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~ 真之介&清隆 ~

カフェ・AOZORA

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 清隆の行動力というものを甘くみていたと真之介が思い知らされたのは、次の日の昼休みだった。

「はあ? 東京に来てる? なに、急にそんなことしてんねん!」

 会社で昼を食べようと机の上に弁当を広げた時に、意外な人物からの着信があったのだ。
 昨日の夜に電話で話したばかりだというのに、半日くらいしか経たないで何の用かと思って電話に出た真之介は、その内容に驚かされた。
 そして、そんな真之介の声に、隣に座っていた圭もびっくりしたようにこっちを見ている。

「あほ! こっちの都合も考えろや」

 真之介は電話の相手にそう怒鳴ると着信を切り、広げた弁当をそのまま圭へと押し付けた。

「ごめん、圭くん! 俺、ちょっと出てくるから、これ食べといて!」
「えっ、おい!」
「昼休み中には戻るから!」

 それだけ言い残すと、真之介は慌てて会社を飛び出した。
 向かう場所は会社から少し離れたカフェ・AOZORA。ビル街にあるわりには、そんなに混雑もしていない真之介のお気に入りだ。
 今、そこに清隆が来ているのだと言う。

(昨日の電話の時にはそれらしいこと、何も言ってなかったのに……急に東京に来てるってどういうことやねん?)

 しばらく走ると、目的のカフェが見えた。
 そこはビルとビルの間に挟まれながら建っている割には、それなりの存在感を出していて、店の前に置かれた手書きの店の看板やメニュー表に温かみがあって、どこか親しみやすさを感じる。
 だが、少し可愛らしいデザインの入り口は男性一人で入るのは勇気がいるのか、いつも女性客かこの店の味の虜になった常連の男性客くらいしかいない。
 そんな不思議なカフェの入り口に立つと、真之介は一度大きく深呼吸をして、その扉へと手をかけた。

「いらっしゃいませ~……ってカネか」

 真之介が店内に入ると同時に店員が声を出したが、真之介の顔を見た瞬間に顔をしかめた。

「アキ、そんなイヤそうな顔すんなや! 俺かて客やろ」

 真之介がそう言い返したのは、何度も通ううちに仲良くなったこのカフェのアルバイト店員の秋葉奏太アキバソウタ・二十二歳。
 同年代の男に比べると少し小柄で童顔なためか、どこか小動物のような愛らしさが女性客に人気で、さらに奏太の淹れるコーヒーを目当てに訪れる男性客もいる。
 だが、率先して愛想を振りまくわけでもなく、どちらかというとやる気の無さそうな態度が多い割には客受けがいいから不思議だ。
 そんな奏太は真之介の言葉もたいして気にした様子もなく言った。

「それより、ダンナ来てるよ。遊がつかまると俺の仕事が増えるじゃん」

 そう言った奏太の視線の先へと目をやると、真之介に気づいた清隆が軽く片手をあげた。
 その隣りには奏太と同じくアルバイト店員の夏目遊馬ナツメユウマ・二十三歳が立っている。

「ダンナ言うな」

 いくら自分達の関係を知られているとはいえ、気恥ずかしさから真之介は奏太にそう怒ると、清隆のもとへと向かった。

「あ、真。いらっしゃ~い」

 席に近づいた真之介に遊馬が笑顔で声をかけてきた。
 遊馬は細身で背も高めのモデル体型だが、その明るい性格と笑顔が親しみやすいと評判の店員だ。
 それでいて、夕方以降のお酒も提供する時間になるとバーテンダーとして真剣な表情でシェイカーを振る姿が様になっていて、昼と夜のギャップが彼の人気の一つでもある。

「良かったね~。ついにじゃん♪」
「……?」

 遊馬に肘でつつかれ、小声で楽しそうに言われた真之介がなんのことかわからず黙っていると、今度は背後から声がした。

「ほら、遊馬くんはそろそろ仕事に戻らないとアキに怒られるよ」
「あれ、冬聖トアがホールにいる」

 遊馬の言葉で振り返った先にいたのは、このカフェのキッチン担当の白濱冬聖シラハマトア・二十二歳。このカフェでは奏太と数ヵ月違いの一番年下だが、誰よりもしっかりとして落ち着いている。
 顔立ちのはっきりとした美形で、試食のカロリーをジムに通って消費しているため、その身体はなかなかに鍛えられていて、その見た目と料理に対するストイックさが裏方ながらにお客から人気がある。

「これ、特別にデザート。リーダーの奢りだから」

 そう言いながら、冬聖は清隆の前へと持っていた透明のデザートグラスを置いた。

「おお♪ ありがとぉな、冬聖。とよちゃんにもお礼言うといてな」

 真之介はみんなの言っていることが理解出来ず、会話に取り残されたまま清隆に促されて席へと着いた。    
 すると、遊馬と冬聖はその場を離れようとする。

「あ、ランチ一つ頼むわ」
「かしこまりました」

 立ち去り際に慌てて真之介が注文すると冬聖がそう答え、遊馬を引っ張りながらキッチンへと戻っていった。
 そうして、初めて真之介は落ち着いて、目の前のカラフルなフルーツが盛られているかき氷のようなデザートをのん気につついている清隆と向き合った。

(相変わらず色白で、キヨは黙っていれば美人やのにな)

 インドア派の清隆は日に焼けることも少なく、色白でスラッとした体型だ。
 これで圭みたいに大きな二重の瞳だったりしたならば可愛いと評される顔なのだろうが、残念ながら清隆は切れ長の一重だ。
 しかも、ゲームのやりすぎで寝不足の時などはさらに目つきが悪くなるものだから、真之介が何度注意したことかわからない。
 それでも、その目元が男らしくて清隆は可愛いと言うより綺麗で、圭が可愛い系の美人なら清隆は綺麗系の美人と言ったところだろう。

(なんで、こんな奴が俺となんか付き合ってんねんやろ?)

 久しぶりに見た清隆の姿に、真之介は一人で考えこんでしまった。
 すると、そんな真之介の視線に気づいたのか清隆がニヤニヤと笑いながら言う。

「なに、俺の顔に見とれた?」

 あながち間違ってはいないその問いに、真之介はわざと話を誤魔化すために早口で捲し立てた。

「見とれてへん! それより、なんでいきなり東京に来んねん? 昨日の夜は何にも言ってなかっただろ。普通、事前に連絡くらいするやろ。それに、遊馬が言うてたことの意味は?」
「ん~……まあ、落ち着けって。ほら」

 清隆はのん気にそう言うと、デザートを掬ったスプーンを真之介の口元へと持っていく。

『俺は仕事の合間に来て忙しいんや!』

 そう言い返す言葉を飲み込んで、真之介はそのスプーンを口に入れた。

(あ、美味いやん……さすが冬聖。でも、冷たっ!)
「…………」
「どないした?」

 冷たい刺激に耐えて俯いた真之介に清隆が聞いてくるが、真之介は答えられずにいた。
 すると、その様子で気づいたのだろう。清隆が一言呟く。

「……知覚過敏?」

 真之介が無言で頷くと、清隆に盛大なため息を吐かれた。

「まったく、なにやってんねん」
「はい、お待たせ……って、何してんの?」

 ランチのスープとサラダを持ってきた奏太が真之介の様子を見て聞いてきたのに対して清隆が答える。 

「知覚過敏中」

 その答えを聞いて、奏太も呆れたようにため息を吐いてから言った。

「冬聖くんに言って、カネには冷たくないデザート用意してもらうよ」
「頼むわ~」

 勝手に目の前で交わされるやりとりに真之介が恨めしそうな視線を送ると、奏太を見送った清隆が気まずそうな表情をした。

「あ~……怒んなや」
「何の説明もなしに、怒んな言うんが無理やろ!」

 さすがに真之介のイライラが伝わったのだろうか、清隆が宥めるように言う。

「とりあえず、お前の昼飯がすんでからな」
「……昼休み中なんやから手短にな。それからここはお前の奢りじゃ」
「はいはい」

 清隆が笑いながら返事をしたのを聞いて、真之介はサラダを食べ始めた。
 そして、自分から言い出したのを守ってか、デザートを食べ終わってしまった清隆は少し退屈そうに真之介の食事が終わるのを待っていた。
 ときおり、近くまで来た奏太を捕まえて二人の共通の趣味であるゲームの話をしたりして時間を潰している。
 この二人は真之介の知らないうちにオンラインゲームで交流を深めていたようだ。

「……で、何しに来たんや?」

 メインのランチを食べ終えて、オマケにデザートを用意してくれると言うのでそれを待つ間に、真之介は清隆へと本題をふった。

「ん~……物件の下見に」
「物件の下見?」

 手持ち無沙汰にストローの袋を結いながらサラッと告げた清隆に真之介は聞き返す。

「ほら、昨夜の電話で真が色々と話してくれたやろ?」

 確かに調べてあった事務所候補などをいくつか清隆へ説明はしたが、まだネットや不動産屋で調べただけで実際の物件は真之介も見ていないし、そこまで詳しい話はしていなかったはずだ。

(…………なんか、嫌な予感がする)

 そんな心配を真之介がしていると、清隆は嬉しそうに笑顔で言った。

「これはやっぱり、実際に見てみやんと! って思ってな。今日の朝一でこっちにきて、午前中に下見してきた」
(そうや、キヨの行動力を甘くみてたらあかんかった。そのことは俺が一番よくわかっているつもりやったのに)

 軽く混乱している真之介を気にせずに、清隆は目をキラキラさせながら告げる。

「やっと東京に会社作るで!」
「…………はあ~?」

 あまりにも突然な清隆の発言に、真之介の大声がカフェ内へと響いたのだった……。


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