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普通の女の子に戻りたい。
面接当日のハプニング。
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「よし」
やれることはすべてやった。後は本番に赴くのみ、と。
もはや戦場に向かう戦士のような心境でリクルートスーツの裾をぴっちり撫で付けた明日夢は、鏡に映る自分が間違いなく女に見えることを何度となく確認し……にこりと口角を上げて微笑んだ。
ビジネスマナーの教室で習った、笑顔を作るトレーニングだ。
はじめは違和感があった笑い方だが、講師からは「人タラシな笑顔ですね」とのお墨付きも頂いたので特に問題はないはず。
……ない、はずだ。
結局あのあと島本に紹介され、例の組長と一度だけ食事をするハメになったものの、それ以降曽根からの横槍はなく、なんとか無事に今日という日を迎えることができた。
――――――不安材料は一度在庫処分をしたいくらいにあるが、今はそれを考えていても仕方ない。
家から会社までは自転車と電車を乗り継いで大体1時間といった所。
時計を見れば、予定の時間まではあと2時間を切っていた。
「そろそろでなくちゃ…ね」
本当であれば母が車で駅まで送っていってくれるという予定だったのだが、今朝になって急に仕事が入ってしまい、既に家に残っているのは明日夢一人。
まぁ、駅まではせいぜい10分程度なので、それほど面倒というわけでもないのだが…。
荷物をすべてリクルート用の黒バックにつめ、慣れないヒールに足を載せて玄関を一歩出れば、眩しい光が一気に全身を照りつける。
鍵、かけなきゃな、と。
財布から家の鍵を取り出してガチャガチャと鍵穴へ突っ込んだその時。
「――――!!!」
無言のまま誰かにぽんと背後から肩を叩かれ、とっさのことに思わずその手を掴んで前に一本背負い――――しかけたところで「ま、待て!!」という聴き慣れた声が聞こえ、ぴたりとその動きを止めた。
「太一……!!」
「相変わらず物騒なやつだよな、お前は……」
はぁ、とため息をついて、明日夢のせいで乱れた服の襟首を元に戻す太一。
心なしか、最後に見た時よりも全体的に黒くなっているように見える。
「太一、いつ戻ったの?この間家におかずのおすそわけを届けに行ったら、おばさんが太一は武者修行に出たとかなんとか妙なこと言ってたから気にはなってたんだけど……」
武者修行って、何??
「……お前が言ったんだろう。自分より弱い男はお断りだって」
「え……」
まさか。
「……たったの数日で、これまで十数年積み重ねてきたお前に勝てるとは思えない。
でも……!!」
「でも……??」
握りこぶしを固めながら、こちらをじろりと睨みつける太一。
「俺は諦めないからなっ!!!」
「えぇ!???」
嘘でしょ??
この間、あんなに凹んでたのに立ち直りがいくらなんでも早すぎるよ!!
「ちょ、太一……あんた玄関先で……!!」
見れば、近所のおば様が「あらまぁ若いっていいわねぇ」と言いながらこちらを微笑ましそうに見つめる姿が。
ギョッとすることに、よく見れば少し離れたところで隣のおばさん――――つまり、太一の母親までもが一緒になって太一の告白を見守っている。
『太一、その調子よ!』と両手でガッツポーズを作る姿が可愛らしいです、おばさん。
「あの、太一……あんたこれ…」
ご近所に向けての軽い羞恥プレイになってるぞ、と。
なんとかして太一の行動を止めようとする明日夢だが、覚悟を決めた太一は揺るがない。
「お前の方から結婚してくれと頼み込んでくるくらいのっ……!最高の男になってやるからな……!!」
『よく言ったわ、太一!!』
きゃあ!!と口元を押させて大喜びするおばさんの姿が見える。
あの、むっちゃ気になって告白どころじゃないんですけど。
惜しい。
いろんな意味で押しすぎる男だ。
そしてこの騒ぎの中、なぜそこに気づかない。
どんなに鈍い女性でも、この空気で告白されて喜んでOKできるのは少数だと思う。
神経の図太さには定評が有る明日夢ですら、ちょっと引いた。
「……あ~。
うん、とりあえずわかった。わかったから今は勘弁してくれる?これから面接なんで」
残念ながらこれに付き合っていると電車に乗り遅れてしまいそうだ。
盛り上がっているところ、悪いなぁとは思うのだが。
「人生かかってるんだよね、こっちも」
就職活動なんて面倒なものを、人生でそう何度も経験したくない明日夢は。
もしこれで採用が決まれば、この会社に最後まで骨を埋めようと覚悟を決めている。
幸いにしてブラック企業だという噂は聞かないし、寿退社は夢だとしても、退職金制度もきっちりしているようだから老後は安心だし。
とにかく、今が人生の一つの岐路であることは間違いなかった。
「帰ってから詳しく聞くから、今はとりあえず面接行っていい??」
軽い口調でいったはずなのだが、その言葉を聞いた時の太一の愕然とした表情ときたら。
――――――あぁ、うん。
なんか本当にごめん。
とりあえず後ろにいる応援団(おばさん)にも軽く会釈すると、みなまで言うなと悲しげに首を振られた。
昔から娘同然に可愛がってもらっているだけに、太一をフッた時よりもむしろおばさんのその顔の方に罪悪感にかられるが、人間どうにもできないことはある。
「…!!明日夢!!」
「ごめんごめん、とりあず自転車出すからどいてくれる?」
追いすがる太一を放置し、先に用意しておいた自転車のチェーンを外した明日夢は、そのまま颯爽と自転車にまたがる。
「おい明日夢。、俺の話がまだ…!!」
「だからごめんって。まだ武者修行を続けるつもりなら、帰ってきたら穴場の修行場所教えてあげるからさ」
以前師匠にリストアップしてもらった修行場の一覧をコピーしてあげよう。
ゲームのダンジョンそっくりな地下洞窟などもあり、行ってみるだけで案外楽しいし、精神も鍛えられる。
おすすめ場所にはしっかりマーキングしておくので、是非行ってみてほしい。
「――――じゃ、そいういうことで」
「そういうことでじゃ……だから大切なのはそこじゃなくて……!!」
あぁくそっ!!っと、叫ぶ太一を玄関に残して一人自転車で風を切る明日夢。
時計を見れば、大体5分ちょっとのロスタイムが発生した模様。
まぁ、早めに出ようとしていたからこれくらいどうということはないが、やはりぶっつけ本番にはトラブルがつきものだ。
気を引き締めていこう、と。
つい先ほど、幼馴染から熱烈なプロポーズをされたことなどすっかり忘れて駅に向かって早足にペダルをこきだした明日夢は。
これから先、まさかあれほど大きなトラブルに巻き込まれることになろうとは。
――――流石に、考えてもいなかった。
やれることはすべてやった。後は本番に赴くのみ、と。
もはや戦場に向かう戦士のような心境でリクルートスーツの裾をぴっちり撫で付けた明日夢は、鏡に映る自分が間違いなく女に見えることを何度となく確認し……にこりと口角を上げて微笑んだ。
ビジネスマナーの教室で習った、笑顔を作るトレーニングだ。
はじめは違和感があった笑い方だが、講師からは「人タラシな笑顔ですね」とのお墨付きも頂いたので特に問題はないはず。
……ない、はずだ。
結局あのあと島本に紹介され、例の組長と一度だけ食事をするハメになったものの、それ以降曽根からの横槍はなく、なんとか無事に今日という日を迎えることができた。
――――――不安材料は一度在庫処分をしたいくらいにあるが、今はそれを考えていても仕方ない。
家から会社までは自転車と電車を乗り継いで大体1時間といった所。
時計を見れば、予定の時間まではあと2時間を切っていた。
「そろそろでなくちゃ…ね」
本当であれば母が車で駅まで送っていってくれるという予定だったのだが、今朝になって急に仕事が入ってしまい、既に家に残っているのは明日夢一人。
まぁ、駅まではせいぜい10分程度なので、それほど面倒というわけでもないのだが…。
荷物をすべてリクルート用の黒バックにつめ、慣れないヒールに足を載せて玄関を一歩出れば、眩しい光が一気に全身を照りつける。
鍵、かけなきゃな、と。
財布から家の鍵を取り出してガチャガチャと鍵穴へ突っ込んだその時。
「――――!!!」
無言のまま誰かにぽんと背後から肩を叩かれ、とっさのことに思わずその手を掴んで前に一本背負い――――しかけたところで「ま、待て!!」という聴き慣れた声が聞こえ、ぴたりとその動きを止めた。
「太一……!!」
「相変わらず物騒なやつだよな、お前は……」
はぁ、とため息をついて、明日夢のせいで乱れた服の襟首を元に戻す太一。
心なしか、最後に見た時よりも全体的に黒くなっているように見える。
「太一、いつ戻ったの?この間家におかずのおすそわけを届けに行ったら、おばさんが太一は武者修行に出たとかなんとか妙なこと言ってたから気にはなってたんだけど……」
武者修行って、何??
「……お前が言ったんだろう。自分より弱い男はお断りだって」
「え……」
まさか。
「……たったの数日で、これまで十数年積み重ねてきたお前に勝てるとは思えない。
でも……!!」
「でも……??」
握りこぶしを固めながら、こちらをじろりと睨みつける太一。
「俺は諦めないからなっ!!!」
「えぇ!???」
嘘でしょ??
この間、あんなに凹んでたのに立ち直りがいくらなんでも早すぎるよ!!
「ちょ、太一……あんた玄関先で……!!」
見れば、近所のおば様が「あらまぁ若いっていいわねぇ」と言いながらこちらを微笑ましそうに見つめる姿が。
ギョッとすることに、よく見れば少し離れたところで隣のおばさん――――つまり、太一の母親までもが一緒になって太一の告白を見守っている。
『太一、その調子よ!』と両手でガッツポーズを作る姿が可愛らしいです、おばさん。
「あの、太一……あんたこれ…」
ご近所に向けての軽い羞恥プレイになってるぞ、と。
なんとかして太一の行動を止めようとする明日夢だが、覚悟を決めた太一は揺るがない。
「お前の方から結婚してくれと頼み込んでくるくらいのっ……!最高の男になってやるからな……!!」
『よく言ったわ、太一!!』
きゃあ!!と口元を押させて大喜びするおばさんの姿が見える。
あの、むっちゃ気になって告白どころじゃないんですけど。
惜しい。
いろんな意味で押しすぎる男だ。
そしてこの騒ぎの中、なぜそこに気づかない。
どんなに鈍い女性でも、この空気で告白されて喜んでOKできるのは少数だと思う。
神経の図太さには定評が有る明日夢ですら、ちょっと引いた。
「……あ~。
うん、とりあえずわかった。わかったから今は勘弁してくれる?これから面接なんで」
残念ながらこれに付き合っていると電車に乗り遅れてしまいそうだ。
盛り上がっているところ、悪いなぁとは思うのだが。
「人生かかってるんだよね、こっちも」
就職活動なんて面倒なものを、人生でそう何度も経験したくない明日夢は。
もしこれで採用が決まれば、この会社に最後まで骨を埋めようと覚悟を決めている。
幸いにしてブラック企業だという噂は聞かないし、寿退社は夢だとしても、退職金制度もきっちりしているようだから老後は安心だし。
とにかく、今が人生の一つの岐路であることは間違いなかった。
「帰ってから詳しく聞くから、今はとりあえず面接行っていい??」
軽い口調でいったはずなのだが、その言葉を聞いた時の太一の愕然とした表情ときたら。
――――――あぁ、うん。
なんか本当にごめん。
とりあえず後ろにいる応援団(おばさん)にも軽く会釈すると、みなまで言うなと悲しげに首を振られた。
昔から娘同然に可愛がってもらっているだけに、太一をフッた時よりもむしろおばさんのその顔の方に罪悪感にかられるが、人間どうにもできないことはある。
「…!!明日夢!!」
「ごめんごめん、とりあず自転車出すからどいてくれる?」
追いすがる太一を放置し、先に用意しておいた自転車のチェーンを外した明日夢は、そのまま颯爽と自転車にまたがる。
「おい明日夢。、俺の話がまだ…!!」
「だからごめんって。まだ武者修行を続けるつもりなら、帰ってきたら穴場の修行場所教えてあげるからさ」
以前師匠にリストアップしてもらった修行場の一覧をコピーしてあげよう。
ゲームのダンジョンそっくりな地下洞窟などもあり、行ってみるだけで案外楽しいし、精神も鍛えられる。
おすすめ場所にはしっかりマーキングしておくので、是非行ってみてほしい。
「――――じゃ、そいういうことで」
「そういうことでじゃ……だから大切なのはそこじゃなくて……!!」
あぁくそっ!!っと、叫ぶ太一を玄関に残して一人自転車で風を切る明日夢。
時計を見れば、大体5分ちょっとのロスタイムが発生した模様。
まぁ、早めに出ようとしていたからこれくらいどうということはないが、やはりぶっつけ本番にはトラブルがつきものだ。
気を引き締めていこう、と。
つい先ほど、幼馴染から熱烈なプロポーズをされたことなどすっかり忘れて駅に向かって早足にペダルをこきだした明日夢は。
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