うらにわのこどもたち

深川夜

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うらにわのこどもたち

研究の合間に(2/2)

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 ぬるくなった紅茶を一口飲んで、気の抜けた頭をゆるゆると動かす。遠くで聞こえる、こどもたちの声。時計の秒針の音。

「大規くんさぁ」
「はい」
「読書好き?」
「はい?」

 思いついた事をなんとなく口にしたら、唐突な話題の転換に戸惑ったのか、大規くんが怪訝けげんな顔をする。

「読書。好きな小説ある? その物語に時間を忘れて浸りきっている時間、好き?」
「……好きですけど……」

 大規くんの返答に、私はうんうん、と頷いてみせる。

「私もねぇ、読書は好きだよ。研究でなかなか時間は取れないけど、あの時間は何物にも代えがたいよねぇ。ずっとその世界に浸っていたいと思うし、出来るだけ多くの物語を読みたいと思う。名作も迷作も、傑作も駄作も、それぞれに良さがあっていい。趣味程度だけど、自分で書くこともあるよ。たまーに、だけど」
「所長、小説なんて書くんですか」
「小噺程度ね。見せないよ」
「見ませんよ」

 のんびり紅茶を口に運びつつ、話を続ける。

「でもね、最高の物語は人間そのものなのさ。人間の紡ぐ人生や歴史。もっと言うと、人間の記憶。言葉を知らなくても、文字が書けなくても、誰もが書いていて、これからも書き続ける。誰もが書けるのに、同じ物語は誰も書けない。私はそれが見たい。小さな世界に閉じ込めて、ずっと観測していたい。理想の物語に浸っていたい。だから私はこどもたちを創る。理想の物語を創り続ける」

 私は立ち上がると、くるっと回ってソファーのひじ掛け部分に軽く腰かけた。ふわり、と白衣の裾が舞う。そのまま、詠うように謳うように、言葉を紡ぐ。

「人はどうしてそれを、いけないことだっていうんだろう? 私には分からないなぁ。願望があるから、それを実現しようとする欲望があるから、人はこうして発展してきたんじゃない。人類貢献のための研究じゃないから? 貢献しようって理由が無きゃ、何もやっちゃいけないのかな? それとも実験体が人のかたちをしているから? マウスやモルモットはいいのに、人のかたちをしていたら駄目なの? 子供がお人形さんで遊ぶように、私が私の創った可愛いお人形さんで遊んだっていいじゃない」

 ふっしぎー、と、悪戯に笑ってみせる。大規くんの口元が、僅かに弧を描いたような気がした。

「ねぇ大規くん。君は胡蝶の夢を知ってるかな?」
「荘子でしたっけ。自分が蝶になった夢を見ているのか、蝶が自分になった夢を見ているのか。作品の題材として取り上げられる事も多いですよね」

 私は頷いて、右の人差し指を一本立てる。

「とある世界にとある街がありました。そこには大きな中高一貫校があって、様々な背景を持った普通の少年少女達が通っています。ある子のお姉さんは家庭の事情で精神が壊れてしまいました。その子はお姉さんがそうなってしまった原因を自分に帰結させ、深く傷つきました。他者と信頼関係を築く事に、とてつもない不安とストレスを抱いて、心を閉ざしてしまう程にね」
「……何ですか、それ」
「ある子は事故で両親を亡くし、お父さんの弟夫婦に引き取られます。ある子のお姉さんは誘拐事件の被害者で、周囲の好奇心や中傷に晒され続け、その子はそれを産まれた時から見続けていたお陰で、すっかり世間を斜めに見る子供に育ちました。またある子は幼少期にヒーローショーのアクターだったお父さんを病で亡くし、またある子は以下省略。でも何だかんだ彼等は出会い、交流する中で、それぞれが葛藤を克服したり答えを見つけたりして、それなりに幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし」
「……こどもたちの、夢、ですか?」

 私は少しだけ、自虐的に微笑む。

「そう。こどもたちのカウンセリング記録の一部。もしくは、こどもたちにとっての、胡蝶の夢」

 窓の向こうで、強い風が吹く。ざあっ、と音を立てて、木々がざわめく。鳥達のさえずり。部屋に射し込む光と影が、ゆらゆらと揺らめく。

「くだらないと思わない? 退屈だと思わない? 幸福な結末が約束されてる世界。……そんなの夢だ。幻想だよ。だけど、彼等にとっては、その幻想もまた、ひとつの現実なんだ。私達の知らない、彼等固有の共通無意識で繋がった世界。本当の意味で、彼等が選択出来る、もうひとつの世界線……」

 大規くんは黙って、私の話を聞いている。

「こっちがどんなに頑張ってもね、夢の世界を選択しちゃう子は多いんだぁ。もう名前も覚えてないけど。君も一通りは把握してるでしょ、実験体のデータ。その点、今いる子達は、それなりに上手くいってるからねぇ。ずうっと、ここにいて、素敵な物語を紡いで欲しいんだぁ」

 私はにこりと微笑む。大規くんが、それに応えるように、静かに口を開く。


「それが、所長の願いですか?」


 落ち着いた、耳触りのいい声。こちらを肯定するわけでも、否定するわけでもなく、彼は問う。


「願いだなんてとんでもない」


 穏やかに、私は返す。


「この施設はこにわからは、何一つ逃さない。逃れようとするなら、絶対に許さない。ただそれだけの、事実を述べただけだよ?」 
 

 私は笑う。
 大規くんは笑わない。
 あまり表情の無い顔と、夜を映した瞳をこちらへ向けたまま、
 

「承りました」
 

 いつものように、一言、可哀想なくらい従順に、言葉を返した。
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