廃課金最強厨が挑む神々の遊戯

葉簀絵 河馬

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第五章

第百八十六話 デーモン種

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 鍵盤商会の店舗と従業員寮は、ダアトがガチャ産アイテムをねだってきたので、建物から内装までつうと相談の上で好きに使って良いと伝えてある。ガチャ産アイテムは異世界ファーアースで調達するよりも便利なことが多く、特にセキュリティの面では比較にならない。

 フォルティシモは店舗に顔を出して従業員たちの注目を集めてから、寮の中に入っていった。フォルティシモが現れると、従業員寮内で寛いでいただろうエルフや亜人族たちが一斉に慌ただしくなる。

 従業員寮内の全員が集まって敬礼をしそうな勢いだったため、それを押し止めた。鍵盤商会の正規従業員は、エルフ以外はダアトとキャロルに救われた者であり、フォルティシモは主人の主人、雲の上の人物だ。彼女たちの反応も仕方のないことだろう。ご苦労とか、困ってることはあるか、とかボキャブラリーの少なさを発揮して挨拶をした。

 もちろんフォルティシモは、好きでこんなことをしている訳ではない。鍵盤商会で働いている者はほとんどが天空の国フォルテピアノの民であり、休日は『浮遊大陸』へ戻って来る。その時にFPを回復する量を少しでも増やすため、フォルティシモという存在を印象付けているのだ。

 それとは別にダアトからも、鍵盤商会へ来る時は必ず三十人以上に声を掛けてくださいと言われているので、そちらの理由も大きい。何の意味があるのかは知らない。

 途中で数えるのを止めた挨拶が終わった後、鍵盤商会へやって来た目的のため、従業員寮の応接室へ入っていった。

 応接室とは言え寮のものなので、使うのは身内だ。従業員同士の面談や相談に乗ったり、家族が尋ねて来た場合に使う部屋である。室内は雑然としており、誰かの描いた落書きが飾られていたり、客や同業者から貰った統一性のない花々が部屋の隅を占領していたりする。

 応接室で待っていたのはエルミアとテディベア、そしてキャロルだった。

「昨日の内にメッセージは送ったが、本当に知らないんだろうな?」

 テディベアと待ち合わせたのは他でも無い。アルティマに大ダメージを与えたデーモンの女武者について、テディベアが何かを知らないのか確認するためである。

 テディベアは机の上に立ちながら、ぬいぐるみの頭を左右に振った。

「人を樹木に変えられる奴だ。性転換くらい簡単にできるんじゃないのか?」
『クレシェンドがネカマになって、カリオンドル皇国の大使館を襲ったって意味かい?』

 フォルティシモも自分で言っておきながら、有り得ないなと思う。ゲームの中で性別を偽るネカマプレイを否定するつもりはないが、この状況でやる意味はまったくない。それにあのクレシェンドがネカマプレイを進んで楽しんでいたら、それはそれで気色が悪かった。

 なお、ピアノと出会った当初にネナベをカミングアウトされて驚いたように、フォルティシモのアバター変更課金アイテムでは、種族や身長体重容姿まで自由自在なのに性別の変更は不可能である。

『クレシェンドの従者の中にも、デーモンの女性はいなかったよ』
「アルを攻撃したのは従者じゃない。それは最初から分かってる」

 従者同士が戦闘した場合、拠点攻防戦を挑む条件が成立するが、現在のフォルティシモはクレシェンドどころか誰にも挑める状態にない。

『悪いけど、本当に心当たりはない。新しくやって来たプレイヤーという線が濃厚じゃないかな。それがクレシェンドに騙されてカリオンドル皇国の大使館を襲ったとか』

 役に立たないテディベアの頭をポンポンと叩いていると、エルミアがテディベアを退避させた。

「叩かないでよ」
「力は入れてない。とにかくエルミアにも指名依頼を出すからギルドまで付いて来い」

 テディベアを【拠点】へ呼ぶのではなく鍵盤商会で待ち合わせとしたのは、この後に冒険者ギルドへ寄ってデーモンの女武者に関する情報と捜索を依頼するためだ。エルミアたち<リョースアールヴァル>には指名依頼で、他の冒険者には情報料としての賞金と通常依頼で対応する。

「あなたからの依頼なんだし、正式なものだから請けるけど、デーモンなんてとっくに絶滅した種族を探すのは大変そうね」
「何? 絶滅した種族?」
「そーいや、昨日の夜、街を探しても一人も見つけられなかったですね」

 エルミアが驚いてフォルティシモとキャロルを見比べていた。

「デーモンは、エルフやドワーフと違って、何百年も前に滅んだそうよ」
「それは本当か?」
「学者じゃないんだから、知らないわよ。そう言われてるってだけ。私が産まれた時にはもう居なかったし」

 フォルティシモが出会ったデーモンはクレシェンドと女武者の二人で、おそらく二人共プレイヤーなので、異世界ファーアースのデーモンが絶滅していようと幽霊に会った訳ではない。

 プレイヤーや従者のアバターに選択可能な種族が絶滅している。これまでのファーアースオンラインと異世界ファーアースの差異を考えると、本当なのか疑わしい。

 クレシェンドに謀られていたせいで、何もかもがクレシェンドの策略に思えてきてしまう。

「あなたたち、本当に大陸の歴史に疎いのね。デーモンを滅ぼしたのはカリオンドル皇国って話もあるのに」
「初耳だ。誰も何も言わなかったぞ」
『僕が補足するよ。エルミアが言っているのは、あくまで可能性が高いとされる一説で何の証拠もない。ただ、当時のカリオンドル皇国は混乱していて、その中で悪魔狩りが行われていたのは確からしい』

 テディベアもその頃は既に御神木だったので伝聞だと付け加えた。

 歴史が古すぎたり記録が残っていなくて正確な情報を得られない事象は、リアルワールドでもよくある。VRが世界を席巻しAIが進化した現代でも、邪馬台国がどこにあったのかは分かっていない。

 フォルティシモは歴史学者になりたい訳でも、歴史を解明したい訳でもないので、デーモンが滅びたのが何百年も前なら役に立ちそうな情報ではなかった。この話は頭の片隅に留めておくだけで充分だろう。

「フォルさん、ちょっと待ってください。そこで覗いてる奴、出て来やがれです」

 キャロルが呼び掛けると、応接室の扉から竜人族の少女が恐る恐ると言った様子で現れた。



 フォルティシモはすっかり忘れかけていたが、それは昨夜レイプされそうになっていたところを助けた竜人族の少女だった。今はボロボロになっていたドレスではなく、キャロルの普段着を着ている。フォルティシモがはだけたドレスを見てキャロルに服を用意するように言ったので、自分の普段着を貸したのだろう。

 明るい場所で見た竜人族の少女は、全体的に色素が薄く儚げな美人だった。キュウの可愛さとも、ラナリアの輝く美しさとも、フォルティシモの従者たちが持つそれらとも違う。

「まだ居たんですか。さっさと家に帰りやがれって言ったじゃねーですか」

 キャロルの言葉に竜人族の少女は俯いてしまった。

「あの時は、助けて頂きまして、心より感謝いたします」

 フォルティシモとは目も合わせないところを見ると、やはり彼女に恐れられている。ここまで恐れられていると、それはそれでFPに期待できるかも知れない。FPは好意だろうと悪感情だろうと関係無いからだ。

 しかし今のフォルティシモは、竜人族の少女のことは優先順位の低い事柄だ。美人である点は良いと思うし、助けたことでフォルティシモを慕ってくれるのであれば気に掛けようとも思うが、こうも恐れられているとむしろ苛立ってくる。

 六十パーセントの八つ当たりと、三十五パーセントの下心と、五パーセントの善意で助けた。

 苛立つ資格がない気がしたので、苛立ちはさっと忘れることにした。彼女は昨日レイプされそうになった可哀想な少女で、未だに男性を恐れているに違いない。

「まあ良いじゃないか、キャロ」
「なんで悟ったみたいな顔になってやがるです?」
「あなたまた何かしたの? 竜人族ってことは、良いところの出よ。また助けた代わりに尻尾や耳を好き勝手するつもりなら、止めたほうが良いわよ」

 竜人族は大陸で大きな勢力を誇っている。カリオンドル皇国を始めとした亜人族が住まう国では、竜人族の気位は高い。そういう亜人族は、亜人族の特徴である部位を触られるのを嫌がるらしい。

「………。………………いやモフモフしてないから、竜人族はそんなに好きじゃない。エルフの耳を触りたいと言ったことはないだろ」
「人種差別なんだけど、馬鹿にされているというより、馬鹿にしたい気分になるわ」

 フォルティシモは竜人族の少女を凝視する。竜人族の少女は今まで目も合わせずに恐れていたけれど、こうして凝視すると全身を緊張させてフォルティシモを見つめ返してきた。

 竜人族の少女はフォルティシモと目が合うと、みるみる内に顔を青くしていく。それを見て横のキャロルが溜息を吐いた。

「こいつ、帰る場所がねーらしーです」
「帰る場所がない? ああ、そういうことか」

 フォルティシモは政略結婚のために連れて来られて、それが嫌で逃げ出したのだろうと当たりを付けた。竜人族は大陸会議の参加者の中には居なかったので、彼女自身の地位は低いだろうが、この容姿であれば喜んで迎え入れる男が大勢いるはずだ。

「ここでしばらく働かせてもかまわねーですか?」
「キャロが面倒を見るなら好きにして良いぞ」

 竜人族の少女はフォルティシモとキャロルの間で視線を彷徨わせている。

「アバター変更と【隠蔽】もして貰っていーですか? このままじゃ目立ち過ぎるんで」

 フォルティシモは深く考えずにキャロルの頼みを了承していく。竜人族の少女についてはキャロルが引き受けたので、フォルティシモの頭の中はデーモンの女武者と、大陸会議で話し掛けて来たプレイヤーでいっぱいになっていた。
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