GODS II: Descent into Hell 「地獄へと降り立った僕たちは、まだ世界を信じていた。」

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第8巻: 光の戦い

第137章: 空虚の輪郭

力は手を満たすかもしれない。
だが、魂を形作るのは常に「虚無」だ。

いくつかの真実は、光をもたらすためではなく、
すべてを焼き尽くすために存在している。
語られる声の中には、真実を明かすのではなく、
記憶さえも消し去るものがある。

意識の最も暗き隅、
名前が意味を失い、存在が崩れ出す場所で、
たった一つの問いが残る——

「本当の自分とは、嘘をつけなくなった自分なのか?」

血の匂いに満ちた過去が呼び、
未来が内側から閉ざされた扉のように感じられるとき、
人はただ、深淵の輪郭を見つめるしかない。

そして問われるのだ。
飛び込む覚悟があるか。
それとも、もうずっと前に堕ちていたことを受け入れるかを——

——————————————————————————————————————

血の滴る音が、静寂の中で冷たい残響を放っていた。
鉄の匂いが部屋を満たし、紅に染まった血がレムリエルの純白の翼を汚していく。

“座(トロン)”の呼吸は荒く、弱々しい。
だがその瞳には、今までにない炎が灯っていた。

「……愚か者め。」
レムリエルは皮肉な笑みを浮かべる。
「我ら“座”は不滅の存在。たとえどれほど傷つけられようと、幾度でも灰から蘇る。」

ゼウスの冷たい視線が、彼に突き刺さる。
そこに憎悪も傲慢もなかった――ただ、説明のつかぬ“哀しみ”があった。

「……どうした? 沈黙か? 恐怖でも感じているのか?」
「なぜ今になって現れた? 何を企んでいる? 答えろ、ゼウス!」
「お前は――何者だ?」
レムリエルは拳を握りしめ、怒りと困惑に震えた。

……

「お前は実に忠実だったな、あの方への“従者”として。」
ゼウスが穏やかな声で告げる。

その柔らかな声に潜む刃のような響きに、レムリエルの瞳が見開かれる。
脳裏に、懐かしくも決して蘇るはずのない“あの男”の面影がよぎった。

――『まさか……彼が、生きている……?』

――――

ゼウスの口元に、穏やかだが不気味な笑みが浮かぶ。

「なるほど……だからお前に“後継者を探せ”という任務を与えたのか。
 だが、どうやら見誤ったようだな。」

「この男は、その遺志を継ぐ資格などない。
 彼の高みに届く者など、この世には存在しない。」

「……お前……どうしてここに……?
 お前は――何百年も前に死んだはずだ……どういうことだ!」
レムリエルの声が震える。

「チッ……本当に面倒な奴だな、レムリエル。」
「答えろ!」

「……そのうち、あの方に会えば分かるさ。」
「だが、せめて一つだけ教えてやろう。」

「……何を――」

「この世界を支配するのは、私ただ一人だ。」
その声は、深淵に汚されたように歪んでいた。

「お前……まさか――」

……

次の瞬間、ゼウスは口を開き、
この世界のどの種族も知らぬ“禁じられた言語”を唱え始めた。

その声は風に切り裂かれた刃のようであり、
死者の魂が呻くようでもあった。

聞く者の意識を深淵へと引きずり込む、呪いの詩。

レムリエルはその瞬間、悟った。
――自分の存在そのものが、“消されていく”。

粒子一つひとつが光の粉となり、彼の身体は風に溶けていった。

消滅の直前、レムリエルは微笑んだ。

「……その“意志”は、すでに別の者に宿っている。
 いずれ――お前を玉座から引きずり下ろすだろう、“第一の息子”よ……」

その言葉を最後に、
彼の存在は星屑のように散り、静かに消えた。

ゼウス――否、何かが彼の口で呟く。

「……まったく……厄介な創造物を作ってくれたものだ。」

そう吐き捨てると同時に、
ゼウスの瞳から“異形の光”が消え、
再び人のものへと戻っていく。

そして、糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。

――これにて、第三の戦いは終結した。

同時刻、西方区域――。

風に揺れる花々と草木の穏やかなざわめきの中、
その場に立つ者たちの眼差しには、張り詰めた緊張が宿っていた。

鋭い眼光を放つシュウは、
手に一冊の書物を持った逞しい男――カゲノンを真っ直ぐに見据えていた。

静かな口調で、カゲノンが言う。
「……私の本名を知っているとはな。
 記録という記録は、すべて燃やしたはずだが。」

「情報を掘り起こすのなんて、案外簡単なんですよ。」
ティレシアスが肩をすくめて応える。
「それに、有名な科学者が“忽然と姿を消した”なんて話、
 世間が放っておくわけがないでしょう?」

「――“遺伝子から生命を創り出す天才科学者”。
 人工生命研究の第一人者、カゲノン博士。」

その言葉に、カゲノンは皮肉めいた笑みを浮かべた。
「……やはりお前は厄介な男だな、ティレシアス。
 あの日、お前を消しておくべきだった。」

「そうだな。だが――お前はそうしなかった、カゲノン。」

二人は一瞬、鋭く視線を交わす。
やがてカゲノンが深く息を吐き、低く問う。

「……で、何の用だ?
 まさか昔話をしに来たわけではあるまい。」

「答えを聞きに来た。」
シュウが強い声で言い放つ。

「――答え?」
「俺が“科学都市”に足を踏み入れた時、お前の名を見つけた。
 ある実験の記録に記された、三つの文字。
 『S.H.U.』」

その名を聞いた瞬間、カゲノンの目が大きく見開かれる。
冷静な表情に、明らかな動揺の色が走った。

「最初は偶然だと思った。
 だが……記録の中に“俺自身の写真”を見たとき、確信した。
 ――俺はその実験に関わっていた。」

「それから、あらゆる場所を調べた。
 けれど、まるで全ての痕跡が世界から消されたように……
 何も残っていなかった。」

カゲノンは息を呑み、
やがて重く口を開く。

「……子供よ。お前は、触れてはならないものに手を出している。
 忘れてしまえ。全てを捨てて、家へ帰るんだ。」

……

「違う。」
シュウの声には、震えるほどの怒りが滲んでいた。

「――俺は“何が起きたか”を知っている。
 吐き気がするほどにな。
 あの研究所で、どれほど多くの命が犠牲になったか。
 権力者どもの気まぐれで、どれほど多くの人間が壊されたか。」

「それを知っていて、なぜまだここにいる?」
「……真実から逃げ続けることは、もうできない。」

その言葉に、カゲノンは思わず目を見張った。
少年の瞳に宿る“炎”――それは、もはやただの怒りではなかった。

シュウは微かに笑みを浮かべ、
どこか哀しげに、静かに呟く。

「――物心ついた時から、ずっと感じていた。
 俺の中に“何か”が眠っている。
 けれど、それが何なのか、俺にはわからなかった。」

「アテナに何度も尋ねた。けれど、答えはいつも“沈黙”だった。
 だから俺は逃げた。
 “それ”を自分とは別の存在だと切り離し、
 ――見ないふりをしてきた。」

……

「だが、俺が立ち止まるたびに……“あいつ”は現れるんだ。」

その瞬間、シュウの脳裏に――
金色の花弁のような記憶が、静かに舞い落ちた。

一年前――それは、まるで明晰夢のように曖昧な記憶だった。

あの時、シュウを包み込んだ感覚を今でも忘れられない。

コロシアムを揺らす歓声。
押し寄せる熱気と緊張。
息をするたび、胸の奥が軋むように痛んだ。

戦場へ上がる直前、
彼の隣には――勝利を信じて疑わぬエデンの姿があった。

だが、その横顔を見るたびに、
シュウの瞳の奥では“恐怖”が膨れ上がっていった。
戦う前から、心のどこかで自分が“敗者”だと悟っていた。

……

その瞬間――。

太陽にも似た、まばゆい光が全身を包み込む。

崩れ落ちた自分の前に、
金の瞳と自信に満ちた笑みを浮かべる“もう一人のシュウ”が立っていた。

彼はゆっくりと手を差し伸べる。
――まるで、舵を“託す”かのように。

現実世界からその光景を見ていたエデンは、
不意に背筋を走る冷たい悪寒を感じた。

視線を横に向けた瞬間――
そこにいた“穏やかな少年”は、もはや別人だった。

穏やかな笑みは傲慢な嘲笑へと変わり、
その瞳はどんな刃よりも鋭く、
放たれるオーラは山をも呑み込むほど巨大だった。

……

その記憶は、砂浜に残る波の跡のように
静かに消えていった。

シュウは拳を握りしめ、
掌の中でその記憶を封じ込めるように目を閉じた。

――――

無限に広がる世界をその掌に見つめながら、
シュウは小さく呟いた。

「……あの戦いについて、俺は何も知らない。
 ただ、人づてに聞いた“結果”だけだ。」

「夜ごとに考えるんだ。
 俺は本当に今の場所に立つ資格があるのか。
 それとも――あの中に眠る“誰か”の力に過ぎないのか。」

……

「もう、自分から逃げたくない。」
シュウは微笑んだ。小さく、けれど確かな決意の笑みだった。

「友たちに追いつくために、
 あの底知れぬ闇へ――自分の足で踏み出したい。」

「どうか教えてください、カゲノン博士。
 俺は……本当は“何者”なんですか?」

その言葉を聞いた瞬間、
カゲノンの顔に不快な影が走った。

(……やめろ。その目で、俺を見るな。)

希望に満ちた、まっすぐな瞳。
それが――カゲノンの理性を少しずつ壊していく。

(血の匂いが、まだこの手に染みついている……
 あの夜の叫びが、今でも耳を離れない……)

カゲノンの瞳孔が開き、震える。
蘇る――あの“地獄”の記憶。

鉄と血の臭いに満ちた実験室。
黒い液体が壁を伝い、
火花を散らすケーブルが闇を裂く。

閃光の中で、彼の心に浮かぶただ一つの問い。

――「俺は……赦されるのか?」
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