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裏通りの薬剤師
上手く行ったら、また緊張の糸が張って行きます
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棚から必要な物を取り出し、薬を作っていきます。
小皿の中で粉々に砕いたロルーエの葉に、アロリ油を垂らし、ゆっくりと混ぜていきました。
ロルーエの葉は胃腸の動きを活発にして、アロリ油が腸管の滑りを良くします。
胴の短い狸猫の腸管は短く細い為、便秘を起こしてしまう仔は多いのです。たいがい半日くらいで、治ってしまうので治療までする仔は少ないです。
でも、たかが便秘と言って放っておくのは危険なのです。腸管が体内で破裂してしまい、場合に寄っては取り返しのつかない事態になってしまう事もあるので、舐めてかかるのは危険なのです。
アロリ油の薄い黄色にロルーエの葉の緑が混ざり合い、赤味を帯びて来たら準備完了です。小さな注射器に0.1単位吸引し、処置台の上に静かに置きました。
「さぁ、アグーおいで。今、治してあげるからね」
キャリングケースから、アグーを処置台の上へと移します。少しだけイヤがる素振りを見せましたが、台の上で力無くうずくまったまま、怪訝な瞳を私に向けていました。
「大丈夫。怖く無いよ」
脇の下で頭を抱え、お尻をまさぐります。心臓の音が早くなっているのが、抱える腕からも伝わって来ました。
左手でしっかりと、お尻の穴を確保して、いよいよ注入です。
『『ニ゛ャア゛――――!!』』
経験した事の無い感覚に、アグーは叫びを上げます。
ブスリと上手く注入出来ました。薬量も少なかったので、あっという間に完了です。
「大丈夫、大丈夫」
しばらくもしないうちに、グルルルルと腸が活発に動き始めました。抱き抱える手の先から伝わるその感触に、私は急いでお尻の穴を閉じます。薬剤がきちんと行き渡るまで、便意を無理矢理に我慢させるのです。
『ニャニャニャニャニャニャニャ!!』
「きゃあー! あ、暴れないでー! もう少しだから」
激しい便意にアグーはもがきにもがきます。私の腕から逃れようと必死に抗います。
体全体でアグーに覆いかぶさり、薬液が行き渡るまでの時間耐えなければなりません。
ジタバタと激しく暴れるアグーと必死に押さえ付ける私の我慢比べです。
「これ我慢したら! 楽になるから! あ、暴れないでー!」
『『ンニ゛ャア゛―――――――――――――――――』』
「ダメ! もう少し!」
腸のグルグルという感触が広範囲になって来ました。なんとか薬剤は行き渡ったようです。
「ふぅ~」
『『シャァァァァァァァー』』
「痛っ!」
大丈夫かなと手を放した瞬間、威嚇と共に鋭い爪が私の手の甲を捉えました。薄っすら血が滲む手の甲。
ま、これくらいは何て事無いですよ。
アグーは診察台の上でプルプルしながら、腸に詰まっていた便を一気に吐き出していきます。
これで良くなってくれればいいけど。
私はヒリヒリする手の甲をさすりながら、アグーを観察していました。
アグーは私をずっと威嚇しています。便意に負けて動けずにいますが、抑えつけたのがどうにも気に入らないのでしょう。
「仕方ないでしょう。スッキリして、元気になったのだから」
『シャァァァァァァァッツー』
触ろうとしただけでこれです。すっかり嫌われてしまいました。
悲しいけど、それだけ元気になったって事で、よしとしましょう。
「お、お待たせいたしました。薬が効いて、腸に溜まっていた便は出たと思います。今はすっかり元気なので、も、もう大丈夫だと思いますよ。念の為、クロラと言う整腸薬をお出しします。餌に混ぜてしばらく様子を見て、く、下さい」
「ありがとうございます! あのう、それで原因は、何でしょうか?」
「は、はい。便に毛が多く混じっていました。毛繕いの毛が原因で腸が詰まってしまったと思われます。ブラッシングはされていますが、ブラッシングの時に、薄めたアロリ油を霧吹きで吹いてからしてあげて下さい。ブラシに毛がまとわりつき易くなって、口から入った毛は滑りやすくなるので、詰まり辛くなると、お、思いますので⋯⋯」
「分かりました! おい、聞いたか。アロリ油だってさ」
「ま、また何かありましたら、お気軽においで下さい」
「ありがとうございました! ほら、みんな行くぞ」
お父さんの元気の良過ぎるお辞儀にまたビクっとしてしまいましたが、みんな笑顔になってくれて私も嬉しいです。
扉を出る直前にまたこちらを振り返り、夫婦揃ってお辞儀をしてくれます。小さな女の子が去り際に手を振ってくれたので、私も遠慮ぎみに手を振り返しました。
「ふぅ~」
「エレナ先生! ご苦労様です。ウシシシシ⋯⋯」
「フィリシア!」
後ろからのからかう声に、睨み返します。と言っても、上手く行ったので、本気ではないですよ。
「お疲れ様。すっかりひとりで出来る様になったね」
「まだまだだよ。ひとりでの判断はまだ怖いし、それこそイレギュラーには対応出来ないもの」
「いや、それでもよ。失敗してピーピー泣いていたのが、遥か昔の事だわぁ~」
「フィリシア!」
「ほら、ふたり。遊んでないで仕事しなさい。もう少しで終わりだよ」
「「はい」」
後ろからのハルさんの声に、ふたり揃って背筋を伸ばします。
閉店の近づく店内は、落ち着き払い、閉店までのあとわずかな時間を静かに過ごすだけ⋯⋯なはずでした。
「ハル!!」
乱暴に開かれた扉に、静かな時間が吹き飛びます。
飛び込んで来たのは、ボサボサ頭を中折れ帽で押さえ込んでいるブリーダーのクスさん。
ただ、いつもの飄々とした雰囲気はなく、焦りの色濃い真剣な眼差しで受付に飛び込んで来ました。
「子宮脱だ! すぐ来てくれ」
クスさんの焦燥を煽るそのひと言。受付の雰囲気は一変し、緊張の糸がピンと張ったのが分かりました。
「アウロ! ラーサ! 準備をお願い! モモ! エレナ! 行くよ!」
「は、はい!」
何が起こっているのか全く分かりませんが、緊急事態な事だけは理解出来ます。私はモモさんの後ろについて、急いで準備を始めました。
小皿の中で粉々に砕いたロルーエの葉に、アロリ油を垂らし、ゆっくりと混ぜていきました。
ロルーエの葉は胃腸の動きを活発にして、アロリ油が腸管の滑りを良くします。
胴の短い狸猫の腸管は短く細い為、便秘を起こしてしまう仔は多いのです。たいがい半日くらいで、治ってしまうので治療までする仔は少ないです。
でも、たかが便秘と言って放っておくのは危険なのです。腸管が体内で破裂してしまい、場合に寄っては取り返しのつかない事態になってしまう事もあるので、舐めてかかるのは危険なのです。
アロリ油の薄い黄色にロルーエの葉の緑が混ざり合い、赤味を帯びて来たら準備完了です。小さな注射器に0.1単位吸引し、処置台の上に静かに置きました。
「さぁ、アグーおいで。今、治してあげるからね」
キャリングケースから、アグーを処置台の上へと移します。少しだけイヤがる素振りを見せましたが、台の上で力無くうずくまったまま、怪訝な瞳を私に向けていました。
「大丈夫。怖く無いよ」
脇の下で頭を抱え、お尻をまさぐります。心臓の音が早くなっているのが、抱える腕からも伝わって来ました。
左手でしっかりと、お尻の穴を確保して、いよいよ注入です。
『『ニ゛ャア゛――――!!』』
経験した事の無い感覚に、アグーは叫びを上げます。
ブスリと上手く注入出来ました。薬量も少なかったので、あっという間に完了です。
「大丈夫、大丈夫」
しばらくもしないうちに、グルルルルと腸が活発に動き始めました。抱き抱える手の先から伝わるその感触に、私は急いでお尻の穴を閉じます。薬剤がきちんと行き渡るまで、便意を無理矢理に我慢させるのです。
『ニャニャニャニャニャニャニャ!!』
「きゃあー! あ、暴れないでー! もう少しだから」
激しい便意にアグーはもがきにもがきます。私の腕から逃れようと必死に抗います。
体全体でアグーに覆いかぶさり、薬液が行き渡るまでの時間耐えなければなりません。
ジタバタと激しく暴れるアグーと必死に押さえ付ける私の我慢比べです。
「これ我慢したら! 楽になるから! あ、暴れないでー!」
『『ンニ゛ャア゛―――――――――――――――――』』
「ダメ! もう少し!」
腸のグルグルという感触が広範囲になって来ました。なんとか薬剤は行き渡ったようです。
「ふぅ~」
『『シャァァァァァァァー』』
「痛っ!」
大丈夫かなと手を放した瞬間、威嚇と共に鋭い爪が私の手の甲を捉えました。薄っすら血が滲む手の甲。
ま、これくらいは何て事無いですよ。
アグーは診察台の上でプルプルしながら、腸に詰まっていた便を一気に吐き出していきます。
これで良くなってくれればいいけど。
私はヒリヒリする手の甲をさすりながら、アグーを観察していました。
アグーは私をずっと威嚇しています。便意に負けて動けずにいますが、抑えつけたのがどうにも気に入らないのでしょう。
「仕方ないでしょう。スッキリして、元気になったのだから」
『シャァァァァァァァッツー』
触ろうとしただけでこれです。すっかり嫌われてしまいました。
悲しいけど、それだけ元気になったって事で、よしとしましょう。
「お、お待たせいたしました。薬が効いて、腸に溜まっていた便は出たと思います。今はすっかり元気なので、も、もう大丈夫だと思いますよ。念の為、クロラと言う整腸薬をお出しします。餌に混ぜてしばらく様子を見て、く、下さい」
「ありがとうございます! あのう、それで原因は、何でしょうか?」
「は、はい。便に毛が多く混じっていました。毛繕いの毛が原因で腸が詰まってしまったと思われます。ブラッシングはされていますが、ブラッシングの時に、薄めたアロリ油を霧吹きで吹いてからしてあげて下さい。ブラシに毛がまとわりつき易くなって、口から入った毛は滑りやすくなるので、詰まり辛くなると、お、思いますので⋯⋯」
「分かりました! おい、聞いたか。アロリ油だってさ」
「ま、また何かありましたら、お気軽においで下さい」
「ありがとうございました! ほら、みんな行くぞ」
お父さんの元気の良過ぎるお辞儀にまたビクっとしてしまいましたが、みんな笑顔になってくれて私も嬉しいです。
扉を出る直前にまたこちらを振り返り、夫婦揃ってお辞儀をしてくれます。小さな女の子が去り際に手を振ってくれたので、私も遠慮ぎみに手を振り返しました。
「ふぅ~」
「エレナ先生! ご苦労様です。ウシシシシ⋯⋯」
「フィリシア!」
後ろからのからかう声に、睨み返します。と言っても、上手く行ったので、本気ではないですよ。
「お疲れ様。すっかりひとりで出来る様になったね」
「まだまだだよ。ひとりでの判断はまだ怖いし、それこそイレギュラーには対応出来ないもの」
「いや、それでもよ。失敗してピーピー泣いていたのが、遥か昔の事だわぁ~」
「フィリシア!」
「ほら、ふたり。遊んでないで仕事しなさい。もう少しで終わりだよ」
「「はい」」
後ろからのハルさんの声に、ふたり揃って背筋を伸ばします。
閉店の近づく店内は、落ち着き払い、閉店までのあとわずかな時間を静かに過ごすだけ⋯⋯なはずでした。
「ハル!!」
乱暴に開かれた扉に、静かな時間が吹き飛びます。
飛び込んで来たのは、ボサボサ頭を中折れ帽で押さえ込んでいるブリーダーのクスさん。
ただ、いつもの飄々とした雰囲気はなく、焦りの色濃い真剣な眼差しで受付に飛び込んで来ました。
「子宮脱だ! すぐ来てくれ」
クスさんの焦燥を煽るそのひと言。受付の雰囲気は一変し、緊張の糸がピンと張ったのが分かりました。
「アウロ! ラーサ! 準備をお願い! モモ! エレナ! 行くよ!」
「は、はい!」
何が起こっているのか全く分かりませんが、緊急事態な事だけは理解出来ます。私はモモさんの後ろについて、急いで準備を始めました。
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