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1B 賀生の色合い

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 B-1  高校入学 アメリカ主義と戦闘 銃とナイフ 奥義天翔発動
 B-2  煩い委員と寄附係り 頭の良い委員達
 B-3  部活と英語 部活はやれない。英会話は要らない
 B-4  解説書出版 初歩のプログラム解説書
 B-5  瞳と賀生の関係 恋人の模様

 
  B-1  高校入学

入試も終わり、山賀賀生と河上英子は、東南高校に合格した。神衣瞳も、城世女子高に合格している。
最初の授業の日、担任が現れるなり、こう言った。
「今から、成績順に委員を指名する。」
担任の話では、まだ名前も分からず、選挙にならないので、指名すると言う。
いささか乱暴な話しでは有るが、担任の言い分も、分からなくも無い。
「それなら大丈夫だろう。」
その様に思って居たのだが、指名が終わって、賀生は頭を抱えた。鬱陶しい事に、委員に指名されてしまった。それは、厚生委員だと言う。賀生は、組の中頃の成績との予測をしていた。しかし、大分計算が狂った。

入学式から半月程して、神衣瞳から電話が掛かった。
瞳は中学の時から、賀生に興味を持っていた。いや、むしろ疑いを持っていた。 
「もしもし、山賀ですが。」
「あっ山賀さん、神衣です。元気にしてる?  」
瞳の声が明るい。問題が有った様子は無い。
「元気だけど、ちょっと拙い事になった。」
「どうしたの、喧嘩でもしたの?」
「いや、厚生委員に指名されてしまった。成績順で決められた。」
「最初は、成績順になるのは、仕方が無いわよ。」
成績順なら、仕方が無いのだが、賀生としては大迷惑である。
「それより、そっちはどう、友達は出来た?」
「友達は出来たけど、女の子ばっかりだし、面白味に欠けるよ。」
瞳自身が、女子校を選んだのだから、いまさら悔やんでも仕方が無い。
「自分で、その学校を選んだのだから、仕方が無いよ。」
「中学校では、退屈しなかったけどね?  山賀さんみたいな珍種も居たし。」
瞳は、賀生の事を珍種と捉えて居たらしい。
その日は、簡単な話で終ったが、又電話をすると言う。賀生は了承して置いた。
数日後、賀生の携帯に、瞳から電話が掛かった。
「山賀さん、時間は取れる?  一度街で会いたいんだけど。」
「分かった。場所と時間をメールして。」
瞳は賀生の能力に疑問を持っていた。中学の時になるのだが、体育の測定の時、手抜きをして居るのだ。教師も解ったらしく苦笑いを浮べていた。瞳は偶然、近くで練習をしていて、測定を見ていたのだ。それが疑問を持った最初であった。
「山賀さん、体育の実力を隠しているわよね?  何故?」
「隠したい訳では無いんだけど、選手にでもなったら、疲れるしね?」
「なんだ、サボって居るだけか?」
学業の方も何かおかしいと思った。授業中に、居眠りをしていても、勉強は程々に出来る。そして、中学卒業時の実力考査では、440人中10番であった。日頃、勉強をしている様子が無い事を考えれば、充分な驚異で有る。

瞳は成績も良く、あっさりとしていて、女の子に迄人気がある。
しかし、謎めいた山賀賀生に関心を持ってしまった。その潜在能力に興味を抱いてしまった。数日後、その瞳から電話が掛った。
「瞳です。今、大丈夫?」
「大丈夫だよ。」 
「今度の日曜日に、駅前の喫茶店に来てくれる?  場所はメールする。」
「わかった。多分行ける。」
賀生は、女の子との付き合いは、遠慮をして居たのだが、お茶を誘われてしまった。
今迄、無理に孤独を通して来た訳では無いのだが、友達を求める事も無かった。

日曜日の朝、賀生は喫茶店に向っている。瞳が指定して来た喫茶店だ。
その喫茶店は、駅前の本屋近くに有り、直ぐに見つかった。
「待たせたね?」
「私も少し前に来たところ。」
「寄附集めは、本当に疲れるわ。」
「山賀さんは、孤独な割に、そう言う事も出来るのね?」
「それは出来るけど、疲れる。」
中学の時は、そこまでの話はしなかった。体育委員は、そんなに仕事も無かった。
しかし、今の厚生委員には、訳の分からない用事は、何でも押し付けてくる。
「そんな事は、出来ないと思っていたんだけどね?」
「この程度の事は出来る。今迄は必要が無かっただけだ。」
その日、瞳とは他愛のない話をして別れた。
賀生が女の子とお茶を飲んだのは、この日が初めてで有った。
これが、初デートと言う事になるのだろうか?  

その日の夜、賀生は、昨日造ったプログラムの、動作確認を行った。
学生の間は、あくまで仮想機器のプログラムになる。その為に、仮想の機器やシステムを、幾つも作っている。
プログラムの動作に、問題が無かったので、プログラムの解説を書き上げる。
それは、初歩者が読んでも、解るように書かなければならない。
専門書には、何処か解りにくい所が有る。おそらく常識として説明が省かれている。
初歩者に常識は通用しない。常識が解らないからこそ、初歩者なのである。

そんな、ある日の事、又、変な白人達に捉まった。
「山香ヨシオ、君はアメリカの雑誌に記事を書いていたな?」
「それが何か?」
「それを止めろ。」
この男達は、契約と言う言葉を、知らないのだろうか?
「出版社に頼まれたのでね?」
「その出版を断われ。」
「契約を破る訳にはいかない。賠償金を取られる。そんな事は出来ん。」
賀生と話をしていた奴が、後へ合図をした。そいつの後から、大柄の白人が現れた。そいつは突然、飛び蹴りを掛けて来る。
「けやっー。」
賀生は、それを腕ではじく。
「くそっ。」
身体が危険になれば、古武術は自動的に発動する。この術は、武術として継承されて居るのだが、些か怪しい動きがある。それを、武術と強調する為、術の名を唱える。
「奇翔流奥義天翔!」
次の敵は胴を狙ってくる。賀生は、それも手ではじく。今度は、回し蹴りが襲う。
「いえっー。」
全くしつこい奴等だ。次々と連続技の攻撃が続く。
「無駄だから止めないか?  疲れるだけだよ。」
「お前は何なんだ?  お前のような選手は見た事も無いぞ。」
「断念ながら、競技には出ないよ。競争は嫌いだからね。」
その集団の中程に居た奴が、前に出てくる。
「舐めやがって。この攻撃を受けてからぬかせ。」
そいつは、賀生の言い分が、気に入らなかった様子だ。
突然そいつが、回し蹴りを掛けて来る。賀生は身を反らして避ける。
「いやー。」
今度は、飛び蹴りが来る。賀生は右肘で払う。その時、斜め後に害意を感じた。
賀生の身体が横にずれる。奇翔流奥義が発動されて居るのだ。賀生の身体の脇を刃物がかすめた。
「くっそー。」
奇翔流奥義は、悪意や害意に対して、敏感に反応する。
左の奴もナイフで狙う。賀生は再び横に動く。この刃も、賀生の身体の脇を、かすめて流れる。今度は、前の奴のナイフが襲う。それは、右手で彈く。
相手はまだ攻撃を掛けて来る。賀生は後に悪意を感じた。瞬間に身体が横にずれる。
後の男が拳銃を撃ったのだ。その弾も、身体をかすめて流れた。
「畜生、どうなって居るんだ?  何故、当たらないんだ?」
「銃はやめろ。逸れたら味方に当たる。」
その中のリーダーらしき奴が、仲間の銃を止める。
別の奴の、拳が襲う。それは、平手で受ける。そのまま拳を握り逆手に捻る。
「痛ったー。」
後には、強そうな奴は残っていない。そいつ等は、どうやら、諦める様子だ。
「今日は退くが、こんな事で済まさんぞ。出版を続けるなら覚悟をしておけ。」
こいつ等は、日本人がアメリカで出版したのが不満な様だ。恐らくアメリカ至上主義者の団体だ。賀生は、その考え自体は嫌いでは無い。その気持ちは分かるのだ。
ただ、こんな組織が、表に居る筈は無いのだが、PC出版は知って居るのだろうか?  機会が有れば話して置こう。
それにしても、日本で刃物や拳銃を使うなんて、危険な組織が紛れ込んでいる。

次の日、PC 出版から電話が掛かった。
「PC 出版の山本です。」
「山賀です。」
「この間のプログラムも、相変わらずの人気が有りまして、もう二つ程、送って下さいますか?」
「今組んでいるのは、前のものよりは、少し内容を上げたものを組んでいます。それで良ければ、幾らかは有りますが?」
「少しなら、難しくても良いと思いますので、解説文を付けて送って下さい。」
「分かりました。取り敢えず数個送って置きます。」
今、賀生が組んでいる物は、内容が上がって居るとは言え、あくまで、初歩のプログラムである。今はまだ、初歩の物しか書けない。
「お願い致します。原稿料を振り込みますので、振り込み先も送って下さい。」
「分かりました。失礼します。」
雑誌の記事なので、小額では有ろうが、本代が出来るかなと、賀生は思った。


 B-2  煩い委員と寄附係り

次の日登校した時、委員長から連絡が有った。委員会が有ると言うのだ。
賀生は、厚生委員を、忘れるところであった。
「何時から?」
「15時10分から始めるそうだ。」
その日の委員会は紛糾した。新入りの委員達が、役割について疑問を述べた。
賀生も、厚生委員について不満を述べた。普段の賀生は大人しいのだが、議論になると理屈が煩い。委員会には、河上英子も居る。彼女も、頭が良くて理論派だ。
「今年の委員は、煩い奴が多いな?」
「頭の切れる奴が、多いんだろうな?」
三年生の委員が言った。その煩い奴の中には、英子も賀生も入っている。
「山賀さんは理窟が多いね。中学校の時とは印象が違うよ。」
「河上さんも、負けては居ないよ。」
その日、委員会が終わって、家に帰ったのは、夕方の六時を過ぎていた。
そろそろ、寄附集めが始まる。少額でも高校生には痛い。
それを、なだめたり、すかしたりと、出来るだけ集めなければならない。
寄附とは、本来は自由であるが、学校等の組織になると、目標を決められる。
「厚生委員の子、強引だね?」
「仕方が無いわよ、大人しくしていたら、誰も寄附しないわよ。」
組の中でも、賀生の評価は割れている。賀生は組の中でも、話しにくい男として通っている。そんな賀生に、瞳や英子は話し掛けてくる。
瞳とは、高校は別なのだが、中学の時、同じ委員でも有った事から、親しみが有るのかも知れない。
しかし、これは賀生の読み違えだ。瞳は、賀生の能力に疑いを持っている。
身体能力だけでは無く、学力の方にも疑問を持っていた。
「やっと終わった。」
賀生は今迄、組の者とは、あまり話をしなかった。ところが、寄附集めになると、組の者全部に話しをする事になる。
それも、多少は強引に勧誘しなければ、寄附等は集らない。

そんな事を考えている時、瞳から電話が掛かった。
「山賀さん、元気?」
「元気だよ。寄附集めが終わって、ほっとしているところ。」
「明日、お茶出来る?」
「明日なら大丈夫と思う。」
「じゃ、前の所で待ってるから。」
「分かった。」
次の日の放課後、賀生は指定の喫茶店に向かった。喫茶店には、もう瞳は来て居た。
「全く、寄附集めは疲れるわ。」
「ご苦労さま。それはそうと、どこかへ遊びに行きたいね?」
瞳が、遊びの話しを振ってくる。
「うーん、遊園地ぐらいかな?  いつでも行けるのは。」
「私はそれでいい。遊園地も楽しいよ。近くに有るかな?」
瞳が、詳細を決めると言う事で、その日は別れた。

五月の日曜日、賀生と瞳は遊園地に行く。ジェットコースターや観覧車等、遊具の多い所は二時間は掛かる。朝に駅で待ち合わせて、予定通り二時間で遊園地に着いた。それから二人は、色々の乗り物に乗ってみた。
「疲れた。お茶にしよう。」
乗り物は、女の子の方が強い様で、瞳はまだ平気な様子だ。
「私も、このぐらいにして置くわ。面白かった。」
「瞳は、乗り物が好きなんだね?」
「私は、こんな乗り物が大好き。」
「僕は駄目だ。続けて乗ると目が回る。」
このような表現をしているが、本心は飽きているのだ。
「お茶を飲んだら、帰ろうか?」
「そうだね。明日は学校が有るし。」
帰りの電車で、瞳は遊び疲れて居眠りをしている。自然に賀生にもたれ掛かる。
可愛らしい高校生の風景だ。
「あぁ、よく寝た。又電話するね?」
瞳は、機嫌良く帰って行った。
瞳は、賀生に連絡をして来るが、どこまで関心が有るのだろうか?  
当分の間は、成り行きに任せるしかない。
今の賀生の気持ちとしては、可愛い妹を、遊んでやっている気分だ。

そんな時、PC出版から電話がかかった。
「PC 出版の山本です。山賀さんですか?」
「山賀です。」
「この間から、雑誌に載せている記事なんですが、評判が良くって、当分毎月載せたいのですが、記事は続けられますか?」
「あの程度で良いのなら、当分は、大丈夫と思いますが。」
「宜しくお願い致します。毎回、月末までにお願いします。」
「わかりました。」
雑誌で人気が出たのは、初歩者に分かり易い様、徹底しているからで有ろう。
確かに、今迄の初歩の本は、初歩者に解らない部分が残っている。
本来は、読み飛ばしても良いのかも知れないが、初歩者に、その判断力は無い。
実は賀生も、その辺りには苦労をした。色々な本やウェブで、答えを探した。


 B-3  部活と英語

次の日曜日、賀生は、瞳からの電話で目を覚ました。
「今日、空いてる?」
「大丈夫だけど。」
「例の所で、三十分後に待ってる。」
「分かった。」
賀生は、急いで朝食を取り、駅前の喫茶店に向かった。瞳は既に来ていた。
いつもの如く、ミルクティーを飲んでいる。
「待たせたね?」
「今日は、瞳が無理を言ったから。」
「何か有ったの?」
賀生の問に、瞳は答えた。
「部活の事で苛ついて居たので、お茶でも飲んで、気分を晴らそうと思って。」
「あれ、瞳は部活に入っているの?」
「入って無いわよ。入れ、入れと、煩い奴が居て。」
「僕も陸上部を断わった。顧問の先生が勧誘に来たんだけどね。」
「山賀さんは何故入らないのよ?  顧問が来る程の実力が有るんでしょう?」
「陸上は面白く無い。毎日毎日走らされるのは御免だ。」
「普通の人は、そういう優れている能力を、伸ばそうとするんだよ。」
「僕には、その発想は無い。競争は嫌いだ。」
「山賀さんの発想が変なんだよ。」
山賀賀生は、競争は好きでは無い。無理に勝とうとは思わない。瞳は、そんな賀生の潜在能力に確信を持ち、方向性が変わって行く。
「だけど、寄附集めが、あんなに疲れるとは思わなかった。」
「お金を出しても、何の見返りも無いからだよね?」
「そうなるかヤッパリ。脅したり、すかしたりと、大変だよ。」
「脅すの?」
「いや、例えだって。本当には脅せないって。ちょっと強くお願いするだけ。」
「強くお願いねぇ?  山賀さん、無口な割りには、そんな事も出来るのね?」
「そのぐらいの事は出来る。」
賀生は、大人達とは結構喋っている。だから、話が出来ない訳ではない。
ただ、同級生達とは話題が合わない。だから、積極的には話をしない。
「そうだ、中学の時言ってた、英語の試験勉強は10分って、どう言う事なの?」
「あれは、参考書の日本語訳を、試験前に二度ほど読んで、それを覚えるだけ。」
「それで、どうして点が取れるのよ?」
「中学や高校では、試験問題は、教科書文がそのまま出る事が多い。範囲内の英文訳を覚えれば、問題文も訳せるし、単語も推測出来る。それで70点は取れる。」
「二度ほど読んで、範囲内の訳が、全部覚えられるかな?」
「僕は、物語りとしての、筋書きを覚えている。完全な暗記ではない。」
「なんか、覚え方が変だね。」
「文中の単語全てが、解らない訳では無い。解っている単語と、物語りの筋とを照らし合わせて、文を再構成する。それで、文の訳も単語の意味も解る。」
「何か、ややこしいわね?」
それから三十分は、取りとめも無い事を話して、喫茶店を出た。
「気を付けて帰ってね?」
そう言いながら、瞳を改札口まで送って、賀生は家路についた。

それから二日後、賀生が小説を読んでいると、電話が鳴った。
「もしもし、山賀です。」
「PC 出版の山本です。」
「何でしょうか?」
「テレビ局から、座談会に出演してくれないかと、相談が有りまして。」
「そんな物に、出たくは無いんですが?」
「山賀さんと会いたい人が居るらしくて、テレビ局に頼まれました。」
PC 出版の話によると、雑誌の記事を読んだ人が居て、座談会で、その著者に会いたいと、言っているらしいのだ。
「雑誌に、何回か書いただけですよ。そんなものには、出る気は無いんですが。」
PC 出版の山本は、テレビ局に、賀生が断っている事を伝えた。
「雑誌記事の山香さんに、会って見たいと言う人が居るんですけど、何か手は有りませんか?」
山香ヨシオと言うのは、山賀賀生のペンネームである。
「その人と直接会わせれば、良いんじゃ無いですか?」
「やっと、テレビ出演を説得したので、それは、やりたく無いんですが?  山香さんにも、出演して貰いたい事も有りますし。」
「それでしたら、山香さんの電話を言いますから、貴方が説得して下さい。」
「分かりました。」
「本名は山賀賀生さんですからね。」
連絡先を聞いた東都テレビは、賀生に電話を入れた。
「東都テレビの吉野ですが、山賀さんは居られますか?」
「山賀です。」
「どうでしょうか?  テレビ出演は、出来ないでしょうか?」
「事情は聞きましたが、テレビに出て、何か出来ますか?」
「私の所も、要望を断り切れないのです。何とか助けて貰えませんか?」
その相手の人物は、教育関係の要職に有るらしい。雑誌記事の山香ヨシオが出演する条件で、やっと説得出来たと言うのだ。
賀生は、教育関係の偉い人なんかとは、会いたくも無いのだが、頼まれると弱い。
「うーん、僕は高校生ですよ。そんな者で良いんですか?」
「いえ、それは構いません。それを承知で、会いたいと言われて居ります。」
「それは生放送ですか?  編集されそうな放送には出られませんよ。」
その放送は生では無いが、座談会が公開になるので、迂闊な編集は出来ない様子だ。
「分かりました。あまり難しい事は言えませんが、出演して見ます。」
「よろしくお願い致します。」
結局、テレビに出る事になってしまった。

その日の賀生は、髪型を変えて眼鏡をかけた。一見、別人に見えるようにだ。
司会の江戸川某が、出演者を紹介した。
「某教育機関の植芝様、雑誌の記事を書かれている山香様、タレントの吉川様、教師の相田様、一般公募の山川様、同じく一般公募の畠山様。以上の方々です。」
ここでの賀生は、ペンネームの、山香ヨシオと言う名前を使っている。
本名で出て、学校を特定されると、煩いからである。
「それでは、座談会に移りますが、本日は、プログラム等の教育問題になります。」
談話は進み、今は教育局の植芝が、喋っている。
「山香さんは、お若いですね?  年齢を聞いても良いですか?」
「高校になったばかりですから、16歳になります。」
「雑誌の記事を読みました。良く勉強をしていますね?  感心しました。」
「コンクールに出す為、大分勉強しましたから。」
タレントの吉川日奈子も、賀生に聞いてくる。
「その歳で、雑誌の記事を書いてるんですか?  マジで凄いですね?」
「いえ、コンクールで、賞を貰いましたので、初歩の記事を書いています。」
教育局の植芝は、しきりに感心をしている。
「中学生で、あの記事は本当に凄い。独学と言うのも凄い。」
「たまたま、コンクールで三位を貰ったので、運が良かったんですよ。」
「しかし、いつ勉強をしたんですか?  記事を書き出したのが、中学ですよね?」
「勉強は、中学三年から始めています。半年は勉強しました。今もやっています。」
歳が一番若いせいか、賀生に質問が集中した。放送は無事終わったが、賀生は疲れてしまった。


 B-4  解説書出版

数日して、PC 出版から、電話が掛かった。
「PC 出版の山本です。山賀さんですか?」
「山賀です。」
「テレビを見ましたよ。随分雰囲気が変わっていましたね?」
「変装した積りでしたが、分かりましたか?」
「親しい者しか、分からないでしょう。私は記事の内容も、分かっているので。」
「質問が集中して、疲れましたよ。」
「若いので珍しいんですよ。話が変わりますが、プログラムの解説書の件は、山賀さんの言われた通りの値段で決まりました。早速ですが、一巻分の原稿を書いて欲しいのですが?」
「あれから、一応まとめて見ましたが、もう少しで完成します。」
「出来次第、送って下さいますか?」
「分かりました。読み直したら直ぐ送ります。一週間程です。」
「お願いします。五月には発行したいので。」
「前にも言いましたが、一冊目は、初歩の初歩ぐらいの段階になります。三冊で、既存の初歩の中程ぐらいになります。」
「それは、分かって居ます。その代わり、値段が安いですからね?」
「僕は、本を書くのは初めてなので、きっちり点検して下さいよ。」
「分かりました、読んで見ます。」
軽い気持ちで書き始めたのだが、本になるかどうかも、まだ分からない。この本は、かなり狭い範囲の本になる。解りやすく書くと、文字数が増えてしまうのだ。
この日から一週間程して、初歩プログラムの解説書が仕上がった。
賀生は早速、PC 出版に原稿を送った。ようやく、五月の発刊に間に合いそうだ。
それにしても、随分な冒険である。
中学の三年から勉強を始めて、高校一年で、プログラムの解説書を書いた事になる。
それも、全て独学である。売上げの行方が見ものでもあった。

今は六月、ある出版社での話しである。その出版社は、アメリカのCS社と言った。
「今度、PC 出版から、初歩のプログラムが発売された。一度読んで見てくれ。」
「あれは読みましたが、少し幼稚な感じがしますね?」
「君が学生としたら、買って見るか?」
「無理ですね、もう少し、しっかりした本を、読みたいと思います。」
この意見は当然である。この担当者は既にプロである。初歩の本が易し過ぎるのは、当然の結果であった。その出版社は、何人かの意見を集めた。その総意を受けて、PC 出版より高度な内容の解説書を、出版する事にした。
「有名な著者を探してくれ。名が通っている方が売りやすいだろう?」
「目星はついて居ります。あれぐらいの本なら、六月中には出版出来ます。」
「それにしても、PC出版のプログラム著者は邪魔だな?  アメリカの教育は、アメリカ人にやって欲しい物だ。」
「ある筋の話によりますと、かなり問題にしている様です。何らかの動きは有るでしょうよ。」
社員の一人が、そんな事を言っている。その社員は、アメリカ主義の組織と、どこかに接点が有るのだろうか?
賀生は、アメリカ人がアメリカ主義に嵌まるのには、嫌いでは無い。その気持ちは分からなくも無いのだ。たまたま、賀生に出版を勧めたのが、アメリカの出版社だったのが、話をややこしくしている。
賀生はそんな考えなのだが、出版を断る程の理由には成らない。


 B-5  瞳と賀生の関係

ある日、瞳と英子が喫茶店で会っていた。
「瞳は、山賀さんがお好みなの?  最近よく会ってるみたいだけど。」
「あの人は、理屈が面白いので飽きないのよね。」
「それだけ?  他に恋人が出来てしまったら、どうする?」
英子は中々鋭い。瞳の心を読みながら話している。
「どう言う事よ?」
「山賀さんは、見た目が無愛想だから話しにくいけど、陰では人気有るよ。」
「頭も凄く良いみたいだよ。中学校の時の事になるけど、試験勉強のやり方は、びっくりだよ。転校時に六番だったのは、伊達じゃないわね?」
「試験勉強は、どんな方法なの?」
「理科と数学は、試験勉強はやらない。英語は十分だって。」
「いつも寝てるのに、理科と数学は、いつ勉強するんだろうね?」
「理科と数学は興味が有るので、授業を比較的良く聞いてるって。英語は、範囲内の和訳を、参考書で、二回か三回読んで覚えるって。」
「それは、訳が解らないね?  それより、山賀さんに人気が有るのは本当だから、瞳も頑張りなさいよ。」
賀生は、厚生委員もしている訳で、ある程度、名前は知られている。
「そうか、体育委員よりは、目立つものね?」
「あの人は、話しにくいから、アタック出来無いだけだよ。」
「それは困るよ。どうしよう?」
瞳は気が強いようでも、恋には臆病であった。
「瞳も、人気が有るんだから、もっと強気で行きなさいよ。」
「大丈夫かな?  その辺りは自信がないんだけど。」
「山賀さんは、瞳を気に入ってるわよ。」
「そうなのかな?」
「付き合いを断られた事も無いでしょう?」
「そうなんだけど、お茶を飲む程度だから。」
「大丈夫だよ。瞳はもっと勇気を出しなさいよ。」
と言いつつ英子は帰って行った。
賀生は、今日も小説を読んでいる。その合間に瞳の事を考えている。
これからは、瞳が遊びの計画を立てると思うが、どこへ行く事になるのだろうか?
瞳との関係は、どのようになるのか、一切見当が付かない賀生である。
この様にして、山賀賀生の高校生活が始まって行く。
賀生には、瞳の心はまだ伝わらない。賀生は、瞳とは違って鈍感である。
瞳は恋に臆病であり、賀生は恋に鈍感である。
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