うらにわのこどもたち

深川夜

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うらにわのこどもたち2 それから季節がひとつ、すぎる間のこと

case3.真白(2/2)

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 ひとしきり笑ってから、おれはさらにたずねる。

「それで、その、かみさま? ってすげーやつは、どんなやつなの?」
「……ええー……?」

 もったいぶるように、みんとはにやにやしている。

「さっきの話より、更に抽象的で難しい話になるけど、真白ましろ、ついてこれるの?」
「で、……できるだけ、おれにもわかりやすくは、できねー?」

 みんとはにやにやしたまま、おれのかおをしばらく見て、メガネのいちを直しながら、「ま、今回は特別にいっか」と言った。

「まず、これから話す事は、真白ましろにも分かりやすい超ざっくりした話で、かつ僕の個人的な考えが入っている、という事を覚えておくこと。いい?」

 おれはぶんぶんとうなずく。

「さっき話した通り、神様、っていうのは、ヒーローより強い。というか、世界で一番強い」
「すげーな神様!」
「うん。すごい。厳密げんみつな話をすると違ってくるんだけど、とりあえず真白ましろは、神様は世界で一番強いと覚えておけばいい。なんてったってこの世界を創った存在だから、すごい」
「世界を?」
「そう。昼も夜も、空気も空も雲も、太陽も月も、この世界にあるものは全て神様が創った」
「すげー」

 おれは神様をそうぞうしてみる。うまくそうぞうできない。でも、そうぞうできないくらいすごいことは、分かる。

「神様は世界を創ったくらいだから、何でも知ってるし、何でも分かる。むしろ知らないことや分からないことなんてない」
「そーいちろうがよろこびそうだな」
「あー、確かに。蒼一郎そういちろうがもし神様に会うことができたら、ひたすらに教えをうだろうね」

 神様、にあれこれしつもんするそーいちろうがあたまにうかぶ。たぶん、みんともおなじことをかんがえているんだと思う。口元に持ってきたにぎりこぶしから、笑ってるくちびるがみえかくれしている。

「で、だ。そんな神様なんだけど、人によって信じている神様が違う」
「え……? 神様っていっぱいいるのか? いっぱいいたら、いちばんつよいっていえねーんじゃないのか?」

 きゅうによく分からなくなった。

「自分の考える神様こそが本物だー! って言って、お互いに喧嘩けんかしたり、相手を殺す奴もいる。まあ、誰も神様そのものを見たことがないから、何が本物で何が偽物なんて言えないと、僕は思うけど」
「えぇ……」

 はなしがぶっそーだ。

「だれも見たことないんだろ? 見たことないのにケンカするのか?」
「するね。見た事ないのに、何故か絶対いるって信じてる奴が多い。で、自分の考える最強の神様のイメージがそれぞれ違うから喧嘩けんかになる」
「わかんねー……」
「そのくらい、お互いに譲れない存在だって事なんだろ」

 バカにしたようにみんとは言う。

「信仰の対象が一神教か多神教かによっても話が……あー、ここは覚えなくていいや。とにかく、その超強い神様が本当にいたとしたら、どの神様が本物、というよりは、どの神様も本物なんじゃないかと僕は思う。つまり、見え方の問題」

 そう言って、みんとはペン立てをおれの目の前においた。

「はいこれ。何でしょう」
「……ペン立て」
「じゃあこれを上から見たら、何の形に見える?」

 言われたとおり、上から見てみる。

「まる」
「横から見たら?」
「……ながしかく?」
「そういう事。同じペン立てを見ているのに、このペン立ては丸だー! って主張している人と、いいやこれは長四角だー! って主張している人が、喧嘩けんかしたり、殺しあったりしてる」
「なんだそれー……」

 ぼすっと、ベッドにあおむけになる。神様ってやつもたいへんだ。なんだかかわいそうになってきた。まるでもながしかくでもなく、神様は神様なのに。おれが神様だったらかなしい。

「おれ、神様にどーじょーする……」
「そう?僕は残酷だなって思うけど」
「なんで?」

 みんとはふふふ、と笑う。

「言ったじゃん。何でも知ってるんだよ?自分の創った人間って生き物が、丸だ長四角だって喧嘩けんかしてるのも分かってるはずなのに、普通そのままにする?僕ならつぶし合うのを笑って見てるけど、神様も同じ考えなのかな」
「せーかくわりーかんがえ」
「馬鹿よりマシ。はい、講義終わり。帰れ」

 おいはらうように手をふられ、おれはしぶしぶ立ちあがる。

「ちぇー。じゃー、そーいちろうのとこいこーかなー」
蒼一郎そういちろうのところ?」
「今の神様のはなし、したらよろこびそーだし」
「したらいいよ。……ああそうだ。僕からも一つ質問」
「なに?」


十歌とうたが来てからあいつの部屋行った?」


 へんなしつもんをされた。なんだそれ?と思ったけど、みんとの声はいつもよりかたいかんじがした。

「おー……。なんどか、あそびにいったぜ。トランプしたり、おしゃべりしに」
「……あいつの部屋さ、十歌とうたの荷物やベッドが増えた以外に、変わったとこなかった?」
「変わったとこ?」
「例えば、何か無くなったとか」
「えー?……うーん……」

 へやのようすを思い出してみる。とーたが来る前の、そーいちろうのへやと、いまのそーいちろうのへやのようす。

「んんー……あれ……?」

 前のそーいちろうのへやって、どんなだったっけ……? 思い出そうとしても、はっきりと思い出せない。

「えーと、……どうだったかな……とーたのベッドとかつくえとかはふえたけど、あとはそんなに変わってないと思うぜ? なんで? どーかしたのか?」

 おれがきくと、みんとはしんけんなかおをしてだまってしまった。なんだかすこし青ざめて、かおいろがわるいようにも見える。

「みんと?」
「いや、何でもない。僕の気のせい」
「そっか……?」

 みんとのことがしんぱいだった。でも、こういうとき、なんていえばいいのかわからなかった。どうすればいいか分からなくて、おれはそっとへやを出た。

 バカよりマシ。

 ほんと、そうだな。おれも、そう思う。
 おれが、もっとかしこかったら、きっとこういう時でも、みんとを笑わせることができるのに。

「……また、あそびにくるな?」

 ドアをしめる前に、みんとに声をかける。

「……興味のある話ができるならね」

 いつもと変わらないかおで、みんとが答えた。

 *

 ……その夜、おれは、「学園」のゆめを見た。

 午前の授業が終わって、夢の中の「オレ」は制服のスカートをひるがえし、購買に焼きそばパンを買いに走る。昼の購買は戦争だ。無事にゲットした焼きそばパンやお茶を持って、眠兎みんと白雪しらゆきのクラスに向かう。二人とクラスが違うのは少しもどかしい。来年のクラス替えは、皆同じクラスになれたらいいんだけど。うちの学園、人数多いからなぁ。どうだろう。
 教室に入るなり、白雪しらゆきが「ましろーん!」と手を振ってオレを迎える。その横で眠兎みんとが机をくっ付けて、昼食をとるスペースを作っていた。

「あっ、勝ったんだね、焼きそばパン!」
「あったり前だろー!勝ったし買った!」
「おー、流石さすが真白ましろさん」

 三人それぞれに持ち寄った昼食を開ける。白雪しらゆき眠兎みんとはお弁当だ。

眠兎みんと、今日お弁当なんだ?」
「んー、無性におにぎり食べたくてねー。おにぎりならコンビニより作ろーって」
「へー。中身何?」
「おかかとー、鮭ー」
「ねーねー、しーちゃんのも見てよー!今日は玉子焼き、いつもよりキレイに焼けたんだよー?」
白雪しらゆきのはいつも美味おいしそうじゃん」
「ちーがーうーのー!今日のはもっと上手なのー!」

 いつもと同じ、賑やかな昼休み。
 あはは、と、三人で笑い合っていると、誰かの視線を感じた気がして、何気なく顔をそちらへと向ける。教室の入口に、誰かが立っている。

(……あれ)

 知らない顔だ、と思った。誰だっけ、この先生。いや、先生か?表情がよく見えない。視力には自信があるのに、そいつは突然現れたゲームのバグのように、存在自体にノイズがかっているように見える。それなのに、なぜだろう。
 こいつは、ひどかなしんでいる。なぜか、それだけははっきりと分かる。
 目をこする。いない。

「なあ、今そこに――……」


 はっとして目がさめる。むねのあたりがぎゅっとして、目からなみだがぼろぼろ出る。
 へんなゆめを見た気がした。へんなゆめのなかで、なにかとてもへんなものを見た気がする。思い出せない。なんで、こんなきもちなんだろう。わからない。わからない。でも、いま、とても。

 かなしくて、くるしい。
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