恋せよ乙女のオカマウェイ!!

隆駆

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普通の女の子に戻りたい。

スキンヘッドの受難。

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「それは困りますね」と。

場にそぐわない、いかにも楽しくて仕方ないという声が直接耳に届いた瞬間。
後になって考えれば、その時の明日夢は完全に、頭に血が昇っていたのだと思う。
振り向きざま、予想通りすぐそこにあった曽根の襟首をぐっと掴み、なんの躊躇もなく締め上げる。
「――――ー曽根貴嗣。なんであなたがここにいるんですか」
「偶然ですよ、偶然」
高級車の車窓から今にも引きずり出されようとしていることなど気にも止めずに微笑む曽根。
「自宅からずっとつけてたんですか」
明日夢の背後には、今見覚えのある高級車がぴたりと張り付いていた。
運転しているのは、顔に大きな青あざのあるスキンヘッド。
――――――厳ついその顔は、つい先日明日夢が道場で叩きのめした若衆の一人だと直ぐに気がついた。
「答えていただけますか、曽根さん。……答えていただけないのであれば、こちらにも考えがありますが」
ちらり運転席を伺い、そのドアがロックされていないことを確認する明日夢。
通常、車を運転する際には自動的に全てのドアにロックがされるようになっているのが常識だが、それが解除されているということは、もしもこの車に何かあった場合、中の人間を守るため、運転手が真っ先に飛び出してくる予定でいるということに他ならず。
護衛役として連れてこられたのだろうことは一目瞭然。
確かにいかに明日夢といえど、曽根と二人がかりでかかってこられたなら、苦戦することは必死。

――――ならば先にそちらを仕留めればい。

頭に血が昇ったままの状態で、実に物騒なものの考えをした明日夢。
それまで掴んでいた曽根の襟首を突き放すように打ち捨て、運転席のドアをなんの予備動作もなく開くと、一瞬の隙を突いてためらいなくギアをパーキングに入れる。
そして驚いたスキンヘッドの頭を小脇に抱えるようにして締めあげると、そのまま車外へと一気に引きずり出した。
「ぐっ…!!」
ドン、っという鈍い音とともに頭から地面に叩きつけられるスキンヘッド。
反射的にその場で体を起こそうとしたスキンヘッドだが、そこへ狙いすましたように落ちる明日夢の踵。
「動かないでください。……右目が潰れますよ」
リクルート用の真っ黒なパンプスのヒールが、男の右の眼球スレスレのところを狙っていた。
「もう一度聞きます。……理由を」
ドスの聞いたその声は、ふざけた答えを言おうものならそのまま眼球の一つ踏み抜くと言外に伝えているようで。
「わ、若頭ァァ」
起き上がることもできず、ゴクリと息を呑んで一声上げたスキンヘッドは。
「いけませんねぇ、明日夢さん」と。
後部座席の扉を自ら開き、車から下りてくる曽根の顔を見て、今度こそ顔面蒼白で震え上がった。
――――ヤクザでもドン引きするこの状況を、心の底から楽しんでいるとしか思えない満面の笑顔。

やばい。
この顔はやばいぞっ。

思い出すのは数年前。
血の粛清と呼ばれ、曽根が「嗤う死神」という異名を付けられる原因となった事件。
シマを荒らした中国マフィアの連中を、一家全員皆殺しにして海に沈めた時と同じ!


楽しげに嗤うその姿に、ぷるぷるとウサギのように震えるスキンヘッド。

――――このままでは明日夢の身が危険なのでは。
そこに思い至ったスキンヘッドは、いくらなんでも組長のお気に入りを殺させるわけには行かないと、なんとか首を少しだけ逸らし、足先一つで己の動きを完全に封じ込んでしまった明日夢を見上げるが。

「う…嘘だろ…?」

――――――笑ってないだけで、こっちも完全に殺る気の顔してるぞ!?
これで一般人なんて詐欺もいいところだろっ!!


逃げてくださいと叫ぶ予定が、漏れたのは自分でも情けない震えた声。


「その足をどけていただけますか、明日夢さん。どうやら我々の間には不幸な行き違いがあるようです」
「…残念ながら納得いく回答は頂けないようですね」

ぐっと。
閉じることのできず見開いたままの眼球に近づいてくる黒いヒール。


――――――やばい。若頭の答え次第では、本気で眼球を潰されるかもしれない。


明日夢と曽根、二人の恐怖にさらされて、もはや汗さえもカラカラに乾ききったスキンヘッドは。

その瞬間、鳴り響いた「パシャ…!」っという音に、図らずもその危機を救われることとなる。

ちらりと音の方を振り返った曽根は、自分たちのすぐ後ろで、こちらに向かってスマホを構える若い男の姿を見つけ。

「……どうやら招かれざる観客がいたようですね。
騒ぎになるのはこちらとしても好みません。……休戦しませんか?」

足元のスキンヘッドなど目にも入っていない様子で和やかに提案すると、その手を明日夢に差し出す。

「――――カメラの回収は?」
「明日夢さんが頷いてくれさえすれば、今すぐにでも」
「……やっぱり、他にも居るんですね」

薄々そうではないかと思っていたが、曽根のその発言で確信した。
つまり曽根やこのスキンヘッド以外にも、この場にはまだ明日夢を見張る人間が複数存在するということだ。
一体どこまで周到なのかとむしろ呆れかえる。
「…残念ながら、その提案をのむしかなさそうですね」
仕方なくスキンヘッドの顔面から足を外した瞬間、背後から響き渡る悲鳴。
「ひ、ひぃぃぃ!!勘弁してくださいっつ!!」
道の反対側で、やはり見覚えのある強面のヤクザに絡まれた若い男が、先ほど構えていた例のスマホを取り上げられている。
男たちの手によってそのまま車道に投げ捨てられたスマホが、やってきたトラックのタイヤに踏まれ、音もなくただの鉄屑と成り果てるまでの一部始終を目撃した明日夢は。

「――――自動的にデータのバックアップが通信会社に送信されるサービスがあることをご存知で?」
「勿論」

「……そうですか」

「ご満足頂けましたか?」
「ええ」

全てのデータは跡形もなく消去される。それは間違いない。

「では納得いただけたところで、どうぞこちらへ。―――美咲お嬢さんが首を長くしてお待ちですよ」

エスコートよろしく実に紳士的に明日夢へと手を差し伸べた曽根は不意に明日夢から視線を外し。


『――――――さっさと運転席に戻れ』
「ヒィッ!」

曽根からの冷たい視線に一瞥されたスキンヘッドは、その声無き命令を聞くなりすぐさま立ち上がると、「お送りしやす、姐さんっ!!」と声を張り上げ、慌てて運転席へと転げ戻る。
椅子に座るなりすぐさまドアに鍵をかけているところを見ると、先ほどの件がよほどのトラウマになった模様。
半ば諦めのついた明日夢は、微笑みを浮かべたままエスコートする曽根の手を払い除け、自ら車内へと乗り込む。
ヤクザの車らしい、実に豪華で重厚な内装はひどく居心地が悪いもので。

「――――――そこの自転車は、家に送り返しておいてください」

今日の試験を、完全に諦めた。
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