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第九章
第四部 引き継がれた仕組み
しおりを挟む事故は、夜に起きることが多い。
それは、偶然ではない。
人の判断が鈍り、
視界が狭まり、
責任の所在が曖昧になる時間帯。
誰かが死んでも、
「仕方がない」で処理しやすい。
都心から少し離れた場所に、
名前を出すほどの価値もないビルがある。
看板はない。
企業名も掲げていない。
受付を通れば、
そこにいるのはスーツ姿の男女。
表情は穏やかで、
声は低く、
言葉は慎重だ。
「今月の“処理率”は?」
会議室。
長いテーブル。
ガラス張りの壁。
「予定通りです」
「未遂は?」
「二件」
誰かが、軽く眉を動かす。
「多いな」
「……新しい変数が入りました」
スクリーンに、グラフが映る。
事故発生率。
未遂率。
社会反応指数。
そして、
“外乱要因”。
「探偵事務所?」
「はい。
個人単位で事故を妨害しています」
笑いが起きる。
「馬鹿な」
「個人に何ができる」
だが、空気は笑っていない。
「……止められた案件が、確実に存在する」
数字が、淡々と示す。
「対象は?」
「元警察官。
現在は探偵」
写真が一瞬だけ映る。
天川黎人。
「能力者か?」
「不明」
だが。
「“偶然”では説明できません」
沈黙。
「構造に穴が空くのは、
一番困る」
誰かが、低く言う。
「この仕組みは、
“再現性”が命だ」
事故は、
再現できなければ意味がない。
その頃、探偵事務所。
二階の部屋は、資料で埋まっていた。
壁一面に貼られた地図。
赤い印。
線。
「……繋がってる」
後藤理沙が、呟く。
「事故現場の位置、
全部“生活導線上”だ」
「偶然じゃない」
天音玲奈が、冷静に言う。
「対象が、
“その時間、その場所にいる確率”を
上げられてる」
天川は、黙って聞いていた。
能力が、静かに動いている。
見えるのは、
事故そのものではない。
事故に至るまでの“積み重ね”。
残業。
睡眠不足。
焦り。
判断ミス。
「人を殺してる感覚は、ない」
天川が、ぽつりと言う。
「多分……
あっちも」
「だから、厄介なのよ」
玲奈が答える。
「殺してる自覚がない連中は、
止まらない」
天川の脳裏に、ちよばあちゃんの言葉が蘇る。
――事故が起きてくれないと困る人間。
「引き継がれてる」
天川は、はっきり言った。
「やり方も、思想も」
警察から。
国家から。
民間へ。
正義は、
所有者を変えただけ。
一階。
ちよばあちゃんは、電話を置いた。
受話器は古い。
だが、回線は新しい。
「……ええ。
分かってるよ」
声は、低い。
「昔の話をするな、って?」
鼻で笑う。
「無理だね」
視線が、階段へ向く。
「あの子は、
もう踏み込んでる」
沈黙。
「止めるなら、
事故でしょ?」
電話の向こうで、
誰かが息を詰めた。
「やってみな」
ちよばあちゃんは、静かに言った。
「今度は、簡単じゃない」
受話器を置く。
その瞬間、
店の灯りが一瞬だけ、ちらついた。
天川は、その瞬間、立ち上がった。
「……来ます」
「何が?」
「事故じゃない」
胸の奥が、締め付けられる。
「事故になる前の段階」
視えた。
計画。
調整。
微修正。
そして、
“失敗を許容する”余白。
「次は、
未遂で終わらせる気がない」
玲奈が、即座に理解する。
「対象は?」
天川は、答えなかった。
答えられなかった。
視界の奥で、
複数の未来が重なっていたからだ。
だが、ひとつだけ確かなことがある。
敵は、
もう“仕組み”を隠す気がない。
引き継がれた正義は、
今も動いている。
静かに。
合理的に。
人を消すために。
そしてその歯車の中に、
天川黎人という異物が――
はっきりと、噛み込んでいた。
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