愛だけど恋じゃない

隆駆

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幼馴染が記憶喪失になりました

うちの息子、どう?

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「本当にごめんなさいねぇ、桜ちゃん。うちの馬鹿息子が…」
「おばさんのせいじゃありませんよ。バカなのは淳ですから」
実の親の前でも遠慮なくこき下ろしながら、預かってきた着替えをまとめて渡す。
淳同様、生まれた時から家族同然の付き合いをしているだけにもはや何の遠慮もない。
「それより、淳の彼女ってこっちには来てないんですか?」
「全然。家に挨拶に来たこともないのよ?それで淳の婚約者を名乗ってたなんて笑えるでしょ」
ふふふ、と笑ってみせる淳の母だが、顔は完全に真顔だ。
「婚約者…」
「緊急搬送された時、レスキューの方に婚約者だって名乗ったんですって。で、目覚めたらあれでしょ?」
衝撃の『誰だ、お前』宣言。
「向こうの人も困ったらしいわよ~。淳はこんな女、顔も見たことがないの一点張りだったそうだし」
2年分の記憶がなくなっていると判明するまで、彼女は病院側から不審者扱いを受けていたらしい。
「危うくストーカーとして淳に警察に突き出されるだったのよ?」
「うわ…」
さすがにちょっとひくわ、それ。
「たまたま私の代わりに病院に行った雅史がその子の顔を知っていたらしくてね。おかげで警察行きは免れたみたいだけど…」
「記憶の件を確認したのも雅史さんでしたよね?」
「そうなのよ。なにしろ淳本人は自分は正常だと言い張るし、雅史がほとんど強引に検査を受けさせたらしいわ」
その結果が、記憶2年分の欠落。
「まいっちゃうわよねぇ…」
「まったく…」
はぁ、とふたり揃ってため息を吐く。
「で、桜ちゃん…淳から聞いた?」
「…例のやつですか」
なんだかわからないが、淳は桜を自分の恋人だと思い込んでいる。
「頭を打ったせいかしらねぇ…。急に素直になっちゃって…」
「…?」
「あら、ごめんなさいねぇ。つい」
つい、なんだろう。
「私は別にいいと思うのよ?2年の記憶をなくす位」
「え、おばさん?」
「ここ2年、家にもろくに寄り付かなかったし、おまけに女を取っ替え引っ替えでしょ?なくなったところで困る記憶でもないじゃない」
「まぁ…そうですかね…?」
それを他人が決めるのもどうかとは思うが、実の親の言うことを否定もできない。
「だからね、桜ちゃん……どう?」
「……どうって…?」
ずいっと顔を寄せてきた淳の母は、顔の前で両手を合わせ、とんでもないことを言い出した。
「あの馬鹿息子、桜ちゃんが貰ってくれないかしら」
「…ちょ…おばさん……!?」
「うちにはどうせ雅人がいるでしょう?淳はそっちで貰ってくれないかしら…」
長男がいるから次男は婿にやってもいい、というその気持ちはわからないでもないが、犬猫でもあるまいに。
貰ってくれないかしら、って…。
「いくらなんでも淳が気の毒ですよ。一応、この2年の間に恋人だっていたわけだし…」
「本人が知らないって言ってるんだから別にいいじゃない」
「でもそれは記憶がないからで……」
記憶を取り戻したあと、何を言われるか…。
「大丈夫よぉ、だって淳はずっと桜ちゃんを…」
「母さん」
「あら、雅人」
「お邪魔してます、雅人さん…」
淳の兄、雅人が帰宅し、何かをいいかけた母親の言葉を遮った。
「あ、ごめんなさい。いつまでもお邪魔して…」
玄関先で話し込んでいたせいで彼の邪魔になってしまった。
頭を下げて、すっと横にずれ、彼の通り道をつくる。
淳とは同級生の幼馴染だが、その兄に当たる雅人のことは、実は桜はほんの少しだけ苦手だった。
妹は昔から懐いていたが…。
馬鹿な淳とは違い、成績も優秀、性格も温和という彼ーーー雅人に、なんだか胡散臭いものを感じてしまうのは桜の勘繰りすぎだろうか。
何をされたというわけではないのだが…。
「桜ちゃん、よかったら上がってきなよ。淳が迷惑かけたみたいだし…。ねぇ、母さん」
「そうね!桜ちゃん、美味しい羊羹があるのよ~」
「あ、いえ…」
「さっき病院に行ってくれたんだろ?どんな様子だったか聞かせて」
断ろうとした桜の先手を打つように話はどんどん進んでいく。
こういうところが苦手なんだ、と改めて思った。
「さぁどうぞ……ってごめん…」
電話みたいだ、と一言断り入れてからその場で通話を取る。
「もしもし…?」
「じゃあ私はやっぱりここで…」
帰ります、といいかけ、踵を帰ろうとしたその腕を通話中の雅人が掴んだ。
「はい…。はい、わかりました…。はい…じゃあ、後はこっちでなんとか…。すみません…」
ぎょっとした表情で固まってしまった桜をよそに、話がまとまったのか、神妙な面持ちで通話を切る。
そこでようやく桜の腕を放し、彼は言った。
「ごめん、桜ちゃん。淳の奴が病院を抜け出したらしいんだ」
「…は?」


「どこか心当たりがあったら一緒に探してもらえるかな」

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