廃課金最強厨が挑む神々の遊戯

葉簀絵 河馬

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第二章

第二十六話 ハイエルフのエルミア 前編

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 エルディン、それはこの大陸で最も古い歴史を持つエルフの国だ。エルフの国と言うものの、そこは国という体裁を保てるほど他国との交流は持っておらず、ただただ古き歴史を紡ぎ続けるエルフたちの集落というのが実際の姿だった。積極的に交流もしなければ自分たちで他国の侵略もせず、戦略的に他国から魅力的に映るような資源も土地も持たない、穏やかな日常が何十年何百年と続く国だった。

 幼い少女エルミアは、そんな国でハイエルフとして生を受けた。ハイエルフはエルディンでも強力な能力を持つ上位種族とされている。同じレベルのエルフに比べて倍以上の力を持っていて、加えて非常に長い寿命を持ち、ハイエルフの長老ともなれば樹木と変わらない年月を過ごすことになり、そのレベルは人類最強の冒険者を上回るレベル一〇〇〇を越える者も少なくない。エルミアもその一員となるべく期待され、幼い頃から周囲に何それと気遣われてきた。

 それが変わったのは、わずか数十年前だ。

 エルディンではない別の場所から、ハイエルフの男がやって来た。エルディンの者たちは彼を快く受け入れ、遠い場所からやってきた同族の男を労った。何せハイエルフはエルフたちの中でもほんの一握りしかいない希少種で、今後何千年にも渡って生きていく存在。言ってみれば未来の長老候補である。

 だが異変はすぐに始まった。突然、長老たちが「エルディンにも王が必要だ」とか「エルディンこそが大陸を支配するべきだ」と言い出した。エルフは人間のように上下関係はない。精々が経験豊富な者を敬う程度であり、人間のように“王”だとか“貴族”だとか、生まれながらに支配者と被支配者が別れる称号を使うなど有り得なかった。

 そんな集落に流れる空気が目に見えて変わってきた頃、エルミアが慕っているエルディンの中でも特に美しい容姿を持つエルフ、フェアロスが慌てた様子でエルミアの家に駆け込んできた。フェアロスは肩で息をしていて、鬼気迫る表情でエルミアの肩を掴んだ。恐怖で口の聞けなくなってしまったエルミアは、じっとフェアロスの表情を見ているだけだった。やがて呼吸を整えたフェアロスの口から驚きの言葉が紡がれる。

「逃げて、エルミア。エルディンは、あの男に支配される。このままだと、あなたもあの男の玩具にされてしまう!」
「え? フェアロス? 何を、言ってるの?」
「どこでも良い。逃げて。でも、決して戻って来ようと思わないで。あの男には、誰も敵わない」
「に、逃げるなら、フェアロスも、一緒に」
「私は………もう無理。だから、あなただけでも、逃げて」

 己の生まれたエルフの国エルディン、そこに起きた異変をほとんど知ることなく、小さなハイエルフであるエルミアはその身一つで国を出た。それは追放に等しい状況で、それからのエルミアは近い国に身を寄せたものの、盗みや残飯を漁ることで日々を暮らす浮浪児の仲間入りを果たした。

 幸運に恵まれたお陰もあり、ハイエルフという魔術の能力が優れるエルフたちの中でも特に優秀な種族であったため、しばらくして浮浪児を脱して冒険者となれた。ハイエルフの力は絶大で、普段のエルミア自身はソロで活動しながらも、ヘルプが欲しいパーティに頻繁に誘われるようになり、エルフの冒険者として有名になるまで時間は掛からなかった。それからは日々の生活には困らない程度の収入を得られるようになった。

 エルディンが周囲の国々に戦争を仕掛けるようになったのもその頃だ。



「………今、何て言ったの?」

 その日、エルミアは信じられない話を耳にした。彼女は大陸の国を転々としながら冒険者としての仕事を続け、最近は長く滞在している小国にある冒険者ギルドにいた。この小国のギルドは、アクロシアギルドとは比べものにならないほど安っぽいあばら屋で、素人のギルド職員たちが大工仕事で補修した後が散見される木造建築だった。

 小国となると魔物に襲われない安全な土地も貴重なため、冒険者ギルドと言えど室内は一般的な家屋程度の広さしかない。そこに五つほどの大きな机を置いていて、それぞれの机でギルド職員が対応を行っている。カウンターなんて気の利いたものさえなかった。

 そんなギルド内で、ギルドマスターの奥さんがサービス同然の価格で提供している安い食事をしていたエルミアは、その話に耳を疑った。

「エルディンが、アクロシアに侵攻したそうだ」
「そうじゃないわ。その後、何て言ったの? もう一度言って」
「アクロシアはかなり攻められたらしいが、最後には神鳥の力を借りた王女殿下が、エルディンの王を討ち取ったって話か?」
「嘘!!」

 エルディンの王。エルミアが冒険者となってから、あの男を殺そうと思ったことは数え切れないほどの回数に登る。冒険者としての仕事をこなしている時間以外は、ほぼあの男を殺すために使っていると言って過言ではない。だからこそ分かる。どう考えても不可能だということが。

「エルディンの王は、レベル四〇〇〇を超える化け物なのよ!?」
「へぇ、レベル四〇〇〇ね。レベル、四〇〇〇………レベル四〇〇〇!? そんな化け物にどうやって勝ったんだよ!?」
「私が聞きたいわよ!」

 ベテランの冒険者でも平均レベルは二〇〇台。大陸最強国家のアクロシアでも兵士は三〇〇台だ。伝説と呼べる冒険者が八〇〇まで到達しているが、レベル四〇〇〇など異次元の領域と言って差し支えない。

「やべぇよ、やっぱアクロシアやべぇよ」
「ちょっと知ってること全部教えなさい! アクロシアで、何があったの!?」

 エルミアは目の前のギルド職員に詰め寄って、眉唾物の伝聞情報を耳に入れる。アクロシアの王女殿下は、強大な力を持つエルディンの王を王都に招き入れるという罠を張った。それはエルディンの王を倒すために、更に強大な力を持つ神鳥を召喚して撃滅する作戦だったと言う。神鳥の力は絶大で、歴史あるアクロシア城を半壊させてしまったものの、見事エルディンの王を討ち取った。

「信じ、られないわ」

 レベル四〇〇〇というのはそれほどまでに強大無比な力である。クラスの差異を考慮しなければ、およそ三倍のレベル差があれば一切のダメージを与えられなくなるというのが通説だ。ましてレベル四〇〇〇は、一国の抱える全軍が襲い掛かっても傷一つ付けられない、そんな強さだ。

「まあでも、王女殿下がどうのって話は別にして、とてつもない“何か”が現れたってのは、あながち嘘っぱちでもないと思うぜ」

「どういうこと?」
「ここ一ヶ月くらいだ。アクロシアの冒険者ギルドは、討伐不可能とまで言われる困難で報酬の良い依頼を次々に達成している。誰だって何かあると思う」
「それって。つまり、あの、エルディンの王を倒せるような、冒険者が、アクロシアに現れたってこと?」
「お前からエルディンの王はレベル四〇〇〇だって聞いて、噂話だって笑い飛ばしてたのを思い出した。何せ正規ルートじゃ一切入って来ない情報だったからな。王女殿下が召喚した神鳥には、一人の男が乗っていたらしい。実は、この男がエルディンの王を撃退して大国アクロシアを救ったんじゃないかって噂だ」

 アクロシアは大陸最強最大の国家である。その国家を揺るがすような戦争が起きて、その勝因が外的要因によるものなど、絶対に看過できない情報のはず。それにも関わらずギルドの職員がこうまで言うというのは、それが事実に限りなく近いのだと推測される。もしくは、隠せないほどに目撃した者が多かったか。

 大陸最強最大のアクロシアはエルディンの侵攻を受けたものの、“誰か”によって救われた。その誰かは、あのエルミアが逃げ出した日、故郷を支配したエルディンの王を退治した。

「仕事、全部キャンセルする」
「おう………って、はあ!?」
「キャンセル料は出すから安心して。私はすぐにアクロシアへ行く」
「待て、待てって! 同胞がどうなったのか気になるのは当然だ。けどな、今のアクロシアにエルフが立ち寄って、無事にいられるはずがないだろ!? 元々亜人族への差別が強かったのに、今回のことだぞ!?」
「そんなの分かってる。でも行く」

 エルミアはあのエルディンに巣くう化け物を退治できるのであれば、己の命など惜しくないと考えていた。故郷から一人逃げ出したあの日から、ずっとそう考えて生きて来たのだ。それが自分の知らないところで達成されていたなど、とてもではないが居ても立ってもいられない。

「ああもう、分かった! ならアクロシアへの護衛依頼を都合してやる! ただ入国するよりは、冒険者ギルドの仕事として入ったほうが、少しはマシだろ!」
「良いの? 遠慮なくして貰うけど」
「良くはねぇよ! 良くはねぇけどな。お前が、アクロシアへ行って酷い目に遭うのは見たくねぇ。だから、まあ、できることくらいは協力してやる。だからな………」
「だから?」
「だから、絶対、無事に帰って来いよ!」

 顔を赤くして目を逸らしたギルド職員に対して、エルミアの返事は決まっている。

「帰って来ないわよ」
「マジかよ!?」
「帰らない、けど、絶対に、またこのギルドを訪れるから。それは約束する」

 エルミアの“帰る場所”はあの森しかないのだから。

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