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坂門

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悲しみの淵

まさかの再会

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 もう少しで前回の【精浄】ポイントか⋯⋯。
 
 気持ちの整理はつかないまま、無心で手を動かして行く。体の重さなど気にならないほど、心は重いままだった。
 一体私は何をしているのだろう?
 意味の無い自問に何度も首を横に振っていた。

 小さな龍ドレイクの南下を阻止すべく、【魔具マジックアイテム】を無心で地中へと差し込んで行く。【魔具マジックアイテム】を包む白精石アルバナオスラピスがうまく機能してくれれば、周辺の黒素アデルガイストは薄くなり、ドレイクの南下を防げる。
 ハルは手に握る短い棒を、サクリと半分ほど地中へ差し込んだ。
 深く差し込んでしまうと白精石アルバナオスラピスの効力が発揮せず、黒素アデルガイストを吸いつけないという事だ。
 こんな頼りない物に、すがらないとならないなんてね⋯⋯。
 地面から腰を上げると、地中から半分ほど突き出た【魔具マジックアイテム】を見下ろしていた。


「フェイン! どう?」
「前回のエンカウントした場所はもう少し北です。もう少し北上しましょうです」
「了解」

 少し離れた所で作業をしていたフェインに声を掛けると、腰を上げ地図に目を通していく。
 マッシュも腰を上げ、片手を上げて見せた。

「こっちは完了した。そっちはどうだ?」
「こっちも完了。フェインは?」
「完了です。では、進みましょう」

 北へと歩を進める。
 何となくの違和感を覚え、辺りを見渡した。
 この間【精浄】したばかりだというのに、黒素アデルガイストが濃くない?
 視界を妨げる黒い霞。漂う黒い霧に、ハルは少しばかり胸騒ぎを覚える。
 枯れかけている木々が不穏の空気を纏い、躊躇を見せる自身の脚に呆れてしまう。
 気分が優れないのは、ネインの事ばかりでは無いのか?
 そして、もうひとつの違和感。
 この辺りに【魔具マジックアイテム】を差したはずだけど⋯⋯。
 ハルは足元をまさぐり、前回の痕跡を求めた。枯草に覆われている地面を、足先で掻き分けて行く。足先に何かが当たり、探していた物だと視線を落とす。
 
 これって!?
 確かに【魔具マジックアイテム】はあった。
 だが⋯⋯。

「マッシュ!! フェイン!!」
「何だ?」
『『『グギャアアアアアアアアアア』』』

 刹那、聞き覚えのある忌むべき咆哮。
 チッ! 
 ハルは盛大に舌打ちをして顔を歪めた。
 背後に迫る強烈な圧に、背筋が凍る。襲い掛かる恐怖。脳裏に過る惨劇⋯⋯。

「どうなってやがる?!」

 予想をしていなかったエンカウントに、マッシュからいつもの冷静さが消えて行く。
 焦りは伝播し、この望まぬ再会に頭も心もうまく回らない。

「マッシュ! 【魔具マジックアイテム】が、地中に押し込められていた!」
「は? アイツドレイクが、踏んだってのか??」
「ヤツらには無理でしょう! 訳が分からない」
「⋯⋯考えるのはあとだな」

 今は迫り来る脅威から、逃げるしかない。
 あれ??
 背後から感じていたドレイクの圧が突然消えた。
 ハルはゆっくり振り返ると、そこにいたはずの小さな龍の姿は無かった。
 逃げた?

「前ですー!!」
『『『⋯⋯グゥゥゥゥゥ』』』

 フェインの叫びに淡い期待は砕け散る。
 小さな羽が羽ばたきを止め、地面へと降り立った。背後から消えたドレイクが一瞬で目の前の退路を塞ぐ。小さな呻きは、人を出し抜いた歓喜にも聞こえた。
 あの短い羽で、なんであんなに俊敏なのよ。
 こちらの退路を塞ぐ動き、分かってやっているの?
 逃げる? 抗う? 逃げ道は? 三人で行けるの⋯⋯? どうする?
 一瞬の逡巡。
 見下ろす龍の瞳。血走る龍の瞳とハルの青い瞳が交わって行く。
 心の片隅に小さな怒りの火が灯る。その火は一瞬で業火となり、心の中で燃え滾っていった。

「スピラ!」
 
 駆け寄る白虎から、漆黒の小さな剛弓を取り出した。矢筒を腰に装備し、二本の矢を弓に掛ける。
 狙うは小さな羽。まずは上を封じる。
 放たれた瞬速の矢が、小さな羽を打ち抜いた。

『『『グギャアアアアアアアアアア』』』
「次!」

 ハルの矢が再び、小さな羽に狙いを定めていった。

◇◇◇◇

 久しぶりに見た街並みはとてもみすぼらしく、ここを離れてから然したる時間は経っていないのに、何だか別世界に感じます。
 何年もここに居たのに、何の印象も残ってはいません。ここに居た私の時間は、動いていなかったも同然だったのですね。
 朽ちかけの建物や、やる気を失ってしゃがみ込む人。
 濁った瞳が私達を一瞥しては、すぐに興味を失い、また視線を落として行きます。
 あれがちょっと前の私。いや、私は一瞥する事すら無かったっけ。
 あのキノとの出会いはまさに奇跡とも言える偶然。もしあの出会いが無かったら⋯⋯。
 いつまでも下を向いて生きていたのでしょうね。

 私はフィリシアの横を歩きながら、そんな事を考えていました。


「この辺りなはずなんだけど⋯⋯」

 フィリシアは、足を止め周辺を見渡します。街並みから活気は削げ落ち、淀んだ空気だけが漂っていました。
 カミオさんの話では、看板は出ていないとの事。薄汚れた建物群から、調教店テイムショップと呼べるものは皆無です。そもそも、店というものがここには見当たりませんでした。

「ここは?」

 ボロボロの比較的大きな平家の前で、フィリシアは立ち止まります。見た目より奥行はありそうですが、店というにはあまりにもみすぼらしく映りました。

「ええー? 店かな?」

 首を傾げる私の腕を取り、フィリシアは扉へ手を掛けます。

「ほら、見てよ。周りの建物と違って玄関が引き戸だよ。違っていてもいいじゃない。行こう、行こう」
「ちょ、ちょっと⋯⋯」

 躊躇を見せた所でお構いなしです。フィリシアは、勢い良く扉を開けてしまいました。

「ごめんくださーい!」

 中は殺風景で、埃っぽい棚と床に散乱しているごみが、とても調教店テイムショップとは思えないほど不衛生です。目の前に簡易的なカウンターだけが、何とか店と呼べる体裁を保っていました。

「なんだテメェ?」

 カウンターの奥からユラリと鋭い目つきの犬人シアンスロープが現れます。その雰囲気は私達が招かれざる客なのだとすぐに分かりました。
 ただ、奥の扉が開いた僅かな瞬間、動物モンスター達の鳴き声やざわつきが、私の耳に届いたのです。フィリシアにも間違いなく、届いているはず。

「ちょっと聞きたいんだけどさ、三日前に【ハルヲンテイム】の紹介状を持った女性がここに尋ねて来なかった?」
「ああ?! 【ハルヲンテイム】? 知らねえな。帰れ」
「本当の本当に?」
「しつけえな! 帰れ!」

 騒ぎを聞きつけ、裏からまたひとり鋭い目つきを向ける男。一見して、只者では無いと分かる狼人ウエアウルフが、身を隠しつつ、こちらを見つめていました。
 え?!
 奥の扉から覗くその姿に、私は目を剥き、急いでフィリシアの腕を引きます。

「フィ、フィリシア出よう! 早く! ほら!」
「ちょ、ちょっとエレナ。まだこっちの話が終わってないって」
「いいから早く!」

 私は体を目一杯使って、フィリシアを強引に店の外へと引きずり出しました。

「何するのよ、もう。何も聞けてないよ」

 私は黙ったまま、ふくれっ面で困惑するフィリシアの腕を引きます。そのまま店の脇へと引っ張って行きました。
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