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第一章 MA・DA・O ~マトモに生きないダメ男~
第3話 セーラー服≠結論。
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・・・・・・東京都、とある地区のとある街。とあるビジネスホテルのとある部屋。
まるでどこぞの禁書目録のような言い回しだが、こんな所なんて普通の一般ピーポーだってよく借りる。しかしそうはならないのがお約束というもので、この男もその例には漏れない。
そんなありふれた説明で事足りる状況の彼。さあ一体、誰が思うだろう? 彼が数千、数万の人間を意のままに動かし、その彼らから莫大な量の金を搾取しているなどと。
・・・・・・聞くだけ聞けば、必然的に詐欺師のような凶悪なイメージが誰の頭にも浮かぶだろう。
しかし実際そんなことはなく、彼の仕事はまったくブラックどころか灰色ですらない真っ当なものである。そして、彼は世間で言うところの仕事中毒者であった。
危ない石橋を叩いて渡る人々を見下ろしながら悠々とジェット機で超え、(この時点で石橋の意味がない)、培ってきたその観察眼で甘い汁を啜り尽くす。
彼の前には彼しか見えない道があり、それを通る彼に人々がついていくことによって“流行”が生まれる。これが楽しくない訳がない。彼にとっては仕事ですら、娯楽の一つであった。
辛いことも苦しいこともない、楽しく楽な人生。・・・・・・だがしかし、男は満たされなかった。これはあくまで“過程”であり、“手段”であり、彼の目的を、悲願を達するには至らないからだ。
感じるのは空虚さ。充実感はあり、達成感もある。しかしだからこそ届かない、至らないことを思い知らされる。いつまでたっても、どれだけ手を伸ばしても。そうして男は今日も無力感に溺れる・・・・・・。
・・・・・・ただ。そんな沈んだ日常を吹き飛ばすのも、軽々としたリズムの音楽だった。
“あ~いまぁ~い 3センチっ? そりゃぷにってことかい? ぽっ!?”
目覚めたばかりで寝ぼける思考で、ランダムに流れる着信音を止める。自分の服装が昨日ベッドに入ったままであることを確認するが、それでも気分的には着てもいないセーラー服を持って行かれていた。
「・・・・・・んんっ・・・・・・」
男は起き上がり、携帯を取る。こんな朝早くに、誰からだろうか?
『もしもし、こちら“門”の荷物預かり担当ですが、預かり期限が切れてます。明日までに取りにこられなかった場合・・・・・・』
「ざけんな」
ブツッ、ツー、ツー。
・・・・・・“わぁたしのニィーソックス 返えッ、してよねっ!” ピッ。
「・・・・・・だからざけんなッつってんだろうが、あァ? テメエは俺様の睡眠時間を削るほどに偉いのかよ! ただボーッと突っ立って人通すだけの顔グラも無いようなしがないワキ役風情が、こっちとそっちの橋渡しの中核をこの身一つに引き受ける俺よりもかぁ? 面白れえ冗談だなぁええオイ!!」
『・・・・・・ああ済まない、どうやら睡眠を邪魔してしまったようだな』
再度のコールに男はキレた。勢いに任せて怒鳴りつけて、・・・・・・しかし、返された声を聞いてさっと青ざめる。
『いや悪かった、ではまた後からかけ直すから、』
「すいませんすいませんすいませんッッッ!!! いやはや先生だとは思わなかったんです間違いなんです待ってください時間なら全然大丈夫ですから!!」
確認もせずに取り違えてしまった、最悪である。こんなことなら電話番号さっさと登録しときゃ良かったと激しく後悔し、ヘヴィーな恨みを先ほどかけてきた顔も知らない門兵Aに抱く。
人間としてはもうとうの昔に終わっている自分だが、この電話の相手にさえ敬意を払わなくなれば、“人間性”という名の最後の一線まで踏み外してしまうのだ。
・・・・・・衝動的に、感情的に“こっち”の世界に飛び込み、右も左も分からず困っていた自分を助けてくれた恩人。世話になった期間は短かったが、彼がいなければ自分はこうして生きてはいなかっただろうから。
『お、おお・・・・・・ ま、まあ誰にでも間違いはあるのだ、そう必死に謝らないでくれ。それに頼みごとがあってこうしてかけているのだ、今はわたしの方が立場は下だよ』
「は、はぁ・・・・・・」
自分の心からの謝罪は、どうやら重すぎて彼を軽く引かせてしまったようだ。電話越しから伝わるまごつく彼の口調につい合わせてしまい、自分の返す言葉もなんだか気の抜けたような生返事になってしまう。
しかしそんな様子を彼は訝しんでいると受け取ったのか、聞く者を安心させるような軽い口調で説明を加えた。
『なぁに、フーバルトくん、そんなに固くならないでくれ。そう無茶な案件ではないから』
実際に「頼みごと」と聞いて一抹の不安を覚えなくもなかったので、男・・・・・・フーバルトは疑問の声をとりあえず投げる。
「・・・・・・ええと、お疑いするようでなんですが、本当に大丈夫なんですか?」
『大丈夫だ、安心してくれたまえ』
こう言ってくれるとはいえ、何か重大な案件に変わりはないだろう。
彼は最初に“こっち”の世界に親しんだ“あっち”の人間である。技術と学問の道を切り開いた先駆けであり、いわば草分け的存在。彼の存在なくして、“あっち”の繁栄はあり得なかった、とまで言われる人物である。
しかしそんな彼はそれでも未だに学び足りないそうで、教卓から離れ、学術の喧伝を後継者に託すと引き籠もり、“あっち”の魔法と“こっち”の技術を掛け合わせる研究に勤しんでいる。よってよほどのことがない限り、彼が動くことはほぼないのだ。
(・・・・・・おいおいヲイヲイ、一体全体なんだってんだ?)
ピリピリと体に緊張が走る。久しぶりの感覚に柄にもなく深呼吸して、フーバルトは彼の言葉を待つ。声を整えたらしい電話越しの恩人は、ごほんと咳を払い───
『とある生徒をきみの所で、預かってほしい』
「・・・・・・はい?」
『ん?』
「あっ、・・・・・・いえ、なんでもありません」
拍子抜けして思わず聞き返してしまい、その気まずさにごほごほとフーバルトも咳払いでごまかす。てっきりコソコソやっていた「あんなこと」や「そんなこと」が“あっち”のお偉い方にバレて、罰とばかりにまた無茶なことを言われるのかと思っていたのだが・・・・・・
『今回の話は上からの指令ではなく、わたし個人からの依頼だよ。断るも断らないもきみの自由だ、好きにしていい』
付け加えられた言葉をを耳に流しながらも、フーバルトは考える。
・・・・・・というか待てよ、これは・・・・・・
チャンスじゃないのか、もしかしたら?
状況をよく整理し、フーバルトはニタリと口端を釣り上げる。
相手は実験の、研究の、追求の末に万の功績を上げ、“あっち”の国王に匹敵する権力を振るうことができる人物だ。彼自身はそれにあまりにも無頓着だが、ここで恩を売っておけば「悲願」の実現はより早まるのではないか?
『で、どうかね? 検討したいというのなら、まだ時間を・・・・・・』
「ええ、・・・・・・まあ、その程度なら構いませんが・・・・・・」
『おおそうか、引き受けてくれるか! いや助かったよ! なにせどこに頼んでも諸手を挙げて断られたのでね』
「・・・・・・ん?」
『それにしても長かった・・・・・・。あの惚け上手なエロジジイにさえ“あんなガキどもの面倒を見たら寿命が縮むわい! まだまだ少年少女たちの成長をこの目で見届けねばならぬというのに、きみはわしを殺す気か!?”と拒まれたので、どうしようかと悩んでいたのだよ。いやぁ、きみに相談してよかった!』
聞いてるだけで“少年”の所に括弧がついたのが分かった。そういえばあの爺さんに去年の分のオトナな写真集を渡すのを忘れていたなと思いながら、このまま通話を一方的に切られるというお約束の展開を防ぐべく、フーバルトは疑問にメスを入れようと・・・・・・
「あの、ちょっと確認したいんですけど。・・・・・・生徒って」
『ああ、生徒20人ほど、よろしくお願いするよ。・・・・・・そうだな、流石にただで頼むのは悪いな。きみが仕事をやりやすくなるように、わたしから上の者たちに口利きしておくよ。それでどうだろうか?』
・・・・・・したのだが、あまりにもあっさりと目当ての報酬が転がり込んできたことにより、フーバルトは反射的に食らいついてしまう。
「・・・・・・本当ですか? でしたら願っても無いことですが・・・・・・」
「では交渉成立だな、頼んだぞ。名簿はメールでそちらに飛ばしたから、確認してくれたまえ。ああ、ちなみに彼らはもう“門”の前に待たせているから、早めに迎えに来ないと・・・・・・」
「分かりました、すぐに対応します」
言い終わるのも待たず電源を切った携帯をベッドへ放り、フーバルトはすぐにパソコンを起動する。
やっとだ。やっと自分を縛り、苦しめていたあのクソ忌々しい“規制”が解けるのだ。嬉しくないわけがない。
いや偉い、今までよく頑張った、マジ最高だよ俺・・・・・・
自らを褒め称えながら、ベッドから降りたフーバルトはPCを開きメールボックスを見る。
・・・・・・そして、彼は自らの目を疑った。
「・・・・・・っておい待て、・・・・・・何だこのラインナップ・・・・・・」
名簿に連なる名前はどれも“あちら”の名門、名家、大諸侯の子供たち。しかも普通の貴族じゃない、一人残らず“特質《イレギュラー》”である。
「しかし、え、なんだよこれマジか? いま“あっち”を引っ張ってる上の奴らのガキがほぼ“忌み子”だと???」
口に出すと同時、額を伝う冷や汗。これだけのスキャンダル、知ってしまった以上は引き受けなければ消されてしまう。
(しかもなんだよ「ここ最近戦争がなく、武人としての心構えがなく弛んでいる。そちらで程よく暴れさせてやってくれ」って! おたくらの家庭の事情なんか知らねえし、ポケモンの育て屋みたいなノリで預けてくんなよ! そして何で俺の裏の顔知られてんの!? 大体平和なのはいいことだろうが、なんでドンパチ子供に求めてんだよ時代に適応しろよ!?)
「・・・・・・まあそれはいいとして、さすがになんだよこの注意書き。こいつらが話すだけで、んなふざけたことが起こるってのか? いやいやなんかの間違いだろ。……ほら見ろかかってきた。うんうん分かってるよ訂正のかけ直しだろ? そんなわけがないもんな?」ピッ
『もしもし、こちら預かり担当です。ただいまお時間、よろしいでしょうか?』
「・・・・・・はぁ、何だよてめえかよモブAくん・・・・・・、俺今疲れてんだが、一体何の用だよ? 預けた鏡なら、今日中に取りに来るからさぁ・・・・・・」
『いえ、それとは別件でですね。そちらに通すようにと言われている貴族の少年たちの中に、ひときわ強力な特質が二人おりまして・・・・・・、彼らが“門”を通れるようにする手続きが長引きそうで、数日ほどかかるようです』
「・・・・・・おい。まさかとは思うが、そいつらの名前は・・・・・・」
どうか違っていますように、と祈りながら、フーバルトはメールに書かれた“※まとめ役。彼らに任せておけば問題は無い”と二重丸で囲ってある二つの名前を読み上げる。
『ええ、確かにそうですが・・・・・・』
「・・・・・・ああ、わかった。少し時間をくれ、掛け直すから・・・・・・」
しかし神も仏も信じない彼の思いが、天に届くはずも無い。電話から聞こえる肯定の言葉に頭を抱え、フーバルトは机に頭を突っ伏した。
(えー、どうすんのよこれ。どうしろってのよこれ・・・・・・、最近ヤツらも大規模に動き出して、 白面だけじゃ人手が足りなくなってんのに・・・・・・、ん? 白面? 人手が足りない? 奴ら? )
その時、フーバルトに電流走るーーー!(アカギ1巻の矢木のノリ )
「・・・・・・待てよ、これって・・・・・・」
ゆっくりと息を吸いながら、 フーバルトは目を閉じて思考に没頭する。
使えそうなコマは四つ。世話することになったガキどもに、置きっぱなしの鏡。そしてサボり魔の白面、自分の能力・・・・・・
「・・・・・・いや、これもしかすると神降臨したかもだぞ?」
考えることおよそ10分。そう言うとフーバルトは微動だにしないまま“能力”を使った。
フォオオオオン、とpcが唸る中、ゆっくりとフーバルトは目を開ける。その口元に浮かぶのは笑み。彼は賭けに勝ったのだ。
「さあっ、てと・・・・・・」
今から大分、忙しくなる。まずは隔離するための教室の準備。だが何より先にするべきことは・・・・・・
ピッ「あーもしもし、門番くん?」
『どうしたんですか? 何があったかは知りませんが、先ほど打って変わって上機嫌ですね。 ・・・・・・それとわたしの名は確かにアンリ・ジョルジュですが、イニシャルはAではなくHです。綴りはですね、H、E、N、R、Y・・・・・・』
「あー分かった分かった。ところでアンリくんよ、そこにいるっつーガキに電話かけさせてくんねえかな? えー、無愛想な女子っつったらわかるだろ。んじゃあ今から・・・えー、5分? くらいたったら折り返し頼むわ。よろしくー」
『ちょっと待って下さ』ピッ。 ツー、ツー。
「・・・・・・チッ、少しはわきまえろっての。テメエの名前の綴りとか誰得だよモブが・・・・・・」
投げやりに応じたうえで、しれっと用事をぶん投げてから断られる前に通話を切るという高等技術を駆使し、 フーバルトは再度電話をかけた。
「あーもしもし? おれおれ。ちょっと頼みたいことがあるんだけどさぁ、うん・・・・・・」
親しげな声で話しながら、クローゼットに向かったフーバルトはおもむろに掛けてあったハンガーに手を伸ばし、待ち合わせにするつもりの場所へと足を運ぶ。
こうして、私立高校「箱庭」学園の理事長である彼は、十数年ぶりに自ら教師として教卓につくことになったのだった。
まるでどこぞの禁書目録のような言い回しだが、こんな所なんて普通の一般ピーポーだってよく借りる。しかしそうはならないのがお約束というもので、この男もその例には漏れない。
そんなありふれた説明で事足りる状況の彼。さあ一体、誰が思うだろう? 彼が数千、数万の人間を意のままに動かし、その彼らから莫大な量の金を搾取しているなどと。
・・・・・・聞くだけ聞けば、必然的に詐欺師のような凶悪なイメージが誰の頭にも浮かぶだろう。
しかし実際そんなことはなく、彼の仕事はまったくブラックどころか灰色ですらない真っ当なものである。そして、彼は世間で言うところの仕事中毒者であった。
危ない石橋を叩いて渡る人々を見下ろしながら悠々とジェット機で超え、(この時点で石橋の意味がない)、培ってきたその観察眼で甘い汁を啜り尽くす。
彼の前には彼しか見えない道があり、それを通る彼に人々がついていくことによって“流行”が生まれる。これが楽しくない訳がない。彼にとっては仕事ですら、娯楽の一つであった。
辛いことも苦しいこともない、楽しく楽な人生。・・・・・・だがしかし、男は満たされなかった。これはあくまで“過程”であり、“手段”であり、彼の目的を、悲願を達するには至らないからだ。
感じるのは空虚さ。充実感はあり、達成感もある。しかしだからこそ届かない、至らないことを思い知らされる。いつまでたっても、どれだけ手を伸ばしても。そうして男は今日も無力感に溺れる・・・・・・。
・・・・・・ただ。そんな沈んだ日常を吹き飛ばすのも、軽々としたリズムの音楽だった。
“あ~いまぁ~い 3センチっ? そりゃぷにってことかい? ぽっ!?”
目覚めたばかりで寝ぼける思考で、ランダムに流れる着信音を止める。自分の服装が昨日ベッドに入ったままであることを確認するが、それでも気分的には着てもいないセーラー服を持って行かれていた。
「・・・・・・んんっ・・・・・・」
男は起き上がり、携帯を取る。こんな朝早くに、誰からだろうか?
『もしもし、こちら“門”の荷物預かり担当ですが、預かり期限が切れてます。明日までに取りにこられなかった場合・・・・・・』
「ざけんな」
ブツッ、ツー、ツー。
・・・・・・“わぁたしのニィーソックス 返えッ、してよねっ!” ピッ。
「・・・・・・だからざけんなッつってんだろうが、あァ? テメエは俺様の睡眠時間を削るほどに偉いのかよ! ただボーッと突っ立って人通すだけの顔グラも無いようなしがないワキ役風情が、こっちとそっちの橋渡しの中核をこの身一つに引き受ける俺よりもかぁ? 面白れえ冗談だなぁええオイ!!」
『・・・・・・ああ済まない、どうやら睡眠を邪魔してしまったようだな』
再度のコールに男はキレた。勢いに任せて怒鳴りつけて、・・・・・・しかし、返された声を聞いてさっと青ざめる。
『いや悪かった、ではまた後からかけ直すから、』
「すいませんすいませんすいませんッッッ!!! いやはや先生だとは思わなかったんです間違いなんです待ってください時間なら全然大丈夫ですから!!」
確認もせずに取り違えてしまった、最悪である。こんなことなら電話番号さっさと登録しときゃ良かったと激しく後悔し、ヘヴィーな恨みを先ほどかけてきた顔も知らない門兵Aに抱く。
人間としてはもうとうの昔に終わっている自分だが、この電話の相手にさえ敬意を払わなくなれば、“人間性”という名の最後の一線まで踏み外してしまうのだ。
・・・・・・衝動的に、感情的に“こっち”の世界に飛び込み、右も左も分からず困っていた自分を助けてくれた恩人。世話になった期間は短かったが、彼がいなければ自分はこうして生きてはいなかっただろうから。
『お、おお・・・・・・ ま、まあ誰にでも間違いはあるのだ、そう必死に謝らないでくれ。それに頼みごとがあってこうしてかけているのだ、今はわたしの方が立場は下だよ』
「は、はぁ・・・・・・」
自分の心からの謝罪は、どうやら重すぎて彼を軽く引かせてしまったようだ。電話越しから伝わるまごつく彼の口調につい合わせてしまい、自分の返す言葉もなんだか気の抜けたような生返事になってしまう。
しかしそんな様子を彼は訝しんでいると受け取ったのか、聞く者を安心させるような軽い口調で説明を加えた。
『なぁに、フーバルトくん、そんなに固くならないでくれ。そう無茶な案件ではないから』
実際に「頼みごと」と聞いて一抹の不安を覚えなくもなかったので、男・・・・・・フーバルトは疑問の声をとりあえず投げる。
「・・・・・・ええと、お疑いするようでなんですが、本当に大丈夫なんですか?」
『大丈夫だ、安心してくれたまえ』
こう言ってくれるとはいえ、何か重大な案件に変わりはないだろう。
彼は最初に“こっち”の世界に親しんだ“あっち”の人間である。技術と学問の道を切り開いた先駆けであり、いわば草分け的存在。彼の存在なくして、“あっち”の繁栄はあり得なかった、とまで言われる人物である。
しかしそんな彼はそれでも未だに学び足りないそうで、教卓から離れ、学術の喧伝を後継者に託すと引き籠もり、“あっち”の魔法と“こっち”の技術を掛け合わせる研究に勤しんでいる。よってよほどのことがない限り、彼が動くことはほぼないのだ。
(・・・・・・おいおいヲイヲイ、一体全体なんだってんだ?)
ピリピリと体に緊張が走る。久しぶりの感覚に柄にもなく深呼吸して、フーバルトは彼の言葉を待つ。声を整えたらしい電話越しの恩人は、ごほんと咳を払い───
『とある生徒をきみの所で、預かってほしい』
「・・・・・・はい?」
『ん?』
「あっ、・・・・・・いえ、なんでもありません」
拍子抜けして思わず聞き返してしまい、その気まずさにごほごほとフーバルトも咳払いでごまかす。てっきりコソコソやっていた「あんなこと」や「そんなこと」が“あっち”のお偉い方にバレて、罰とばかりにまた無茶なことを言われるのかと思っていたのだが・・・・・・
『今回の話は上からの指令ではなく、わたし個人からの依頼だよ。断るも断らないもきみの自由だ、好きにしていい』
付け加えられた言葉をを耳に流しながらも、フーバルトは考える。
・・・・・・というか待てよ、これは・・・・・・
チャンスじゃないのか、もしかしたら?
状況をよく整理し、フーバルトはニタリと口端を釣り上げる。
相手は実験の、研究の、追求の末に万の功績を上げ、“あっち”の国王に匹敵する権力を振るうことができる人物だ。彼自身はそれにあまりにも無頓着だが、ここで恩を売っておけば「悲願」の実現はより早まるのではないか?
『で、どうかね? 検討したいというのなら、まだ時間を・・・・・・』
「ええ、・・・・・・まあ、その程度なら構いませんが・・・・・・」
『おおそうか、引き受けてくれるか! いや助かったよ! なにせどこに頼んでも諸手を挙げて断られたのでね』
「・・・・・・ん?」
『それにしても長かった・・・・・・。あの惚け上手なエロジジイにさえ“あんなガキどもの面倒を見たら寿命が縮むわい! まだまだ少年少女たちの成長をこの目で見届けねばならぬというのに、きみはわしを殺す気か!?”と拒まれたので、どうしようかと悩んでいたのだよ。いやぁ、きみに相談してよかった!』
聞いてるだけで“少年”の所に括弧がついたのが分かった。そういえばあの爺さんに去年の分のオトナな写真集を渡すのを忘れていたなと思いながら、このまま通話を一方的に切られるというお約束の展開を防ぐべく、フーバルトは疑問にメスを入れようと・・・・・・
「あの、ちょっと確認したいんですけど。・・・・・・生徒って」
『ああ、生徒20人ほど、よろしくお願いするよ。・・・・・・そうだな、流石にただで頼むのは悪いな。きみが仕事をやりやすくなるように、わたしから上の者たちに口利きしておくよ。それでどうだろうか?』
・・・・・・したのだが、あまりにもあっさりと目当ての報酬が転がり込んできたことにより、フーバルトは反射的に食らいついてしまう。
「・・・・・・本当ですか? でしたら願っても無いことですが・・・・・・」
「では交渉成立だな、頼んだぞ。名簿はメールでそちらに飛ばしたから、確認してくれたまえ。ああ、ちなみに彼らはもう“門”の前に待たせているから、早めに迎えに来ないと・・・・・・」
「分かりました、すぐに対応します」
言い終わるのも待たず電源を切った携帯をベッドへ放り、フーバルトはすぐにパソコンを起動する。
やっとだ。やっと自分を縛り、苦しめていたあのクソ忌々しい“規制”が解けるのだ。嬉しくないわけがない。
いや偉い、今までよく頑張った、マジ最高だよ俺・・・・・・
自らを褒め称えながら、ベッドから降りたフーバルトはPCを開きメールボックスを見る。
・・・・・・そして、彼は自らの目を疑った。
「・・・・・・っておい待て、・・・・・・何だこのラインナップ・・・・・・」
名簿に連なる名前はどれも“あちら”の名門、名家、大諸侯の子供たち。しかも普通の貴族じゃない、一人残らず“特質《イレギュラー》”である。
「しかし、え、なんだよこれマジか? いま“あっち”を引っ張ってる上の奴らのガキがほぼ“忌み子”だと???」
口に出すと同時、額を伝う冷や汗。これだけのスキャンダル、知ってしまった以上は引き受けなければ消されてしまう。
(しかもなんだよ「ここ最近戦争がなく、武人としての心構えがなく弛んでいる。そちらで程よく暴れさせてやってくれ」って! おたくらの家庭の事情なんか知らねえし、ポケモンの育て屋みたいなノリで預けてくんなよ! そして何で俺の裏の顔知られてんの!? 大体平和なのはいいことだろうが、なんでドンパチ子供に求めてんだよ時代に適応しろよ!?)
「・・・・・・まあそれはいいとして、さすがになんだよこの注意書き。こいつらが話すだけで、んなふざけたことが起こるってのか? いやいやなんかの間違いだろ。……ほら見ろかかってきた。うんうん分かってるよ訂正のかけ直しだろ? そんなわけがないもんな?」ピッ
『もしもし、こちら預かり担当です。ただいまお時間、よろしいでしょうか?』
「・・・・・・はぁ、何だよてめえかよモブAくん・・・・・・、俺今疲れてんだが、一体何の用だよ? 預けた鏡なら、今日中に取りに来るからさぁ・・・・・・」
『いえ、それとは別件でですね。そちらに通すようにと言われている貴族の少年たちの中に、ひときわ強力な特質が二人おりまして・・・・・・、彼らが“門”を通れるようにする手続きが長引きそうで、数日ほどかかるようです』
「・・・・・・おい。まさかとは思うが、そいつらの名前は・・・・・・」
どうか違っていますように、と祈りながら、フーバルトはメールに書かれた“※まとめ役。彼らに任せておけば問題は無い”と二重丸で囲ってある二つの名前を読み上げる。
『ええ、確かにそうですが・・・・・・』
「・・・・・・ああ、わかった。少し時間をくれ、掛け直すから・・・・・・」
しかし神も仏も信じない彼の思いが、天に届くはずも無い。電話から聞こえる肯定の言葉に頭を抱え、フーバルトは机に頭を突っ伏した。
(えー、どうすんのよこれ。どうしろってのよこれ・・・・・・、最近ヤツらも大規模に動き出して、 白面だけじゃ人手が足りなくなってんのに・・・・・・、ん? 白面? 人手が足りない? 奴ら? )
その時、フーバルトに電流走るーーー!(アカギ1巻の矢木のノリ )
「・・・・・・待てよ、これって・・・・・・」
ゆっくりと息を吸いながら、 フーバルトは目を閉じて思考に没頭する。
使えそうなコマは四つ。世話することになったガキどもに、置きっぱなしの鏡。そしてサボり魔の白面、自分の能力・・・・・・
「・・・・・・いや、これもしかすると神降臨したかもだぞ?」
考えることおよそ10分。そう言うとフーバルトは微動だにしないまま“能力”を使った。
フォオオオオン、とpcが唸る中、ゆっくりとフーバルトは目を開ける。その口元に浮かぶのは笑み。彼は賭けに勝ったのだ。
「さあっ、てと・・・・・・」
今から大分、忙しくなる。まずは隔離するための教室の準備。だが何より先にするべきことは・・・・・・
ピッ「あーもしもし、門番くん?」
『どうしたんですか? 何があったかは知りませんが、先ほど打って変わって上機嫌ですね。 ・・・・・・それとわたしの名は確かにアンリ・ジョルジュですが、イニシャルはAではなくHです。綴りはですね、H、E、N、R、Y・・・・・・』
「あー分かった分かった。ところでアンリくんよ、そこにいるっつーガキに電話かけさせてくんねえかな? えー、無愛想な女子っつったらわかるだろ。んじゃあ今から・・・えー、5分? くらいたったら折り返し頼むわ。よろしくー」
『ちょっと待って下さ』ピッ。 ツー、ツー。
「・・・・・・チッ、少しはわきまえろっての。テメエの名前の綴りとか誰得だよモブが・・・・・・」
投げやりに応じたうえで、しれっと用事をぶん投げてから断られる前に通話を切るという高等技術を駆使し、 フーバルトは再度電話をかけた。
「あーもしもし? おれおれ。ちょっと頼みたいことがあるんだけどさぁ、うん・・・・・・」
親しげな声で話しながら、クローゼットに向かったフーバルトはおもむろに掛けてあったハンガーに手を伸ばし、待ち合わせにするつもりの場所へと足を運ぶ。
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イラスト: 市丸きすけ 先生
出版社: アルファポリス
ご購入はこちらから:
Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/
楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/
【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞
第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過
復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞
ファミ通文庫大賞 一次選考通過
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