わらしな生活(幼女、はじめました)

隆駆

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初夢、正夢、悪い夢。

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初夢というのが年末最後の夜に見る夢ではなく、年始最初の1月1日に見る夢だと知ったのはつい最近。

ーーーーーほえ?

多分夢、きっと夢、なんだろうが。

目の前には、既に朽ち果て、廃墟となった粗末な家が並び。
道は舗装された様子もなく泥がむき出しになり、草が力なく地面にしなだれかかる。

――――なんだ、ここ。

ぱん、っと思わず自分の頬を手で叩いてみて気づいた。

「………幽体離脱してる?」

小さな子供の手。
これが今の私の姿なら、自分の意識は今一体どこにあるのだろう。
そもそもこれは夢なのか、それとも意識だけがどこかに飛ばされたのか。
前回の龍一の件もあり、なんとも判断がしづらいな、と思いつつ仕方なく歩き出そうとしたその時。

『ひめたま、駄目』
「ん??あれ、ピーちゃん??」

つ、っとスカートの裾を引っ張られ、気づけばそこには自分とほとんど変わらない身長の幼女が。

「ピーちゃんが出てくるって……やっぱりこれは夢じゃないのかな?」

う~ん、とその場にとどまりしばし悩む。
無意識に幽体離脱した、という可能性がぐんと高くなってきたが、それにしてもここはどこだ。
今場所に見覚えはない。
物事には全て理由があるのだとすれば、こんなところに飛ばされたのにも理由があるはず。
折角だから、ここがどこなのか少し探ってみたい。

「ピーちゃん、ちょっとお散歩……」
『駄目。ひめたま、帰る』
「ん~」

歩き出したい高瀬と、引き止めたいピーちゃん。
だがピーちゃんがここまで引きとめようとするということは、やはり何かあるような気がする。


シャン………。

「……鈴の音?」

今、遠くで何か鈴のような音が聞こえた気がする。
つい最近、よく似た音を耳にした記憶が鮮やかに蘇る。

「錫杖………」

そうだ、この音は。

まさか、またあの夢なのか。
あの件は、もう全部終わったはずなのに、と。
音がする方に視線を向けようとした高瀬。
その時だ。


「おい」

はっきりと、こちらに向かってかけられた男性の声。
かさり、と足音と共に聞こえてくる物音。
鈴の音が、こちらに近づいてくる。
その気配に怯えるように、ギュッとこちらにしがみつくピーちゃん。

ーーーーーー龍一、じゃないよね。

一瞬またなにかに巻き込まれたのかと思ったが、この声は彼のものではない。
やはり、これは続きではなく新しい何かの始まりなのだ。


「そこにおるのは何者だ。
このような荒れ果てた場所にあるは、妖か仏か」

トン、という棒が地面を付く音。
いつの間にこれほど近づいていたのか。
すぐそこに見えたのは、古めかしい僧衣と、粗末な藁笠を身にまとった男。
深々とかぶった笠で顔は見えないが、声の感じからしてそう若くはない。

声をかけてきたことから考えて、こちらの存在を認識しているということだ。
これが夢であれ現実であれ、怪しいのはお互い様。

「通りすがりの幼女です」
「………なに?」

胸を張って更に怪しげな挨拶を返した高瀬に、男がくいと菅笠を持ち上げ、こちらを見た。

「ーーーーーーー童神。……いや、ヒメガミか?」
「だから通りすがりの幼女です」

訝しげにこちらを見つめる僧侶らしき男の顔は、今で言う50歳絡み。
中年よりも少し上、といったところに見えるが、もしかするともう少し若いのかもしれない。
どことなく誰か、知り合いの面影があるようなーーーー。

気のせいだろうか?

「そこにいるのは御身の眷属か?ーーーーーあやつの気配がしおる」
「……あやつ?」

いったい誰の事を言っているのか。
鋭い視線でピーちゃんを一瞥する僧侶。
怯えたようにぐっと首を縮めたピーちゃんは、一瞬にして元の小鳥姿に戻るーーーーーかと思えば、そこにいたのは漆黒の鳥。

「八咫、か」

しばらくぶりに見た、ピーちゃんの本当の姿だ。
まるで僧侶から高瀬を守るようにその前に立ち、警戒を崩さない。
真っ赤な瞳がらんらんと輝き、僧侶を睨みつけている。

「安心せよ。穢れしこの身で、いまさら神に救いを求めようなどとは思わぬ。
ましてやそのように無垢なお方には、な。
………未だ目覚めやらぬ無垢な神よ。このような場所からは、はよう立ち去るが良い」

でなければ戻れなくなるぞ、と。

語った僧侶はつ…、っと錫杖を振り上げ、もう一度大きく地面に突き立てる。

「………あさましくも哀れな、亡者どもよ」

僧侶が錫杖を突き立てたその場所から、モヤモヤとした黒い何かが立ち上がり、徐々に姿を形作る。

それは、間違いなく人だった。
やせ細り、腹だけが膨れたーーーーーーー餓鬼というにふさわしい姿。

「ーーーー!!!」

絶句する高瀬。

思わず後ずさったその時、足元に妙な違和感を感じた。

「え………」

振り返って気づく。
足元にあったのは、古い布切れ。
ボロボロになった衣服の切れ端のようだ。

なぜこんなものが、と思えば、その中でもぞもぞと何かが動く気配がする。

動物か何かが潜んでいたのか。
それほど大きくはない。

一体何だろう、と。
思ったその時。

はらり、と布がめくれ、出てきたのは小さな小さな赤ん坊ーーーーーーー。

「!」

やせ細った枯れ木のよう体にーーーーーーくぼんだ目。
既に鳴き声を上げる力もないのだろう。
母親の乳を求めるようにもぞもぞと動くその姿に、高瀬は本能的な恐怖を感じた。

あれが生きている本物の赤ん坊であれば、高瀬はすぐさまその子をすくい上げ、助けただろう。

だが。

ぽろりと、窪んだ眼球からなにかが落ちてくる。
…………虫だ。

あの赤ん坊は、明らかにもう死んでいた。

「ーーーーーーーーー!!!!!」

息を呑み、その場に凍りつく高瀬。

咄嗟に逃げ場を探して周囲に視線を巡らせ、高瀬は更に絶望する。

「………どうして!?」

先程までなにもなかったはずの道端に、ボロボロになって倒れたとおぼしき沢山の遺体が転がっている。

「や、やだやだやだ……………!!」

すぐに視線をそらし、再び目の前の僧侶を見上げた高瀬。
これは、先程の僧侶の行動が原因なのか。

あの錫杖一突きで眠っていたなにかが目覚めた―――?

これは一体なんなのかと問いかけようとするより先に、僧侶の背後から出現したのは見覚えのある闇。

暗がりがら伸びた無数の腕が、僧侶の足元を這いずる餓鬼を飲み込もうとしている。

「あれは―――――」

穢闇、と龍一が呼んだもの。
あれをまとっていたのは。

「………………………………御霊憑き」

頼我、だ。

目の前の僧侶が誰に似ているのか、ようやく判った。
そして、これがやはり夢であるのだということも。

僧侶の背後に広がる闇の中から、すっと白い二本の腕が現れ、僧侶の首に巻き付いた。
他の腕とは明らかに違うその白い腕の主は、きっと。


「みゃあこ、ちゃん?」



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