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普通の女の子に戻りたい。
神と鬼
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「言っておきますが、お嬢さんを攫ったのは私ではありませんよ」
あくまで無関係を主張する曽根を、誰が信じるというのだろう。
「自分たちの組長の孫が誘拐されて、そんな平然とした態度をとっておきながら、ですか?」
「ええ」
にっこりと微笑まれて、明日夢の苛立ちは募る。
場の緊張を見て、すかさず入るスキンヘッドのフォロー。
「姐さん。信じられないかもしれませんが、これが若頭にとっての通常なんですよ。
どんな状況だろうと、これまで若頭が慌てるところなんざ、一度も見たことがありやせんから」
「――――――一度も?」
「少なくとも俺たちの知る限りは」
一度もない、と。
例えそれが、人の命に関わるような事態であっても。
はっきり断言するスキンヘッドに、信じられないものを見るような顔で曽根を見る。
「あなたは、それでも人ですか」
「若頭は鬼っすよ」
端的に言われた非難に、つい思わずといった調子でポロリとこぼれれるスキンヘッドの本音。
言ってから自分でもまずいと思ったのか、「い、いや今のはいい意味で……!!」と慌ててフォローを入れようとするが、どう考えても今のは最悪だろう。
スキンヘッドは、ルームミラー越しに曽根を見るのも怖いか、そっと顔を伏せると「俺…終わったな」と寂しげに呟いている。
その「終わった」というのが組員としてなのかそれとも人生そのものなのか、悲壮なその声に、ツッコミを入れる気にすらなれない。
だが、予想外に曽根は失言をしたスキンヘッドに対して寛容だった。
「構いませんよ。ひとでなしと言われることも、鬼と言われることも慣れていますから」
「わ、若頭ァ」
すんません、と精一杯体を小さくして謝るスキンヘッド。
「そもそも鬼とは神の一種ですからね。鬼神と同一視されていると思えばむしろ光栄でしょう」
実に都合のいい考え方に、思わず明日夢が「鬼は鬼でも悪鬼の類ですね」と呟けば、さらにいい笑顔で曽根。
「仏教において、悪鬼は仏により改心し神、となるのです。
かの有名な鬼子母神もまた、釈迦により改心し、善神となりました」
「都合のいい話ですね」
「ええ。ですがそれが仏の教えというものです」
胸糞悪いな、と思ってしまうのはひねくれているだけなのか。
100人を殺し、101人に目にようやく改心したとして、ころされた100人は一体どうなるのだろう。
神となってしまったものを、恨めるのだろうかと。
「意外ですね。曽根さんが仏教に詳しいなんて」
「――――極道という人種は、案外信心深いものなのですよ」
それも妙な話ではあるが、そういえば美咲の家にも大きな神棚があったのを思い出す。
「それよりも、貴嗣と呼んで頂けませんか?以前にもお願いしましたが、明日夢さんからはぜひそう呼んでいただきたいのです。勿論、先ほどのように呼び捨てにしてくださって構いません」
曽根貴嗣、と。
先ほど一度明日夢が呼び捨てにしたことを引き合いに出す曽根に、眉を寄せる明日夢。
「よほど気に入っていらっしゃるんですか、そのお名前」
「ええ。……面白いでしょ?」
「面白い?」
今更名前で呼ぶつもりなどないと話を躱すつもりが、思わぬその言葉に反射的に聞き返してしまった。
「ふふふ。名は体を表すと言いますが、私の場合それはただの願望でしてね。
「高貴」な家柄の男の愛人だった女が、自らの産んだ子供がいずれ「継嗣」となることを望んで付けた名前です」
面白いでしょ?と重ねるように言われ、さすがの明日夢も言葉に詰まった。
「……ヤクザになったのはお家に対する復讐ですか」
逆鱗かも知れないと思いつつ、あえてそこを指摘した明日夢。
「いいえ。違いますよ。
そもそもね、私は女の目論見通り、継嗣となることが決まっていたのです」
「……え?」
「あちらの正妻の子………。あぁ、私にとっては弟ですが、その子が早くに亡くなりまして。
本来ありうるはずのなかった、スペアの出番がやってきたわけですよ」
「スペア……」
自身を評するのに、これほど虚しい言葉があるだろうか。
「それでも曽根さんはこの業界を選んだ…………そうですよね?」
その言葉に、曽根は嬉しそうに嗤う。
「ええ。結局、私がその家を継ぐことはできなかったもので」
「――――――なぜ、とお聞きしても」
そう好奇心から口にしたことを、明日夢は後悔した。
「無くなったからです。なにもかもすべて」
何も変わらない、一見楽しげな声音であるにも関わらず、そのセリフを聞いた瞬間、明日夢の背筋を冷たい何かが走り抜けた。
――――ーなくなった。すべて。
その意味を知ることが恐ろしく感じ、聞き返すこともせず黙り込む明日夢。
その明日夢の弱気をあざ笑うように、曽根はさらに続けた。
「明日夢さん。――――あなたは私にとっての仏となりうるでしょうか?」
屈服させ、従えてみせよと煽るように。
「――――そうしなければ、殺されるのは私ですか」
確信めいた明日夢の言葉を、曽根が大仰に否定する。
「滅相もない!明日夢さん、たとえあなたが仏とならずとも私は一向に構わないのです。――――むしろ」
そこで言葉を区切った曽根が、実にうっとりとした表情で、横に座る明日夢の頬に手を伸ばす。
心から愛しいと言わんばかりの表情で、口に出したのは真逆の言葉。
「願わくば――――――あなたもまた、私と同じ鬼であることを」
地獄の道づれ。
そう言われているような気がした。
あくまで無関係を主張する曽根を、誰が信じるというのだろう。
「自分たちの組長の孫が誘拐されて、そんな平然とした態度をとっておきながら、ですか?」
「ええ」
にっこりと微笑まれて、明日夢の苛立ちは募る。
場の緊張を見て、すかさず入るスキンヘッドのフォロー。
「姐さん。信じられないかもしれませんが、これが若頭にとっての通常なんですよ。
どんな状況だろうと、これまで若頭が慌てるところなんざ、一度も見たことがありやせんから」
「――――――一度も?」
「少なくとも俺たちの知る限りは」
一度もない、と。
例えそれが、人の命に関わるような事態であっても。
はっきり断言するスキンヘッドに、信じられないものを見るような顔で曽根を見る。
「あなたは、それでも人ですか」
「若頭は鬼っすよ」
端的に言われた非難に、つい思わずといった調子でポロリとこぼれれるスキンヘッドの本音。
言ってから自分でもまずいと思ったのか、「い、いや今のはいい意味で……!!」と慌ててフォローを入れようとするが、どう考えても今のは最悪だろう。
スキンヘッドは、ルームミラー越しに曽根を見るのも怖いか、そっと顔を伏せると「俺…終わったな」と寂しげに呟いている。
その「終わった」というのが組員としてなのかそれとも人生そのものなのか、悲壮なその声に、ツッコミを入れる気にすらなれない。
だが、予想外に曽根は失言をしたスキンヘッドに対して寛容だった。
「構いませんよ。ひとでなしと言われることも、鬼と言われることも慣れていますから」
「わ、若頭ァ」
すんません、と精一杯体を小さくして謝るスキンヘッド。
「そもそも鬼とは神の一種ですからね。鬼神と同一視されていると思えばむしろ光栄でしょう」
実に都合のいい考え方に、思わず明日夢が「鬼は鬼でも悪鬼の類ですね」と呟けば、さらにいい笑顔で曽根。
「仏教において、悪鬼は仏により改心し神、となるのです。
かの有名な鬼子母神もまた、釈迦により改心し、善神となりました」
「都合のいい話ですね」
「ええ。ですがそれが仏の教えというものです」
胸糞悪いな、と思ってしまうのはひねくれているだけなのか。
100人を殺し、101人に目にようやく改心したとして、ころされた100人は一体どうなるのだろう。
神となってしまったものを、恨めるのだろうかと。
「意外ですね。曽根さんが仏教に詳しいなんて」
「――――極道という人種は、案外信心深いものなのですよ」
それも妙な話ではあるが、そういえば美咲の家にも大きな神棚があったのを思い出す。
「それよりも、貴嗣と呼んで頂けませんか?以前にもお願いしましたが、明日夢さんからはぜひそう呼んでいただきたいのです。勿論、先ほどのように呼び捨てにしてくださって構いません」
曽根貴嗣、と。
先ほど一度明日夢が呼び捨てにしたことを引き合いに出す曽根に、眉を寄せる明日夢。
「よほど気に入っていらっしゃるんですか、そのお名前」
「ええ。……面白いでしょ?」
「面白い?」
今更名前で呼ぶつもりなどないと話を躱すつもりが、思わぬその言葉に反射的に聞き返してしまった。
「ふふふ。名は体を表すと言いますが、私の場合それはただの願望でしてね。
「高貴」な家柄の男の愛人だった女が、自らの産んだ子供がいずれ「継嗣」となることを望んで付けた名前です」
面白いでしょ?と重ねるように言われ、さすがの明日夢も言葉に詰まった。
「……ヤクザになったのはお家に対する復讐ですか」
逆鱗かも知れないと思いつつ、あえてそこを指摘した明日夢。
「いいえ。違いますよ。
そもそもね、私は女の目論見通り、継嗣となることが決まっていたのです」
「……え?」
「あちらの正妻の子………。あぁ、私にとっては弟ですが、その子が早くに亡くなりまして。
本来ありうるはずのなかった、スペアの出番がやってきたわけですよ」
「スペア……」
自身を評するのに、これほど虚しい言葉があるだろうか。
「それでも曽根さんはこの業界を選んだ…………そうですよね?」
その言葉に、曽根は嬉しそうに嗤う。
「ええ。結局、私がその家を継ぐことはできなかったもので」
「――――――なぜ、とお聞きしても」
そう好奇心から口にしたことを、明日夢は後悔した。
「無くなったからです。なにもかもすべて」
何も変わらない、一見楽しげな声音であるにも関わらず、そのセリフを聞いた瞬間、明日夢の背筋を冷たい何かが走り抜けた。
――――ーなくなった。すべて。
その意味を知ることが恐ろしく感じ、聞き返すこともせず黙り込む明日夢。
その明日夢の弱気をあざ笑うように、曽根はさらに続けた。
「明日夢さん。――――あなたは私にとっての仏となりうるでしょうか?」
屈服させ、従えてみせよと煽るように。
「――――そうしなければ、殺されるのは私ですか」
確信めいた明日夢の言葉を、曽根が大仰に否定する。
「滅相もない!明日夢さん、たとえあなたが仏とならずとも私は一向に構わないのです。――――むしろ」
そこで言葉を区切った曽根が、実にうっとりとした表情で、横に座る明日夢の頬に手を伸ばす。
心から愛しいと言わんばかりの表情で、口に出したのは真逆の言葉。
「願わくば――――――あなたもまた、私と同じ鬼であることを」
地獄の道づれ。
そう言われているような気がした。
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