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無礙
01 ショート
しおりを挟むどうやってアゲハと連絡を取ろう。
その1。パトマメを使う。駄目だ。〈優雅灯〉の周囲にいる虫を怖がり、戻ってきてしまう。泣きながら。
その2。あいつの家に直接行く。興味なさ過ぎて住所を知らない。首都住まいということしか知らない。
その3。ギルドで待ち伏せする。金ランクともなれば長期出張などザラにある。一ヶ月帰ってこないことも珍しくない。
終わった。
いや待て。絶対にギルドに帰ってくることは分かっているんだ。受付嬢あたりにでも伝言を頼もう。でも……
(この姿で行きたくねぇ~)
山積みにされた本で埋まった床。満員の本棚。真夏に燃える暖炉。唯一物で散らかっていないベッドがあるのに狭い窓辺でひっくり返り、壁に足をかけ両足をあげた体勢で寝転がっている青年。
二つの魔法同時使用のためこの姿でいなくてはならない。
魔法にほとんど意識を割いているため、自分の姿にゲロ吐く余裕すらない。暖炉の前で絵を描いているエイオットの後ろ姿を眺めることしか…………?
がばっと身を起こす。
「あれ? エイオット? いつの間に?」
いつ部屋の中に入ってきたんだ? 気づかなかった。あまりの可愛さに脳が違和感として認識しなかった。
狐耳の美少年はやっぱり~と言いたげな顔で振り返る。
「ノックしたよ? どうぞって声がしたから入ったんだもん」
エイオットは近くで「絵を描いて良い?」と声をかけたようなのだが、俺は上の空だったらしい。
額を押さえると、主人は足を床に下ろした。流石に子の前で馬鹿みたいにひっくり返っているのはいただけない。
ふらふらと歩き、エイオットの横に倒れ込んだ。
「大丈夫⁉」
「あー……かわいい子がいる」
めっちゃ可愛い子がいる。
主人は腕を伸ばして捕まえると、胸の中で抱きしめた。
チリチリと心地よい音がする。
「……」
エイオットは黒い目をぱちくりさせる。
「かわいい……。かわいいね。俺の子に、ならないかい?」
寝ているような声で、何度も何度も頭を撫でてくる。
暑いはずなのに、暖かい部屋。大人の腕の中。聞こえるのは火の音と褒める言葉。好きな人の声。
「……ごしゅ、しゃま……」
エイオットが眠るのに十分とかからなかった。
「寝とる!」
がばっと身を起こす(二回目)。
ああ、あっぶねえ! 火事になってない。暖炉の火を燃やしたまま寝るな。
「はあ……」
金の前髪をかき上げる。
脳を酷使しているせいか、眠い。脳が回復したがっているのだ。身体にまで運動エネルギーを使う余裕はないと、隙あらば寝させようとしてくる。
「あれ?」
エイオットがすやすやと眠っていた。当然ながら汗をかいている。ぶわっと汗が吹き出す。やばいやばい。夏に暖炉の部屋で昼寝させるとか、どんな拷問をさせているんだ俺は!
貼りついたアラージュの衣装を剥ぎ取り、エイオットを抱き上げて彼の部屋まで運ぶ。
汗を拭いて全裸のままベッドに寝かせた。
主人の部屋以外は全館クーラーが入っているようなものだが、念のため極寒倉庫から氷の魔石をひとつ拝借して、部屋に置く。ピンクの部屋の気温が見る見る下がっていった。
「水持ってこよう……」
膝に手をついて立ち上がる。
部屋を出ようとすると扉ではない壁に思いっきりぶつかった。長身が傾き、家具を巻き込んで倒れてしまう。
「いっでででで……。何やってんだもう……」
ぐわんぐわんと世界が揺れている。慣れたら楽だが慣れるまでが辛い。
自分が立っているのか座っているのかすら曖昧になってきた。周囲に何かないか手を伸ばすと、ノックもなくキィッと扉が開く
「エイオット? すげー音したけど、大丈夫か?」
「エイオットしゃん……。こけたの?」
顔を出したのはアクアとファイアだった。いつ見ても可愛い。大人主人を見つけると「あっ」っと声を出す。
「お前! ……えーっと。大人すじん‼」
びしっと指を差すアクア。
……ついに「ご」までどっか行ってしまった。
床に両手をついて色んな意味で項垂れていると、近寄ってくる。
「また吐きそうなのか?」
「ぽんぽん、痛い……?」
大人主人=嘔吐という図式が成り立っている。アクアは背中を摩ってくれるのだが、ちょっとくすぐったい。ファイアは床でとぐろを巻く三つ編みを持ってくれている。汚れちゃうと思ったのだろうか。置いといていいよ。でも、ありがとう。
「……」
返事をしたいのだが、声が出せない。
何も言わず動かない主人。ここはファイアに任せ、アクアはエイオットを起こしに行く。エイオットが頼りやすいのだろう。その行動だけでほんわかする。
「おい。エイオット。起きろ」
ぺちぺちと肩を叩く。
「んーん」
ごろりと寝返りを打った。起きるのかと見ていると、寝ているエイオットに抱きしめられる。
「あっしゃかい……」
「おーい。離せって」
抱き枕にされてしまった。腕から逃れようとするが、ずるずるとシーツの中に引きずり込まれていく。
「あーれー」
「アクアー」
三つ編みを主人の肩にかけると、ファイアもぴょんとベッドに飛び乗る。伸ばされた手首を掴み、引っ張る。
「うーーーん」
「無茶するな。ファイア」
「うーーー、わっ?」
伸びてきた手がファイアも捕まえ、引きずり込んでしまう。
「うぎゅう……」
「ファイアー」
二人纏めて抱きしめられた。ファイアは頭から引きずり込まれたので、掛け布団からは尻尾とお尻が覗いている。
「く。万事休すか……」
勉強を真面目にやったのか、アクアが難しい言葉を使っている。
なんとか身体を動かし倒れた家具にもたれ、ファイアのケツを眺める。あー、元気が出る。
「おい。見てないで助けろよ」
ぺしぺしとシーツを叩く。
きみたちが助けに来てくれたのでは?
「ごめんね。ちょっと動けなくて。でも大丈夫だから。お昼寝してていよ」
「……。死ぬのか?」
「死にません。疲れているだけです」
心配してくれているような顔色に和む。はあ……ナナゴーの様子を見に行きたいのに、瞼が重い。
気がつくとまた眠りに落ちていた。アクアが何度か声をかけてくれたが、返事できなかった。
「なんだ。居るじゃないか」
エイオットと狸双子までいない! と部屋にやってきたムギが泣くので、ごっちんは各部屋の扉を開けて回っていた。後ろには涙を拭いながらついてくるムギが。
「えっ?」
部屋を覗くと、お昼寝タイムなのか大人主人まですやすや眠っていた。
抱き合って眠っているエイオットとアクアファイア。
ずうんと胸の奥が重くなる。
誘ってくれないなんて……
嫌われたのかな……
目に見えて落ち込むムギの頭を撫でる。
「そんな顔をするな。子どもは急に電池が切れたように眠るものだ。寂しければ混ざってくればいい。ここにお前を嫌っている者などいない」
「……ずずっ」
美しい紫の瞳が真っすぐ見つめてくる。鼻の頭が赤いムギは、ぐずっと鼻をすすり、こくっと弱々しく頷く。
「……はい」
「うん。だが、不安になるのは仕方のないことだ。これは主人殿が悪いな」
きっぱりと言い切る。
ごっちんはぱんぱんと手を叩く。
「キャット」
「ここに」
背後からの声に、ムギが飛び上がる。
「主人殿は魔法同時使用による分かりやすいショート(脳疲労)を起こしている。子どもたちを見ていてくれないか? 私はナナゴーを見てくる」
それも自分がやると言いたいが、魔法に関する知識でごっちんを上回れる者などいない。
「はい。ここはお任せを」
「うむ」
頼もしき臣下に任せ、ごっちんは内心うっきうきでナナゴーの部屋へと赴く。
ムギはきゅっと燕尾服を掴む。
「どうした?」
「キャット様は……わたしのこと嫌ってませんか?」
どういった意図の質問だろうか。
「嫌いじゃない」
感情が籠っていない言葉だったが、ムギの顔は明るくなる。
「嬉しいです。ごっちんさまが、『お前を嫌っている者はいない』とおっしゃってくれたので」
「はあ? 別に嫌われてても良くないか? なんでそんなこと気にするんだ?」
その発想は無かったムギが固まる。
「え? ……え? でも、好きな人に嫌われていたら悲しいです」
クロスやエイオットなど、好きでいてほしい人たちの顔が浮かぶ。
「キャット様は? ごっちん様に嫌われたら、悲しくないのですか?」
「俺が愛しているから問題ない」
「……」
なにか、ブレない芯のようなものを感じたが、この領域まで行くのは時間がかかりそうだ。
「……頑張ります」
「頑張らなくていいぞ。好きなことだけすればいい」
言いながら無造作に置いてある氷魔石をポッケに仕舞う。寒すぎるな、この部屋。どういうわけか尻丸出しで寝ているファイアの向きを変えてやる。
「お前は昼寝しないのか?」
「え? で、では少し……」
ひょいと抱き上げられ、エイオットの隣に寝かされる。
「あの、ご主人様にもお布団を……ッ」
ベッドから降りようとして、ムギはびくっと身を怯ませた。執事があまりに冷たい目で、寝ている主人を見下ろしていたから。
「……」
里の大人たちが怒った時より怖い。
思わず身を縮めて見守る。
だが、キャットは何もしなかった。掛け布団を掴むとムギに巻きつけ、ベッドの横で膝をつくと、眠るまで撫でてくれた。撫でてくれるのは嬉しかったけれども。……なんとなく、表情を見る勇気は無くて。
(……ねむ、い)
エイオットの背中に額を押しつけていると、睡魔が降りてくる。
すよすよと寝息が聞こえる。
撫でながらも、キャットの氷刃めいた瞳は主人を睨む。
今なら主人を殺せるのではないか。魔法を酷使し、ショートを起こしている今なら。
この屈辱と、魔王様の敵討ちを――
『子の前で、それだけはやめろ』
魔王の言葉。エイオットの目の前で、彼の父親を手にかけようとしたが止められた。
ごっちんは誰かと誰かが仲良くしている、そんなところを見るのが好きだ。世間から魔王と恐れられようとも、理から外れた力を持っていたとしても。根っこは変わらない。
眠っている子どもたち。起きて真っ先に突きつけられるのが慕っている大人の死体だったならば……
(チッ)
これも全部。俺が弱いから……
血が出るほど唇を噛むが、血のにおいで起こしてしまってはいけない。頭を振って切り替える。
(こいつが死んだらナナゴーも道連れだしな)
それは駄目だ。ごっちん様が悲しむ。死ぬならこいつ一人で死んでほしい。
どうにもならずベッドに突っ伏すも、手はムギを撫で続けた。
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