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教会での通信『女心は何とやら』

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「ではエクスくん。私は少し子供たちにご飯を食べさせないといけませんので、少しの間、ここの礼拝堂で待っていて下さいね?
 あっ!分かってるとは思いますが……そこに並べてあるイスの上を歩いたりしてはダメですよ!ちゃんと大人しくここで座って待っていてくださいね?エクスくん!」

「うん。ここでメアリーを待ってる。そんなに心配しなくても大丈夫だから……早くそっちに行っておいで。」


 その後、教会に2人雑談しながら到着した俺とメアリーは、教会ないに誰もいない事を確認してから……何やらメアリーが教会の子供たちにご飯を食べさせないとの事で、俺だけがその教会内の礼拝堂に1人取り残された。

 そして1人ちょこんと座る礼拝堂はとても静かで、イケナイ事だと分かっているのだが、なんだか無性に何か叫びたくなってくる。

 そして俺はメアリーが完全に教会の奥に消え、その姿が見えなくなった確認できなくなった、そのタイミングで……


「スゥゥ……モイラぁ!いるんだろ!出てこいよ!実体無くてもいるのは分かってーー『うるさい!大声で呼ばないで!』ぐぺっ……。何すんだ!モイラ!」

『ふん!あんな人間の女に撫でられて、デレデレ喜んでたエクスなんて勝手にすればいいのよ!私がこっちから出来る事なんて、どうせをこっちにとどめておく事だけよ!
 そんなにあの女の方が私より大切だって言うなら、エクスなんて……ずっとあの女と遊んでおけばいいのよ!』


 俺は大声で気配だけを感じさせていたモイラに「出てこいよ。」と、実体のない空間に向かって呼びかけ、少しの近況報告をしようとその名を呼んだところ……思いっきりモイラの見えざる力によって、頭をスパンッ!と叩かれた。

 そして、謎に俺に怒っている様子のモイラは、俺がメアリーに頭を撫でられてデレデレしていたという……意味不明な言い掛かりを付けて、俺に対してこんな態度を見せているみたいだ。


「(なんでモイラはこんなに俺に怒ってんだ……?
 俺がデレデレしてたって、そんな事実はないんだけどそれにしたって……。それをモイラが怒る?
 あー……モイラって、女心ってホント分かんねー。)」


 しかし、それに対して真っ向から反論し、モイラの機嫌を損ねても仕方のない話なので、俺はとりあえずモイラの機嫌をこれ以上損ねないようにと話し掛ける。


「あのな……モイラがなんでそんなに怒ってるのか、俺にはよく分からないけど……。俺はモイラに、相談出来ない事があるからこの教会まで来たんだぞ?
 そもそもそれが無かったら、メアリーと俺が話を続ける理由なんて無かったし、第一に……メアリーよりもじゃなかったら、こんな風にお前の事を呼び出さずメアリーの方について行ってるだろ?
 さっきの俺の何がダメだったのか分からないけど……どうにか機嫌を直してくれないか?俺が帰ったら、モイラの言う事なんでも1つ聞いてやるからさ。……なっ?」


 あまりにも単純でありきたりな手だが、俺はモイラの言う事を『なんでも1つ聞く』とそう言って、なんとかモイラの機嫌を取ろうとする。

 もちろんこれでホントに機嫌が直るなら、喜んでなんでも1つモイラの言う事を聞くし、なんなら1つだけと言わず、何個でもその言う事を聞くつもりだ。


 すると、俺の作戦が功を奏したのだろうか?

 それを聞いたモイラの気配が、ホワッと柔らかい物に変化したのを確認した。と言うかむしろ……その気配から、なにやら嬉しそうな雰囲気まで感じ取れる。

 そして、モイラは嬉しそうな雰囲気をそのままに、先程の不機嫌が嘘のように俺に話し掛けてくる。


『そ、そうよね!あの女よりも大事よね?だって私はエクスの幼馴染みで、エクスのひとなんだから!
 ふふふ……。私が1番エクスの大切なひと。エクスは私を頼る為だけに、わざわざここまで訪ねて来た♪
 うん!それで何かしら?私に出来ないその相談って!出来る事ならなんでも力になるわよ?』

「う、うん……。ありがと。それで……その相談っていうのはーー「あれ?エクスくん?誰か来たのですか?」いや……誰もここには来てないよ?少し物音を立てちゃったから、それが人の声に聞こえちゃったのかもしれない!大した事じゃないから気にしないで!
 ーーって訳でモイラ、悪いが相談はまた今度だ。今日の夜にでももう一度話そうか。また夜にな。」

『はぁ……分かったわよ。とりあえず、あなたの相談の話はまた今度ね?でも……今日の夜はごめんなさい。
 私、この後からちょっとした用事があって……。また今度の夜。その時にでも、またお話しとか相談とかちゃんと私に聞かせて頂戴。それでいいわね?エクス?』


 俺とモイラで2人、俺が実体のないモイラに向かって少しの間会話をしていた所……話の途中でメアリーが帰ってきそうになった為、俺とモイラは一旦会話を終了し、じっくり話すのはまた次の機会という事になった。

 そして、その次の機会というのを今日の夜にでも設けようとしていたのだが……生憎、モイラはこの後何か用事があるようで、明日以降の夜という事を提案された。


 まあ別に、俺の方も急ぎの用事ではないのでそれを了承し、手短に別れの言葉をモイラに告げる。


「うん。それで大丈夫だ。モイラ。またよろしくな。」

『ええ、それじゃあ……おやすみなさい。』


 そうして、俺はモイラの気配が礼拝堂内から消失した事を確認し、その後こちらに戻ったメアリーから「私がいなくても大丈夫でしたか?ちゃんと大人しく待ってました?」と聞かれ、「うん。大丈夫だった。」と答えたのだが……どちらかといえば、『もう少しゆっくり帰ってきてくれても大丈夫だったよ?』と、心の内でそう思ったのはーー心の内だけに秘めておこう。


 ・・・
 ・・
 ・


「ふふふ!私がエクスの大切なひとだって!私じゃないと相談出来ないって!エクスの口から直接そう聞いちゃった♪
 今日はなんだか気分がいいから……早く用事を片付けて、エクスのお家でもキレイにしに行こうっと!」


 私、女神モイラは自分で言うのもなんだか、これ以上ない程、非常に機嫌が良かった。それも、ここ数年の中でも1・2を争う程に喜色溢れる様子でだ。

 しかしそれも、彼女とエクスの事を知る者からすれば、特に珍しいものでもなかった。


 なぜならーーモイラがエクスに関わる何かに、その機嫌が良くなかった事など一度もないからである。

 基本的にモイラは、他の神々との交流をそれなりに持っており、どの方面に対しても愛想よく、それなりのやる気を持って対応するのだが……唯一、幼馴染みのエクスにだけはそれらの枠には収まりきらない対応をするのだ。

 たとえば、エクスのお世話の為に自身の家を移転し、エクスの家の隣にわざわざ引っ越した事や、エクスの回復を図る為、自身の力の半分を無条件でエクスに貸し与えたりと、それら他の神々の間ではあり得ないような事をモイラはエクスにしているのだ。


 もうそれを見れば、誰がどう考えてもモイラがエクスに好意を寄せているとそう理解出来そうなものなのだが……驚いた事にモイラとエクス、その両者に自覚も認識もないのだ。

 その状態がずっと昔からそうだったから、その気持ちがずっと昔から変わる事なく続いているから……2人にはそれが当たり前で、それが愛だ恋だと結びつかないのだった。

 しかしモイラからのエクスに対してのそれは、側から見るととても分かり易く、誰がどう見ても疑いようのない、まさに純愛そのものでーー


「また今度の夜にってさっきは言ったけれど……あっちからの連絡はそれ以外ではこないのかしら?
 別に忙しいとは言ったものの、ずっと手を離せないくらい忙しい訳じゃないし……。向こうからの連絡があれば、それを聞いてあげるのもやぶさかじゃないわよね?
 もしエクスからの連絡が来るとするなら、それはいつ来るのかしら……?ーー念のため通信の手鏡持ち歩いとこ。」


 このようにして、恋した自覚なきまま動き続ける2人の関係は、ゆっくりとだが着実に、絶えず進み続けるのだった。
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