事故を起こさせない探偵 ―元刑事・天川の未来視事件録

立花 猛

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第六章

第一部 監視される者たち 

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最初に異変を感じたのは、
 署に入った瞬間だった。

 天川黎人は、足を止めた。

 空気が、違う。

 忙しさではない。
 慌ただしさでもない。

 見られている。

 それも、
 あからさまではなく、
 「確認されている」という感覚。



 デスクに着くと、机の上が整えられていた。

 昨日まで、無造作に積まれていた書類がない。
 メモもない。

 「……?」

 斎藤健が、少し離れた席から声をかけてきた。

 「天川、
  昨日の報告書、もう一回出してくれ」

 「提出しましたよね」

 「ああ。
  でも、
  “無かったこと”になった」

 冗談めかした口調。
 だが、目は冗談を言っていなかった。



 後藤直次は、まだ来ていない。

 それ自体が、異例だった。

 定刻を十分過ぎても、姿を見せない。

 代わりに、
 天川の前に立ったのは、
 見覚えのない男だった。

 スーツ。
 年齢は四十代後半。

 「天川黎人巡査部長だな」

 肩書きだけで、
 階級を強調する言い方。

 「少し、話がある」



 会議室。

 窓は閉められ、
 ブラインドが下ろされている。

 男は、名乗らなかった。

 「最近、
  余計な動きをしていると聞いた」

 「業務の範囲内です」

 「それを決めるのは、君じゃない」

 机の上に、
 一枚の紙が置かれる。

 内部通達。

 そこには、
 港湾倉庫火災事故に関する一切の再調査禁止
 と記されていた。



 「忠告だ」

 男は、淡々と言った。

 「君は、
  優秀すぎる」

 褒め言葉ではない。

 「優秀な新人は、
  組織にとって扱いづらい」

 天川は、黙って紙を見る。

 能力のことは、
 まだ知られていない。

 だが、
 勘づかれている。



 会議室を出ると、
 後藤が廊下に立っていた。

 「……聞いたな」

 「はい」

 後藤は、疲れた顔をしていた。

 「始まった」

 それだけで、十分だった。



 その日から、
 天川は“外された”。

 現場に呼ばれない。
 重要な会議に出席できない。

 代わりに回されるのは、
 終わった事件の整理、
 意味のない照合作業。

 飼い殺し。

 それが、
 組織のやり方だった。



 だが、
 事件は待ってくれない。

 港湾地区で、
 再び火災が起きた。

 小規模。
 死者なし。

 だが、
 場所が、同じだった。



 天川は、
 後藤の視線を感じた。

 何も言わない。

 だが、
 止めてもいない。

 天川は、立ち上がった。

 もう一度、
 あの場所へ行く。

 今度は、
 完全に“非公式”で。



 その時、
 天川はまだ知らなかった。

 この一歩が、

 「監視される側」から
  「排除される側」へ変わる境界線
 であることを。
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