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豪放磊落
08 井戸に落ちたのかと
しおりを挟む山の形が変わり、村を飲み込むほどの土石流が発生したが……土砂は村に届く直前で不自然に止まっていた。村人がこれを見て、神の怒りだと騒ぐのも無理ないことだろう。エイオット達も外の騒ぎで目を覚ます。
「んうー? まぶしい……」
くああっと欠伸をして、手の甲をぺろぺろと舐める。くしくしと耳を撫で、ついでに尻尾もぺろぺろしてきれいにする。
「ごしゅじんさまー? おにーちゃん?」
寝ぼけ切った顔で呼ぶも、返事はない。キャットはともかく、主人は呼べばヌッと現れてくれるのに。
「むううっ。俺が呼んだのに来てくれないなんてぇ!」
ぷくぅと頬を膨らませる。たしたしとベッドを叩いていると、同じベッドで眠っていたもう一人が身じろぎする。
「……? エイオットさま? おはようございます」
「あ。ムギちゃんおはよう! 起こしちゃった? ごめ……」
「いえ」
ぼんやり眼のムギが抱きついてきたかと思うと、頬を擦りつけてきた。
「え? なに? えへへ。すべすべで気持ちいいよ」
「んんー」
エイオットも抱きしめ、背中の羽をもさもさ触っていると、ぴゅうっとムギが離れていった。布団を被り、がたがた震え出す。
「はわわわわわ。なんてことを……」
寝ぼけていた意識が覚醒し、恥ずかしくなったようだ。
「どうしたのムギちゃん。いまの、もう一回やってよー」
「うぎゅ」
嬉しくなったエイオットはぼすっと、布団団子になっているムギの上に倒れ込むように乗っかる。
ムギは暴れかけたが、エイオットがベッドから落ちてはいけないと思い、大人しくなった。
エイオットがぱたぱた足を動かしていると、窓がノックされた。
「ほよ?」
狐耳に意識を集中させると、遠くでお兄ちゃんの声もする。
勢いよく、木の板をはめただけの窓を開くと、くたびれた顔の精霊が手を振っていた。
「大人ごしゅじんさま!」
「えっ?」
ムギも顔を出し、エイオットと並んで窓から顔を出す。
「おふっ! かわいい……。おはようふたりとも。よく眠れたかい?」
「大人ごしゅじんさま。おはよー。また会いに来てくれたの?」
「お、おはよう、ございます」
エイオットは今にも窓から出て、抱きついてきそうだ。
「待って。エイオット。ごめん。俺、泥だらけびしょ濡れで。ちょっと水浴びしてくるから」
それだけ言うと、井戸の方へ歩いて行ってしまう。
窓から身を引っ込めたエイオットは、ムギの手を握る。
「ムギちゃん。おれたちもお外行こう!」
「は、はい」
寝間着のまま、てててっと駆け出していく。
「あんまり服持ってないのに、シャツ破きやがって。俺はどうすればいいんですか。マント寄こしやがれシャドーリス様!」
「おい。イケメンの半裸マントとかやめろよ。村人に変な性癖が芽生えたらどうする」
「お前は何言ってんだ」
あの後。
シャドーリスまでノリで小川のほとりで爆睡したため、三人そろって酷い有り様だった。騒ぐ村人を尻目にシャドーリスの家に乗り込み、服を漁っている主人とキャット。
「俺もあんまり服持ってないぞ! 農作業用のものと、後は謁見時用の衣装だけだな!」
がっはっはっと笑う彼に、主人が服を投げつけ、キャットは椅子を投げた。
「朝から声が大きいんだよ。工事現場野郎」
「いいから服。何でもいいから寄こせください!」
「お前ら酷くないか?」
ガンッと木製椅子が直撃するが、へこんだのは椅子の方だった。
「そういや俺は収納鞄から服取り出せば良いだけか」
ぽんっと手を打つ主人。
三角帽子とローブを召喚する。いつでも近くに現れるようにセットしているので便利だ。
帽子に手を突っ込み、適当な衣服を引っ張り出す。
焦った顔のキャットが詰め寄ってくる。
「俺のも出せ」
「俺の服でいいのかい? キャット君にはちょっと大きいんじゃベハァ!」
ビンタされた。
「殴ったね⁉ ばーちゃん(ヴァッサー)にも打たれたこと(あんまり)ないのにっ!」
「数センチ高いからってイキってんじゃねぇぞ」
三角帽子を引っ手繰り、服を取り出すと持ち主に投げ返す。
「これでいいか……」
「おーい。ジュリス」
服を広げてホッとしていると兄貴分が抱きついてきた。命の危機を感じ、心臓が痛いほど跳ねた。
「な、なんですか?」
「お前は負けたんだ。ちょっとくらい好きにしてもいいよな?」
サメが笑ったので、主人は三角帽子だけ掴むと外へ逃げた。後ろでキャットの悲鳴が聞こえた気がしたが振り返らない。前を向いて生きていく。
雲ひとつない外は眩しく、憎いほど太陽が輝いている。
井戸のところへ行くと、お子様二名が井戸の内部を覗き込んでいた。主人からはお尻が二つ並んでいるように見える。おいおい最高かよ。
それにしても何をしているのだろう。水の汲み方なら教えたはずだが。
「何か落としたのかい?」
声をかけるとエイオットとムギはがばっと顔を上げて振り向いた。
「ごしゅじんさまー」
「おお! 待って待って。ごめん。まだ着替えてない」
頭からロケットのように突っ込んでくるエイオットを受け止める。
「ご無事でしたか」
ムギは安堵したような表情だ。おかしいな。この子たちは俺が乱闘していたことは知らないはずだが。
エイオットがローブを掴んで見上げてくる。
「大人ごしゅじんさま、井戸の方に行ったのにいなかったから。落ちちゃったのかなって……」
「あー。それは心配をかけたね」
水浴びしてくるって言いながらシャドーリスのとこに行っちゃったからな。
あの水使いが暴れたせいで村は雨が降ったように水浸しだ。井戸は、爆発で壊れたと思いきや、切り株が欠けていただけで損傷はなかった。流石は魔族。魔法の扱いに長けているな。
感心しながら髪を解き、ローブを脱ぐ。
ブーツも、逆さまにして干しておこう。インナーとズボン姿になった主人に、ムギが水を汲んでくれる。
「おや。ありがとう」
「いえ」
「髪の毛、洗ったげよっか?」
わくわくと拳を握るエイオット。
主人はその場に腰を下ろす。
「じゃあ、お願いしようかな」
「任せて!」
「おにい、ご主人様。お疲れ、ですか?」
疲労が顔に出ていたか。ムギが心配そうにのぞき込んでくる。見ないでください。
「ムギちゃんが手伝ってくれたら元気出ると思う」
「何をすればいいでしょう」
待機しているムギを抱きあげ膝に座らせると、鼻を赤い頭につけてスゥ―――っと息を吸う。ああああこれこれ! 元気になるわぁ。いいにおい。
「?」
何をしているんだろうと思いながらも、痛くも恥ずかしくもないのでじっとしておく。
長男が水をかけ櫛で梳いてくれるが、長いため手こずっている。
「エイオット。大変だろ? 適当でいいよ」
「ごしゅじんさま。どうして髪を伸ばしてるの?」
「んー? 深い意味は無いよ。願掛けさ。願いが叶うまで切らないってやつ」
ムギが振り向き、エイオットも覗き込んでくる。さて。吐き気止めはどこに仕舞ったかな?
「願いと髪を伸ばすのに、意味があるの?」
「単に、髪を切るのが面倒くさいってのもある」
「ふうん?」
髪を整えてもらうとムギを横に置き、着替え始める。
裾の長いゆったりとしたベージュ色の服。最後にストールを肩にかける。
「これでいいか」
防御力の高いローブばかり着ていたので、薄っぺらい一般的な衣服が落ち着かない。
「ごしゅじんさま。髪、三つ編みしてあげる」
「そうかい」
適当にやりかけたが、エイオットがやってくれるというので任せよう。
「ご主人様。あの、執事のお兄様は?」
「え? あ、あー……キャットは」
そういや見捨ててきたんだった。シャドーリスの家あたりを振り向くと、ヒュウウッと真冬のような風が吹き抜けた。
「ひゃ、涼しい」
「?」
もう冬が来たのかと、子どもたちがキョロキョロしているとキャットが歩いてきた。
「あ。お兄ちゃん」
「おはようございます」
「……ああ。おはよう」
井戸の縁に腰掛けると、ぐったりと項垂れる。ムギちゃんがよしよしと背中を摩っている。
「ごしゅじんさま。三つ編み、あんまりきれいに出来なかった……。やり直すね?」
「いや。いい。ありがとう」
「いいの?」
「ああ」
俺が編んだ三つ編みよりエイオットがやってくれた方が、価値があるに決まっている。俺が嬉しい。
俺の服を着ているキャットにストールを投げ渡す。
「? いらねぇぞ」
「首にキスマークついてるよ」
とんとんと鎖骨の上を指で叩く。
キスマークと言うには物騒な歯型だけどな。
「っ!」
親切に教えてやったというのに井戸に叩き落とされた。なんで? ありがとうって言葉を知らないのかな?
「ごしゅじんさまー。だいじょうぶー?」
「あわわわわ……」
再び井戸を覗き込むお子様たち。
ストールを巻きつけるとキャットは顔を赤くしたまま、朝食を作りに行った。
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