恋せよ乙女のオカマウェイ!!

隆駆

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性別が行方不明になりました

恐怖の遊園地

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「今日は楽しかったわ。……貴嗣の意外な顔も見れたことだし」
「恐れ入ります」
「こちらこそご一緒できて光栄でした、美咲お嬢さん」
ティーカップに続き、面白がった美咲によって競うように色々な乗り物に乗せられた二人は、それでも顔色ひとつ変えていない。
むしろビビっていたのは背後に控える護衛の方だった。
まぁそうだろう。
自分達の組の若頭が、どうみても男にしか見えない女と二人で絶叫マシーンを乗り回す。
しかも二人共どう見ても貼り付けた笑顔で。
絶叫マシーンの急降下中にもその笑顔が崩れなかったことは、乗車中に取られていた記念写真が証明している。
二人共、まるで重力など感じていないかのような笑顔だった。
同じ絶叫マシーンに乗り合わせたのは、間違いなく護衛の手下達だったろうが、屈強な顔に似合わず悲鳴をあげる彼らの中で、常に変わらぬ笑顔な二人。
他の記念写真に混じって、そこだけがやたらと異質な記念写真の出来上がりとなった。
余談だが、護衛として一緒に乗り合わせた手下達は、もはや買い占める勢いで写真を買い取っていったらしい。
明日夢も一枚貰ったが、正直どうしていいのかは不明だ。
大人気なかったなとは思う。
だが、美咲が楽しんでいるのなら結果は上々だ。
遊園地のゲートを潜り、外に出る。
それにて本日はミッションコンプリート。

……の、はずだったのだが。

「ねぇ、貴嗣。明日夢も一緒に連れて行きましょうよ」
「いいですね、お嬢さん。賛成です」
「じゃあ決まりね」
…え、どこに?
主語もなければ本人の意思もどこにも存在しない会話があっさりと締結し、現在明日夢は黒塗りのベンツの中にいた。
なぜだ。なぜこうなった。
「あの……私はこれからどこに行くんでしょうか」
「うちよ」
「……え?」
「だから、私の家よ」
………それは、高津組の本家、とか言いませんかね?
「安心して。私が住んでるのは別宅だから、妙な男どもはいないわよ。あんなのしょっちゅう見てたら気が滅入るじゃない」
確かにそれはごもっともです。
相変わらず、小学生とはとても思えない発言だ。
しかし、なぜ自分がそこに連れて行かれるのか、その理由が未だにわからない。
「だって、退屈なんだもの。パパもママもいないし、うちで一緒に食事していけばいいわ」
貴嗣も一緒よと言われ、笑顔が軽く引きつった。
「あの…一応家族が家で待ってるので……」
「携帯で連絡すればいいじゃない。なんなら貴嗣に連絡させるけど」
その言葉に、貴嗣が自らのスマホを取り出すと、さっと明日夢に差し出した。
「自宅へコール中です。どうぞ」
「……!!」
アリ一匹殺すにも全力で挑むような容赦の無さに、明日夢が軽く戦慄する。
あの手早さ、確実に番号登録されている。
なぜだ。どこにそんな必要があった。
「……あ、お母さん……?うん…ごめん、ちょっと遅くなりそうで……」
「貸してください」
「は!?え!?」
自分から差し出したくせに、突然スマホを奪い取った貴嗣が、電話口に出る。
「お母様でいらっしゃいますか。私、本日お嬢様をお預かりさせて頂く曽根と申します。
本日はこちらの都合でご迷惑をお掛け致しまして…。そのお礼に食事をご一緒させていただきたく思いまして。
遅くなる前には車で自宅までお送りさせていただきますので、どうかご心配なく……」
すらすらと口から流れ出る美辞麗句。
聞いているだけなら真っ当な相手としか思えない言い分に、電話の向こうの母親がすっかり騙されるのを呆然と見つめる。
自宅まで送る、と言うセリフで安心したようだが、ちょっとまて母よ。
それは、ヤ○ザに自宅を知られるという事にほかならんのだが。
むしろ電話番号を登録されているくらいだ。
この車のナビに明日夢の自宅が既に登録されている恐れすらある。
ハッと運転席に視線を向けた明日夢に、通話を切り上げ、再びスマホをしまいこんだ曽根が、一言。
「入ってますよ、ナビ」
「!」
「あら、さすが貴嗣ね。なら今度出かけるときに貴嗣に家まで迎えに来てもらえばいいじゃない」
「そうですね、お嬢さん。では今度からは是非そうしましょう」
――――――あぁ、日常が侵食されていく。
ピクピクと、自分の表情筋が引きつっていくのがわかった。
「…あの、曽根さん…。就職の話、覚えてますよね……?」
ヤクザと付き合いがあると思われるとやばい、という話で納得してもらえたと思っていたのだが。
「心配ありませんよ。この車はさすがに目立ちますが、白のプリ○スあたりなら問題ないでしょう?」
「…ハイブリッド車、ですか…」
ヤクザにエコカー。
なんだろう、このちっともエコじゃない感じは。
むしろガソリンを無駄に垂れ流して走るイメージなのだが。
しかしよく考えてみれば、例の道場主が愛用している車もプリ○スだった。
「明日夢は車が好きなの?ならいっぱいあるわよ、車。しょっちゅう壊れるし」
「……ハハハ。壊れるんですか…しょっちゅう…」
どんな理由で、とはとても聞けない。
「昔はいい時代でしたよ。”ベンツは壊れない”という神話をご存知ですか、明日夢さん」
「…はい?」
「一昔前までは、本気でそう言われていたんですよ。もちろん実際に全く故障しないというわけではなく、故障とみなされた場合は、直様別の新しい新車が納入され、「故障等なかった」事にされるというだけですが…」
現代ではありえない、とんでもバブルな話だ。
「……高級車ならではですね……」
「ヤクザもブランドも、顔に泥を塗られたらおしまいですから」
メンツを潰されない為だったら、どんなことでもする。
さらっと流されたが、かなり怖いことを言っている。
というか、それは車の説明に見せかけた遠まわしな脅しではないか。
「黒いカラスを白という。それがヤクザというものです」
「…とても勉強になりました」
口だけで答えて、すっと曽根から視線を逸らす明日夢。
そういえば先程から美咲が一言も話していないが、どうしたのだろう。
「美咲お嬢さん?どうしました?」
「……珍しいなと思って」
「?」
「貴嗣よ。今日は本当に珍しい顔ばかりするの。そんなに楽しそうに話しているのも初めて聞いたわ」
「…楽しそう…でした?」
え、本当にそう見えたの?私には単なる脅迫としか思えなかったんだが。
「……それは美咲お嬢さんの前だから…ではないですか?」
上司の娘に怖い顔は見せられない、そういうことではないのかと問いかけた明日夢を、美咲が鼻で笑う。
「甘いわ、明日夢。貴嗣に愛想笑いをさせられる相手なんてそうはいないのよ。私だって、貴嗣が喜んで私の相手をしてるなんて夢にも思ってないもの。だってこの笑顔、気持ち悪いでしょ」
え、そこまでいう?
「貴嗣の薄笑いはね、血の雨が降る前兆よ」
――ーそれはわかる気がしないでもない。
「おやおや、随分なことをおっしゃいますね、お嬢さん…」
「いつまでも見くびらないで欲しいわ」
ふん、っと鼻を鳴らす美咲。
相変わらず小学生らしさは欠片もないが、その態度に少し疑問に思ったことがある。
「あの…ひとつ聞いても?」
「なに?」
「美咲お嬢さんは、曽根さんのことをどう思っていらっしゃるんですか…?」
電話では、好意を持たれて困っている、というような趣旨の話だったと思うのだが。
この感じだと、どうもおかしい。
「どうって…嗤う死神?」
「……はい?」
「あら、明日夢は知らなかったの?貴嗣の異名よ」
「…お嬢さん、明日夢さんは”一応”堅気ですから…」
「そっか、そうよね、一般人が知るはずもないわよね…」
…納得してくれるのは大変ありがたいが、その「一応」というのは何だ。
こちとら立派な堅気なのだが。
それ以前にも、小学生の口から出るには衝撃的なセリフを聞いた気がした。
「嗤う死神……?」
「何でもありませんよ、明日夢さん。ただのハンドルネームとでも思ってもらえれば」
「そうそう、気にしないでちょうだい」
あっさりと前言を撤回し、なかったことにする美咲。
だが、そんなハンドルネーム怖すぎる。
というか、ハンドルネームとは本来ネットなどに投稿する際に使う偽名のはずだ。
そのハンドルネームで一体どこに何を投稿するつもりだろう。


「で、私が曽根をどう思っているかね。…そうね、一応婚約者の第一候補とは思ってるわよ?」

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