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第八章
第三百九十二話 大氾濫の日 魔王託
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フォルティシモは【運営からのお知らせ】を使ってアクロシア大陸へ語り掛ける。
「空の大陸に住んでるフォルティシモだ。俺から、この世界に生きるお前たちに言いたいことがある」
異世界ファーアースに生きる者たちは、この世界が滅びると知らされ、不安と自暴自棄に苛まれていた。
「俺から、この世界に生きるお前たちに言いたいことがある」
大勢を説得する場合、理路整然とした言葉は効果が薄い。特に情報伝達どころか教育さえも不十分な世界では、いくら言葉を重ねたところで逆効果だ。
「俺がお前たちを救ってやる。もう二度と、大氾濫にも、魔物にも怯えずに住む世界を俺が作る。お前たちは、ただ俺を」
逆に、絶対的な強者から投げ掛けられる分かり易い言葉は、真実以上の力を持つはず。
「この最強のフォルティシモを信じろ」
まあ、フォルティシモはその言葉を真実にするが。
フォルティシモの言葉は、他の誰かが言えば空想家か虚言癖かと言われただろうけれど、フォルティシモの言葉だから違った。
大陸の空に大地を浮かべる、神話の世界から飛び出して来た天空の王フォルティシモ。
浮遊大陸も、死者蘇生も、空間を繋ぐ魔術も、ドラゴンの災害で現れた魔王の太陽も、世界の終焉も、人々にとって空想の世界の出来事にしか思えなかったけれど。
今、たしかに天空の魔王が約束した。
世界を救うと。
もちろん女神の神託を全員が信じなかったように、天空の王フォルティシモの魔王託も誰もが信じた訳ではない。
けれど、これまでのフォルティシモの行動を知り、それが伝わり、そして今の大陸の情勢を少しでも知る者は、こう考えた。
信じてみても良い。
「世界が終わる」という女神の神託よりは、「世界を救う」という魔王の託宣を信じたい。
それは正常性バイアスの結果だったとしても、たしかにフォルティシモは、人々の安心の対象として選ばれた。
◇
ある冒険者は自分の理解者を増やすため、目に付いた子供の両親を惨殺しようとした。今なら大氾濫で魔物に襲われたのだと思われるだろう。そうしたら子供は大氾濫を憎み、ある冒険者を理解してくれる。
「やめろ」
ある冒険者を静止する声がして、思わず動きを止めた。
ある冒険者が振り返ると、静止した者の姿を見て驚く。アクロシア大陸で最強と呼ばれ、各地で討伐不可能と言われた魔物を次々に倒した伝説の冒険者にして現アクロシア王国ギルドマスターガルバロス。ある冒険者も、かつては冒険者ガルバロスの物語に憧れたものだ。
しかし今は大怪我を負って前線から退いてしまった、大氾濫から逃げ出した臆病者に過ぎない。
大氾濫の最中にも関わらず、安全な街中に居る時点で人々を魔物から守る冒険者として失格だ。
「お前、北の防衛に加わったんじゃなかったのか? 何故ここにいる?」
「あんたこそ、なんでここにいるんだよ」
「ギルドカードに出たメッセージについて、聖マリア教へ確認に行っていた。お前は、いや聞くまでもないか」
ガルバロスの視線は、ある冒険者が子供の両親へ向けて振り上げた武器に向けられていた。
「魔物がここまで来ていたので、助けようとしたんですよ」
ある冒険者は武器を降ろして、敵意はないと見せながらガルバロスへ近付く。
ガルバロスは怪我のせいで素早い動きには対応できない。射程に入った瞬間、ある冒険者は武器を突き出した。
「へ?」
ガルバロスはある冒険者の武器を軽いステップで回避して、腕を締め上げて地面に倒す。
「な、なんで!?」
「足ならフォルティシモに治して貰った」
「は、はぁ!? なら、どうして冒険者に戻らないんだよ!? 戦えよ! 命を賭けろよ!」
「戦っている。ギルドマスターとしてな。命を賭けている。俺よりも大切な、娘ノーラが」
ガルバロスはある冒険者を押さえ付ける力を更に強くした。
「あの子はもう、俺よりもレベルが高い。<青翼の弓とオモダカ>は俺たちのパーティーよりも強い。俺があの子のためにできることは、ギルドマスターとしての仕事を最大限全うすることだけだ」
「ふ、巫山戯るなっ! そんなの、だったら、俺たちの、俺の戦いは何だったんだ!? 俺たち冒険者が、みんなを守るんじゃなかったのか!?」
「冒険者が守るんじゃない。人々のため率先して危険を冒す者が、冒険者だ。冒険者が手に入れたもので人々を守るのは、王や神の仕事だろう」
「だったら、なんで、なんで女神は救ってくれなかったんだよ………!」
「女神に絶望したか。なら、ちょっと、天空の王を信じてみたらどうだ?」
◇
辺境の国にある冒険者ギルドは、一人のギルド職員の手によって血の海に染められていた。
世界終焉の神託が下った後、混乱する冒険者ギルドへ現れた職員が次々と冒険者へ襲い掛かったのだ。辺境の国には勿体ないレベルの持ち主だったけれど、元々は冒険者を軽視して問題を起こしたギルド職員だった。
「そこまでにしておけ」
それを止める冒険者の姿があった。
Aランク冒険者ギルバートとその冒険者パーティー。大陸最強のアクロシア王国で頂点の一画にあった冒険者パーティーだったけれど、ある問題を起こしてしまい、それ以来大国から身を引いて、小国で稼ぎの少ない仕事をこなしていた。
「ぎ、ギルバートさん? なんで、あなたが? ああ! 私を迎えに来てくれたんですね! でもごめんなさい。私、アクロシア王国へ戻るつもりはないんです。私は天空の国へ行きます。私の活躍できる場所へ」
「交代ついでに討伐状況の報告へ来ただけだ。それと、アクロシアの正職員の顔と名前は覚えているが、お前のことは知らん。とは言え、冒険者を蔑ろにする職員なんて覚えていたくないが」
「は? 何、言ってるんですか? ほら、インターンであなたのことも見ていたじゃないですか」
「俺は、あいつほど顔を覚えるのが苦手だとは思わないが、それで覚えているはずがないだろう」
ギルバートの答えに対して、ギルド職員は暴れ出した。言葉にならない悲鳴のような叫びを繰り返して、この世の何もかもを罵倒しているようだった。
ギルド職員は辺境の国から見れば高レベルだったけれど、アクロシア王国で最上位の冒険者だったギルバートに敵うはずがない。あっという間に制圧され気を失った。
ギルバートのパーティーメンバーが、高級な魔法薬を使ってその場の人々を助けていく。一命を取り留められたかどうかは、五分五分と言ったところだ。
「あんな職員を見ていると、あいつの誘いを断ったこと、少し後悔するな」
その光景を見ていたギルバートは、ぽつりと本音が口に出た。
ギルバートはたった今世界中へ託宣を告げている最強の男から、「フォルテピアノに冒険者ギルドを作るから、冒険者のノウハウを伝える指導員になってくれ」と依頼された。
しかしギルバートの冒険者パーティーは、かつてその最強の男を騙して裏切り、闇討ちしようとまでした。ギルバート自身はそれに関わっていないけれど、パーティーメンバーの責任はリーダーの責任でもある。だから丁重に断った。
「せめて、あいつが信じるに値する冒険者であることを、ここで伝えてやるか」
◇
ある小国の貴族令嬢は、尊敬すべき母親の背中を見ながら育ってきた。彼女の母親は、今の時代は平民や奴隷など身分は関係無く皆で魔物へ立ち向かわなければならないと唱え、領民たちと共に苦難を乗り越えていったのだ。
父親から急病で療養していると言われた時には、母親の代わりに自分が頑張らなければと思った。結局、母親は二度と会えないまま帰らぬ人になってしまったけれど、その信念は貴族令嬢の中に残っている。
だから世界の終末を告げるギルドカードからの神託が下った時も、己の中の信念がぶれることはなかった。混乱する領民たちに対して、何よりも先に布告を出す。
「この神託が事実かどうかは、すぐに聖マリア教の本部へ使者を送ります。しかしこの大氾濫が今までとは違う可能性もあります。皆さんは疎開の準備を進めてください」
貴族令嬢は、父親へアクロシア王国へ連絡し、可能であれば天空の国フォルテピアノの庇護を受けないかと提案した。
提案したら、父親は貴族令嬢を殴り、縛り上げられた。そして下品な笑みを浮かべ、実の娘である貴族令嬢の純血を奪おうとした。
「ああ、若いのは良いな。あいつの最後は緩くて困った。俺を見下していた罰が下った気分はどうだ? お前もあいつのように泣いて謝って許しを請え!」
「おっ、父様っ、やめ、て、くださいっ! 私たちは親子ですっ」
「ああ、だから、お前は俺のものだ。俺の言うことだけを聞いて、俺に奉仕していれば良いんだ。お前の母親と同じように」
貴族令嬢の頭と心が真っ赤に染まりそうになった時、寝室の扉が爆発する。
「な、なんだ!?」
そこに立っていたのは、竜人族の女性だった。そしてその背後には使用人や領民たちが、各々に武器を構えている。
「まったく、大氾濫の時にこんな愚か者が出るとは」
「貴様ら! なんのつもりだ! 衛兵! すぐにこいつらを殺せ!」
たるんだ裸体を晒しながら叫ぶ男は、父親と認めたくないほどに醜悪で滑稽である。
「黙りなさい! 私はコーデリア=カリオンドル! この大氾濫で、フォルティシモ陛下からあなたのような者を粛正するよう命じられた者です!」
「亜人が、人へ意見するな! カリオンドル! 内政干渉を平気でするとは、獣はルールを知らんようだな!」
父親は馬鹿な差別発言をしたけれど、カリオンドル皇国の第一皇女を、そして天空の国フォルテピアノに役割を任されていると言う彼女を蔑ろにするなど、正気の沙汰ではない。
コーデリアは容赦なく父親に対して拳を振るった。
カリオンドル皇国の皇族は、初代皇帝の血をどれだけ継いでいるかで権威が決まる。それが他の国とは違う決定的な価値観であり、事実カリオンドル皇国の皇族は、単純に強い。
父親は一撃で床を転がって意識を失う。
拳を振り抜いたコーデリアの姿は、正しく百獣の王だった。
その様子を見た使用人や領民たちが貴族令嬢の元へ駆け寄って、裸の貴族令嬢の身体を隠すように上着を掛けてくれて、男性は父親を連れて出て行くように支持してくれた。
貴族令嬢は自分の状況、実の父親に裏切られ陵辱されそうになった状況よりも、まずこの地を預かる貴族としての責務をこなさなければならない。
「お、お初にお目に掛かります。私は―――」
カリオンドル皇国の第一皇女コーデリアは、初代皇帝から受け継いだ圧倒的な能力を笠に来てやりたい放題。誰もそれを止められない我が侭姫だと噂されていた。
しかし噂とはまったく当てにならない。
「あなた! わたくしの活躍を、フォルティシモ陛下の前で証言しなさい! 偽証しろとは言わないわ。むしろ嘘は厳禁よ。見たまま、正直に話すだけでいいの。いい!?」
「は、はい!」
カリオンドル皇国の第一皇女コーデリア。彼女は自然に、大氾濫が終わった後の話をしていた。
信じているのだ。
天空の王フォルティシモが世界を救ってくれると。
「空の大陸に住んでるフォルティシモだ。俺から、この世界に生きるお前たちに言いたいことがある」
異世界ファーアースに生きる者たちは、この世界が滅びると知らされ、不安と自暴自棄に苛まれていた。
「俺から、この世界に生きるお前たちに言いたいことがある」
大勢を説得する場合、理路整然とした言葉は効果が薄い。特に情報伝達どころか教育さえも不十分な世界では、いくら言葉を重ねたところで逆効果だ。
「俺がお前たちを救ってやる。もう二度と、大氾濫にも、魔物にも怯えずに住む世界を俺が作る。お前たちは、ただ俺を」
逆に、絶対的な強者から投げ掛けられる分かり易い言葉は、真実以上の力を持つはず。
「この最強のフォルティシモを信じろ」
まあ、フォルティシモはその言葉を真実にするが。
フォルティシモの言葉は、他の誰かが言えば空想家か虚言癖かと言われただろうけれど、フォルティシモの言葉だから違った。
大陸の空に大地を浮かべる、神話の世界から飛び出して来た天空の王フォルティシモ。
浮遊大陸も、死者蘇生も、空間を繋ぐ魔術も、ドラゴンの災害で現れた魔王の太陽も、世界の終焉も、人々にとって空想の世界の出来事にしか思えなかったけれど。
今、たしかに天空の魔王が約束した。
世界を救うと。
もちろん女神の神託を全員が信じなかったように、天空の王フォルティシモの魔王託も誰もが信じた訳ではない。
けれど、これまでのフォルティシモの行動を知り、それが伝わり、そして今の大陸の情勢を少しでも知る者は、こう考えた。
信じてみても良い。
「世界が終わる」という女神の神託よりは、「世界を救う」という魔王の託宣を信じたい。
それは正常性バイアスの結果だったとしても、たしかにフォルティシモは、人々の安心の対象として選ばれた。
◇
ある冒険者は自分の理解者を増やすため、目に付いた子供の両親を惨殺しようとした。今なら大氾濫で魔物に襲われたのだと思われるだろう。そうしたら子供は大氾濫を憎み、ある冒険者を理解してくれる。
「やめろ」
ある冒険者を静止する声がして、思わず動きを止めた。
ある冒険者が振り返ると、静止した者の姿を見て驚く。アクロシア大陸で最強と呼ばれ、各地で討伐不可能と言われた魔物を次々に倒した伝説の冒険者にして現アクロシア王国ギルドマスターガルバロス。ある冒険者も、かつては冒険者ガルバロスの物語に憧れたものだ。
しかし今は大怪我を負って前線から退いてしまった、大氾濫から逃げ出した臆病者に過ぎない。
大氾濫の最中にも関わらず、安全な街中に居る時点で人々を魔物から守る冒険者として失格だ。
「お前、北の防衛に加わったんじゃなかったのか? 何故ここにいる?」
「あんたこそ、なんでここにいるんだよ」
「ギルドカードに出たメッセージについて、聖マリア教へ確認に行っていた。お前は、いや聞くまでもないか」
ガルバロスの視線は、ある冒険者が子供の両親へ向けて振り上げた武器に向けられていた。
「魔物がここまで来ていたので、助けようとしたんですよ」
ある冒険者は武器を降ろして、敵意はないと見せながらガルバロスへ近付く。
ガルバロスは怪我のせいで素早い動きには対応できない。射程に入った瞬間、ある冒険者は武器を突き出した。
「へ?」
ガルバロスはある冒険者の武器を軽いステップで回避して、腕を締め上げて地面に倒す。
「な、なんで!?」
「足ならフォルティシモに治して貰った」
「は、はぁ!? なら、どうして冒険者に戻らないんだよ!? 戦えよ! 命を賭けろよ!」
「戦っている。ギルドマスターとしてな。命を賭けている。俺よりも大切な、娘ノーラが」
ガルバロスはある冒険者を押さえ付ける力を更に強くした。
「あの子はもう、俺よりもレベルが高い。<青翼の弓とオモダカ>は俺たちのパーティーよりも強い。俺があの子のためにできることは、ギルドマスターとしての仕事を最大限全うすることだけだ」
「ふ、巫山戯るなっ! そんなの、だったら、俺たちの、俺の戦いは何だったんだ!? 俺たち冒険者が、みんなを守るんじゃなかったのか!?」
「冒険者が守るんじゃない。人々のため率先して危険を冒す者が、冒険者だ。冒険者が手に入れたもので人々を守るのは、王や神の仕事だろう」
「だったら、なんで、なんで女神は救ってくれなかったんだよ………!」
「女神に絶望したか。なら、ちょっと、天空の王を信じてみたらどうだ?」
◇
辺境の国にある冒険者ギルドは、一人のギルド職員の手によって血の海に染められていた。
世界終焉の神託が下った後、混乱する冒険者ギルドへ現れた職員が次々と冒険者へ襲い掛かったのだ。辺境の国には勿体ないレベルの持ち主だったけれど、元々は冒険者を軽視して問題を起こしたギルド職員だった。
「そこまでにしておけ」
それを止める冒険者の姿があった。
Aランク冒険者ギルバートとその冒険者パーティー。大陸最強のアクロシア王国で頂点の一画にあった冒険者パーティーだったけれど、ある問題を起こしてしまい、それ以来大国から身を引いて、小国で稼ぎの少ない仕事をこなしていた。
「ぎ、ギルバートさん? なんで、あなたが? ああ! 私を迎えに来てくれたんですね! でもごめんなさい。私、アクロシア王国へ戻るつもりはないんです。私は天空の国へ行きます。私の活躍できる場所へ」
「交代ついでに討伐状況の報告へ来ただけだ。それと、アクロシアの正職員の顔と名前は覚えているが、お前のことは知らん。とは言え、冒険者を蔑ろにする職員なんて覚えていたくないが」
「は? 何、言ってるんですか? ほら、インターンであなたのことも見ていたじゃないですか」
「俺は、あいつほど顔を覚えるのが苦手だとは思わないが、それで覚えているはずがないだろう」
ギルバートの答えに対して、ギルド職員は暴れ出した。言葉にならない悲鳴のような叫びを繰り返して、この世の何もかもを罵倒しているようだった。
ギルド職員は辺境の国から見れば高レベルだったけれど、アクロシア王国で最上位の冒険者だったギルバートに敵うはずがない。あっという間に制圧され気を失った。
ギルバートのパーティーメンバーが、高級な魔法薬を使ってその場の人々を助けていく。一命を取り留められたかどうかは、五分五分と言ったところだ。
「あんな職員を見ていると、あいつの誘いを断ったこと、少し後悔するな」
その光景を見ていたギルバートは、ぽつりと本音が口に出た。
ギルバートはたった今世界中へ託宣を告げている最強の男から、「フォルテピアノに冒険者ギルドを作るから、冒険者のノウハウを伝える指導員になってくれ」と依頼された。
しかしギルバートの冒険者パーティーは、かつてその最強の男を騙して裏切り、闇討ちしようとまでした。ギルバート自身はそれに関わっていないけれど、パーティーメンバーの責任はリーダーの責任でもある。だから丁重に断った。
「せめて、あいつが信じるに値する冒険者であることを、ここで伝えてやるか」
◇
ある小国の貴族令嬢は、尊敬すべき母親の背中を見ながら育ってきた。彼女の母親は、今の時代は平民や奴隷など身分は関係無く皆で魔物へ立ち向かわなければならないと唱え、領民たちと共に苦難を乗り越えていったのだ。
父親から急病で療養していると言われた時には、母親の代わりに自分が頑張らなければと思った。結局、母親は二度と会えないまま帰らぬ人になってしまったけれど、その信念は貴族令嬢の中に残っている。
だから世界の終末を告げるギルドカードからの神託が下った時も、己の中の信念がぶれることはなかった。混乱する領民たちに対して、何よりも先に布告を出す。
「この神託が事実かどうかは、すぐに聖マリア教の本部へ使者を送ります。しかしこの大氾濫が今までとは違う可能性もあります。皆さんは疎開の準備を進めてください」
貴族令嬢は、父親へアクロシア王国へ連絡し、可能であれば天空の国フォルテピアノの庇護を受けないかと提案した。
提案したら、父親は貴族令嬢を殴り、縛り上げられた。そして下品な笑みを浮かべ、実の娘である貴族令嬢の純血を奪おうとした。
「ああ、若いのは良いな。あいつの最後は緩くて困った。俺を見下していた罰が下った気分はどうだ? お前もあいつのように泣いて謝って許しを請え!」
「おっ、父様っ、やめ、て、くださいっ! 私たちは親子ですっ」
「ああ、だから、お前は俺のものだ。俺の言うことだけを聞いて、俺に奉仕していれば良いんだ。お前の母親と同じように」
貴族令嬢の頭と心が真っ赤に染まりそうになった時、寝室の扉が爆発する。
「な、なんだ!?」
そこに立っていたのは、竜人族の女性だった。そしてその背後には使用人や領民たちが、各々に武器を構えている。
「まったく、大氾濫の時にこんな愚か者が出るとは」
「貴様ら! なんのつもりだ! 衛兵! すぐにこいつらを殺せ!」
たるんだ裸体を晒しながら叫ぶ男は、父親と認めたくないほどに醜悪で滑稽である。
「黙りなさい! 私はコーデリア=カリオンドル! この大氾濫で、フォルティシモ陛下からあなたのような者を粛正するよう命じられた者です!」
「亜人が、人へ意見するな! カリオンドル! 内政干渉を平気でするとは、獣はルールを知らんようだな!」
父親は馬鹿な差別発言をしたけれど、カリオンドル皇国の第一皇女を、そして天空の国フォルテピアノに役割を任されていると言う彼女を蔑ろにするなど、正気の沙汰ではない。
コーデリアは容赦なく父親に対して拳を振るった。
カリオンドル皇国の皇族は、初代皇帝の血をどれだけ継いでいるかで権威が決まる。それが他の国とは違う決定的な価値観であり、事実カリオンドル皇国の皇族は、単純に強い。
父親は一撃で床を転がって意識を失う。
拳を振り抜いたコーデリアの姿は、正しく百獣の王だった。
その様子を見た使用人や領民たちが貴族令嬢の元へ駆け寄って、裸の貴族令嬢の身体を隠すように上着を掛けてくれて、男性は父親を連れて出て行くように支持してくれた。
貴族令嬢は自分の状況、実の父親に裏切られ陵辱されそうになった状況よりも、まずこの地を預かる貴族としての責務をこなさなければならない。
「お、お初にお目に掛かります。私は―――」
カリオンドル皇国の第一皇女コーデリアは、初代皇帝から受け継いだ圧倒的な能力を笠に来てやりたい放題。誰もそれを止められない我が侭姫だと噂されていた。
しかし噂とはまったく当てにならない。
「あなた! わたくしの活躍を、フォルティシモ陛下の前で証言しなさい! 偽証しろとは言わないわ。むしろ嘘は厳禁よ。見たまま、正直に話すだけでいいの。いい!?」
「は、はい!」
カリオンドル皇国の第一皇女コーデリア。彼女は自然に、大氾濫が終わった後の話をしていた。
信じているのだ。
天空の王フォルティシモが世界を救ってくれると。
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