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惨劇に挑め
11 ごっちん相談室
しおりを挟むこの空間はイスが二つしかないので、ごっちんはキャットの膝の上に腰掛けた。
「ムギと言ったな?」
「は、はい」
ぴしっと姿勢を正すも、ムギはごっちんに釘付けになった。姿ではなく、紫の瞳に。なんて、美しい。宝石のようだ。
「なにか、不便はないか? ここの暮らしに、慣れそうか?」
「え、えっと……。わたしは」
ごっちんはむちっとしている足を組み、ミルクを口に流す。キンキンに冷えており美味しい。
「……」
自分と違い健康的な太ももに、ムギはつい目を逸らす。
「わたしは……生贄として、ここに、いるので。いつ、殺されるのかと」
「ンブッ」
軽くミルクをむせたごっちんに、キャットが反射的に目を覚ますが。
「んがっご」
――ごっちん様が膝の上に⁉
よく分からないことを言い、また気絶してしまった。
「……」
愛する人が膝に乗っかっている。キャットからすれば刺激が強かったようだ。キャットからすれば。
泡吹いている臣下に、ごっちんは「こりゃ駄目だ」という顔をすると、口元を薔薇の香りがほんのりとするハンカチで拭う。
「ついてこい」
「え? あ、はい」
玄関ホールに場所を移し、ふたりで引きずってきたキャットをソファーに転がす。ムギとごっちんは同じソファーに並んで腰かけた。
「さっきの話のことだが」
「はい」
「殺されるとは、どういう意味だ? 誰に言われた」
「え?」
「言え」
なんで、だろう。紫の目に逆らえない。
ムギは膝の上で両手を祈るように合わせる。
「里を襲った者が……子どもが欲しいと。それでわたしが。クロスさまと、離れることに……」
寂しい。悲しかったが、なんだかクロスさまと結婚の約束をしたような。
あの出来事がいまだに「夢なのでは?」と思ってしまう。正直に言うと、里が大変な目にあったことよりも、クロスさまと会えないことの方が辛い。……辛いのに、その時のことを思い出すと、同時にクロスさまに言われたことも思い出すので、顔が真っ赤になる。
純粋に、悲しめない。
環境が変わっても、ムギの頭の中はあの少年でいっぱいだった。
ごっちんは悟ったような、凪いだ海のような表情になる。
「……よくわかった」
「今ので、ですか?」
「お前は殺されることはない。安心しろ」
言われた意味がよく分からず、まじまじとミルクを飲む横顔を見つめてしまう。
「どうして?」
「里を襲いお前を連れ帰った化け物は、誰でもいいから子どもが欲しかっただけだ。黒鳥人の、な」
「……なんでそんなこと? 分かるんですか? 貴方に」
真剣に聞いたのにハッと鼻で笑われた。
「説明するのも億劫だ」
本当に億劫そうな顔をする。
「では、わたしは? ここで何をすれば? 何をするために、ここに連れてこられたのです?」
それが一番知りたい。役目を与えられれば、それをすることに没頭すれば、辛いことも忘れられるはずだ。
「太れ」
「――は?」
なにか、何か言われたような気にするが、耳が滑ったのか脳が理解できなかった。
「ふ、ふとれ?」
「飛べないほど、とは言わんが。とにかく肥えろ。今のお前は見ていると、不安になる」
たしかに私は、鶏がらのように細っこいですけど。役目、とは?
「よく食べてよく学びよく眠れ。出来れば他の子たちと仲良くするといい。そして二日に一度あの魔女の顔に一発入れてくれれば最高だ」
「どうして⁉」
「お前の、ここでの役目は以上だ」
「……それだけ?」
最後のは冗談だと思うけど。でも、それでは『普通の子』と変わらぬ気がする。
「……ん」
よく分からない顔でうつむく。
「どうせだ。花嫁修業でもしておけ」
「ぶっ!」
今度はムギが吹き出す番だった。
「へ? えぇ?」
「クロスとやらが好ましいのだろう?」
そんなに顔に出ていた?
ばっと顔を触るが、熱いことくらいしか分からない。
「えぇえ。でも、でも! 子どもの約束、ですし……。クロスさまもきっと、お忘れですよ……」
「そのクロスとやらは、そんなことで忘れてくれる者なのか?」
「…………っ」
度が過ぎるほど真っすぐな瞳を思い出す。あの方は『子ども』ではなく『狩猟頭の息子』として生きておられた。きっと真面目に鍛錬をして……今はまだ復興の手伝いでお忙しいだろうから。もう少ししたら、かな?
「クロスさまに、わたしは相応しいのでしょうか?」
「花嫁修業は自信をつけるためにするのではないのか?」
「……あのどうしてさっきからわたしが花嫁ポジなのですか?」
「……」
紫の瞳が「え? 違うの?」と言ってくる。
「ち、違いますよ! わたしだってクロスさまを……」
ムキになったと思いきや、顔を真っ赤にしてしゅんとなってしまう。
「そ、そんな! 手を繋いだだけでもこれ以上なく幸せなのに。クロスさまとけ、けけけっけっこんだなんて……」
やっと「結婚」という現実が追い付いてきたらしい。
結婚も何をするのか分かっていないが、きっとすごいことをするのだろう。片手を握っただけで舞い上がりそうなのだ。結婚では、りょ、両手を握るに違いない! ……はっ! りょうてを、にぎる?
「……、キ」
キャアア恥ずかしい! っと乙女の反応をするムギ。表情からなんとなく考えていることが察せられる。
考えていることが健全過ぎて一周回って目眩がしてきた。
ごっちんは空になったカップを手に腰を上げる。
「ま。何かあれば相談しろ。誰でもいい」
「あなた、でも?」
「構わん」
大人びた子だな……と思いながら後ろ姿を見送る。
花嫁、花嫁修業なんて、一体何をすれば。
ムギはひとまず、ソファーの背もたれにかけてあったひざ掛けを、モノクルの人にかけておいてあげた。
「ムギちゃんとごっちんが恋バナしてる!」と壁からムフフと覗いていた主人も、ムギの顔色から大丈夫そうだなと判断し、去って行った。
「――はっ! 俺は何を」
がばっと身を起こすと、横のソファーでムギが読書(絵を眺めているだけ)をしており、腹の上ではエイオットが涎を垂らして眠っていた。なんか腹があったかいと思えば。
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