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第二章
第四十二話 エルミアvs黄金竜 前編
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ハイエルフの少女エルミアが数十年振りに故郷の土を踏み、レベル四〇〇〇〇という空前絶後である魔物、黄金のドラゴンの飛び去る背中を見つめていた時、彼女に話し掛ける声があった。
黄金のドラゴンに焼かれた故郷を目にして、悔やみながらも復讐の炎に火を灯そうとしていたエルミアは、その声を聞いて飛び上がるほどに驚いた。
> なんてことだ。戻って来てしまったのかい?
エルミアは声のした方向へ向き直る。それはエルディンの里から少し外れた大きな湖と樹齢一万年と言われる巨大な樹木のある場所で、お祭りの時はそこにエルフの至宝が飾られて踊りや音楽を楽しむのだ。その巨大な樹木は御神木と呼ばれていて、エルディンが国という形になる前からエルフたちを見守ってくれている。
そしてエルミアには、その御神木と心を交わすことができた。何故かは分からないが、初めてお祭りに参加した日に声が聞こえたのだ。それからというもの、御神木には色々なことを教えて貰った。彼―――彼女かも知れない―――は絵本のような御伽噺が好きで、自分は元々人間だったとか、大国アクロシアやカリオンドルの城も真っ青な天高い建物に住んでいたとか、空の先にある“宇宙”という場所へ旅行したとか、人の心を解析して作り出したとか、この世界そっくりのもう一つの世界を自由に行き来したとか、愉快な話をしてくれた。
「御神木さん!?」
エルミアは急いで走り出し、湖の畔までやってくる。そこには変わらず御神木が鎮座していた。変わり果ててしまった故郷の情景の中で、唯一変わらずいてくれた一帯の光景に思わず目尻に涙が浮かぶ。
> 早く逃げるんだ。あれはすぐ戻って来る。あの黄金竜は、プレイヤーを殺すまで止まらない
「黄金竜って、あの黄金のドラゴンのこと? 戻ってくるって、御神木さんを殺しに来るの?」
> そうだ。あれは、僕のような者を殺すために動いている。エルフのみんなを巻き込みたくなかったから、フェアロスに頼んでみんなを逃がしたんだ。君はフェアロスたちと合流すると良い
思いがけずに得られた同胞たちが無事であるという情報。エルミアは喜んだのも束の間、御神木の話しぶりから不穏なものを感じ取る。
「御神木さんも、逃げないと」
> 駄目だ。あれは僕を追ってくる。それに、僕はここを動けないしね
「で、でもっ、何か方法が………」
> 僕は元々交通事故で死んだ身だ。それなのに普通の人よりもずっと長く生きた。こうして自分の子孫である君の顔まで見れたんだ。思い残すことはないよ
こうして声のやりとりができるとは言え、御神木はあくまでも樹木である。この土地に根を張っていて簡単には動くことができない。そんなことは問い掛けるまでもなく分かっている。
「あれを」
> エルミア?
「あれを倒せれば良いんでしょ!? 大丈夫! 倒せる奴を知ってる! あの、ヴォーダンも倒した奴を!」
> ヴォーダンを倒した? ヴォーダンを倒せるようなプレイヤーが現れたのか。でも駄目だ。この世界に、あんなレベルのモンスターを倒せる存在は居ないよ
「大丈夫よ! レベルが見えない冒険者が居たの! きっとあのドラゴンよりもレベルが高いはずよ!」
> レベルが、見えない? 君の力でも見えないってこと? 情報ウィンドウの表示がバグっているのか? でも、神が作った世界の摂理が誤作動を起こすなんて考えられない。だったら、神の想定を超えた“何か”が現れた?
エルミアは一秒でも早く、あのやたらと美男子な銀髪の冒険者の元へ向かおうとしていた。今だけはヴォーダンを倒されてしまった気持ちを押し殺して、彼へ素直に頭を下げられる気がする。
> 待つんだ。エルミア、本当に、その彼のレベルは分からなかったのかい?
「ええ、間違いないわ。何度も確認したけど、私でも分からなかった」
> そう………。君に僕のアイテム、魔法道具をあげる
「魔法道具?」
> 魔法の絨毯だよ。馬車や徒歩よりは、かなり早く移動できる。それから、乗ってると魔力が減っていくから、魔力回復薬も持って行くと良い
何もない虚空から、強い魔力を感じさせる絨毯といくつもの魔法薬が飛び出して来た。エルミアの知る御神木は、昔からこういった不思議なことができたので驚きは少ない。
> 僕も君の見た人に会ってみたい。だから、急いで迎えに行ってくれ
「分かったわ。すぐに連れて来るから!」
> ああ、もう抵抗するつもりはなかったけど、事情が変わったみたいだ。僕はその人に会わなければならない。頼んだよ、エルミア
エルミアが御神木から受け取った魔法の絨毯は、信じられない力を持つ魔法道具だった。この大陸の移動手段と言えば主流なのは馬車であり、引かせる馬によって速度に多少の違いはあるものの、何倍もの差があるものではない。
大陸の南側にあるチタニージル共和国が、魔導駆動車という馬車の何倍もの速度が出せる魔法道具を開発しているものの、魔力の消費が大きすぎて誰もが使えるような性能ではない。
それに対して魔法の絨毯は、わずかな魔力にも関わらず馬車の十倍以上の速度で“浮遊”しながら進んでいた。この浮遊というのが重要で、馬車や魔導駆動車では迂回しなければならない悪路でも平然と走行できる。
エルミアは最短距離でエルディンからアクロシア王国の王都まで戻って来た。
「Aランクのエルミアよ! 緊急事態発生、今すぐギルドマスターと話をさせて!」
すぐにギルドへ駆け込んで、ギルドカードを掲げて職員へ詰め寄る。大陸の脅威となる黄金のドラゴンを討伐するために、彼の力を借りなければならないので、普段はランクを笠に着た要求をしないエルミアもこの時ばかりは違っていた。
「緊急事態、というのは、何でしょう?」
ギルド職員はエルミアに対して懐疑の視線を送っていた。それは友好条約を無視して戦争を仕掛け、とうとう王都まで攻め込んできたエルフたちへの不信だ。
エルミアは自分が耳を隠すのを失念したのに気が付いたが、それは後の祭りだった。
それでもアクロシア王国へ侵攻したのはヴォーダンがやったことであり、エルミアは彼らと同じ被害者である。それを理解して欲しいなんて、無茶だとは分かっているのに理解しないギルド職員に苛立ちが募る。
「とにかく強い魔物が現れたの! 早くしないと手遅れになるわ!」
「そうですか。魔物の種類は分かりますか? 場所は?」
「ドラゴンよ! 場所はエルディン!」
ギルド職員が書類に記入しようとしていた手が止まった。
「エルディン………? エルディンに魔物が現れたから、討伐して欲しいと?」
その時、ようやく気が付いた。エルミアはこのアクロシア冒険者ギルドの中で、目立っていた。目立っているだけでなく、憎悪や嫌悪、侮蔑と言った視線に晒されている。
エルフだからだ。
「随分と、都合の良い話ですね」
冒険者ギルドは各国にあり、それぞれ国との距離は違っているが、基本的には政治とは切り離されている。だから国同士の戦争が起きても、冒険者ギルドは冒険者ギルドの理念に従って仕事を受注する。
しかし今回は違う。エルディンは、アクロシア王国の冒険者ギルドもターゲットにして、冒険者たちにも少なくない犠牲が出た。だからエルディンを恨んでいる冒険者は多く、ギルド職員でさえエルフへの感情は悪辣だ。
「そ、それは………私には関係ないわ! 今はそんなことどうでも良いでしょ! いいからギルドマスターを呼びなさいよ! いや、フォルティシモって冒険者、そいつと話をさせて! お願いだから!」
エルミアが感情のままに主張したものは受け入れられず、最終的には王国騎士を呼ばれてしまい、大人しく連行されるしかなかった。
取り調べを受けたエルミアは、今度はアクロシア王国の王女が神鳥と呼んだという話を思い出し、王女がフォルティシモと何らかの関係があると考える。
「王女と話をさせて!」
そう言った時、騎士たちの表情が険しくなるのには気が付いていたけれど、このままではあの黄金のドラゴンに御神木が殺されてしまう。焦っていたエルミアに、彼らの気持ちを慮る余裕はなかった。
「おい、エルフ」
「な、何よ?」
「【隷従】を掛けられた人間がどんな気持ちになるのか、お前にも教えてやろうか?」
殺意にも似た敵意を向けられて、ヴォーダンという男がエルフという種族に与えてしまったものを改めて知った。
大陸における様々な人類は、主張の違いはあれど魔物という脅威に対して一致団結していた。それにも関わらず、エルディンは明確に同じ人類の国家へ戦争を仕掛けた。それも大陸最強の国家として、様々な国の先頭に立って魔物の討伐をしてくれていたアクロシア王国に対してだ。
アクロシア王国の弱体は、そのせいで魔物に殺される者が増えると言って過言ではない。
今のアクロシアの王族は高貴だ。王子たちは魔物討伐の先頭に立って命を落としていった。実の息子たちを次々と失っていったけれど、現王は大陸の各国を一つでも多く助けようと動いていて、そんな姿勢を支持する者たちからの人気も抜群だった。
ただ今は、エルディンを力で叩き潰したと吹聴されている王女に上回られているが。
ともかく、エルディンはアクロシア王国という人類の守護者を内側から攻撃した反逆者だ。自然とエルフたちへの感情は強いものとなる。
何を言っても無駄だと分かったエルミアは、ただ黙って彼らの裁定を受け入れた。
エルミアは反省のためと一晩の拘留処置を言い渡された。正直に言えば、そんなことをしている暇はなかったのだけれど、ここで暴れたところであっという間に取り押さえられてしまうだけで、まして銀髪の冒険者を探すのは難しいと分かっていた。
連れて行かれたのはアクロシア王城の地下牢のようで、犯罪者を逃がさないための場所だった。光が差すような窓はなく、光源は松明の光だけ。鉄格子の中はかなり広いようだが、真四角ですぐに全体を見通せる。
少し騒いだだけでこのような場所へ入れられる理由は、すぐに理解できた。
「スーリオン、様?」
「エルミア? 何故お前がここに?」
ハイエルフの長老の一人スーリオン。エルミアがアクロシアの冒険者ギルドで出会い、空渡りの秘宝とエルディンに残った者たちへの伝言を託してくれたエルフ。
そしてエルミアが入れられた牢屋にはスーリオンだけではなく、何人ものエルフたちが力なく項垂れていた。
「こ、これは、一体? 何故、このような場所に」
「………アクロシア王国は我らを信じていない。だからだろう」
「ですが、これではまるで犯罪者でっ」
「我らは侵略者だ。自国の民である犯罪者と同じ扱いだけでも幸運だろう」
スーリオンの言いたいことは頭では理解できる。それでも感情では決して理解できない。すべてがヴォーダンの責任なのだ。どうしてエルフの皆が責を負わなければならないのか。
「それよりもエルミア、お前だ。一体どうしたのだ? 何故ここに入れられた?」
エルミアはエルディンへ戻った後、黄金のドラゴンに里が焼き尽くされたことを話した。その話だけで、泣き崩れる者や嗚咽を漏らす者が後を絶たなかったけれど、御神木より残されたエルフたちだけは無事に逃げおおせたと聞いて、少しだけ明るい雰囲気が戻る。
そしてエルミアは、ヴォーダンを討伐した者が黄金のドラゴンも討伐してくれるはずだと口にする。しかしその反応は芳しいものではなかった。
「だ、大丈夫だから、そいつ、黄金のドラゴンよりレベルが高いはずだからっ」
「エルミア、そうではない。あの悪鬼ヴォーダンを倒した者は、アクロシア王国に味方している。我らの願いを聞き届けて貰えるとは思えん」
エルミアは自分がフォルティシモなる冒険者を見つければ、すぐに黄金のドラゴンも討伐してくれるものだと思い込んでいた。しかし助けを求めたからと言って、誰でも無償で助けてくれるはずがない。
そのフォルティシモだって、アクロシア王国を救うことに利益があったから、ヴォーダンという化け物を討伐してくれたのだ。
つまりフォルティシモを見つけたところで、物語に謳われる英雄のように助けてはくれない。
スーリオンは何も言えなくなったエルミアの前に、空渡りの秘宝を掲げてみせた。
「エルミア、再びエルディンの地へ戻り、思うように行動すると良い」
「スーリオン、様?」
「もはやこの大陸で、我らエルフの生きる場所はないだろう。お前はエルディンを発った後、多くの苦難を超えてそこまでの地位へと登り詰めた。それを我らが無為にしてしまった。大陸に生きるすべてのエルフに泥を塗ったのだ。ならばせめて、目の前のお前だけは後悔のないよう後押ししたい。長寿の我らだからこそ、後悔する時間も長いのでな」
エルミアはスーリオンから再び空渡りの秘宝を受け取り、再度エルディンの地を踏んだ。
黄金のドラゴンに焼かれた故郷を目にして、悔やみながらも復讐の炎に火を灯そうとしていたエルミアは、その声を聞いて飛び上がるほどに驚いた。
> なんてことだ。戻って来てしまったのかい?
エルミアは声のした方向へ向き直る。それはエルディンの里から少し外れた大きな湖と樹齢一万年と言われる巨大な樹木のある場所で、お祭りの時はそこにエルフの至宝が飾られて踊りや音楽を楽しむのだ。その巨大な樹木は御神木と呼ばれていて、エルディンが国という形になる前からエルフたちを見守ってくれている。
そしてエルミアには、その御神木と心を交わすことができた。何故かは分からないが、初めてお祭りに参加した日に声が聞こえたのだ。それからというもの、御神木には色々なことを教えて貰った。彼―――彼女かも知れない―――は絵本のような御伽噺が好きで、自分は元々人間だったとか、大国アクロシアやカリオンドルの城も真っ青な天高い建物に住んでいたとか、空の先にある“宇宙”という場所へ旅行したとか、人の心を解析して作り出したとか、この世界そっくりのもう一つの世界を自由に行き来したとか、愉快な話をしてくれた。
「御神木さん!?」
エルミアは急いで走り出し、湖の畔までやってくる。そこには変わらず御神木が鎮座していた。変わり果ててしまった故郷の情景の中で、唯一変わらずいてくれた一帯の光景に思わず目尻に涙が浮かぶ。
> 早く逃げるんだ。あれはすぐ戻って来る。あの黄金竜は、プレイヤーを殺すまで止まらない
「黄金竜って、あの黄金のドラゴンのこと? 戻ってくるって、御神木さんを殺しに来るの?」
> そうだ。あれは、僕のような者を殺すために動いている。エルフのみんなを巻き込みたくなかったから、フェアロスに頼んでみんなを逃がしたんだ。君はフェアロスたちと合流すると良い
思いがけずに得られた同胞たちが無事であるという情報。エルミアは喜んだのも束の間、御神木の話しぶりから不穏なものを感じ取る。
「御神木さんも、逃げないと」
> 駄目だ。あれは僕を追ってくる。それに、僕はここを動けないしね
「で、でもっ、何か方法が………」
> 僕は元々交通事故で死んだ身だ。それなのに普通の人よりもずっと長く生きた。こうして自分の子孫である君の顔まで見れたんだ。思い残すことはないよ
こうして声のやりとりができるとは言え、御神木はあくまでも樹木である。この土地に根を張っていて簡単には動くことができない。そんなことは問い掛けるまでもなく分かっている。
「あれを」
> エルミア?
「あれを倒せれば良いんでしょ!? 大丈夫! 倒せる奴を知ってる! あの、ヴォーダンも倒した奴を!」
> ヴォーダンを倒した? ヴォーダンを倒せるようなプレイヤーが現れたのか。でも駄目だ。この世界に、あんなレベルのモンスターを倒せる存在は居ないよ
「大丈夫よ! レベルが見えない冒険者が居たの! きっとあのドラゴンよりもレベルが高いはずよ!」
> レベルが、見えない? 君の力でも見えないってこと? 情報ウィンドウの表示がバグっているのか? でも、神が作った世界の摂理が誤作動を起こすなんて考えられない。だったら、神の想定を超えた“何か”が現れた?
エルミアは一秒でも早く、あのやたらと美男子な銀髪の冒険者の元へ向かおうとしていた。今だけはヴォーダンを倒されてしまった気持ちを押し殺して、彼へ素直に頭を下げられる気がする。
> 待つんだ。エルミア、本当に、その彼のレベルは分からなかったのかい?
「ええ、間違いないわ。何度も確認したけど、私でも分からなかった」
> そう………。君に僕のアイテム、魔法道具をあげる
「魔法道具?」
> 魔法の絨毯だよ。馬車や徒歩よりは、かなり早く移動できる。それから、乗ってると魔力が減っていくから、魔力回復薬も持って行くと良い
何もない虚空から、強い魔力を感じさせる絨毯といくつもの魔法薬が飛び出して来た。エルミアの知る御神木は、昔からこういった不思議なことができたので驚きは少ない。
> 僕も君の見た人に会ってみたい。だから、急いで迎えに行ってくれ
「分かったわ。すぐに連れて来るから!」
> ああ、もう抵抗するつもりはなかったけど、事情が変わったみたいだ。僕はその人に会わなければならない。頼んだよ、エルミア
エルミアが御神木から受け取った魔法の絨毯は、信じられない力を持つ魔法道具だった。この大陸の移動手段と言えば主流なのは馬車であり、引かせる馬によって速度に多少の違いはあるものの、何倍もの差があるものではない。
大陸の南側にあるチタニージル共和国が、魔導駆動車という馬車の何倍もの速度が出せる魔法道具を開発しているものの、魔力の消費が大きすぎて誰もが使えるような性能ではない。
それに対して魔法の絨毯は、わずかな魔力にも関わらず馬車の十倍以上の速度で“浮遊”しながら進んでいた。この浮遊というのが重要で、馬車や魔導駆動車では迂回しなければならない悪路でも平然と走行できる。
エルミアは最短距離でエルディンからアクロシア王国の王都まで戻って来た。
「Aランクのエルミアよ! 緊急事態発生、今すぐギルドマスターと話をさせて!」
すぐにギルドへ駆け込んで、ギルドカードを掲げて職員へ詰め寄る。大陸の脅威となる黄金のドラゴンを討伐するために、彼の力を借りなければならないので、普段はランクを笠に着た要求をしないエルミアもこの時ばかりは違っていた。
「緊急事態、というのは、何でしょう?」
ギルド職員はエルミアに対して懐疑の視線を送っていた。それは友好条約を無視して戦争を仕掛け、とうとう王都まで攻め込んできたエルフたちへの不信だ。
エルミアは自分が耳を隠すのを失念したのに気が付いたが、それは後の祭りだった。
それでもアクロシア王国へ侵攻したのはヴォーダンがやったことであり、エルミアは彼らと同じ被害者である。それを理解して欲しいなんて、無茶だとは分かっているのに理解しないギルド職員に苛立ちが募る。
「とにかく強い魔物が現れたの! 早くしないと手遅れになるわ!」
「そうですか。魔物の種類は分かりますか? 場所は?」
「ドラゴンよ! 場所はエルディン!」
ギルド職員が書類に記入しようとしていた手が止まった。
「エルディン………? エルディンに魔物が現れたから、討伐して欲しいと?」
その時、ようやく気が付いた。エルミアはこのアクロシア冒険者ギルドの中で、目立っていた。目立っているだけでなく、憎悪や嫌悪、侮蔑と言った視線に晒されている。
エルフだからだ。
「随分と、都合の良い話ですね」
冒険者ギルドは各国にあり、それぞれ国との距離は違っているが、基本的には政治とは切り離されている。だから国同士の戦争が起きても、冒険者ギルドは冒険者ギルドの理念に従って仕事を受注する。
しかし今回は違う。エルディンは、アクロシア王国の冒険者ギルドもターゲットにして、冒険者たちにも少なくない犠牲が出た。だからエルディンを恨んでいる冒険者は多く、ギルド職員でさえエルフへの感情は悪辣だ。
「そ、それは………私には関係ないわ! 今はそんなことどうでも良いでしょ! いいからギルドマスターを呼びなさいよ! いや、フォルティシモって冒険者、そいつと話をさせて! お願いだから!」
エルミアが感情のままに主張したものは受け入れられず、最終的には王国騎士を呼ばれてしまい、大人しく連行されるしかなかった。
取り調べを受けたエルミアは、今度はアクロシア王国の王女が神鳥と呼んだという話を思い出し、王女がフォルティシモと何らかの関係があると考える。
「王女と話をさせて!」
そう言った時、騎士たちの表情が険しくなるのには気が付いていたけれど、このままではあの黄金のドラゴンに御神木が殺されてしまう。焦っていたエルミアに、彼らの気持ちを慮る余裕はなかった。
「おい、エルフ」
「な、何よ?」
「【隷従】を掛けられた人間がどんな気持ちになるのか、お前にも教えてやろうか?」
殺意にも似た敵意を向けられて、ヴォーダンという男がエルフという種族に与えてしまったものを改めて知った。
大陸における様々な人類は、主張の違いはあれど魔物という脅威に対して一致団結していた。それにも関わらず、エルディンは明確に同じ人類の国家へ戦争を仕掛けた。それも大陸最強の国家として、様々な国の先頭に立って魔物の討伐をしてくれていたアクロシア王国に対してだ。
アクロシア王国の弱体は、そのせいで魔物に殺される者が増えると言って過言ではない。
今のアクロシアの王族は高貴だ。王子たちは魔物討伐の先頭に立って命を落としていった。実の息子たちを次々と失っていったけれど、現王は大陸の各国を一つでも多く助けようと動いていて、そんな姿勢を支持する者たちからの人気も抜群だった。
ただ今は、エルディンを力で叩き潰したと吹聴されている王女に上回られているが。
ともかく、エルディンはアクロシア王国という人類の守護者を内側から攻撃した反逆者だ。自然とエルフたちへの感情は強いものとなる。
何を言っても無駄だと分かったエルミアは、ただ黙って彼らの裁定を受け入れた。
エルミアは反省のためと一晩の拘留処置を言い渡された。正直に言えば、そんなことをしている暇はなかったのだけれど、ここで暴れたところであっという間に取り押さえられてしまうだけで、まして銀髪の冒険者を探すのは難しいと分かっていた。
連れて行かれたのはアクロシア王城の地下牢のようで、犯罪者を逃がさないための場所だった。光が差すような窓はなく、光源は松明の光だけ。鉄格子の中はかなり広いようだが、真四角ですぐに全体を見通せる。
少し騒いだだけでこのような場所へ入れられる理由は、すぐに理解できた。
「スーリオン、様?」
「エルミア? 何故お前がここに?」
ハイエルフの長老の一人スーリオン。エルミアがアクロシアの冒険者ギルドで出会い、空渡りの秘宝とエルディンに残った者たちへの伝言を託してくれたエルフ。
そしてエルミアが入れられた牢屋にはスーリオンだけではなく、何人ものエルフたちが力なく項垂れていた。
「こ、これは、一体? 何故、このような場所に」
「………アクロシア王国は我らを信じていない。だからだろう」
「ですが、これではまるで犯罪者でっ」
「我らは侵略者だ。自国の民である犯罪者と同じ扱いだけでも幸運だろう」
スーリオンの言いたいことは頭では理解できる。それでも感情では決して理解できない。すべてがヴォーダンの責任なのだ。どうしてエルフの皆が責を負わなければならないのか。
「それよりもエルミア、お前だ。一体どうしたのだ? 何故ここに入れられた?」
エルミアはエルディンへ戻った後、黄金のドラゴンに里が焼き尽くされたことを話した。その話だけで、泣き崩れる者や嗚咽を漏らす者が後を絶たなかったけれど、御神木より残されたエルフたちだけは無事に逃げおおせたと聞いて、少しだけ明るい雰囲気が戻る。
そしてエルミアは、ヴォーダンを討伐した者が黄金のドラゴンも討伐してくれるはずだと口にする。しかしその反応は芳しいものではなかった。
「だ、大丈夫だから、そいつ、黄金のドラゴンよりレベルが高いはずだからっ」
「エルミア、そうではない。あの悪鬼ヴォーダンを倒した者は、アクロシア王国に味方している。我らの願いを聞き届けて貰えるとは思えん」
エルミアは自分がフォルティシモなる冒険者を見つければ、すぐに黄金のドラゴンも討伐してくれるものだと思い込んでいた。しかし助けを求めたからと言って、誰でも無償で助けてくれるはずがない。
そのフォルティシモだって、アクロシア王国を救うことに利益があったから、ヴォーダンという化け物を討伐してくれたのだ。
つまりフォルティシモを見つけたところで、物語に謳われる英雄のように助けてはくれない。
スーリオンは何も言えなくなったエルミアの前に、空渡りの秘宝を掲げてみせた。
「エルミア、再びエルディンの地へ戻り、思うように行動すると良い」
「スーリオン、様?」
「もはやこの大陸で、我らエルフの生きる場所はないだろう。お前はエルディンを発った後、多くの苦難を超えてそこまでの地位へと登り詰めた。それを我らが無為にしてしまった。大陸に生きるすべてのエルフに泥を塗ったのだ。ならばせめて、目の前のお前だけは後悔のないよう後押ししたい。長寿の我らだからこそ、後悔する時間も長いのでな」
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