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坂門

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ラーサ・ティアンの選択

エレナ・イルヴァンの憂鬱⋯⋯ってほどじゃないですが

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「5万ミルドって、言いたいところだが、【ハルヲンテイム】には世話になったからな、思い切って4万5千ミルドでどうだ? 人慣れしているいい仔を、いきなり5千値引いたんだ、決めちまえよ。これ以上はビタいち、まからんからな」
「はぁ⋯⋯でも、まだあの仔にするって決めてはいな⋯⋯」
「いやぁ~あんな性格のいい仔は早々出んぞ。見てみろよ、ずっとルクドの後ろを追っかけて、可愛いだろう?」
「いや、まぁ、はい。可愛いです。でも、他に候補⋯⋯」
「それで、出自があれだ。体もそこまで大きくならんさ。貸出レンタルって考えるとサイズが微妙だが、ペットとしてなら最適だ。そうは思わんか?」
「え? あ、はい。それで、あのう、他にいい仔が⋯⋯」
「だったらもう決まりだよな。エレナの上げた条件に全て当てはまる。しかも、今回、超お買い得だぜ。買わない理由は無いじゃん」
「え? いや、だから⋯⋯」
「ちょっと待ってな。今、譲渡票、作るから⋯⋯この辺に⋯⋯あったあった。じゃあ、エレナ、ここにサインをちょちょっとしてくれ。うん? どうした? ほらほら、躊躇している間に売れたらどうする? ここまでいい仔にまた巡り合えると思うのか?」
「あ⋯⋯はい⋯⋯ここですか?」
「そうそう」

 取り付く島も無いとはまさしくこの事でしょうか。
 でも、これでいいのかな? 灰熊オウルベアーの相場っていくらでしたっけ? あ、でも5千ミルドも引いて貰ったから、安い? うん? あれ?


「毎度! また、よろしくな!」
「⋯⋯はい。ありがとうございました⋯⋯」

 私の腕には灰熊オウルベアーの仔が、大人しく抱かれています。ルクドさんをじっと見つめていて、何だかちょっと可哀そうだけど、時間が経てば経つほど別れは辛くなってしまいます。そう考えると、早いうちに新しい家族が出来た方が、この仔にとっても幸せでしょう⋯⋯って、クスさんの手の平で踊らされていません? いいのかな? でも、確かに人慣れして大人しい仔なのは間違いありません。
 う~ん、でも、何だろう? このスッキリしない感じ。
 何か悶々としたまま、とりあえず帰路につきます。

◇◇◇◇

「あれ? この仔、この間の仔じゃないの? どうしたの?」
「モモさ~ん、どうしましょう? クスさんの所に、相談に行って帰って来たらこうなっていました」
「どういう事??」

 首を傾げるモモさんに、事の経緯をお話しすると困った顔でまなじりを掻いていました。

「ダメでしたか? どうしましょう??? もの凄く安いって言われたのですが⋯⋯」
「いくら?」
「4万5千ミルドです」
「あらぁまあ、クスにしてやられたわね」
「え?! 高いですか? サインしちゃダメでしたか??」
「そうね⋯⋯微妙? って、感じかしら。もの凄く安いって事は無いわね」
「騙されました?!」
「そうとも言えないわ。大体定価相場は5万前後。そこから交渉して、4万8千~4万5千ミルドの間で決まる事が多いわね。まぁ、安いは安いので、勉強代も兼ねていると考えれば、お買い得だったんじゃない」
「ちなみにモモさんとか、ハルさんだったらいくらくらいでした?」
「私も交渉はあまり得意じゃないので、あまり変わんないかなぁ⋯⋯う~ん、この間の騒ぎも考えて、4万2、3千ってとこかなぁ。ハルさんだったら、クスさんの話なんて聞かずに、4万⋯⋯いや、もしかしたら4万切って、3万9千ミルドとかで決めてくるかも」

 モモさん、顎に指を当てて微笑んで見せました。やっぱり、もっと毅然とした態度が必要でしたか。

「はぁ⋯⋯してやられた感じがします」
「ハハ。落ち込まない、落ち込まない。話を聞く限り、エレナの探していた条件にはぴったりじゃない」
「それはそうなのですけど」
「きっとネレーニャ家も、喜んでくれるわよ」
「はい、ありがとうございます。そう言えば、ラーサさんを見かけないですが、お休みですか?」
「その逆。調剤室にこもって、ずっと研究しているわ」
「ずっとですか?」
「この間、ヤクロウさんが来たでしょう、何かいろいろと目から鱗が落ちる事ばかりで悔しかったみたい。元々研究者体質だからね、火が点いちゃったみたいよ」
「ラーサさんはこちらに来る前は、ずっと研究をしていたのですか?」
「あれ? ラーサから聞いていない?」
「はい。そんな話にならないというのもありますが」
「へぇ~。聞きたい?」
「え?! 聞きたいです!」
「フフフ⋯⋯」

 モモさんがちょっとばかり意地の悪い微笑みと共に、ラーサさんのお話を紡いでくれました。

◇◇◇◇

 口元に手を当て、落ち込む姿を見せる小柄な猫人キャットピープルの少女。

「はぁ⋯⋯」

 小さな溜め息が、誰もいない学校の廊下に響き渡った。医療、治療ヒール系、最高峰の医療学校【ミドラスメディコスクオーラ】。難関を突破したひと握りの生徒達が、そこで日々切磋琢磨していた。
 少女の右手に握り潰されている【不合格ファイルド】の文字。
 
 これを握り潰すの何度目だっけ?

「ラーサ・ティアン!」

 無言のまま振り返ると、同じ猫人キャットピープルの教師、ボグネールが立っていた。ラーサを気に掛けるこの壮年の男もまた、ラーサの姿に溜め息をついて見せた。

「いい加減に諦めたらどうだ? お前の成績なら、他でも十分にやっていける。外科でも、内科でも、薬剤でも、どの道を選んでもお前ならきっと大成するに違いない。なのに何故、もっとも特性の無い治療師ヒーラーにこだわるのだ」
「うるさいな、いいだろう。もう少しなんだよ、あと一回ヒールを使えれば、合格出来るんだ」
「悪い事は言わん。獣人に治療師ヒーラーは無理だ。別の道を模索しろ。オレも一緒に考えるから。な、そうしよう」
「ほっといてくれ」

 少女は吐き捨てるように言い残し、ボグネールに背を向けた。

◇◇

「ラーサさんは、治療師ヒーラーを、目指していたのですか?」
「そうよ。獣人でヒールを使えるのは珍しいからね。でも、治療師ヒーラーとしての条件、ヒールを三回連続で落とすというのが、どうしても出来なかった。二回落とすだけでも、獣人って考えると凄いのだけど、ラーサのプライドはそれを許さなかったのよ」
「ですか⋯⋯」

 確かにラーサさんのヒールは二回までと、いつもおしゃっていました。でも、そのヒールで助かった仔達をこの短期間で何度も見ています。それだけでも十分に凄い事だと思うのですが、ラーサさんはそうは思えなかった。優秀だからこその悩みなのでしょうか。何も無い私には、ラーサさんをはじめ、みんな眩しいばかりですけどね。

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