鍛冶師と調教師ときどき勇者と

坂門

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鍛冶師と治療師ときどき

狼たちときどき鍛冶師

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 首にぶら下げているゴーグルを装着する。
 炉の炎がゴーグルに反射して熱を遮った。
 アックスピークと一体化?
 体をアックスピークに括り付けるわけにもいかないし、あのスピードで振り回されても振り落とされず、しかも利便性と安全を鑑みれば、すぐに解除も出来なくてはならない。
 ⋯⋯どうしよう。
 鞍を手に取り眺めた。
 あぶみに足を掛け、騎座に座る。馬となんら変わらない。
 騎座にベルトをつけて固定? 騎座の後ろ後橋こうきょうの部分を長くして、背もたれを作るとか。
 ベルトもつけやすくて固定出来るか。
 あ、でも前から攻撃受けたら体を反って避けることが出来ない。
 全てをかがんで避ければいいってものでもないし。
 ⋯⋯却下か。
 となると、あと接しているのは脚か⋯⋯あぶみ⋯⋯⋯⋯。
 あ! 鐙に足の甲を固定出来たらどうだ?
 鐙に固定なら上半身は自由に動かせる。
 騎座の前、前橋ぜんきょうに押し引き出来るボタンを取り付けて、そこから鉄線を伸ばしたらどうだ。
 ボタンを引いたら足が固定され、押すと一気に緩めることが出来ればすぐに解除が出来る。
 うん、この方向性で行けそうじゃないか。
 まずはボタンを作ってみよう。
 引いたら止まり、押したらリリースする。
 留め具にかぎを付けて、引いた時に引っかかるように細工すればいいのか。
 いつもとは違う小さめの鎚を握り、小さな鉄片を叩き始めた。




 さして大きくもない【吹き溜まり】でオット達の痕跡を探し、追う。
 痕跡は至る所に残存し、紆余曲折した跡が見て取れた。
 オット達が作った道をひたすらに探す。地面には踏みしめられ、折り曲がった草葉が行くべき道を教えてくれる。
 倒れている人間にはまだ出くわしていない、そもそもエンカウントがない。
 不気味な静けさがパーティーを包み込んでいく。
 どっちだ?
 ヤバイ大型種が蹂躙、オット達が蹂躙。
 前者と後者では雲泥の差だ。
 四人という【吹き溜まり】に潜るには心許ない人数にキシャ達は緊張の度合いを高めている。
 鋭い視線を常に左右に散らし、小さな痕跡も見落とさない。
 
「おい、キシャ。あれは?」

 いかついヒューマンの男が小さな洞口を顎で指した。
 洞口の入口を前にするとキシャがしゃがみ込み、入口とその近辺を念入りに観察する。

「ここもハズレだ。岩壁に沿ってあっちに足跡が続いている。中見て何もねえから次に行ったんだ。行くぞ」

 またハズレだ。
 ダミーなのか天然で作られたものなのか調べている時間はない。
 ここは洞口が多過ぎる。アッシモはこれも計算に入れていたのか?
 ただ逆にこの多さが怪しい。
 どこかに当たりが隠れていると言っている。
 早くオット達を見つけなければ。
 鬱蒼とした森を見つめ、心のざわつきが止まらないでいた。




「ケルトはどこまで話した?」

 中央セントラルの一角にある拘置所。
 マッシュは鉄の扉についている小さな小窓から中の様子を伺っていた。
 両目が潰れているケルトと中央セントラルの審問官がテーブルを挟んで向かい合い、身振り手振りをしながら話をしていた。
 そこに剣呑な雰囲気はなくどこか淡々と話しているように映り、意外な印象を受ける。

「よくしゃべるヤツね」

 タントが顎を外に向けるとマッシュはそれに従い、ふたりは拘置所をあとにする。
 日の良く当たる中庭に出ると、良く手入れされた芝生に腰を下ろし、足を投げ出した。
 遠目に見たら芝生で語らう恋人同士に見える。とても物騒な会話をしているようには見えないほど穏やかな場所。

「んあー、拘置所ってジメジメしていて好きになれないわぁ」

 タントが大きな伸びをしながら言い放つ。
 マッシュは黙って目の前に広がる大きな広場に集う人達をぼんやりと眺めていた。

「で、どうなんだ?」
「【アウルカウケウスレギオ(金の靴)】は学者さんらしくいろいろ研究をされていたそうだ。脳みそをイカレさす実も、勿論あいつらが作り出した。ただ途中で資金が途絶えて研究が滞ってしまう、そこで資金作りの為に実をばら撒き始めた。思いの他作用が強く中毒者が増えてこいつは使えると更に研究を進める。研究が進むとより強い作用の実が作れ、しかもちょっとした狂戦士バーサク状態を作り出せる事がわかった」
「その実験をあの辺鄙な村でやっていやがったのか」

 タントは黙ってうなずいた。
 遠くから聞こえる子供のはしゃぐ声が耳朶を掠め、平和な日常を謳歌しているのが伝わる。

「しかし、命は勘弁してやるって言ったら、何もしなくてもベラベラ良くしゃべるのな、アイツ。ま、それはおいといて。資金繰りも実だけではどうにもならなくなって⋯⋯」
「そこでオーカに目をつけた」
「ビンゴ」

 タントがマッシュを指さした。 
 という事はやはりオーカの摂政はクック、そして途絶えた資金は事務次長として潜りこんでいた、【ヴィトーロインメディシナ】の横領金か。
 消えていた額を考えると、とんでもない額が【アウルカウケウスレギオ】に流れていたわけだ。
 それが無くなったとなれば、それは焦るよな。
 団長のあの動きが追い込む形になっていたと、ざまぁねえな、マッシュの口元が緩んだ。

「何が可笑しいんだ?」
「ウチの団長、やるなぁって」
「それなあ、認めたくはないんだよなぁ。たまたまだろ? とはいえ、たまたまでアイツらを追い込んでいるんだよなぁ」

 タントはむむっと腕を組み、眉間に皺を寄せた。
 たまたまもこれだけ続けば必然だ。大きなうねりを作り出しているのは間違いなくキルロ自身だ。
 本人の自覚が薄いのは否めないが、それはそれでいい。
 やりたいように思うようにやればいいってことだ。

「てことは⋯⋯、クックは【アウルカウケウスレギオ】の団員なのか?」
「いや、それが団員ではないらしい。その辺の関係性は良く分からないんだよ。脳みそ溶けてイっちまったヤルバも団員ではないらしい。ソシエタスの中で幹部並みの待遇を受けていたみたいだが、団員に名を連ねてはいないってことだ」
「裏の幹部って感じか?」
「どうかな? それとヤツらは伝承や伝説についての検証も研究していた」

 マッシュの顔が険しくなる。
 すぐに思い出したくもない、あの一件が胸の奥から湧き出してくる。

「なるほど。それで兎人ヒュームレピスを襲って技を盗んだのか」
「他にも研究中のものはあったけど、ケルトは興味がないから知らないって。嘘は言ってなさそう、本当に興味はないんだろうな」
「大方、実の作成法を独占するための口封じとか、くだらん理由で根絶やしにしようとしたんだ。胸くそ悪い」
 
 マッシュは吐き捨てるように言い放った。
 タントも呆れ顔で嘆息する。
 マッシュは苦い顔のまま続けた。

「んで、ヤツらは結局何がしたかったんだ?」
「研究」
「はぁ? それだけ? のためにこれだけのことしやがったのか?」

 タントは腕を組んだまま小首を傾げた、タント自身も聞いたままに答えただけで理解しているとは言い難い。
 もっとわかりやすい理由が転がっていれば納得もしやすいのだが、ケルトと話しをしてもそれ以外のものは見えてこなかった。

「思想的なものとかは無かったってことか?」
「少なくともケルトは無かった。ただのマッドな研究バカだ」

 何とも解せない。
 マッシュは険しい表情のまま舌を打つ。

「クックはしょっぴけないのか?」

 タントは首を横に振った。
 しょっぴけるなら早々に連行しているか。

「クックならしょっぴける。ただ今はオーカの摂政ロブだ。団員でもない、中央セントラルは政治には不介入。強引には行くと国のバランスが崩れる」
「ケルトが吐いたのに? それが証拠にならないのか?」
「ケルトが吐いたのはクックでロブじゃない、オーカとはロブが現れる以前から【アウルカウケウスレギオ】との繋がりはあった。だけど、ロブ=クックって話は聞いたことがないそうだ」
「クックを連行出来る証拠がないって事か」
「そういうこと、それに潜っているヤツからの報告でオーカはヒューマンの奴隷制を内々に廃止にするらしい。富裕層の反発は受けそうだが、中間層の支持は横ばい、そこにヒューマンという支持層が生まれて富裕層にも何か補填をする。そうすれば、富裕層の支持もそれなりに回復出来る。そうなったらオーカでのヤツの地位は盤石、早々に手はだせんわな」
「チッ! 面倒だな」
「まぁ、しばらくは大人しくしているはずだ。根気よく見続けてボロが出るのを待つか、別の方向からアプローチを掛けるか」
「別の方向ね⋯⋯⋯」

 方向を変えてみるのは定石だが、これといって思いつかない。
 いや、待て。
 【アウルカウケウスレギオ】が壊滅状態なのにオーカに残る意味ってなんだ?

「もうひとつ。最北の大型種の件。ケルトはそんな話は知らないって」

 マッシュがタントを見やる。
 あれは間違いなく人為的だった。
 ケルトが知らない? あんな大掛かりな事をアッシモが単独で出来るとは思えない。
 イヤな感じしかない。

「なぁ、あれは間違いなく人為的に起こされたものだ。こちらが影すら見えていない、何かがまだ裏にある可能性は?」
「往々にしてあるってことだ」

 広場に戯れている人々に目を向け、マッシュが大きく溜め息をついた。
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