全種族の男の子、コンプリートを目指す魔女っ娘♂のお話

水無月

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惨劇に挑め

19 ロイツの正体

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「……ッ、ふぐっ、ふぐうぅ! ……うう、んううう!」
「あーまだギブアップしないとは、しぶといなーロイツ君」

 棒読みで、表情が見えないレムナントに誤報を伝えるクリア。
 ロイツは涙を流し身体をぴくぴくと痙攣させるだけとなっていた。自由に話せたなら、もうとっくに降参を告げていただろう。

「ん、んぐ……ん、ふ、ふううう……」
「クリアさん。まだ続けるんですか?」

 交互に左右の足の裏を引っ掻き続けているレムナントが顔を上げる。足の裏を下から上に爪先を滑らせるだけで、ロイツはうめき声をあげて痙攣する。

「ふう、お、う……ううっ」
「いやー、このガキまだ俺を睨んでくるので。もうちょい遊びま……続けましょう」
「んん! んぐうう」
「あの、でも。そろそろ水分を摂らせてあげましょうよ……」

 真面目な御方が真面目なことを言ってくる。水筒を手にするレムナントから水筒を取り上げる。

「ったく~。甘……優しいんですから。毒が入っているかもしれません。こいつに飲ませましょう」

 コップ代わりになる蓋に水を少量注ぎ、ロイツを抱き起こすとコップを口に近づける。

「おら。感謝して飲めよ」
「……」
「あ。猿轡つけたままだわ」

 ぱっと手を放したせいでロイツが後ろにひっくり返る。

「んぐうっ」
(めちゃくちゃ泣いているじゃないですか)

 レムナントは膝にロイツの頭を乗せると、ハンカチを解いてやる。
 口がようやく解放された少年ははくはくと唇を動かし空気を貪った。

「ロイツ……君? 話せますか?」
「う、うう~。れむ、なんどざまあぁ……。も、もうしわげ、ごじゃいません……」
「飲め」
「ぐっが」

 泣きじゃくる少年に手心を加えない先輩。だがまあ、正しいのは彼なのだろう。どれだけ絵面が悪くとも。
 のどを潤せたロイツは多少、落ち着いたようだった。

「けほっ、けほっ」
「正直に話せ。少しでも言い淀んだり反抗的な態度を取ったりすれば……」

 わざと最後まで言わないことで恐怖心をあおる。効果はてきめんでロイツは何度も頷いた。

「なんでレムナント様に夜這いかけていたんだ」
「お、ブッ」

 吹き出したのは膝枕の人だった。自分がそんな目に合っていたことを改めて言われると。

 頬をわずかに染めるレムナント。クリアは当然非難の声を――

「言ってみろお前! なんっだこの、うらやまけしからんことをしやがってぇ! てめ何してんだ俺だってヤりたいの我慢してたのに。誰の許可を得てレムナント様のおっぱい吸ってやがんだ。横で寝息が聞こえるから勃起した己に鎮まれと必死で念じてたんだぞ! 俺の努力を少しは見習って――」

 ハッと顔を上げると、表情が消えカタカタ震えたレムナントがこちらに指を差していた。子どもが遊びなどでする人差し指と親指だけを伸ばした指でっぽうだ。ほほ笑ましい仕草だが彼の指から発射されるのは標的を吸い寄せる黒い球体。しかも血を搾り取る見えない手とのセットになった慈悲無き圧殺の魔法〈ブラックホール〉。

 クリアは咳払いした。

「んっん! ……冗談はさておき。なんでレムナント様を襲ったんだ?」
「クリアさん?」
「訳を話してみろ。嘘をついたら承知しねぇぞ」
「冗談で流せませんよ?」
「なにか企みがあったんだろうな!」
「クリアさん?」

 銃を突き付けられた人に尋問されるという不可解な現象がロイツを襲う。

「……え、えっと」

 顔を引きつらせながらも観念したのか、ゆっくりと語りだした。

「ぼ、僕はその……ライラーベナ様の奴隷、です」
「は?」

 驚きを見せたのはレムナントだった。

「ライラー……なに? 知ってる人ですか?」
「あ……兄の、兄上の名前です」

 ロッドレイツ家の長男。幼いころから地下生活だったレムナントを気にかけ、自分を吹っ飛ばした女性と無事結婚をした男だ。

 あの優しくてコミカルな兄上が自分に刺客を……?

 銃を突きつけたまま青ざめるレムナント。クリアは自分の命のために彼をなだめる。

「落ち着いてください。このガキが適当言っている可能性が」

 最後まで聞かずレムナントはロイツの服のボタンを外し、がばっと胸元を空気に晒す。

「ん」
(嘘⁉)

 彼の首に奴隷の暗い色の首輪が。ロッドレイツ家の家紋が刻まれていた。

「僕はライラーベナ様……ラーベナ様から……」
「なんだ……奴隷かよ。お前。暗殺依頼でも受けたのか?」

 ロイツは目を見開く。

「違いますよ? 弟が心配だから側で見張っていてくれと……。定期的に報告を……その」







 レムナントはロッドレイツ家の『パトマメ』から手紙を受け取る。
 いわゆる伝書鳩。モンスターだが知能が高く、調教次第では手懐けることも可能。覚えさせた魔力に一直線に飛んでいき、手紙を渡すと相手の魔力を少し頂いてから巣に帰る。魔力持ちにしか届けられないが、弾丸以上の速度で飛行するため重宝されている。

 口笛ひとつで朝でも夜でもすぐ来てくれるところも利点だ。あともさもさで可愛い。

 魔力を吸ったせいで風船体型(満腹)になっちゃったパトマメを膝に乗せながら、レムナントは手紙を開く。
 そこには夜中なのにレムナントのパトマメに叩き起こされた兄上の文字が。

『バレちゃったか……。すまんな。お前がしんぱ……お前が家の名に泥を塗るような行為をしていないか見張りをつけたまでだ。お前が気にすることではない。そいつは俺の物だ。ま、なかなか優秀だぞ。何かあればお前の盾になるよう命じてあるから囮にでも使え。ではな。飯はしっかり食えよ。 ライラーベナより』
「…………」

 テントから出て、手紙を広げたまま焚き火の前で放心しているレムナント。クリアはぼすぼすとパトマメの羽毛に指を突っ込んで遊ぶ。
 まだ手足を縛られたままのロイツは申し訳なさそうな顔でうつむく。

「過保護な兄上ですね。どんな御方です?」

 パトマメにつつかれているクリアの声で我に返る。

「え? ええ……。兄上は魔法マニアです、から」
「なんですそれ。……いってぇよ!」

 クリアがパトマメをぶん投げている。ちょ……大切に扱って。

「兄上は典型的な魔法帝国(この国)の貴族でして」

 魔法使いを贔屓する性格だった。特に珍しい魔法を扱えるものは奴隷だろうと平民だろうと側に置き、大切に飼う趣味を持つ。

「つーことはお前、固有魔法持ちか?」

 ロイツは静かに頷く。生意気な表情はすっかり鳴りを潜めてしまっている。そうとうくすぐり攻撃が堪えたようだ。睨むことさえしない。
 レムナントは足の間にすっぽり収まっているパトマメをロイツの膝に乗せると、拘束を解いてやる。

「え……?」
「おい! まだレムナント様を襲った理由がはっきりしていないのに。危険だぞ」
「いいですよ。ここには敵しかいませんから」

 レムナントの左右色の違う瞳がじろっと睨んでくる。クリアは目を逸らして掠れた口笛を吹いた。

「それはそうと」

 クリアはとある破片をロイツに見せる。

「なんでこんなことした? 眠りの香まで使いやがって」
「眠りの香?」

 レムナントに軽く頷く。

「別にハンターなら持っててもおかしくない品ですが。これは疲労が一周して眠れないときや、モンスターの恐怖がフラッシュバックして安眠できないときに使う物だ。……夜這い用じゃない」

 ロイツはグッと下唇を噛む。膝の上ではパトマメが鼻提灯を膨らませていた。

「その制服……。お前、学校通わせてもらってんだろ? 奴隷とは思えない好待遇だぜ? お前がやったのは主の信頼を踏みにじる行為だ。一族郎党抹殺されても文句は言えねぇぞ」
「……」
「黙り込みやがったな?」

 腰を上げかけたクリアに、ロイツは思わずパトマメを抱きしめる。

「ひいっ! 言います! 言いますからやめてください」
「うるっせぇよ! 奴隷が」
「やだぁ! くすぐるのやだぁっ」

 ロイツを地面の上に押し倒すが、すぐレムナントがクリアの金髪をぽこんと叩いた。

「……」
「すみません……」

 真顔で見下ろしてくるレムナントにしぶしぶ少年の上から退く先輩。

「レムナント様。甘いですよ」
「話が進まないでしょう。聞き終えてからにしなさい」

 聞き終えたら遊んでいいんですか? と喜ぶクリアと、言い終えたら遊ばれるの⁉ と絶望するロイツ。

 言っても言わなくても未来が変わらない奴隷少年は、諦めた様子で大人しく話し出した。

「ぼ、僕は……レムナント様を傷つけるつもりは、ありませんでした」
「心は傷つけたぜ?」
「……ごめんなさい。レムナント様。僕、どうしても。ラーベナ様に殺されても、僕……」

 レムナントは少年の髪を撫でる。

「落ち着いて。ゆっくり話しなさい」
「……う」

 じわっと涙を滲ませる少年の肩をレムナントは抱こうとしてハッとなるが……
 ちょっとだけ、指先だけ肩に手を置く。

「僕の固有魔法は『魔力吸収(マジックドレイン)』。他人の魔力を奪って回復することが出来るんです」
「それとおっぱい吸うことに何の関係がグッ」

 レムナントにビンタされて黙る黒ランク。

「僕にとって他人の魔力はおいしいジュースのようなもので。人によって好きな味(魔力)があるんです……。レムナント様の魔力は、僕の大好きな味で……。それで」
「お前、レムナント様のおっぱいから魔力吸ってたのかヨッ!」

 レムナントに強ビンタされて首が変な方向を向く黒ランク。

「なぜ? 言えば魔力くらい分けますよ?」

 あっけらかんというレムナントに呆れたような目線が刺さる。

(いや……。そういえば魔力馬鹿多いんだっけ)

 クリアは新人の肩を抱き寄せると耳打ちする。

「レムナント様。魔力吸収なら俺や貴方でもできますよ?」
「はい? 私は固有魔法など……」
「いえ。魔力は他人に分け与えることが出来るんですよ。……よっぽど相性が悪くない限り」

 それは緊急時に役立つ知識だ。是非知っておかなければ。
 レムナントは真面目な顔になる。

「どうやって、ですか?」
「セックスをすればいいんですよ」

 ドン引き顔のレムナントがロイツに抱きつく。

「引かないでくださいよ。ハンターの常識ですよ? セックスが面倒なら、キスでもいいです。レムナント様がもっとランク上がれば、魔力タンクとしてパーティーに置きたいと、声がたくさんかかりますよ」

 ロイツの顔を見ると彼も頷いていたので、性交の話は本当のようだ。

「うぐ……。知らないことがたくさんありますね。私は」
「まあまあ。そう肩を落とさずに。……で、お前は? 殺されたとしてもレムナント様のおっぱい吸いたかったのか?」
「魔力でしょ!」

 そろそろ首絞めてやろうかこの黒ランク。
 むすっとしているとロイツが頷く。

「はい……。レムナント様の話はラーベナ様から耳タコで聞いております。はいはい貴族の甘ったれ坊ちゃんね、と聞き流していましたが。実際にお会いすると、とてつもなくいい香りがして。もう、レムナント様の魔力のことしか頭になかったです」
「……」

 潤んだ瞳が見上げてくるが、彼が見ているのはレムナントの魔力であって、レムナントではない。
 そのことが少し寂しかった。自分で遠ざけようとしておいて寂しいなんて。自分はまだまだ弱いと、ため息もつきたくなる。

 レムナントはロイツの顎を掴むと、自分の方に向けさせた。

「では、お前は私の物ですね。これからあなたのことは便利に使わせてもらいますよ」
「……はい。仰せのままに」

 そっと手を放す。

「頑張り次第ではその……魔力を吸うことも許可しますよ」

 驚愕の表情でクリアが口を開けたが相手にしない。ロイツの瞳に夜空めいた光が散る。

「誠心誠意お仕えいたします!」

 切り替えが早い。これが若さか。口の前で両手を合わせ、イキイキした瞳で見上げてくる。現金だなと思うが、そんなところがちょっと可愛い。
 だが、確認しておくことがある。

「魔力は胸からでなくとも吸えるんですよね?」
「……」
「次、目を逸らしたらクリアさんにぶん投げますよ?」

 後ろでクリアが「お? 出番か?」と両手の指をわきわきさせて準備万端を示す。

「ひゃいい! ど、どこからでも吸えます!」

 ロイツは正直に言うしかなかった。

「もうあのようなこと(夜這い)はしないように」
「……はい」

 身元が分かれば安心だ。兄上も一言おっしゃってくれれば……いえ、ああいう御方でしたね。
 レムナントはさっそく弟のようにロイツを抱きしめ、なでなでし出す。

「ほえ。気持ちいい……ですけど。レムナント様。お許しくださるのですか?」

 主の弟の服を握りしめ、甘えるように顔を押しつけるロイツにクリアが騒ぎ出す。

「甘いですって! 極刑にすべきです」
「んー……。兄上の持ち物を私が勝手に処分できませんよ」

 なでなでなでなで。

「ほわ~」
「いきなり甘やかしすぎです!」
「手が勝手に! ……うううぅ。弟が出来たみたいでつい」

 ロッドレイツ家三男坊(末っ子)。
 レムナントの腰にしっかり腕を回し、ロイツはクリアを見上げる。

「そういう貴方は何者なんですか」
「あーん? なぁぁにへばりついてんだうらやましい……!」
「眠気が限界なので明日にしましょう」

 ロイツの首根っこを掴み、抱き枕のようにテントに引きずって行く。

「あ~」
「レムナント様⁉ 俺にも興味持ってくれよ!」

 ようやく静まった野営地。パトマメはテントの上ですやすや眠っていた。


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