり茂みの奥へそそくさと消えて行く。見事な敵前逃亡だ。赤ちゃんとはいえボスモンスターの威厳は兼ね備えているようだ。
外れたマントごと置いていかれても困るのでアゲハの肩に掴まる。
「あいつらは仲間にしないのか? 便利そうだぞ」
「イモムッチに怯える程度では……ちょっと」
帽子から取り出した玩具みたいな虫メガネ魔具でちょちょいと鑑定してみる。逃げてった虫モンスターでレベル255。あっちのバッタっぽいので267か。
けっこうな化け物だが不満らしい。
ついでにイモムッチのレベルはーっと……
『556』
……不満だな。なるほど。はい。わかった。もういい。見るんじゃなかった。
「お昼にしますか?」
歩きにくい森の中だというのに、〈優雅灯〉の進む速度はマウンテンバイクの全速力以上だ。気がつけばあたりは真っ白。雪だが……雪だけではない。白色のモンスターがあちこちに紛れて擬態している。視線が突き刺さるようだ。
凍りついた岩だらけの、比較的平らな場所。
〈優雅灯〉はテントウムシモドキの上に腰を下ろし、俺は帽子から出したクッションの上に座った。ただのクッションなので尻が冷える。ちべたい。ぶるるるっと震える。
「俺の膝に座りますか?」
「ゲボ振りかけんぞ」
「〈黄金〉の脅し文句がキショくて最高ですね」
ギルドの購買で買った安物の保存食をふたりでもそもそとかじる。……尻の下のテントウムシモドキも何か食べているのでふたりと一匹。
その後も少し進んだが夜になったので本日はここまでとなった。
人工の灯りひとつない森の中。ミシミシという音と共に、幻想的な蛍が舞う。
〈優雅灯〉の操る虫の一種で、アカリダマというミニモンスター。愛する地球の蛍と違い、人魂のような不気味さも併せ持っている。
さきほど狩った地面の中を泳ぐ、ヒレを持ったティラノサウルスみたいなモンスターの死骸をテント代わりにして、雪を防ぐ。横を見るとマントを布団にしてアゲハはさっさと眠っていた。
アカリダマの一匹が横になっているアゲハの肩に甘えるように止まり、また宙を舞い始める。無数に泳ぐ、光る雪のようだ。
下に一応古びた絨毯を敷いているが、無くても平気。寒いけれどレベルが高いおかげかそれで体調を崩すことはない。寒さ冷たさは感じるが、一般人よりかはマシだろう。地球でこんな舐めたキャンプをしていたら間違いなく翌朝凍死している。
帽子を適当に置き、クッションを枕にして寝っ転がった。
(うう~。エイオット……エイオットと寝たい。人肌が、未成年の体温が恋しいよおぉ……)
ぐぎぎぎぎっと歯を食いしばる。辛い。悲しい!
どこにでも繋がりそうなドア魔具を開発してくれ誰か。
たまにモンスターが覗き込んでくるが、人間と涙を流しながら寝ている変なものしかいなかったので、どすどすと通り過ぎていく。
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不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
弟がガチ勢すぎて愛が重い~魔王の座をささげられたんだけど、どうしたらいい?~
マツヲ。
BL
久しぶりに会った弟は、現魔王の長兄への謀反を企てた張本人だった。
王家を恨む弟の気持ちを知る主人公は死を覚悟するものの、なぜかその弟は王の座を捧げてきて……。
というヤンデレ弟×良識派の兄の話が読みたくて書いたものです。
この先はきっと弟にめっちゃ執着されて、おいしく食われるにちがいない。
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