グ・チ・り・魔・DEATHからッ!!

kgym

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NO TYTLE

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 ・・・・・・いまから溯ること、十年前の話。暗い暗い森の中、少年は馬車に揺られていました。
 その髪の色は黒。所々穴の開いたり破れたりしているそぜた灰色のフードを羽織った彼は、馬車の隅で丸まっていました。無表情で銅像のように動かない彼を見て、その歳が十にも届いていないことに気づくものは誰一人いなかったでしょう。
 ・・・・・・そう。少年はひとりではありませんでした。彼の周りには、老若男女様々な人がいました。しかし誰もが次々と去っていき、立ち替わりに次々と馬車の中に入ってきます。たまには少年自身も馬車から去ることがありましたが、すぐにまた他の馬車に入り、旅を続ける生活を繰り返してきました。
 ・・・・・・そんな生活を、何年続けてきたでしょうか。
 少年は、濁った目で辺りを見回しました。
 馬車の中にいるのは、自分も含めて四人。沈黙を漂わせ、時々何かを悟ったように頷くしわがれた老人。何が起こったか理解できず泣きわめく少女。狂ったように笑い続ける男。
 ・・・・・・馬車の中は今日も壊れていました。そうです、これは人を攫い売りさばく奴隷商人の馬車だったのです。
「静かにしやがれッ!」
 突然、馬車を駆る奴隷商人が叫びました。遠くから何かが聞こえたような気がしたのです。
 手に持つ鞭を馬に入れて馬車を止め、しんと静まりかえる夜の森の中商人は耳を澄ましました。
 ・・・・・・徐々に大きくなってくる、馬の蹄の音。商人の懸念は、間違いではありませんでした。
「・・・・・・くそッ、みつかっちまったかッ!」
 商人は叫び、馬を走らせながら思いました。何もかも、あの国王のせいだ、と。
 平民の身分にして世界を救い、分相応に過ぎる恩賞として小さな国を得た国王。
人はみな彼のような英雄になりたいと憧れ、民衆はこぞって兵士となり蛮勇を振りかざす勇者ごっこを始めてしまったのでした。
 昔は不審な馬車を見かけても誰もが藪の蛇はつつくまい、と暗に見過ごしてくれていたというのに、今ではお伽噺のような彼の成功を追いかけようとして、誰もが手柄や正義を欲していました。そのためここ数年で、大規模な人身売買の集団が次々と消えていたのです。 
(・・・・・・少しづつ、だが確実に蹄の音が近づいてきやがる。くそっ、馬車の外見や構造を特定されたら一巻の終わりだ!)
 暗がりの中から現れたのは一人の騎士、その精悍な体つきに商人は剣士が只者ではないと瞬時に悟ります。このままでは彼もいずれは捕まるでしょう。かつての刑で奴隷商人は縛り首と決まっていましたが、国王によって変えられた法のおかげで彼の処罰は牢獄程度で済むようになっています。
 しかし、商人はそれですらも嫌でした。彼の悪事はそれだけに留まらなかったのです。余罪に余罪が重なり刑期が重くなれば、一生日の目を見られなくなってしまいます。商人は自らの犯してきた罪に、今更になって恐れを感じていました。
  (だから目をつけられないよう細々とやっていたってのに! くそっ! ちくしょうッ!)
 奴隷商人は焦りました。だが、何の準備もしていなかったわけではありません。彼はこんな時のために、腕利きの魔法使いを雇っていたのです。
 (・・・・・・この男だけでどうにか出来るだろうが、万が一ということもある。逃げるが勝ち、だ)
  「だんな、荷車を捨ててえ。お願いできやすか?」
  無口なまま商人の傍らに座り続けていた魔法使いは頷き、同時に音もなく御者台と荷車の連結部分が断ち切られました。商人は素早く背後の荷車へ油をぶちまけ、火を放ちます。
 「きゃああああああッ!」
 「うわぁああああッ!!」
 瞬く間に炎は幌へ広がり、荷車の中にいる奴隷たちを恐怖と絶望の闇に叩き落とします。しかし商人は自分が引き起こしたその惨状を一瞥もすることなく逃げ出しました。
 (荷車一台、奴隷数人をエサにした足止めだ。かかってもらわないと割に合わねえんだよ!)
 そして商人の想惑通りに、馬車の奴隷たちを助けるべく剣士は馬を止めます。聞こえ続けていた馬の足音が途絶え、軽くなった荷馬車は四頭の馬に引かれてみるみる距離を開きます。迫る危機を脱した、そう確信した商人は背後に目を残したまま高らかに嗤い――――――
「ハハハハッ、ヒャッハハハハ・・・・・・」
 「おっと、そうは問屋が卸さねえ、っと」
―――そしていつの間にか眼前の馬に逆向きに跨っている剣士に、驚愕に声を奪われてしまいます。
 「・・・・・・は? っ、な、なぁッ!?」
(一体全体どうなってやがる? てめえはさっき撒いたはずだろうが!?)
 動揺する商人に対し、魔法使いは慌てません。いち早く強敵の存在を認めていた彼はニヤリと口の端を歪め、口にしていた詠唱を開放します。
 「ッ! だんな、やっちまえェッ!」 
戸惑いと恐怖に埋め尽くされていた商人の心に、希望の火が灯ります。
  彼の持つ杖に集い、渦を巻く風。次の瞬間には見えない風の槍が杖の先から伸び、剣士の息の根を止めてくれる。得体の知れない剣士に覚える恐怖よりも、商人は魔法使いの強さを信じました。弾丸よりも速い無音の刺突が、今までに何度かあった荒事の際に幾人もの胸を貫いていくのを商人は目の当たりにしてきたのです。
  (落ち着け俺! こんな短距離だ、こいつが誰で何をしようと避けられるわけがねえんだ!)
  唸る風の渦は、自分がまばたきをする間に剣士を屍へと変えるはず。そう思っていた商人を、しかし二度目の驚愕が襲います。

次の瞬間奴隷商人の目に映ったのは、剣士の剣が魔法使いの杖を両断している光景でした。

 「・・・・・・は?」
   どういうことだ。この魔法使いは手練れではなかったのか。それよりこの剣士はどうやってあの攻撃をかわした。風の槍はどこへ消えた?
 矢つぎばやに疑問が頭に浮かび上がる間にも、剣士の一閃に魔法使いが倒れます。
 「・・・・・・ふざけるなよッ!」
 自分だって元は傭兵の端くれ。それなりに腕はあったし、剣士にとって自分のいる御者台の上は死角のはず。
 そう思い、商人は構えた銃をすぐさま放ちました。乾いた銃声が轟き、凶弾が剣士の胸に吸い込まれていきます。銃口があと少しで剣士の肌に触れる、触れないという程の零距離射撃。しかし驚異的な速度で剣士の剣が弾道に滑り込み、これをも両断します。
 「てめえ・・・・・・」
 「ひ、ひっ」
 剣士に睨まれ、こいつは危険だと商人の頭の中で警鐘が鳴り響きます。
 逃げなければ。分かっているのに、身体は恐怖で動かない。
襲撃者が一歩踏み出し、御者台に登ります。高く振り上げた剣先が光り、商人の首に勢いよく・・・・・・。
 「ぃい、ひ、ひ、ひぃいいいいあぁあああああああッ!?」
  そこで、絶叫と共に商人の意識は途絶えました。
 
 「・・・・・・ったく、人さらいのくせに睨んで寸止めしただけで気絶かよ・・・・・・。そんくらいの覚悟なら、最初から悪いことすんじゃねえっての」
 「それよりほら、あの荷車の扉開けてやんな。あいつら自分からは外に出てこれねえぞ」
  「言われなくても分かってるよ。・・・・・・ったく、調子狂うなぁ・・・・・・」
 どこからか聞こえる言葉に、剣士は気だるげに肩を落とします。先程まで荷車を包み燃え盛っていた炎は、地べたの上に散らばりゆらゆらと小さくなっていました。燃えている幌や木材を、駆け抜けざまに剣士は切断していたのでした。
 「もういいぞ、ほら」
 御者台から降り、剣士は扉を開き声をかけます。老人にも男にも少女にも、帰る場所があるのでしょう。助かったと気付くと外に飛び出し、剣士に礼を言いながら一目散に夜の闇へと消えていきます。
 ・・・・・・そして、馬車の中には少年だけが残りました。
  「どうした? 帰り道が分からないのか?」
 しゃがむ剣士に下から覗き込まれ、少年は顔を上げます。少年はじっと剣士を見つめました。歳の頃は二十の半ばほど。一見どこにでもいる普通の青年のようでしたが、その頬に走る一筋の傷と引き締まった身体、そしてその身に纏うただならぬ空気が、剣士の潜ってきた死線を少年に言葉無く語りました。
 「何も言わねえとこっちもわかんねえよ。ほら、とりあえずこんな汚ねえ所からは出ろ出ろ」
 剣士は手を差し伸べます。ところが、少年は沈黙したまま動きません。剣士は困りました。しかし、見捨てるわけにもいきません。
 「おい坊主」
 「??? えっ?」
 突然剣士以外の声がして、少年はぎょっとしました。しかし辺りを見回しても、自分と剣士以外誰もいません。
 腹話術か何かだろうか? そう不思議に思い、注意深く見て少年は気付きます。剣士の腰に差した剣が、触ってもいないのにひとりでに抜き出ていました。
 「ハハハ、悪い、びっくりしただろ?」
  子供らしい無垢な反応に剣士は笑みを浮かべますが、次の瞬間、少年の目には再び闇が灯ります。
  ・・・・・・しかし、それを剣士は見逃さず、許しもしませんでした。
 「・・・・・・そうだ、こいつ触ってみるか? 面白いぞ?」
 そう言って、腰に佩いた剣を少年に差し出したのです。
 「待て待てちょっと待て、俺を話のダシにしようとすんじゃねえ!?」
 喋る剣? ・・・・・・聞いたこともありません。興味が湧いた少年は、好奇心のままに剣を握って振り回します。
 「ったく、こんなガキに触らせやがって・・・・・・、・・・・・・? !!」
 「・・・・・・どうした?」
 「ああそっか、こいつ“忌み子”だ。しかも相当強力だぜ」
 「・・・・・・なんだって?」
   剣士の目が驚きの色を帯び、自分の“異質”さを気付かれたことを少年は悟りました。剣士に咎められないよう、少年は喋る剣を剣士に返し、逃げるように背を向けます。
   (・・・・・・ああ、楽しかった。久しぶりに人と話したし、面白いものも見せてもらった)
 人の温もりを求めてはいけない身には、十分な触れ合いでした。これ以上求めては罰があたります。
 そう思い少年は無言で立ち去ろうとしますが、剣士は疑問を投げかけて少年をその場に縫いつけました。
 「なあ、住んでる場所はどこだ? 両親はいるのか?」
 「・・・・・・いないよ」
 立ち止まり、少年は答えます。幼心に理解はしていました。自分はあの父に、見限られたのだと。
 ・・・・・・生まれた時から、自分は人と“違った”。そしてその“違い”はあまりにも大きく、父の望むものとは異なっていた。・・・・・・ただ、それだけのことでした。
 「・・・・・・だったら、うちにこないか?」
 いままで何度も言われた言葉が、剣士の口から飛び出してきました。
 ・・・・・・きっとこのひとも、いままで会ってきたやさしいひとたちと同じなんだろう。
 同じ言葉をあるブドウ農家の老夫婦に言われ、少年はかつて一度、安寧を求めてその言葉に甘えたことがありました。
数週間ご飯を食べさせてもらい、収穫や手入れを手伝う。たったそれだけのことでした。だけどそれでも、少年にとっては幸せなことでした。喜びました。救われました。……しかし、少年の“力”は、その幸福な時間も、老夫婦の笑顔をも無慈悲に奪い去ります。
  “出て行け悪魔め!”
 白黒の斑点だらけの倒壊した家屋、薙ぎ倒されたブドウの木々。クワを振り回し恐怖に顔を歪める老人と、その背後で怯え小さく丸まり震えるその妻。
 思い出す。彼らは悪くない。自分の父も、きっと悪くない。
 (・・・・・・自分がこの世に存在すること自体が、きっと許されざる罪なのだから・・・・・・)
 ・・・・・・少年は、縄で縛られて視界の端に転がっている商人を見やります。
 こうして奴隷馬車に乗るようになったのも、思えば身勝手な理由からでした。どうせ傷つけてしまうのならば悪人がいいと、そんな腐った考えを抱いたまでのことでした。
そうして奴隷商人を見つけては、少年は自ら馬車に乗り込み定期的に暴走する“力”でありとあらゆるものを破壊してきました。
・・・・・・死者こそ出してはいませんし、かえって奴隷たちに感謝されることもありました。手足の骨を折る程度の怪我で地獄から抜け出せるのですから、彼らにとっては願ってもない話だったのでしょう。・・・・・・しかし何度も何度も馬車を変え、蹂躙を繰り返す度に少年は自らの罪深さを思い知らされました。

他人を害さなければ、自分は生きられない人間なのだ、と。

・・・・・・しかしどれだけ傷ついても、少年の心はそれを受け入れられるほどに汚れてはいませんでした。少年は痛まなくなっていく自らの心を、暴走に抗えなくなっていく身体を許せず自らを責めますが、どうすることも出来ません。無力感に打ちひしがれる日々を送ることしか、少年には許されませんでした。 
 「大したことはできねえけど、こんな所にいるよりはいくらかましだ。ほら」
  剣士は再度手を差し伸べますが、しかし少年は何も言わず剣士の手を弾きます。少年は彼のことを、欠片も信じてはいませんでした。
 (・・・・・・いらないよ。どうせこの人も自分の“力”を知ったら、怖くて逃げ出しちゃうんだろうから・・・・・・)
 「・・・・・・助けてくれて、ありがと」
 「おい、待てって・・・・・・」
 再び背を向け歩き始める少年を、剣士は引き留めようとします。その親切心に鬱陶しさを覚えた少年は、溜めに溜めていた“力”を故意に解放しました。
 ボロボロの馬車に次々と白黒の斑点が浮かんだかと思うと、次の瞬間音を立てて潰れます。しかし、それだけに留まりません。暴走する魔力はなおも広がり辺りの木々を根こそぎ薙ぎ倒し、少年と剣士の間に明確な仕切りを作りました。
 「・・・・・・・・・・・・これでも、ぼくを引き留めたいと思うの?」
 少年は自嘲めいた暗い笑みを浮かべ、仕切りの奥にいる剣士を見やります。俯いた剣士の表情は窺えはしませんが、きっとその顔には怯えや恐怖が張り付いているのでしょう。あと一歩でも少年に近付いていたら、剣士の命は大木に埋もれて間違いなく失われていたのですから。
 (・・・・・・ほらね。結局みんなそんな顔をして、ぼくから逃げ出すんだ・・・・・・)
 少年は誰に言うでもなくそう思い、剣士の言葉を待つことなく立ち去ろうとします。
「じゃあね、さよなら・・・・・・」
そう言うと少年は、1拍遅れて剣士が言うであろう罵詈雑言の嵐から逃げるように足を早め・・・・・・、しかしすぐに止まります。剣士の口から飛び出てきたのが、少年の問いに対する肯定だったからでした。
「ああ、思う」
   聞き間違いかと思い、少年は振り返ります。驚きと戸惑いが、少年の中で渦巻いていました。この惨状を見せて、人間扱いされたことはありませんでした。
    剣士は優しげな笑みを浮かべていて、その腰に差した剣は声を上げて笑っています。一体、何がおかしいのでしょう?
 「よっ、と」
 剣士は少し身を引き勢いをつけて、軽々と少年の作った境界線を飛び越えてきました。目と目が合います。その瞳に宿る色は先程と何ら変わっておらず、ただの子供を見るような暖かい視線を少年に送っていました。
 ・・・・・・だからでしょうか。知らずのうちに、少年は叫んでいました。
「なんで、なんで逃げないの? ぼくはこの力を制御できないんだよ!?」
 どういうこと? わけが分からない。なんでこの人たちは自分を怖がらない!?
 「・・・・・・いやな、俺たちはお前みたいな子供いっぱい知ってるから。でもその中で、お前はずば抜けてる。すげえよ」
  混乱する少年に、剣士は笑いかけながら答えます。それは純粋な、感嘆の言葉でした。
 「・・・・・・っていうか笑い声うるせえ、静かにしろ」
 「だってこのガキおもしれえんだもん。磨けば光りそうだし、俺の遊び相手になってくれそうだ。国王サマは忙しくて俺みたいなしがないただの剣にかまってくれるひまなんかないもんね」
  「悪かったな・・・・・・。あとお前まで国王って言うな。何度も言うけど、俺はそんなガラじゃないっつの」
  ・・・・・・国王? 
 剣士と剣の雑談に、少年は耳を疑います。そのとき、一台の豪勢な馬車がこちらに向かってきました。しかし変です。本来は4頭で引くのでしょうが、その馬車は1頭分だけ馬と馬具がなく、宙吊りになった革がむなしく地面を削っていました。
 ・・・・・・そして少年の予想を裏切ることなく馬車は剣士の目の前に止まり、御者台から兵士が飛び出してきました。
 「陛下、ご無事ですか!? というか一体どういうことですかこれは!」
 転がる奴隷商人と魔法使いに、薙ぎ倒された巨木の数々。兵士は辺りを見回し、驚きと混乱に目を白黒させて叫びます。
 「おっ、噂をすればなんとやら、か。お呼びだぜ陛下」
 チャカしてくる剣を無理矢理鞘にねじ込み、剣士はポリポリと申し訳なさそうに頬を掻きました。その仕草はどこか抜けていて、少年に剣士の人の良さを感じさせます。
 「いや、悪い。ちょっと不審な馬車を見つけちまってな、つい・・・・・・」
 「つい、ではありません! 陛下自ら荒事をするなど論外というもの! ですからあれほど親衛隊をつけるべきと申し上げたのですぞ!」
 「悪かった、悪かったって・・・・・・ところでやっぱり、その“陛下”って呼び方やめられない?」
 「申し訳ありませんが、陛下はこの国を統べる王! どれだけ“親身になって話せ”との厳戒なご命令を受けても、そればっかりは致し方ありませぬ」
 「ああ、そですか・・・・・・」
 肩を落とす剣士を、少年はまじまじと見つめます。数々の武勲を打ち立てた国王の話は、こんな身の上である自分ですら知るほどに有名です。一般人に扮して暴的な年貢を収めさせる領主がいないかしょっちゅう各地を歩き回っているという噂がありましたが、どうやら本当のことのようでした。
 「それよりも何ですかこの炎は! このままでは森が焼けてしまいますぞ!」
 ここ最近日照りが続き、木々は乾燥していたのでしょう。辺りに散らばる馬車の燃えかすが火種となり焦げ臭いにおいを立ちこませ、枝や葉の隙間の所々からちろちろと炎が顔を覗かせていました。
 「いけねっ! わりい、俺も手伝うよ」
 そう言うと慌てて消火に取り掛かる兵士を、剣士は手伝います。少年は居心地が悪くて少しばかり剣士から身を引きますが、剣士はそれを逃亡の意思と見て取ったらしく、
 「手持ち無沙汰だろ、お前も来い」
 そう言って手を掴み引き寄せます。先程の喋る剣を握らされ、剣士がその上に手を重ねるので少年は身動きが取れません。少年は半ば強引に、焼けている木の伐採を手伝わされることになりました。
 「・・・・・・で、どうするんだ? 俺についてくるなら、お前にその力の使い方を教えてやるよ。その力を上手く使えるようになれば、いまよりは楽しい人生送れるぜ?」
 手は動かしながらも話を戻し、剣士は少年の顔をじっと見つめます。その瞳に、嘘や冗談は混じっていません。いままで散々悪意に晒されたからこそ、少年には分かってしまったのでした。
  「お前はまだ子供だ。これから知らないこと、見てない景色、いろんな出会いがいっぱいあるんだ。・・・・・・知ってるか、人生ってすげえ楽しくて面白いんだぜ? だから騙されたと思ってついてきてみろ。俺がちゃんと保証してやるから。 な?」
 炎が一際大きくなり、剣士の笑みを浮かべた横顔を鮮やかに彩ります。暗闇が照らされ光が広がり、少年に嫌が応でもこの剣士との出会いが運命的なものであることを思い知らせます。
 ・・・・・・この選択肢はきっと、自分のこれからの人生を大きく変えるだろう。
    そう直感的に悟りながらも、少年は迷うことなく決めました。少年の瞳には目の前の剣士が、諦めていた希望や夢そのものに見えていたのです。

“・・・・・・この人についていけば、もしかしたら自分は変われるかもしれない”
  
 「・・・・・・よろしくお願いします、国王様」
 「ああ、よろしく。でもお前までそんな畏まった呼び方すんな」
 「じゃあ、なんとお呼びすればいいんですか?」
 「そうだな、名前で呼ばれるのもなんかおかしいし・・・・・・。ところでお前の名前は?」
 「え?」
 「いや、だからお前の名前だよ名前。・・・・・・もしかして、無いのか?」
 その答えを、少年は沈黙で返します。少年は自分の名前が嫌いで、いままで馬車の中で会ったいろんな者の名を借りてきました。もしもあの名を呼ばれたら、またあの父が夢に出てきて、自分を罵り蔑むから・・・・・・
 「・・・・・・」
 少年は黙り込み、剣士は気まずくなります。しかしそのとき剣士・・・・・・いや、国王の中にある名前が浮かびました。最初は自分の息子につけようと思っていましたが、あいにくと最初の娘を産むなり妻が「子供は1人でいい」と言い出し、泣く泣くお蔵入りになった名前でした。・・・・・・しかもその一人娘も「どうしてもこの名前がいいのっ!」と凄い剣幕で言う妻に押されて名付けられてしまったものですから、国王は自分も名付けてみたいという願望を密かに胸に抱いていたのでした。
「ったく、最初は二人がいいって言ってたじゃねえかよ……はぁ……」
「・・・・・・あの、国王、様・・・・・・?」
 「おっと、悪い悪い。じゃあ、俺がお前に名前を付けてやるよ」
   もうどうせ使わないのだ、この子にこの名前をあげよう。
 
 「いまから、お前の名前は・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
    
 

 「・・・・・・ん、っ・・・・・・」
 ・・・・・・居間の畳に敷かれた布団の上、肌寒さに身震いしてヴァネッサは目を覚ました。
 やけに寒いと思えば、原因はごうごうと唸るクーラーだ。自分は“こっち”の人間ではないが、何度も帰省してこの家に帰ってきていれば使い方ぐらいすぐに覚える。勝手知ったる父の実家、異世界人は難なくクーラーのリモコンを操作して止めた。  
「・・・・・・それにしても、ヘンな、夢・・・・・・」
  枕に顔を埋め呟く。一体、何だったのだろうか。
  少年と剣士、その顔を思い出そうとするが、どうにもうまくいかない。
  ちなみに人は五分もすれば見ていた夢の五割を忘れるというが、気になってしまった以上、眠れなくなってしまうのは目に見えている。
 性分なのだ、仕方ないと自分に言い聞かせて集中するが・・・・・・、しかし結局のところ思い出すことは出来ず、夢の記憶はどんどん曖昧になっていく。
  例えようもないモヤモヤにちゃっかり蓄積され、悔しげなため息とともに少女は二度寝を開始する。もちろん、イライラを少しでも抑えるために言い訳は忘れない。
(・・・・・・まず大体、夢なのに自分が出てこないって時点でおかしいのよ。夢は記憶を整理してるって言うけど、今までこんな話も本も読んだことないし・・・・・・)
 しかし即興で作ったにしては、先ほどの夢はあまりにも鮮明で、筋が通りすぎていた。
・・・・・・まるで実際にあった出来事であるかのようだと、ヴァネッサに覚えさせるほどには。
 ・・・・・・なにかの暗示だろうか? それとも予知夢?
 ヴァネッサはしばし黙考するが、結局、「緊張しているだけ。第一こんなこと考えても時間の無駄」という結論に落ち着いた。
  ・・・・・・明日の用事だって山積みだ。無能の烙印を押されれば、登用への道はかえって遠ざかる。失敗は、許されない。
「・・・・・・もういいわ。はやく、寝な、きゃ・・・・・・」
 ただでさえ明日の準備で睡眠時間を削っているのだ、寝つきが悪かろうが寝ないとまずい。無理矢理目を閉じ冴える思考を押さえつけ奮闘していると、徐々に眠気がやってきた。
(剣士に、王さま・・・・・・少年?)
 そのとき、ヴァネッサの頭をふと一つの可能性が過ぎる。しかし眠気にとろける思考は、理性をぼろぼろと零していく。
「・・・・・・ううん、まさか、ね・・・・・・」 
 となりの押入れを見つめ呟く言葉は、自身の耳に入る前に、枕の中に吸い込まれていく。
 そのまま、少女の意識はまどろみの中に沈んでいった。
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