愛だけど恋じゃない

隆駆

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果たされなかったプロポーズ

犬派か猫派か

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冬用のストッキングが真っ赤に染まり、傷口を抑える自分の手も直ぐに血で濡れた。
だが、それがなんだって言うんだろう。
血が衣服に付くから近寄るな、などとバカなことをいう淳の頭をひっぱたいてやりたかったが、流石に今はそんな状況じゃない。
「なんでこんなことしたのよ、馬鹿」
「…俺のせいでお前に何かあったらと…」
「嘘つくんじゃない」
言い訳じみた言葉を口にされる前に、ばっさりと一刀両断する。
「私がバカ正直にあの女と対峙するわけないことくらい、あんた予想できたでしょ。
それなのにわざわざ出てきたのはなんで?」
「……」
「沈黙するなわいいわよ。その傷も何もかもあんたの自業自得。私にはなんの
「!」
「それが嫌なら白状しなさい。何を考えてたのか」
そんな、捨てられた犬のような目をするくらいなら、最初からすがりついてくればいい。
身も世もなく、捨てないでくれとすがりつかれたなら、きっと私はその手を拒むことはできない。
昨日だって、本当はそうすればよかったんだ。
おかしな隠し事なんてせずに、最初から全部話してくれていれば――――――。
「病院についたら――二人きりになれる時間をくれ。今度こそ、全部話す」
「病院に着いたらじゃなくて、その傷の治療が終わったら、でしょ。…全く。血だらけで会話されても集中できないわよ」
「あぁ…。そうだな」
そこでようやく少しホッとしたのか、淳が桜に向かい、少しだけ体を倒す。
「ちょっと、大丈夫?」
まさか、血を失いすぎたせいで貧血を起こしているのではないだろうか。
「違う。昨日からずっと寝てなかったんだ……」
「馬鹿」
それは眠くて当たり前だ。
ため息をついて、淳の頭を自分の肩に引き寄せる。
血で髪が汚れないように、既に手後れ状態な淳のシャツで血を拭って、その頭をポンポンと叩いた。
「寝てなさい。睡眠不足も当然あるだろうけど、それきっと貧血よ。血が流れすぎて、体が休息を欲しがってるの。……病院に着いたら、嫌でも起こしてあげるから」
淳を抱えて病院に入ってなんて行けるわけがない。
到着したら、歩いてもらわねば困る。
そうきっぱり言い切った桜に、淳も「そりゃそうだ」と苦笑した。
「途中で倒れられても困るのよ。ほら」
素直に肩に頭を寄せた淳の、サラサラの髪が頬にかかる。
どうやら強がるのはやめて、大人しく言うことを聞いてくれるようだ。
そういえば昔から、こういうところだけは素直だった。
桜を怒らせるようでいて、最後の一線を超える寸前で大人しく頭を下げてくる。
そして、「許してくれ」とばかりにあのすがるような目で見るのだ。
桜はそれに弱い。
どちらかといえばおとなしい性格の妹の面倒をずっと見ていたせいだろうか。
「なぁ桜……」
「ん?」
運転席の方を見れば、俯いた栞と雅人が何かを話しているようだが、よく聞き取れない。
耳元で囁かれた言葉に頭を傾ければ、淳の吐いた情けないセリフに、思わず笑ってしまう。
「俺を捨てないでくれよ」
「……ばーか」
捨てられたくないのなら、そうだ。
「今度大きなダンボールでも貰ってきてあげるから、あんたその中に入ったら?『拾ってください』って書いた看板でももって大人しく待ってなさい」
そうしたら、私があんたを飼ってあげるから。
「それも、悪くないかもしれねぇな…」
「一生、面倒見てあげる」
動物は、一度飼ったら最後まで面倒を見なければいけない。
それが、飼い主の義務だ。
「俺は捨て犬か?」
「だったらワンと鳴いて」
「……わん」
「残念、私は猫の方が好きなのよ」
ひねくれた事をいうと、淳がやはり笑って「知ってる」と答える。
「でもあんたは猫って感じじゃないもんね。やっぱり犬だわ」
「番犬だろうと忠犬だろうとなってやるから、一生側に置いてくれよ」
「…馬鹿なこと言ってないで、もう寝なさいよ」
「あぁ…」
その言葉を最後に、淳の肩の力が抜け、まぶたを閉じたのがわかった。
一番近い病院で、ここから15分程度はかかる。
未だ流れ出る血は、真新しかったはずの包帯をもどんどんと血で染めていく。
今度こんなことがあったら、本気でガムテープで止血しよう。
だが、それ以上に。

「もう、心配させるんじゃないわよ、馬鹿犬…」
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