上 下
6 / 20

憧れの人ともう一度対面した話。

しおりを挟む
 
「……っで、どうして、お呼びしたはずがないーー男の方が一緒にいるんでしょうか?
 私の記憶が正しければ……今日のお昼休みの時間、今朝の件でしっかりとお礼を言いたいと言って、あなたお呼びしたはずなんですが……どうして?
 どうして……知らない男の方が、あなたと一緒にここまでついて来てしまったのでしょうか?」

「…………。」「…………。」


 ーー沈黙。俺はその言葉の節々からにじみ出ている彼女の威圧感に、ただただ圧倒されていて……それに何か返事をするどころか……その呼吸さえも、上手く行う事が出来ずにいた。

 彼女は今、とても怒っている。それは対面の俺の目からもーーそして、俺の隣に座り、今まさに彼女から『知らない男』扱いを受けた男、鷹宮 直輝たかみや なおきの目から見ても、それは紛れもない事実であろう。

 しかし、そんな蛇に睨まれた蛙状態の俺が、今になって思うのはーー、やってしまったという後悔。そして、この状況を作り出してしまった事に対する、での申し訳なさだ。


「(ああ……これ完全に選択肢を間違えた……。
 そもそも、直輝をここに来させてしまった事自体が間違いだし、なにより……ここに自体、色々と間違えていたのかもしれない……。)」


 というか……なんで俺は大橋さんに言われた通り、そのまま昼休みに食堂に来てるんだろう?


 たしかに彼女には今朝、一方的に『昼休みに来てください。』と告げられただけで……それを無視する事だって俺には選択出来た訳である。

 なんだかんだと、色々な理由をつけて……。それこそーー別の人から『昼休みに来てください。』と言われたのだと。誰に言う訳でもなく、自分自身の罪悪感を紛らわせる、そんな嘘を吐いて……。


 ではなぜ、今ここに俺と直輝がいるのか?それについては……今朝の大橋さんとの一件の後、教室に戻ってからの時間にまで話しを遡る。








 ーーーー1限目始業前・教室にてーーーー

「おい!今朝の話聞いたか!?大橋さんの話!」

「ん?なんだよ、それ?なんなのかは分からないけど、大橋って……同じ1年の大橋か?」

「ああ!1年のスゲー可愛い女の子って、入学してすぐに騒がれてた……あの大橋さんの事!その大橋さんがなんと!気になる男子がいるって言っていたらしい!
 それも……俺らと同じ、1年生の中でみたい!」

「うぇ!?それマジかよ!あの大橋が気になる1年の男子って……それって一体何者なんだよ……。
 そんなスゲー奴、1年だとクラスの鷹宮とかぐらいしか記憶にねーぞ……。」


「…………はぁ。なんで俺がこんな事に……。」


 ーー1限目までの始業時間の前。俺、中峰 太一なかみね たいちは早くも周りでウワサされる、大橋さんとの朝の一件についての……そんな微妙に事実と異なるウワサ話を耳にし、少々辟易とした心持ちでいた。

 しかも、それを話しているのは、目の前で話をしているその男子たちだけではなく、クラスの男女問わず、色んな所でウワサになっているのが、この話のとても厄介なところである。


「(まあでも……そのが俺だって事は、まだ誰にも気付かれてないっぽいんだよな……。
 これ関して言えば、俺の存在が他の生徒から全くと言っていいほど知られていない事が、ある意味プラスに働いた……って、そんな感じだな。……うん、自分で言ってて、ホント悲しくなってきた。)」


 とは言え、その認知度の低さのおかげで、他の男子からの変な注目を集めていない事は事実なので……やっぱりその点は、素直に喜ぶべきなのかもしれない。

 そして、俺はそんな雑多な生徒たちのウワサ話を聞き流しつつ、とりあえずは……昼休みの一件をどうするべきなのかを考えようとして、自身の机に座ろうとしたところーー俺の少し前の席に座る、女子上位カースト3人の姿が見える。

 しかも、その3人は周りの生徒たちと同じく、やはり、今朝の一件について気になっているのか……そのウワサ話について、所々、それぞれの憶測などを交えながら話し合っていたのだった。


「でもさー、正直さっきのウワサに出てきた男子ってー、姫沙羅らさきー夏樹なっつん的にはどこの誰だと思う?
 まあカリン的には、それが松原先生まっつんじゃなければ……他の誰でも大丈夫なんだけど……。大橋の相手となると、ちょっとだけ気になるんだよねー。」

「まあ、そうだねー。華鈴の松原推しは置いといたとしても……始業式からの告白ラッシュを断り続けてるーーあの、大橋さんの気になる男子っていうか……想い人?の話は、正直、私も気になるかなー。
 つっても、それが誰なのかは……全くの手掛かり無しなんだけどね?そもそも、大橋さんと交流とか、つながりみたいなものも無いし。」


 そして、彼女たちから聞こえてくる声によると……どうやら、彼女たちのような上位カーストの住人であっても、大橋さんの相手(彼女たちも気になる相手だと、間違って認識しているようだが)に皆興味深々なようだ。


 すると、そんな2人のワイワイとした反応に対し、その中でも一番目立つ存在である小川さんは、意外にも、その話には興味が湧かない様子でーー


「あー……でも、あたしはその……大橋さん?の話、別に興味とかはないかなー。クラスも違うし。
 ていうか……そんなにその大橋さんって男振ってるのに、そんな急にウワサになるって……なんかちょっと不自然な感じじゃない?」


 と、あくまで小川さんは、その話をあまり信じていない様子でそう言うと……本当にその話に興味がなかったのか、自らの肩に少しかかるほどの髪を手櫛で梳いて、暇を持て余すようにスマホをいじり始める。

 しかし、なんとも分かりやすい興味の失い方ではあるが……。いずれにせよ、俺がずっと彼女たちの話に聞き耳を立てているのは、場所的に近いからしょうがないとはいえ、少し申し訳なかったので……俺的には会話も途切れて助かった。


 すると、そのような興味のない様子の小川さんに、大橋さんのウワサで盛り上がっていた内田さんと彼女たちから姫沙羅きさらと呼ばれているところの……早瀬さんたち2人組は、一度2人で顔を見合わせてから頷き、にやにやと小川さんに近づいて行ってーー


「おやおやー?そこの興味無さげな夏樹さん。本当にそんな事言っちゃってもいいのかなー?もしかしたら……夏樹にも結構関係ある事かもしれないよ?」

「うんうん。その通りだよ、なっつん!私たちJKには油断と夜の甘いお菓子は禁物なんだよ!
 ほら、よく考えてみて?大橋が気になるような男子のウワサなんだよ?って事は……それがの男子だとは……到底思えないよねー?」


 などと言って、内田さんと早瀬さんは不必要に小川さんの不安感を煽りだす。

 これは、おそらくではあるが……小川さんの気になる男子ーーつまりはが例の男子生徒であるかもしれないと、2人は小川さんに対し、暗にそう言っているのだろう。

 しかも、現にそれを聞いた小川さんは「なっ!そ、そんな……嘘!?」と、これまた分かりやすく、彼女らの話に動揺を隠せないでいる。


「(……っていうかそれを言えば、突然大橋さんが直輝と仲良くなる事自体も、普通に考えれば不自然なんだよなぁ。同じクラスなんだから、それくらいは小川さんじゃなくても分かるはずだし……。)」


 まあ、なんというか……これが俗に言うところの恋は盲目という事なのだろう。自分の気になる人がウワサ話の相手に上がっただけで、思わず平静でいられなくなる……みたいな感じで。


 ーーすると、そんな彼女たちの話し声を聞いてだろうか……?にわかに、教室でウワサ話をしていた生徒たちがざわざわとし始める。


「えぇ!?も、もしかして……あのウワサの男って、このクラスにいる鷹宮のこと……なのか?」

「でも……そんな素振り、鷹宮になかったぞ?普通にクラブ活動して、たまに友達とゲーセンで遊んだりして。俺もあいつと何度か遊んだことあるし。」

「でも……あのイケメンの鷹宮だぞ?逆に大橋さんの方から声を……俺らの知らないところで掛けてても、別におかしな話ではないだろ?」

「あっ……そっか!あいつから行ったんじゃなくって事ね……。普通に俺がモテないから、その可能性自体、ないものと思ってたわ。でも、あのイケメンの鷹宮なら……うん、大いにあり得てくるな。」


 そして、そのざわめきは次々に波及して……。終いには、その話があたかも真実であるかのように、口々と男女問わずウワサされるようになる。

 しかし、そのウワサの出処である彼女たちも、「うわ、マズった!」と言って、周り生徒たちを見渡すが……その時にはーー時すでに遅し。

 生徒たちは皆、収拾がつかないほど口々に、直輝がウワサの男子だと……勝手に盛り上がっている。


 すると、その中の男子の一部の生徒が直輝の方に近づき、そのウワサについての真偽を直接尋ねて……。


 ・
 ・・
 ・・・
 ・・
 ・


 ーーそうして、そのまま一限目の授業が始まるまで、その直輝への質問攻めが続き……終いには、休み時間も次々に生徒たちが直輝にウワサについて色々と尋ねようとするので……。

 流石の直輝も、それにはいちいち対応していられなくなりーー昼休みには、授業が終わるや否や俺の席に近づいてきて……

「今日は食堂行こうぜ!?太一!」と、俺が何か言うよりも先に直輝は俺の腕を掴み、問答無用で、約束の場所である食堂に俺を連れていくのだった……。


 ーー次話へと続く。ーー
しおりを挟む

処理中です...