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二人の出会い

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やっと仕事が終わり、帰路についていた。父の会社に入社させてもらったはいいが、会社の社長である父に近づくことは中々に大変だ。それでも仕事にやりがいを持っていて、いつかは俺が会社を引き継ぐことも決まっていた。充実した人生を送っているとは思うけれど、そろそろパートナーを見つけてもいい頃合かなと思っていたけれど・・・

「・・・・?」

ふと、甘い匂いがした。嗅いだことの無い、甘い匂い。砂糖とも花の蜜とも違う、本能を擽られるような香りだ。本の中や、友人からの言い伝いでしか聞いた事のない、フェロモンのような・・・・

「(まさか、フェロモンか!?)」

深夜とも言えるこんな夜更けに、人の多い繁華街なんかでフェロモンなんて出してしまえば間違いなく襲われるだろう。フェロモンレイプなんて言葉もあるくらいだ。フェロモンを嗅いでしまったら、フェロモンの効く相手が我慢なんてそうできるわけもない。
周りを見ると、皆がみんな、ソワソワと匂いの元を探しているようだった。
これは、おかしい。
確かにフェロモンは、雄の本能を擽られるものではある。ただそれは相性がいい相手だけだ。普通、フェロモンは全員に効くものでは無いのだ。なのに、これだけの人がフェロモンの匂いに気づいているとなると・・・よっぽどのモテフェロモンなのだろう。
小さな人混みを見つけ、そこに駆け寄った。

「!!!   君、大丈夫か?」

人混みの中心にいたのは、小柄な黒猫だった。完全にアスファルトに倒れ込み、小さく丸まってしまっている。

「ぅん・・・?」

意識はあるのか、小さく目を開いた。人混みの中の、薄暗い影のできた場所でもはっきりと分かる、金色の綺麗な瞳だった。

「君、一緒にホテルに行かない?休憩しようよ」

「おい!!」

下心丸出しの言葉を制する。体調が悪いことは見て取れるのに、直ぐにホテルに連れ込もうとするやつは外道だ。

「私が面倒を見ます」

そう言うと、初めはフェロモンに当てられた周りも食い下がってきたが、上等なスーツを着た私が有無を言わせずに睨むと、おずおずと引き下がっていった。純血の猫はオーラがあると言うが、若しかするとそれも関係していたのかもしれない。

「行くよ?」

「ん・・・」

横抱きに抱えあげると、聞いているのか聞いていないのか分からない返事をした。酷く華奢で軽い体に、心配になる。このままでは、子供を産んでもらえないだろう。
そう、俺はこの子を離すつもりは無い。今まで俺は、誰のフェロモンにも反応できなかったんだ。こんないい匂いを嗅いだことがなかった。
この子がいいと言ってくれれば、結婚も・・・と考えて流石にそれは軽率すぎたかと反省する。取り敢えず、近くのビジネスホテルを借りて休ませようと思った。
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