元ギャングお抱えの殺し屋は警察になる

三河晃司

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元殺し屋は取り締まるー1

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カリフォルニア州:オークランド

二〇四二年のアメリカは、まさに密輸業界の玉手箱だった。
その理由は、戦争とそれによる経済の悪化。
国内経済が崩壊しかかっている中、国民は市販の嗜好品しこうひんだけでなく、闇市にまで手を伸ばしたため、それを取り扱うギャング集団に金が回った。
それは彼らの勢力拡大を助長し、今ではアメリカ経済の四割をみ込んでいる。

『マーク、現地の捜査員より第二バースで怪しい集団が確認された。恐らく麻薬取引と疑われる。至急しきゅう現場へ迅速じんそくに逮捕、もしくは”制圧“せよ』
「こちらマーク、状況は把握した。今すぐ現場へ向かう、オーバー」

ことの始まりは、十二年前の二〇三〇年。
アメリカ合衆国では、国内経済の不振からアメリカ第一主義をかかげたビジネスマンが、米国民から圧倒的な票を得て見事に当選した。
彼の政策により、米国は低迷ていめいしていた国内経済の回復に成功したが、同時に国際関係をぞんざいに扱ったことが裏目に出る。
度重なる利己的な政策は、その他の先進国や発展途上国へ不信感をまねき、最終的には全面戦争開始の引き金を自ら引くこととなる。
その結果、復活したはずの経済が、二年と経たずに破綻したのだ。
これがいわゆる三日天下というやつだろう。
その頃の俺は、殺し屋稼業を始めて約五年が経過していた。

「こちらニック、今七番道に入りました。これから現場へ向かいます。オーバー」
「……まったく酷いもんだ。本当なら、ここも何とかしたいぐらいなんだが…」

戦争が始まって大きく変わったことは、やはり治安だろう。
いつも治安最悪なゴミ溜めで暮らしていた、この俺が言うのもなんだけれど、それはもう劇的に変化した。
今までゴミ一つ無かった公道には、日夜にちや続く反戦デモをする、馬鹿で盲目もうもく的な市民と、警察の衝突により残ったガス弾の痕跡こんせきや、使用されたフリップなどのゴミが散乱する始末。
初めての見た移民やつらは、まるで、光り輝く天界から、どす黒いヘドロへと突き落とされたような、そんな気分となるだろう。

「こちらマーク、今からコンテナバースへ侵入する。現場へ到着後、また連絡する」
『了解だ。念の為、監視に警戒しろ』
「了解、オーバー。…ニック、行くぞ」

そんな、今じゃ何でもやりたい放題、好き放題なこの国で、俺は現在、一体何をやっているのか?
じきにわかる。
マークは相棒のニックへ合図を送り、車から出る。
そして、足音を鳴らさずに素早く、手近なコンテナのはしで身をひそめた。
その後ろを、まるで親の動きを真似まねる赤子のようなぎこちなさで、ニックが付いてくる。

「目標はもう少し先か?」
「はい、情報によればARKアーク社の倉庫付近だと…」
「あの特殊貿易専門の企業か。それはきな臭いな」

今の状況でわかるとは思うが、俺は殺し屋を辞めている。
理由に関しては…ノーコメントだ。
ただ一つ言うとするなら、現状、殺し屋は労力にしてはその対価が割に合わない仕事だと、そう言える。

「こちらマーク。ARK社の倉庫付近で不審車を確認した」
『本部了解。状況は?』
「丁度集まり始めたところみたいだ。後を追う」

俺の始めた仕事は、簡単に言えば国を守る仕事。
名前を『特別密輸取締班SCU』と言う、一時的に各市警で編成された組織だ。
俺はそこの現場戦闘員として働いている。
言い出しっぺの米政府よれば、「強靭きょうじんな傭兵に、強力な装備と潤沢じゅんたくな報酬を与えることで、根強く残った密輸業者を一掃する」らしい。
つまり、別に突然愛国心が目覚めたわけでも無い。
長年色々と世話になった国や警察が何を考えたのか、急に俺達を呼び込んだのだ。
そして報酬も…仕事内容からすれば破格はかくの内容だろう。
何せ、好きな武器と防弾具を身に付けて、密輸業者共を殺ればいいだけだ。
今までの事を考えれば、幾分マシな仕事。
前職に未練なんて、これっぽっちも無かった。
マークはサングラスをぐいっと押し込み、首筋までをすっぽりと被った、漆黒しっこくのスカーフを左手で持ち上げ、鼻まで被う。

「こちらマーク、目標地点へ到達した」

そして、マークはいつも通り、仕事を始める。
本部との通信を終えると、再び監視に戻った。
彼の視界に映る人間は全員で六人。
護衛を二人付けた、右側の買い手らしき白髪の人物が、右手に提げていたジュラルミンケースを開いた。
同じく二人の護衛を付けた売人が、後ろにあるコンテナから商品を引っ張り出してくる。
中身は麻薬と、それに隠された武器弾薬だ。

「ビンゴ、やっぱりクロだ」

スカーフの中でニヤリと笑みを浮かべて、マークは情報を与えてくれた現地捜査員に感謝する。
そして、右腰のホルスターから愛銃のGlock17Gen5ハンドガンを抜いた。
弾倉を抜き、残弾を確認した後、チャンバーチェックも忘れず行う。
弾倉中で整列しているのは、今どき時代遅れとさげすまれる9mmパラベラム弾だ。
防弾具の進化から捨てられたらしいが、密輸業者共を相手取るなら、充分じゅうぶんな殺傷力がある。
チャンバーに弾が入っていることを確認してから、銃をホルスターにしまい、再び奴らを覗いた。
そのタイミングで再び本部から、いつもの連絡員とは違う、野太い声で連絡が入る。
これは、俺達の司令官、バルトレット署長だ。

『あ~、言うのを忘れていたが、今日もちゃんと交戦規定は守れよ?』
「…はぁ、何でこういういいタイミングで……」
『おい!? 本当に殺るなよ! いいか、 これはフリじゃないぞ!』
「…アイアイ、サー」

なんてこった、一体何処どこから見ているのやら…
折角のお楽しみが台無しだ。
署長に水を差されて、マークはしょんぼりと肩を落とす。
ニックがそれを見て、後ろからまぁまぁ、っと言った感じで肩を軽く叩いてきた。
コイツになぐさめられるのは…正直ちょっとムカつく。

「…やめろ」
「あ、す、すみません。つい…」

マークがサングラス越しに睨みつけると、ニックはさっと手を放した。
悪びれもしない笑顔が、少し気にさわる。
だが、その程度で拳を挙げるほど、俺は感情的では無い。
マークはすぐにそっぽを向いた。

「気を付けろ、次は無しだぞ」
「りょ、了解で~す…」

少し間の抜けた感じの声がかつての雇い主を思い起こさせる。
だが、俺はその思考をすぐに振り払った。

(アイツとニックは違う…少なくとも、コイツはあんな無責任な行動はしない……アイツとは…何もかもが違う)

気を取り直して、マークはニックにターゲットの情報を共有した。

「ニック、敵は六人、うち四人が拳銃で武装している。俺が売人を抑え込む間、お前は買い手の老人を見張れ」

改めて愛銃をホルスターから引き抜く。
そして、ゆっくりと…野良犬でも捕まえようとするかようにゆっくり、静かに…時折手近なコンテナに隠れながら近づいていた。
その後ろを、丁寧ていねいに一拍ずつ置きながら、ニックも静かに付いて来る。
奴らに最も近いコンテナの陰に、マークたちが身を潜めたとき、幸いにも奴らはこちらに気が付いてはいなかった。

「……よし、出るぞ」
「了解、さっさと終わらせてしまいましょう」

相棒の頼もしい声を耳に入れて、マークはまたバイザーのフレームを人差し指で押し込む。
愛銃を引き抜くと、誤射回避の為に、一応トリガーから指は離して、彼はそのままコンテナの陰から飛び出した。
売人の護衛たちが先に気付き、こちらへ拳銃を構えようとしたが、それよりも先に、マークが愛銃から威嚇いかくの一発を、護衛の股下のアスファルトを狙って撃ち込む。
そして、お決まりの一言を投げ掛けた。

「オークランド市警だ! 両手を挙げて武器を捨てろ!」

売人の護衛は怖気づいたのか、反射的に両手をこれでもかというほど高く挙げた。
最近は護衛と言っても、その大半が銃も握ったことの無い役立たずが多い。
密輸業者が増える分、ド素人のやとわれも増えたからだ。
その対比に、買い手側の護衛は今でもお履行に銃を此方へ向けていた。

(こういうときは面倒な方から対応すべきだろうが……)

当初の見立てが崩れたため、俺は作戦を変更しようか迷う。だが、こんな所で悩むのも酷かと思い、老人の護衛を監視するよう隣のニックへハンドサインを送った。
そして、売人へ銃を向け…逃げる背中に再度威嚇射撃をした。

「おい、逃げるな。元々の検挙対象は貴様だ」
「ま、待ってくれ! 僕は自分の意志でやった訳じゃ!!」

売人が慌てた様子で弁明する。
だが、その瞳はほんの少し、揺れた。
これはギルティ
…ホラ吹きともいいところだ。

「……このぉ!!」
「おっと……残念」

マークが三歩あたりまで近づいた瞬間、右に立っていた、大分大柄な売人の護衛が、彼に飛び掛かる。
しかし、マークはそれを左足を少し引くくらいで、華麗かれいに避ける。
さっきの腰抜けにしてはいい根性だ。
…だが、この間合いは俺にとって絶対領域。
俺が最も得意としている間合いだ。
少なくとも俺に勝った奴は誰もいない。

「うぐぅ!?」
「あっ!?……」

マークの行動は速かった。
まず、殴りかかってきた護衛の背中を、避けた左足でそのまま蹴り飛ばす。
そして、視界の端で落とした銃を拾おうと手を伸ばす左の護衛に、素早く脳天へ銃弾を一発見舞った。
綺麗に脳天を貫かれた護衛は、そのままピクリとも動かなくなる。

「……よぉくもぉ!!」

蹴り飛ばされて地面に這いつくばっていた大男が、今度はナイフを取り出して、がむしゃらに突っ込んでくる。
それを軽々と避けて、通り過ぎて行く男のうなじにグリップの角を叩きつけた。
最後に、よろける男の後頭部を狙って二発…この間約三秒。

「ふぅ…」
「…まだ、おとろえてはいないようだな」
「…じゃなきゃやってない」

倒れ込んだ二人の大男を傍目はために、老人へ愛銃を向ける。老人の右手には、護身用の小型拳銃が握られていた。
老人は俺の正体に気が付いたようで、警戒したように白濁したサファイアブルーの瞳を、ずっとこちらに向けている。
一瞬の膠着こうちょくを経て、老人が笑った……いや、嘲笑わらった。

「だが、言葉による駆け引きに弱い所は、まだ変わっていないようだな…」
「…?」
「マーク!!」

俺は老人の言葉に困惑してしまう。だから撃つのを躊躇ちゅうちょした。
それを見透かしたように、老人が拳銃のトリガーを強く絞…ろうとしたその時、ニックが急に飛び出し、老人とその護衛へ機関拳銃から9ミリ弾をばら撒く。
俺が固まっている内に、老人と護衛は蜂の巣となっていた。
しばらく呆気に取られていたが、マークは状況を理解すると、ニックに歩み寄りその頬を引っ叩いた。

「バカ野郎! 任務は対象者の確保だ、殺してどうする!」
「だけど、今のはマークが危なかった! 仕方がない!」
「だとしても!!……はぁ、いつもこれだ。……あぁ、くそっ…」

いつもこれだ、いつもいつも……。ニックは熱くなると、後先考えずに飛び出る癖がある。
前回も…そのまた前回も、同じ理由で対象者を殺していた。
もちろん、俺にだって非があるだろうが、何でもやることには限度がある。
ニックの場合はいつもやり過ぎだ。
俺は、熱く波打った脈動を静める。
そして、落ち着きを取り戻した俺は、さらなる失念に気付いた。

「…売人」
「え? あっ…」

ニックに問い掛けると、案の定今思い出したといった感じだ。
マークが振り返ったときには、売人の姿はもう無い。
あるのは証拠になる麻薬と、永久に口を閉ざした大男だけだ。

「チッ!…俺は奴を追う、お前は死体の処理をしろ!」
「くっ、了解…」

俺は大急ぎで銃をしまい奴を追う。さいわい、売人は逃げるときに血溜ちだまりを踏んでいたらしく、血の足跡がベッタリと地面にこびりついていた。
足元に注意しながら全速力で走り抜ける。
そして、コンテナを縦横無尽じゅうおうむじんに駆け巡る足跡を追い回し、遂に奴を視界に捉えた。
売人は振り向くや否や、更に足の回転を上げる。
奴も追ってくるこちらに気付いたようだ。

「止まれ!!」
「っ!!」

マークの叫び声も意にかいさず、次第に距離を離していく。…速い!!
売人がコンテナの迷路を抜けて、桟橋さんばしの突き当たりへ出た瞬間、もう一度だけ振り向いた。
それを最後に、けたたましいエンジンローター音と黒い影が横切り、奴の姿が消える。

「なっ!?……バイクか?」

俺は開いた口が塞がらない。そのまま、吹き飛ばされて転がった売人の元へ歩み寄る。
幸い、まだ息はあった。問題はマークの右横でバイクを横に滑らせて停車していた、売人をいた張本人だろう。
マークが首を右へ向け、その両眼でしっかりと捉えた。服装は灰色のパーカーにジーンズ。見たところ、どこにでもいる中年の男だ。
男がバイクから降りて、こちらへゆっくりと歩み寄ってくる。

「いや~、丁度良かったよ。探してたぜぇ~?」
「…!!」

その声以外は……。子供をあやすような、少し間の抜けた声と、特徴的なパーカー姿がマークの脳内に住まう青年とリンクした。
思い出すのは、温かく冷えた人生の一幕…。
いつもにくかった、ヘラヘラとした笑顔と、俺のグロックとは正反対な、ステンレスのまばゆい輝きを放つリボルバー、銃の名前は確か…コルトパイソン。

「……ブラック」
「フッ…久しぶりだな、マーク」

コンテナバースの照明が、フードに隠れた素顔を薄く照らし出す。見慣れたライトブラウンの髪と黒色の瞳をした男だった。
男の名前はナクティス・コーンウォリス。
コードネームは、『ブラックロータス』…知る人ぞ知る有名なギャング集団のリーダーで…俺の元育て親兼、元雇用主だ。
彼は純粋じゅんすいに俺との再会を喜んでいる。だが、俺はそれにどう反応すれば良いのかが分からない。
だから、俺はその男に最高なにらみ目と一言だけくれてやった。

「くたばれ……」
「……フフッ。フフフフッ……今度こそは手離さないぜ…マイ・ボーイ」

俺が懐かしい返答をすると、ナクティスただ笑い、こちらを見つめ返してくる。
二人の間を、冷たい風が通り抜けていった。
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