僕の一番長い日々

由理実

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「保健室の先生の立会いのもとで、スクールカウンセラーの先生が、根気強くカイト君と話し合ってくれたそうよ。あとね、誰もお見舞いに来てくれないのは、リョウを刺激すると困るし、これ以上トラブルを大きくしない為には、そうするしかなかったそうよ。」
「そうなんだ。」
「思春期には良くある事だけど、大人達がちゃんとフォローしないと、どんな悲しい出来事が起こるか分からないから。これ以上誰も傷つけずに済むように、スクールカウンセラーの先生と心療内科の先生が、話し合って決めた措置なの。」
「・・・・・・。」

「リョウだけが引きこもりになって、大切な人生を犠牲にしたって思うかもしれないけど、辛いのはリョウだけではないから。それに、この事でリョウの進路に問題が出ないように、大人達が動いてくれているから、そこは安心してね。
『この出来事は、神様がくれたお休みだと思って、ゆっくり養生して下さい。』
って心療内科の先生は言っていたわ。だから、リョウ一人で抱える必要はないの。
『じっくり長期戦で行きましょう。』
とも言ってくれているから。自分だけが貧乏くじを引いたとか思わなくていいからね。」

更にママは続けた。
「スクールカウンセラーの先生からの強いバックアップを受けた、担任の先生も、
『この課題に取り組む事は、担任としてのキャリアを積む上で、大きな成長の一歩になると信じているから、リョウ君にはいくら感謝しても感謝し足りない。』
って、仰っていたわ。リョウ、あなたは大人達のヒーローなのよ。まあ、それだけ大人達がダメダメな訳だけど。」
「僕がヒーローだなんて、大袈裟だよ。それに、僕はツイてるって、心療内科の先生から言われたよ。僕を守ってくれて、本当に感謝しているんだ。」
感謝はしているけど、カイトに対するネガティブバイアスは、そう簡単には外れない。

再び曇らせた顔を見て、ママは続けた。
「登校拒否だって考えるから辛くなるのよ。今自分は流行り病と闘っているんだって、発想を切り替えたら?流行り病に掛かって、長期療養をする事になってしまった人達は、ダメ人間ではないでしょう?今回の出来事だって、同じ事なの。」
僕は流行り病で、自宅待機をしているのと同じなのか・・・。そう考えると確かに心は軽くなっていった。
「ママ、ありがとう。お陰で心が軽くなったよ。もう、眠くなったから寝るね。」
「おやすみなさい。」

僕のどこが彼を刺激したんだろうか。確かに通信簿には、「主体性をもっと持てるようになるといいですね。」といつも書かれていた記憶はある。僕の流されやすい性格のせいで、誰かを傷つける事があるのかなぁ。そう考えると辛いよなぁ。
僕は確かにツイていると思った。一度引きこもりになると、一生ひきずって人生を無駄にしてしまう人が多い中、僕は大人達からは守られている。ある意味では確かに、心の底から僕は一人じゃないんだと、感じる事が出来た。
このところ、赤ちゃんみたいに泣いたり、無力感に襲われたりで、自分でもびっくりする位、子供っぽい所が出てしまっているが、そんな僕でも、いやそうなってしまってからの僕にこそ、パパもママも優しく包んでくれるようになった。
しかしその一方で、カイトの事も含めて、僕の将来に対する不安はやはり、拭えなかった。

じめじめとした梅雨が明けた。僕は少しずつ元気を取り戻して、今は勉強の遅れた分を、家庭教師の先生に、勉強を教わる事で取り戻し始めている。学校の方からは中間テストと期末テストをリモートで行う事が決定した。
「家でちゃんと勉強を続けて行けるようにしてくれたパパと、僕に自信をくれたママの優しさに感謝だな。」
「そう言ってくれて本当にありがとうね、リョウ。最悪の事が起こった時こそ、ベストを尽くして天に任せるのが一番だから。」
「僕はパパとママの子供に生まれて、本当に良かった。ありがとうね。」
「そう言ってくれて、ママは本当に嬉しいわ。リョウは気が付いていないだろうけど、リョウの言動はどんどん前向きになっていて、元気だった頃よりも大人っぽい顔立ちになっているわよ。以前は感じやすい年頃だから仕方ないのかな?って思う事もあったけど、今のリョウはとっても素敵よ。」
「そうなんだ。ありがとう。」
「何よ。その棒読みの受け答えは。」
ママはクスクスと笑い出した。

このところ、子供っぽい部分ばかりさらけ出してしまい、甘えっぱなしだったので、ママの指摘は意外だった。
だけど、お世辞ではないらしい。実際にママは、僕の事を眩しそうに見つめて微笑んでくれた。
振り返れば以前の僕は、精一杯弱さを取り繕い、精一杯背伸びをしていたが、今はすっかり落ち着いている。
心が不安でパンパンに膨らんでいる緊張状態は、確かに無くなっていた。
日常の中の小さな出来事の中にも、今はとても幸せな事が起こっていると感じられるようになった。
そして夏休みになって、意外な来客が訪れる事になるとは、少しも思わなかった。
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