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第十一章
第六部 均衡の崩れ方
しおりを挟むその夜、
“会議”と呼ぶには、あまりにも雑音が多かった。
場所は伏せられている。
映像はなく、音声のみ。
複数の回線が交差し、わずかな遅延が、緊張を露わにしていた。
これは、本来なら起きてはならない場だった。
均衡維持派――A派。
強硬派――B派。
本来、同じ円卓につくことはない。
「成功率が落ちている」
A派の代表格が、淡々と告げる。
「事故設計の精度ではない」
「外部要因だ」
「外部?」
B派の声には、露骨な苛立ちが滲んでいた。
「名前は、もう出ている」
「天川黎人」
一瞬、回線が静まる。
誰もが、その名前を知っている。
だが、正式に口にするのは初めてだった。
「排除すべき対象だ」
B派が続ける。
「象徴も含めて」
「大川千代子」
「あの老女が、歪みの中心だ」
「待て」
A派が、明確に制止する。
「今は事故が使えない」
「露見のリスクが高すぎる」
「だからこそだ」
B派は、譲らない。
「使えないなら、使えるようにすればいい」
「設計を荒くする」
「多少のノイズは、許容範囲だ」
それは、
組織の根幹を否定する発言だった。
事故とは、
“自然に見えなければならない”。
荒さは、即ち敗北を意味する。
「それは事故じゃない」
「ただの暴力だ」
A派の声が、低くなる。
「均衡を壊す気か?」
「均衡?」
B派が、嘲るように笑う。
「均衡なんてものは、結果だ」
「維持する価値があるのは、支配だけだろう」
この瞬間、
決定的な亀裂が生じた。
「……報告がある」
第三の声が、割って入る。
A派寄りの中間管理層。
彼は、本来この場に出るべきではなかった。
「内部ログに、不正アクセスの痕跡」
「外部への情報流出未遂が確認された」
回線がざわつく。
「誰だ」
「特定中だが……」
「“事故設計手順書”の一部が、抜かれかけている」
それは、致命的だった。
事故は、再現性が命だ。
手順が漏れれば、解析される。
B派が、即座に判断する。
「内部告発だ」
「処理しろ」
「待て」
A派が、声を荒げた。
「それをやれば、完全に統制が崩れる」
「今は――」
「今しかない」
B派は、遮った。
「事故計画を再始動する」
「対象は二つ」
「天川黎人」
「大川千代子」
「独断だぞ」
「承知の上だ」
その宣言は、
組織としての死刑宣告に等しかった。
統制とは、
命令系統ではない。
“事故を事故として成立させるための沈黙”だ。
それが破られた。
「……記録は残らない」
A派が、静かに言う。
「だが、痕跡は残る」
「天川は、それを見る」
B派は、答えなかった。
既に、引き返せない場所に立っている。
事故を使う者は、
いつか事故に呑まれる。
一方、その頃。
天川は、事務所の窓から外を見ていた。
夜道。
人通りは少ない。
だが――
未来は、見えなかった。
車も、転落も、破壊も。
どこにも、明確な“事故の像”は浮かばない。
それなのに。
胸の奥に、一本の線だけが残っている。
人の配置。
時間の重なり。
誰が、どこで、何を選ばされるか。
「……見えてないわけじゃない」
天川は、独り言のように呟く。
「もう、事故を見てないだけだ」
守るべき点と、
動かしてはいけない線。
それだけが、
異様なほど鮮明だった。
天川は、ゆっくりと目を閉じる。
事故は、見えない。
だが――
事故を起こさせない道筋だけが、はっきり見えている。
均衡は、崩れ始めた。
そして次章、
その崩れは、
誰かの選択として、表に出る。
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