廃課金最強厨が挑む神々の遊戯

葉簀絵 河馬

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第八章

第三百七十四話 未世界ファーアース

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 光の扉を抜けると南国であった。

 キュウが立っている場所は、空から太陽が暑い日差しを照りつけていて、エメラルドグリーンの海に白い砂浜が広がっている。どこかトーラスブルス海上王国を思い起こさせる光景だった。

 ただそこがトーラスブルスでないことは一目瞭然で、その証拠に砂浜では、大勢の白い翼を持つ者たちが思い思いに過ごしている。ある者は日光浴を楽しみ、ある者は波に乗り、ある者はハンモックで揺られていた。

「楽園?」

 ちょっとイメージとは違うけれど、聖マリア教で語られる楽園なのかと思うのも仕方がないだろう。

 さらにキュウは、自らの姿に驚いてしまう。

 キュウが身に着けているのは、狐人族の里でも使われている作りの粗い簡素な麻の服だ。つうが作ってくれた毛並みに合うように色彩が考えられ綺麗な刺繍の入った強力な魔法道具の服ではなかった。同様にアンクレット、髪飾りもない。

 マグナが作ってくれた魔法武具の刀や小手もだ。極めつけに、いつも大事に持ち歩いてる主人から貰った思い出の懐中時計までなかった。

「何をもたもたしている。こっちだ」

 キュウは太陽神ケペルラーアトゥムに話し掛けられて、急いで彼女の後を付いて小走りになる。彼女へ何か問いかけたいと思うけれど、問いかけたい事柄が多すぎて何から問いかけて良いか分からないし、答えて貰えるのかも怪しい。

 太陽神ケペルラーアトゥムが向かう先にあるのは、超巨大な建造物だった。アクロシア王国の王城やカリオンドル皇国の皇城の何十倍もありそうな桁外れに巨大な建造物である。

 何百階あるのだろうか。もはや地上から全貌を確認することが困難で、上まで見上げようとすると首を痛めそうだった。

「地上部分は四百階だよ」
「ひゃうっ!?」

 突然、女神マリアステラがキュウの背中に覆い被さってきた。彼女は相変わらず笑いながら、キュウをベタベタと触っている。

「ま、マリアステラ、さま」

 砂浜にいたはずの白い翼を持つ者たち―――エンジェルたちが、一斉に跪いていた。もちろんキュウへ向かってではなく、女神マリアステラへ敬服しているのだ。

「ようこそ、私の世界へ」



 地上四百階建てだと言う建造物の内部は、豪奢そのものだった。

 飾られている絵画や彫刻、壺や茶器は至宝と呼べるほどに美しいものばかりで、室内の照明はそれらを引き立てる最高の光量で照らしていた。歩いている絨毯はフワリという音が聞こえてきそうなほどで、逆に歩きづらいと思ってしまう。何よりもこの建造物の中には埃一つないのではないか、と言うほどに綺麗に清掃されていて、靴を脱ぎたい気持ちにさせた。

「私の部屋へ行って、ファーアースオンラインで遊んでみる?」
「それは、その、お誘いは大変嬉しいのですが」
「冗談だよ」

 キュウは歩いている最中も、女神マリアステラから頻繁に話しかけられた。建造物内には大勢の使用人がいるようだけれど、誰も彼もが女神マリアステラへ敬服し、その視界に入ることを恐れ多いと考えているようだった。

 彼女が通れば誰もが頭を床へこすりつける。ベタベタされているキュウは非常に居心地が悪い。

 使用人たちの種族に統一性はなかった。全員がエンジェルかと思っていたけれど、エルフやドワーフ、様々な亜人族が仕事をしている。さらに人族なのかも分からない、魔物と見紛う見たことも聞いたこともない種族まで混ざっていた。

 しばらく太陽神ケペルラーアトゥムの後を付いて行き着いたのは、薄暗い部屋だった。これだけ贅沢な巨大建造物の一室なので、お金がなくて照明を取り付けなかったということはないだろう。

 部屋の広さは五十畳ほどあるが、四角い箱がそこら中に置かれていて、手狭さを感じさせる。部屋の中央には球体のようなものが浮かんでいて、その周囲を薄い膜が覆っていた。

 太陽神ケペルラーアトゥムは球体の前まで歩いて行くと、くるりと体勢を反転させ、キュウと視線を交わす。

「これがファーアースだ」

 キュウは球体を見つめる。球体は刻一刻と移り変わっていて、生き物のように動いている気がした。大地や海、街や山、草原に砂漠に森。小さな世界がそこに広がっている。

「ファーアースとは未世界だ。これ単体では世界に成り得ない、未熟な世界という意味となる」

 太陽神ケペルラーアトゥムは、球体の大地とその周囲の膜を順番に指差した。

「滅び行く世界と未世界、二つの世界が支え合った重ね合わせの世界、これがお前たちの言う、異世界ファーアース、遊戯盤の姿となる」
「え、えっと、ケペルラーアトゥム様が、元々あった世界に、ファーアースを上書きした、のですよね?」
「先入観が邪魔しているようだな。愚かな角付き、デーモン共の話を真に受けたか」

 キュウが聞いた話では、太陽神ケペルラーアトゥムはデーモンたちの故郷の大地を遊戯盤に選び、彼らから奪い取った悪辣非道な女神である。

 ただしそれはあくまでもデーモンたちからの言葉だ。少なくともキュウ自身は、太陽神ケペルラーアトゥムがそんなことをしたところは見たり聞いたりしていない。

「我らは神だ。我らは慈悲と試練は与えるが、一方的に奪うことはない」

 太陽神ケペルラーアトゥムはデーモンたちから故郷を奪い、主人の両親を殺した女神である。しかし圧倒的な力を持つ太陽の女神が、何の理由もなくそんなことをするだろうか。

 太陽神ケペルラーアトゥムが言うように、彼女は神だ。ただ超然的な力を持つだけではない。少なくとも人類以上の情報を持ち、考えて行動している。

 そもそも、ただの気まぐれや遊びで“神戯”なんてものを開催するはずがないのだ。

 だって神戯では、勝利した者が神となってしまう。自分たちに届き得てしまう。自分たちの地位が脅かされてしまう。

 事実、主人の祖父、近衛天翔王光という神々から危険視されたプレイヤーまで現れた。神々はリスクを負って神戯を開催しているのだ。

 神戯には、里長タマが言えなかった真実がある。

 だからこれから聞くことは、主人に最も報告しなければならない事実で、最も報告したくない悪夢だ。



「デーモンたちが母なる大地と呼ぶ世界は、千年前、人の欲望の果て、滅びる直前だった」

 だから太陽神ケペルラーアトゥムは、母なる大地を救うため神戯の遊戯盤へ選んだ。

「滅びを回避するため、私の創造した未世界と融合したのだ。そうして世界は生き存えた。神戯が世界を生かした」

 太陽神ケペルラーアトゥムは主人がするように虚空へ手を掲げた。虚空には光の窓のようなものが現れて、文字や絵柄を形成している。

 キュウは直感的に、それが主人やピアノがいつも使っている情報ウィンドウなのだと当たりを付けた。

「そしてお前たちが信仰心エネルギーと呼ぶものは、権能を使うためのエネルギーに限らない。世界を維持するための力であり、人を神の領域へ到達させる力でもある。神戯によって溜められたエネルギーは、『勝利者がいれば勝利者が神に成る』ために使われる」

 球体の膜が、一カ所へ集中した。代わりに球体はボロボロと崩れ落ちてしまう。

 異世界ファーアースが滅びてしまったのかと心配したけれど、キュウの尻尾を両手で握り締めている女神マリアステラから「さっき同期を切ったから、今見ているのはただの映像だよ」と言って貰えた。なんで尻尾を握り締められているのかは分からない。

「だが『勝利者がいなければ世界を維持する』ために使われる。【最後の審判】では一つの世界すべてを滅ぼしてでも、神に成るるべき存在かどうかを判定する。世界か勝利者かの審判だ」

 球体が元の状態に戻ったかと思うと、今度は球体の膜が世界全体を覆い溶けていった。球体は今までよりも青や緑の明るい色に包まれている。

「お前の願うプレイヤーが勝利すれば、千年の間溜められたエネルギーは、プレイヤーが神に成るために使われてしまう。そうすれば、遊戯盤ファーアースとデーモンたちの言う母なる大地は同時に滅びる」
「すいません、ちょっとだけ、待って、ください。頭の整理が追いつかなくてっ」

 太陽神ケペルラーアトゥムはまるで、デーモンたちを、NPCたちを、救うために行動していると聞こえる。

「整理する必要などない。単純だ」

 キュウが整理しようとする前に、太陽神ケペルラーアトゥムは情報の雨を降らせる。

「すべてのプレイヤーを抹殺しろ。そして溜まったエネルギーを世界を救うために使い、お前がファーアースの神と成れ。それが遊戯盤とデーモンと世界の人々を救う道。我が偉大なる神に選ばれたお前だけが、“救世主”になれる」

 キュウはしばらくの間、無言で球体を眺めていた。

「神戯の、ルールを変更する方法があると、聞きました」
「勝利者が神に成るルールを破棄し、溜まったエネルギーを世界のためだけに使うよう変更すれば可能だ。だが理想論だな。それで得をする参加者も神もいない。すべての神戯を否定する行為には、同意は得られない」

 里長タマは最初から主人へ伝えていた。

 主人に遊戯盤、異世界ファーアースを救う方法は“無い”と。



 一つ、異世界ファーアースは、滅びるはずの世界でそれを太陽神が神戯に選び救った。

 一つ、太陽神の救いは恒久的なものではなく、本当に世界を救うには神戯によってプレイヤーたちが使った信仰心エネルギーが必要。

 一つ、信仰心エネルギーは神戯の勝利者が神に成るために使うエネルギーで、勝利が確定した時点で消費される。だからプレイヤーに全滅して貰わなければならない。

 キュウはあまりの状況に息を呑む。

 このまま、主人へ伝えるのか。

 里長タマが言ったように、私たちに異世界ファーアースを救う方法はなかった、という常識システムを主人へ伝えることがキュウの役割なのだろうか。

 主人かキュウ、どちらか片方しか生き残れないと。

 その時、キュウは一つの想いを得る。

 それは里長タマからキュウが“到達者”だと聞かされてから、ずっと胸の内にあった疑問。

 キュウが神戯も得ずに神へ到り達するような才能だと言う。

 別に、それならそれで良い。キュウは主人たちに褒められた耳には多少の自信を持っている。だが、その理論では、主人がキュウよりも才能で劣ると言っている気がした。

 それが嫌だった。

 キュウがこの耳で“到達者”となり得るのであれば、主人はもっと凄いはずだ。

 キュウができるのは、主人のために知識を持ち帰ること。

 ならば今は考えるのではなく、できるだけ多くの情報を知るべき。

 動かすべきは頭ではなく耳だ。

 聞こえたのは―――。



「さて、ここまで知ってしまったお前を、遊戯盤へ帰す訳にはいかない」

 キュウは耳を必死で動かしていたので、太陽神ケペルラーアトゥムからの宣言を聞き違えたのかと思った。

「………え? だ、だって、マリアステラ様が」
「私は教えてあげるようには言ったけど、教えた後に無事に帰せとは言ってないよ」

 キュウは目を見開いて女神マリアステラを見る。もう女神マリアステラへの抗議を隠せなかった。たしかに危険は承知の上であり、女神マリアステラに甘えた行動であったけれど、なんか色々とキュウへ言ってくれていたのに、今になって裏切られた気分だ。

 これだけ毛並みをぐちゃぐちゃにされて、耳を弄られ続けても我慢したのに。

「ただし、お前はプレイヤーフォルティシモの従者だ。我が光はあまねく存在に平等。順番は逆となるが、これよりお前へ試練を与える」

 キュウは今の発言へ違和感を覚えたけれど、続いて聞こえて来た声に意識を集中せざるを得なかった。

> クエストが発生しました

> 神戯と遊戯盤について知ってしまった今、あなたは元の世界へ帰ることが許されない。
> 元の世界へ帰るには、太陽の女神と天使から逃げ切り、ポータルへ飛び込むしかない。
> 達成条件 ポータルへの到達
> 制限時間 0:30:00
> イベントクエスト『イカロスの翼』を受注しました

 そして次の瞬間、太陽神ケペルラーアトゥムはキュウへ向かって手を掲げる。
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