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1A 街の中学に転入

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 A-1  街に転入 母親の再婚と共に街に転入。街で喧嘩、天翔起動
 A-2  委員会と宅配 委員会を忘れて宅配対処。不良と喧嘩。
 A-3  神衣瞳 賀生の同級生。恋人?
 A-4  実力考査
 A-5  雑誌記事と解説書 プログラム関連記事。


 A-1  街に転入

賀生(ヨシオ)は町の中学に通っている。母親の再婚により、田舎から転校して来たのだ。その中学の校内マラソンで上位につけた。お陰で体育委員に推薦されている。
「山賀さん、委員会が有るから出て来てね?」
「分かった。有り難う。」
賀生はここ数回委員会を休んでいる。お陰で瞳に、チクチク文句を言われている。
「小説を読む暇が有るんだから、委員会も頼むわよ。」
「努力する。」
とは言ったものの、委員会に出る気がしない。体育委員は、余りする事がない。
ちなみに、瞳も体育委員だ。
賀生は、自宅で古武術を続けている。祖父から習って居たのだが、祖父が亡くなってからも、自主訓練を続けている。その古武術の名は奇翔流と言う。賀生は、転入して最初の中間試験後、生徒会に呼び出された。
「山賀君、生徒会に協力をしてくれませんか?」
「まだ、学校に馴染んで居ないので、無理ですよ。」
「成績上位の人には、頼んでいるんだが?」
「成績は、たまたまですよ。それに、転居の整理が有るので、当分は無理です。」
そして、ズルズルと引き伸ばしている内に、期末試験の時期が来た。
賀生は、最初の中間試験では、全学年で10番内に入って居た。しかし、期末試験では、70番の表から消えてしまった。それ以来、生徒会は協力の根拠を失った。

そんなある日、神衣瞳と河上英子が話していた。
「あの人は、  何か妙なんだよね?」
「山賀さんの事?  読書だけでは無いよね?」
賀生は、いつも小説を読んでいる。それ以外の姿を見た事がない。
「そうなのよ、見た目と何かが違うんだよ。」
「大人しそうなんだけどね?」
英子も、瞳と同じ様に感じている。何かスッキリしないのである。
「自分を、隠している様な気がするんだけど。」
「それは確かだよ、転校して来た最初の試験がおかしい。」
「そうだった、最初の試験は6番だったかな?」
「あの試験は、マグレにしては、成績が良すぎるよ。」
賀生は、田舎の中学でも上位には居た。街へ来て最初の中間考査では、学年で6位で有った。しかし、次の試験では、上位の表から消えてしまった。
成績が分かるのは、上位70位迄である。その中から役員を推薦する。
今回の結果を見た生徒会は、疑問に思いながらも、手を引かざるを得なかった。
「6位から、あれだけ落ちるなんて、何かおかしいね?」
と英子が言う。
「そうだよね?  その後はそのまま、その辺りを維持している感じだよ。」
「本当だね、何か胡散臭いわね?」
瞳も、何か疑問を感じている。
「訳の解らん奴だよ。」
この時以来、山賀賀生は、瞳と英子の監視対象に入ってしまった。

ここは、さる護身術の道場でである。そこでは、神衣瞳が話題に上がっていた。
先輩の、河原裕子と山野翠が、神衣瞳について話している。
「最近、瞳ちゃんの姿を見ないわね?」
「今は、中学三年ですから、試験勉強ですよ。」
その道場は柔刀術を教えていた。神衣瞳の父親は、ここの講師をしている。
瞳も通っていたのだが、高校の入試で、最近は休んでいる。
「あの子も高校入試か、それは大変だね?」
「落ち着いたら顔を出すとは、言ってましたけどね。」
「瞳ちゃんは、強いから大丈夫だよね?」
「強いと言っても、まだ中学生ですからね?   気を付けて置きます。」

今、高校の進学者は、補習真っ盛りである。殆どの進学組が補習を受ける。
賀生も進学希望だが、補習に余り熱心ではない。下級生の部活を見たり、散歩をしたりする。半年ぐらいの補習では、役に立たないとも思っている。
今日も賀生は、補習中に運動場を散歩していた。
「おい山賀、山賀だろう?」
後を振り向くと、同学年らしい男が数人、賀生を睨んでいた。
「山賀だけど、何か?」
「最近、神衣と話しをしているな?」
「たまに話しはするよ。同じ教室だからね。」
「神衣とは話しをするな。」
こいつ等は何なんだ、何故こんな事を言う?
「どうして?」
「そんな事は、どうでも良い。話すのをやめろ。」
こいつらは無茶を言う。連絡をして来るのを、無視は出来ない。
「向こうから、話し掛けて来るんだよ。」
「それでも、喋るなと言っている。」
こいつ等は無茶を言う。話し掛けられて無視は出来ない。
「そんな失礼な事は出来ない。」
そいつ等は、今にも攻撃しそうだったので、賀生は周囲を見回した。喧嘩を人に見られるのは拙い。
「誰も居らんやろ?  助けには来ないぜ。」
「それは良いんだけど、怪我のない内に、やめてくれないかな?」
こんな事で怪我はさせられない。喧嘩になれば、怪我をさせる事も有る。
「返事はどうした?」
「だから、神衣に言ってくれるかな?」
「やかましい、誰か一発かましとけ。」
いきなり、端の奴が殴って来た。賀生は横に避け、手先を、ちょっと捻る。賀生のスピードが速い。その男は、腕の痛みで横に倒れた。
「いったー。」
次の奴が胸を掴みに来る。そいつも同じ様に転がす。
「畜生!」
ほかの奴等も同じ目にあう。賀生は、奇翔流と言う古武術を習っている。
幼少期から、祖父に習っていた。祖父が亡くなってからも、訓練を続けて居る。
お蔭で腕力も結構強い。


 A-2  委員会と宅配

「山賀さん、月曜日に委員会が有るので、今度は出て下さいよ。」
「分かった、ありがとう。」
女性委員の神衣瞳が、賀生に連絡をしてきた。
賀生は、委員会を何回か休んでいる。どうにも面倒くさいのである。
「必ず出て下さいよ、出ないと叱られるからね。」
「分かった、月曜日の放課後だね?」
瞳は部活をやっていないが、なぜか、運動能力に優れている。
賀生も部活はやっていない。それでも、田舎育ちで体力は有る。賀生は、日頃の遊びでは、走りや跳躍にも、優れた能力を示している。
しかし、教師の測定では全力を出さない。基本的に競争には参加しない。

その賀生は、月曜日の放課後、急いで学校を出た。通販の小説が届くのだ。
何か忘れている様な気がしたのだが、焦っていたので、そのまま帰ってしまった。
賀生は、委員会を、すっかり忘れていた。
今日は、家族が全員留守なので、賀生が、宅配を受け取る事になっている。
宅配が来る前に帰ろうとして、急いでいる賀生で有るが、今日は運が悪かった。
途中で、不良共に絡まれたのである。
「おい、お前は山賀だな?」
「そうだけど。」
「最近、神衣と話しをしているな?」
その中の、ボスらしい少年が話し掛けてくる。何か、既視感の有る風景だ。
「同じ組委員だから、話しはするよ。」
「話しをやめろ。」
「そんな事を言われても、連絡も有るからね。」
「それを、止めてくれと言っている。」
この少年もしつっこい。この連中も、何か誤解をしている。
「神衣に、言って欲しいんだけど。」
「それが出来ないから、お前に頼んでいる。」
「話しかけて来るのを、無視は出来ないよ。」
「それでも、やめて貰いたい。」
相手は退きそうに無い。喧嘩はやりたくないが、無理な注文は受けようが無い。
「理由の解らない事には、協力のしようがない。」
「仕方がない、誰か痛めつけろ。」
それを聞いた横の男が、賀生の胸元を掴みに来た。結局こうなるのか?
賀生は、その腕を取り、後へ捻り足を刈る。
「ぎゃっ。」
そいつは、背から地に落ちる。こうなれば、早く済ませるしか無い。
次の奴は、逆手に捻り倒す。
「痛ってて。」
「奇翔流奥義天翔!」
賀生は、身に危険が及びそうな時は、奇翔流奥義を発動する。その時、後に不穏な気を感じた。賀生の体が宙に浮く。後から、回し蹴りが襲う。
その浮いた体に、二本の蹴り足が襲う。賀生の体が、空中で横にズレる。相手の蹴りは、空を切る。
「何だ、どうなった? 変な動きをしたぞ。」
賀生が習った奇翔流は、現代のスポーツ武道では、反則になる技も多い。
中学生が相手の時は、あまり実戦的な技を使えない。こんな、武術奥義を使うのは、逃げる時だけになる。
「やめないか?  怪我をするよ。」
そいつ等は、聞く耳を持たない。
次に来た男も、逆手を取り足を払う。男は宙に浮く。
「ぐおっー。」
まだ諦めずに仕掛けて来る。賀生は、回し蹴りで胴を薙ぐ。
「ぐぇっ。」
瞬く間に半数を倒され、茫然としている不良達を残し、賀生は家路を急いだ。
角を曲がってから、不良達を窺う。つけられてはいない。
安心をして、郵便受けを開けたが、不在配達票は入っていなかった。
「良かった、まだ来ていない。」
この前の宅配も、不在時に来られたので、賀生は気にしていた。
「こんにちは、宅配です。」
ドアを開け、家に入った所に宅配便が来た。
「お疲れさん。」
「サインをお願いします。」
ギリギリだったな?  最近は不在が続いているので、気を使って居た賀生である。
しかし、さっきの不良共はなんだろう?  神衣瞳の関係者らしいが、本人には言えないとも言っていた。これは、当分様子を見るしか仕方が無い。賀生は、今来た宅配便を開封し、中から小説を取り出した。賀生が通販を使うのは、古本と電子部品である。


 A-3  神衣瞳

次の日、登校した途端、神衣瞳が賀生の前に現れた。
「山賀さん、昨日はどうしたのよ。委員会に出なかったわね?」
「あっ、すっかり忘れてた。宅配が来るので慌てて帰った。」
「もう、私が叱られたんだから。」
「申し訳ない。完全に忘れていた。」
「山賀さんも、頭は有るんだから、ちゃんとやってよね?」
言うだけ言うと、神衣瞳は、自分の席に戻って行った。

それから半月後、瞳が話し掛けて来た。
「山賀さん、委員会に出席してくれって、委員長が言ってたわよ。」
「わかった、今度は出る。」
「頼むわよ。たまには出ないと、本当に叱られるからね?」
そう言えば、この前も用事が有って出なかった。
「気をつける。委員会には出来るだけ行く。」
「前にも、そんなセリフを聞いたと思うけど。」
「そうだっけ。」
この間から、神衣瞳が話しかけて来る。
山賀賀生は、体力も有るし頭も良いと思うのだが、成績は中の上ぐらいだ。
瞳は、賀生の成績が、何か気になっている。
「山賀さん、本当に出て来る気が有るの?」
「努力する。」
賀生は、何とか誤魔化したいところだ。体育委員は、体育祭以外は用事が無い。
ただ、出席するだけなので、あまり行く気がしない。
「もし、行けなかったら、メモだけ頼むわ。」
「仕方がないわね、出来るだけ出席してよ。」
この場は誤魔化せそうなので、賀生はホッとした。
「話しは変わるけど、山賀さん、友達は居ないの?」
今日の神衣瞳は、珍しく食い下がる。
「話しはしてるよ。」
「本を読んでいる所しか、見てないんだけど?」
「別に不便はしていないよ。」
「友達が出来ない子は、悩んでいるよ。」
「そんな子も居るかも知れないけど、僕には無縁だ。」
「山賀さんの方が、変なんだよ。」
賀生の場合は、話しが合わせられないので、グループから、はみ出てしまう。
賀生は、除け者にされても平気だが、寂しがる子は多い。そんな子は見過ごせない。特に、イジメは絶対に無視出来ない。
「山賀さん、この前、元山さんと話しをして居たわよね?」
「少しね。」
「他の人は、話しをしていない様だけど、どうして?」
「あの子は、離島から来ている子で、言葉に少し訛りが有った。 それを冷やかされて、殻に閉じ籠ってしまった様だ。」
「何か、怖そうな感じの人だけど。」
「顔つきで、判断したら可哀想だよ。」
とは言うものの、賀生も最初は噛みつかれた。
賀生は、除け者にされている子達とも話しをする。ところが、話してみると何も変わりは無い。除け者にされている理由が分からない。賀生と話をしている内に、そんな子達も、皆と話しが出来る様になる。元山も、徐々に組に馴染んでいった。
「山賀さんは、友達を作らないの?」
「別に居なくても困らない。」
賀生は、瞳の問いに簡潔に答えた。
「どうして?  寂しいでしょう?」
「いや、付き合いが面倒臭い。本が読めなくなるし。」
「はぐれ者には、声をかけるくせに?」
「それは又、別の話し。」
「その子達を、放っておけないのね?」
「明るく振る舞って居るけれど、イジメられて居た、と言う子も多いよ。」
しかし、今日の瞳は中々引かない。
「自分の事より、他人の事なのね?」
「自分の事は、自分で対処する。」
賀生は、転校をしてきた事も有り、同級生達との触れ合いは少ない。
「山賀さんは、今迄イジメに会わなかったの?」
「それは無い。そんな場合は喧嘩になるだけ。」
「あははは、なるほどね。」
賀生は、寂しい子供達が居るのは確かなので、それを否定はしない。それに、良い子に育った筈の子が、イジメられている例も多い。不良達に対処が出来ないからだ。
「まぁ、友達が居なくても、他人に迷惑を掛ける訳でも無し。」
「なる程、山賀さんは、そう言う考え方なのね?」
賀生の趣味、いや娯楽は、読書と電子機器の作成で有る。時には化学実験もする。
ただ、電子機器の制作と化学の実験は中学で終る。高校からは、読書とプログラムに変わる。賀生には趣味は無い。気分は全て娯楽で有る。化学の実験も娯楽である。


 A-4  実力考査

数日後、又、瞳が賀生の元へ現れた。
「今度の実力考査、凄く上がって居たわよね?」
「いや、あれは、まぐれだ。」
「確か、10番目位だったわよ、一学年440人の内で、10番は凄いよ。」
確かに賀生は、試験勉強は少ない。実力考査は、今迄勉強した全範囲が、出題対象になる。中間考査のように、細かい問題は出題されない。賀生は、勉強時間が少ない為、大事な所しか覚えていない。それが功を奏している。
「本当に、そんな事で実力試験が上がったの?」
瞳が確かめて来る。
「多分。」
瞳が言っていた、10番と言うのは本当だった。
今迄の中間や期末試験は、員数外だったので、大分上がった計算になる。
転校時は、役を押し付けられそうになり、慌てさせられたが、今度は、卒業時の試験なので危険は無い。役を押し付けられる心配も無い。
「山賀さん、本当は頭が凄く良いのね?」
英子が、賀生に声を掛ける。英子は瞳の友達である。
「それは誉め過ぎ。」
「だって、いつも寝てる癖に、あれだけ成績が上がるなんて、信じられない。」
「あの成績は、たまたまだと思うよ。」
「勉強をするのは、試験の時だけなの?」
「そうだよ。落第だけは、したくないから。」
「山賀さんは、なんか変。」

その頃、瞳が通っていた道場で、再び瞳が話題に上がっていた。
「神衣先生のお嬢さんは、最近見かけないな?」
瞳の父の弟子、吉岡浩司が言った。瞳の父親は、神衣眞路と言って、この道場の講師である。以前はこの道場の弟子でもあった。今は、週に二回ほど顔を出す。
神衣瞳も、最近まで、この道場に通っていた。
「高校の入学試験で、忙しいらしいです。」
年下の弟弟子、山岡義二が答えた。
「中学三年か、大変だな?  男友達でも出来たのかと思った。」
「泰雄、直人、お嬢さんと同級生の知り合いが居ったな?」
「はい、二人か三人は居ると思います。」
と泰雄。
「悪い虫が付かないか、様子を見てあげてくれ。」
「分かりました。知り合いを探しておきます。」
直人も答えた。

この前から、賀生に絡んでくる事件も、神衣瞳には知らされていない。あれは何処からの指示なのだ?  それも、神衣と話をするな、だけでは全く要領を得ない。
おそらく、河原裕子か山岡義二の話が、誤解されて伝わっている。
賀生は、普段は大人しくて目立たない。運動能力は有るが、競争には参加しない。
目立つ事を避ける為、賀生は全力を出さない。


 A-5  雑誌記事と解説書

賀生は、誘われれば、遊びにも参加するが、普段はいつも小説を読んでいる。
家では、小説を読む合間に、プログラムの製作にも、はげんでいる。
「山賀さんは、家でも、小説を読んで居るだけなの?」
神衣瞳が、久し振りに話し掛けてきた。
「いや、化学の実験もするし、プログラムも触っている。」
「プログラムって、パソコンでやる奴?」
「そうだよ。コンクールにも応募している。」
最近、面白そうなプログラムが出来たので、出版社のコンクールに応募をした。
コンクールをやっていたのは、アメリカのPC出版日本支社であった。

賀生は、何でも独りでやっている為、孤独と言われている。
「山賀さんは、友達は居ないの?  余り親しそうな人は見ないんだけど。」
「読書もプログラムも、一人でやっているからね?  だから大概一人で居る。」
これは、小学の頃の生活に関わりが有る。賀生は、グループに入れないので有る。
理屈が合わないと、ガキ大将の言う事もきかない。皆の意見にも合わせられない。
グループ内のイジメにも、黙って居られない。結局、孤立をしてしまう。
毎度の事なので、そんな生活に慣れてしまった訳だ。
「寂しくないの?」
「余り寂しいとは思わない。しかし、組の連中とは、遊んで居るよ。」
「学校以外では、遊ばないの?」
「それは無い。それ以上は面倒臭い。」
賀生は、不要な妥協はしない。無理な付き合いは、する気が無い。
今では、色々とやる事が有る。小説も読みたいし、プログラムにも触りたい。
「それだけでは、寂しいと思うんだけどね?」
「それは、僕には無縁だ。」

こんな、友達と付き合えない程、忙しい事も、孤独と言うのだろうか?
本人は孤独を味わう暇もない。注意を要するのは、プログラミングである。
プログラムの作成は、まだ初歩の段階だが、既に、コンクールにも応募している。
「賀生、出版社から手紙が来てるよ。机の上に置いておくよ。」
賀生が、学校から帰った時、母親が声を掛けた。
「分かった。置いといて。」
どうせ、コンクールの宣伝だろう。賀生は、そう思ったが、すっかり忘れていた。

そんなある日、コンクールを主催している、PC 出版から電話が掛かった。
「もしもし、山賀さんですか?  PC 出版日本支社の山本です。」
「はい、山賀賀生です。」
「賀生さんですか、この間の手紙は、見て貰いましたか?」
そう言えば少し前、母親から、手紙の事は聞いていた。
「済みません、まだ中を見ていませんでした。」
「賀生さんは、初歩部門のコンクールで、奨励賞に選ばれました。三位です。」
それで、封書が来ていたのか?  そのまま、すっかり忘れていた。
「えっ、そうだったんですか?」
「実は、お願いが有ります。コンクール程度の、プログラムは有りませんか?」
その程度のプログラムなら、あれから幾つか作っている。
「あんな物なら、幾つか有りますが?」
「それを、解説を付けて送って貰えませんか?  実は、解説が解り易いと、評判になりました。次の雑誌に載せたいのですが、いかがでしょうか?」
「僕は、まだ初歩の段階ですよ。そんなので良いんですか?」
「先ず、日本の雑誌に載せます。人気が有ればアメリカの雑誌にも載せます。翻訳は当社でやります。それに、読者は初歩の人が多いのです。ぜひ送って下さい。」
「分かりました。有り難う御座います。二つ程送って置きます。」
「お願いします。」
幾ら何でも、本で習ったものを、そのままは書けない。それでは盗作になる。
多くの本は、初歩者に解りにくい部分が残っている。それを解りやすく解説する。
その為には、より多くの勉強が必要になる。
高校迄に、もう少し高度なプログラムを、組める様にはなって置きたい。

幾日か経った、ある日の放課後、又、PC 出版から電話が有った。
「このあいだ程度のプログラムは、まだ有りますか?」
「あの程度のものなら、幾らか作って居りますが?」
「前の様に、解説を付けて送って貰えませんか?」
分かりました。幾らか送って置きます。」
しかし、あんな程度の解説で、いつまで続けるのだろうか?
しばらく経った、ある日の事、叉、PC出版から電話だ。
「山賀です。」
「PC出版の山本です。雑誌に載せている解説に、段々と人気が出て来ています。今回から、アメリカの雑誌にも載せたいのですが?」
「分かりました。メールで幾らか送って置きます。」
「それと、もう一つお願いがあります。」
PC出版の話によると、雑誌記事に人気が出ていので、プログラムの単行本を、書いて貰いたいと言う。いくら何でも、それは難しい。賀生は初歩も脱していない。
「えっ、僕には無理ですよ。僕はまだ、初歩も卒業してませんよ。」
「雑誌の記事を読んでみると、充分可能と思いましたが?」
PC 出版は、雑誌程度の内容で、解説書も売れると、判断をしているらしい。
「考えて見ますが、僕自身が初歩なので、書けるのは、初歩の初歩ぐらいですよ。」
「それで良いと思います。」
「ちょっと考えさせて下さい。」

賀生は、色々と考えた末、PC出版に電話を入れた。
「山本さんですか?  山賀です。」
「書けるでしょうか?」
初歩の解説を、小冊子3編に収めて、本の装丁も簡略化して、3冊分の価格を、従来の1冊分に出来るのなら、書いて見ると説明した。
「分かりました。会議に掛けます。また連絡をします。」
ややこしい言い方になったのだが、理解してくれただろうか?
しかし、一冊の本を書くと言うのは、小冊子と言えども、雑誌の記事と違って、大変な量である。

入試まで半年、今は補習授業の真っ盛りだ。しかし賀生は、補習はやる気がない。
半年ぐらい補習をやっても、無駄だと思っている。
それより、賀生が熱を入れているのが、プログラ厶だ。この為、時間がもっと欲しいのだが、今の時間が限界で有る。だからと言っても、読書を減らす積もりも無い。

いずれにしても、小説を読むのも、バソコンに触るのも、全て独りでやっている。
その為に孤独と言われている。孤独とは、何を指しているのだろうか?  
本人が感じなくても、友達が居なければ、孤独と言うのか?  それとも、寂しいと感じるのを、孤独と言うのか?  賀生は、友達は居ないが、生活は充実している。
小説を読むのが楽しいのだ。パソコンをイジるのが、面白いのだ。
しかし、多くの人が、賀生を孤独だと言う。ならば、賀生は孤独が大好きである。
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