事故を起こさせない探偵 ―元刑事・天川の未来視事件録

立花 猛

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第九章

第五部 天川の限界

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 夜の街は、均一だ。

 同じ色の街灯。
 同じ速度で流れる車。
 同じような生活音。

 だが、天川黎人の視界には、
 均一ではない世界が広がっていた。

 交差点。

 横断歩道。

 信号が変わる、その瞬間。

 ――見える。

 一人の男が、足を踏み出す未来。
 別の未来では、立ち止まる。
 別の未来では、スマートフォンを見る。

 車が来る。
 止まる。
 止まらない。

 複数の未来が、
 同時に、重なっている。

「……くそ」

 天川は、額を押さえた。

 能力が強くなっている。
 だが、それは“楽”になることを意味しなかった。

 視野が広がるほど、
 判断が難しくなる。

 どれが起きる未来なのか。
 どれを止めればいいのか。

 全部、同じ確率に見える。

 ――これが、限界か。

 天川は、初めてそう思った。


 二階の探偵事務所。

 机の上には、複数の案件資料。

 事故未遂。
 事故未遂。
 事故未遂。

「共通点が、あるはず」

 後藤理沙が、声を荒げる。

「時間帯、場所、被害者の属性……
 全部、微妙に違う」

「違わせてるの」

 天音玲奈が言う。

「パターンを悟られないために」

 天川は、椅子に深く座り込んでいた。

 頭が、痛い。

 見えすぎる。

「……事故は」

 天川が、低く言う。

「一瞬で起きるんじゃない」

 二人が、視線を向ける。

「何日も前から、
 少しずつ“準備”されてる」

 それは、視えたからではない。

 感じたのだ。

「睡眠時間を削らせる。
 判断を遅らせる。
 選択肢を減らす」

 言葉が、繋がっていく。

「当日は、
 “起きやすい状態”にするだけ」

 玲奈が、息を呑む。

「……事故設計」

 天川は、首を横に振った。

「もっと、単純で残酷だ」

 そして、視えた。

 男が、運転席に座る未来。
 足が、ブレーキに触れている。
 だが、踏み込まれない。

 なぜ?

 迷い。

 迷わせるために、
 数日前、あることが起きていた。

「……整備不良?」

 理沙が言う。

 天川は、首を振る。

「違う。
 “正しい判断をした経験”を、
 奪ってる」

 二人が、黙る。

「小さな成功を、潰してる」

 事故にならなかったはずの場面。
 避けられたはずの危険。

 それらを、
 事前に奪う。

「人は、
 “一度も成功してない行動”を
 選びにくくなる」

 だから、
 ブレーキを踏まない。

 それが、事故設計。


 その瞬間だった。

 天川の視界が、
 一気に歪んだ。

 複数の未来が、
 重なりすぎて、崩れる。

「……っ!」

 膝をつく。

 呼吸が、乱れる。

 ――もう無理だ。
 これ以上は、見きれない。

 だが。

 その“限界”の先で、
 何かが、繋がった。

 分岐していた未来が、
 一本の線に、収束する。

 選択肢が、消えていく。

 残ったのは――

 起きる未来。

 そして。

 止めるための“一点”。

 天川は、息を呑んだ。

 視えている。

 事故の瞬間ではない。
 原因でもない。

 最初の、ほんの小さな歪み。

「……ここだ」

 立ち上がる。

「事故は、
 ここで始まってる」

 地図の一点を指す。

 何の変哲もない、
 コンビニの駐車場。

「この人、
 ここで“成功体験”を失ってる」

 玲奈が、即座に理解する。

「わざと?」

「誘導されてる」

 それが、
 敵側の設計だった。

 事故を起こすのではない。
 事故を避ける力を、先に奪う。

 天川は、理解した。

 これが、
 敵のやり方。

 そして。

 自分の能力は、
 “未来を見る力”ではなかった。

 未来を、一本に束ねる力だ。


 天川は、外に出た。

 夜風が、頬を打つ。

 視界は、静かだった。

 もう、分岐はない。

 見えるのは、
 一本の線。

 正しい線。

「……間に合う」

 呟く。

 限界だと思った場所の先に、
 新しい視野があった。

 敵は、合理的だ。
 冷静だ。
 効率的だ。

 だが。

 全てを計算しているからこそ、
 予測できない“人間の一歩”に弱い。

 天川黎人は、歩き出す。

 事故を止めるためではない。

 事故が生まれる前の世界を、壊すために。

 それが、
 限界の先で見えた答えだった。
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