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避けられたまま、俺達は誕生日を迎えてしまった。
「時春、誕生日おめでとう」
一番最初に笑顔で『おめでとう』と言ってくれたのは母親だった。
桜司に避けられていて『おめでとう』って気分じゃないけれど、そう言ってもらえるのはやっぱり嬉しい。
いつも『おめでとう』と言われる立場だった誕生日……。
生まれて初めて『おめでとう』と言ってあげたいと思った。
俺も桜司に『おめでとう』って言いたい。
学校へ行ったら一番に言ってあげよう。
そう意気込んで登校したのに、いくら待っても桜司は来なかった。
どうやら桜司は学校を休んだようだ。
やばい……結構辛い。
机に突っ伏したまま……ほとんど動けなかった。
先生の話も全然頭に入ってこなかった。
「時春? なんでそんな落ち込んでんだ? 今日ずっとそんな感じだったな」
放課後にクラスメイトの高野が不思議そうに問いかけてきた。
「桜司が学校来なかった……」
高野とは比較的仲が良い方だ。だから本音がポロリとこぼれる。
「あれ? お前、関口といつも一緒だったよな? 何も聞いてねぇの?」
「…………」
聞いていたらこんなに落ち込んでない。
「あいつって、友達いないじゃん。作らないっつーか。時春だけは特別に見えたけどな」
「本当か……?」
俺もそう思いたかった。どこか他人を寄せ付けない桜司は、俺だけには心を許してくれているんじゃないかと思いたかった。それなのに、避けられて……俺はやっぱり特別じゃなかったみたいだ……。
「でも……言い辛いか……」
大きなため息と共に吐き出された言葉に違和感を覚える。
「何が?」
「いやぁさ、俺はあいつと小中学校が一緒だったから知ってんだけど、今日ってあいつの誕生日だろ?」
高野も知っていたのか。
「そうだな」
高野は一呼吸置いて、桜司の席に視線を送った。
「でもさ、あいつの母親が死んだ日でもあるんだってさ──」
「え……?」
指先から段々と全身が冷たくなるような感覚に怖くなる。
桜司の誕生日と母親が死んだ日が一緒?
言葉を上手く理解できなかった。
◆◇◆
俺は走っていた。
高野の言葉を何度も反芻する。
『毎年学校休んで墓参りに行ってるらしい。あいつの誕生日におめでとうって言葉は禁句なんだよ。暗黙の了解ってやつ? 小中学校はさ、そんな感じで気を遣われてたんだ』
誕生日に『おめでとう』が禁句……それなら俺は、桜司に無神経にお祝いしようって言っていた。
母親が死んだ日にお祝いしようなんて、俺はっ──。
『出産の時に色々問題があったみたいで、関口を産んでそのまま──だってさ。自分が生まれたのが、母親の命と引き換えだったなんて……きついよなぁ……』
俺は、なんで走ってるんだ……。
会ってどうする? でも、会いたい。
会った後の事なんて考えてない。
今、桜司が泣いているんじゃないかと思ったら、居ても立っても居られない。
桜司の家は、そこの突き当たりを曲がった先だ。
早く……早く会わなくちゃ。
突き当たりを曲がった先に桜司と父親がいるのを発見した。
丁度タクシーから降りている所だった。
先に俺に気付いたのは父親の方だった。
「大滝くん……」
桜司の家で何度か会っていた。俺のことを覚えていてくれたみたいだ。
「え……?」
桜司が俺の方を見た。真っ直ぐ顔を見たのは久しぶりだ。こんな辛そうな顔してたのか……。
側まで駆けていけば、呼吸がうまくできなくて空気を何度も吸い上げた。
言葉を発するにはもう少し時間が掛かりそうだった。
「桜司。家に上がってもらいなさい」
桜司の父親は、そんな俺を見てそう言ってくれた。
呼吸を整えつつ言葉を発する。
「……お線香……あげさせて下さい……」
俺の言葉に桜司の父親はふわりと微笑んだ。
桜司に似ていると思った。
◆◇◆
家の中は線香の匂いが残っていた。
桜司の母親が亡くなっているとは聞いていたけれど、線香をあげるのは初めてだ。
仏壇の前の座布団に座れば、桜司が蝋燭に火をつけてくれる。
「学校で聞いたんだ……今日はお前の母親の命日だって……」
「そっか……」
桜司は、俺の斜め背後に正座した。
線香に火をつけて、香炉に立てた。おりんを叩けばチーンと鳴り響く。
仏壇の写真の女の人は、幸せそうに笑っていた。
この人が桜司の母親……こんな優しそうな人なら俺を許してくれるよな──心は決まった。
そっと手を合わせた。
「桜司のお母さん、初めまして。俺は大滝時春と言います。これから言う言葉に怒ったりしないで下さい。お願いします」
「時春……?」
くるりと振り返って桜司を真っ直ぐに見る。
俺の方を見る桜司はすごく悲しそうに見えた。
「桜司──……誕生日……おめでとう」
桜司の顔がくしゃりと歪んだ。
すごく痛そうな顔をしている。
「桜司のお母さんが亡くなった事、悲しいと思う。でも、でもさ、俺はやっぱり嬉しいんだ。桜司と出会えて嬉しい。桜司と仲良くなれて嬉しい。桜司が生まれてきてくれて嬉しい。桜司のお母さんに感謝してる。桜司を産んでくれてありがとうって思ってる」
桜司は、下を向いて膝の上にあった手をギュッと握った。
やっぱり母親の死んだ日におめでとうなんて……言われたくないか……。
「俺は馬鹿だからさ、お前の気持ちとか理解しようとしたけど、できなくて……お前が俺を避けた理由がおめでとうって言われるのが嫌だったなら──」
「違うっ!」
桜司の叫ぶ声を初めて聞いた。
心が痛くなりそうな悲痛な叫びだった。
「僕は……時春におめでとうって言って欲しかったんだ……。母が死んだ日に……時春と一緒にお祝いしたいって思ってしまったんだ……。母の命を奪ったのは僕なのに……そんな僕が……おめでとうって言われる立場になりたいなんて……許されないと思った……。だから、時春から逃げたんだ……っ」
絞り出すような桜司の言葉に胸が痛い。
そんな風に思っていたのか……。
「桜司……逆なんじゃないか? お前のお母さん、すげー優しそうな人だ。お前がおめでとうって言われて、喜ばない人に見えないよ。桜司のお母さんが一番おめでとうって言いたかったんじゃないか?」
俺の母親みたいに、朝起きて一番に息子に言ってあげたかったはずだ。
「だから、やっぱりおめでとうだよ」
桜司は、仏壇に飾ってある写真に目を向けた。
「母さん……」
そんな桜司の横に来たのは桜司の父親だった。
今まで黙って俺たちの会話を聞いていた。
「桜司。私はお前に言った事がなかったかもしれない……誕生日……おめでとう……」
「──っ」
桜司は、父親にそう言われて蹲まって泣き出した。
桜司の父親は、その背にそっと手を添えた。
「子育てと仕事に追われて……気付いたらここまで来ていた。命日には悲しみに打ちのめされて、息子におめでとうと言えなかった……ダメな父親で……ごめんな……」
「父さんは……僕をっ……恨んでいるんじゃないかって……思って……」
嗚咽混じりの桜司の言葉は、胸を痛くする。
「母さんが亡くなって数年は、心の整理がつかなかった。でも、そんな事忘れるぐらい、お前がここにいてくれて幸せだ」
桜司の父親の手はとても優しく添えられているように見えた。
「父さん……っ!」
桜司の父親は、自分に縋りついて泣く桜司を優しく慰めていた。
桜司の泣き声はしばらく辺りに響いていた。
◆◇◆
泣き疲れた桜司はそのまま寝てしまっていた。
桜司の父親は、どこからかタオルケットを持ってきて桜司に掛けてあげていた。
「大滝くん……おめでとうって桜司に言ってくれてありがとう……君が大事な事に気付かせてくれた……」
「いいえ……」
桜司は父親ともすれ違っていたのかもしれない。
仕事でほとんど家にいないから、話もできていなかったんだろう。
「桜司はいつも大丈夫だって言って笑うから……それに甘えていたんだ……」
愛した人が亡くなるのは悲しい事だと思う。そんな中で、男一人で子供を育てるって事が、どれほど大変なものなのか。桜司も甘えたくても甘えられなかったんだ。
桜司を見つめる視線はどこまでも優しい。桜司がもしも寂しいんだと父親に言っていたら、きっと応えてくれたんじゃないかと思う。
だから俺は、桜司の父親を責める気にはならなかった。
「良かったら……これから桜司と誕生日をお祝いしてやってくれないか?」
「いいんですか?」
「桜司は君と二人でお祝いしたいと思うんだ。私は仕事があるから、一緒にいてあげて」
ニッコリ笑ってくれる桜司の父親に、付き合っている事も気付かれているのではないかと少し思う。
でも、その時はその時だ。堂々と俺が好きなのは桜司だって言いたい。
「頼んだよ」
「は、はいっ!」
もちろん大歓迎だ。
急いで買い物をしに行った。
帰ってきた時にはもう桜司の父親は家を出ていた。桜司はまだ眠ったままでホッとする。
コンビニのケーキとコンビニのお惣菜。それらをダイニングテーブルに並べて桜司が起きるのを待っていた。
「時春……?」
少しして、目を擦りながら体を起こした桜司は、俺に気付くと近くにやってきた。
椅子を引いて座らせてやる。
桜司の父親が今日は帰ってくるのが遅いと伝える。
「桜司、一緒にお祝いしよう!」
「うん……」
照れ臭そうに笑う桜司に俺も照れ臭くなる。
「ケーキ、コンビニで悪いな」
「いいよ。誕生日にケーキ食べたの……初めてだから……」
「マジで?」
「うん……」
桜司は父親にケーキを強請った事もなかったのか……。
だったら少し遠くても、ホールのケーキを買いに行ってあげるべきだったか……。
そんな事を思っていても、桜司は美味しいと言って笑ってくれた。
「時春……ずっと避けててごめん……」
「いいって。気にするなよ」
「自分で避けていたのに……時春に嫌われるのは怖かった……勝手だよね……」
桜司は、ケーキに視線を落としながら、俺にごめんともう一度言った。
「それじゃ、今後は俺に隠し事はなしだ! 自分の気持ちは素直に言葉にしろ。俺もそうする」
「うん……」
優しく微笑むいつもの顔だけれど、付き物が取れたように心の底から笑ってくれているのがわかる。
トクンッと自分の心臓の音が聞こえた。もっと好きになったみたいだ。
「俺は桜司が大好きだって何回だって言うよ」
こんなに好きになれる人に出会えた事に感謝しかない。
「時春……僕の誕生日に欲しいものがあったんだ……」
「なんだ?」
桜司が物を欲しがるなんて珍しい。
桜司にあげられるものなら何でもあげたい。
「君自身を……僕にくれない?」
「時春、誕生日おめでとう」
一番最初に笑顔で『おめでとう』と言ってくれたのは母親だった。
桜司に避けられていて『おめでとう』って気分じゃないけれど、そう言ってもらえるのはやっぱり嬉しい。
いつも『おめでとう』と言われる立場だった誕生日……。
生まれて初めて『おめでとう』と言ってあげたいと思った。
俺も桜司に『おめでとう』って言いたい。
学校へ行ったら一番に言ってあげよう。
そう意気込んで登校したのに、いくら待っても桜司は来なかった。
どうやら桜司は学校を休んだようだ。
やばい……結構辛い。
机に突っ伏したまま……ほとんど動けなかった。
先生の話も全然頭に入ってこなかった。
「時春? なんでそんな落ち込んでんだ? 今日ずっとそんな感じだったな」
放課後にクラスメイトの高野が不思議そうに問いかけてきた。
「桜司が学校来なかった……」
高野とは比較的仲が良い方だ。だから本音がポロリとこぼれる。
「あれ? お前、関口といつも一緒だったよな? 何も聞いてねぇの?」
「…………」
聞いていたらこんなに落ち込んでない。
「あいつって、友達いないじゃん。作らないっつーか。時春だけは特別に見えたけどな」
「本当か……?」
俺もそう思いたかった。どこか他人を寄せ付けない桜司は、俺だけには心を許してくれているんじゃないかと思いたかった。それなのに、避けられて……俺はやっぱり特別じゃなかったみたいだ……。
「でも……言い辛いか……」
大きなため息と共に吐き出された言葉に違和感を覚える。
「何が?」
「いやぁさ、俺はあいつと小中学校が一緒だったから知ってんだけど、今日ってあいつの誕生日だろ?」
高野も知っていたのか。
「そうだな」
高野は一呼吸置いて、桜司の席に視線を送った。
「でもさ、あいつの母親が死んだ日でもあるんだってさ──」
「え……?」
指先から段々と全身が冷たくなるような感覚に怖くなる。
桜司の誕生日と母親が死んだ日が一緒?
言葉を上手く理解できなかった。
◆◇◆
俺は走っていた。
高野の言葉を何度も反芻する。
『毎年学校休んで墓参りに行ってるらしい。あいつの誕生日におめでとうって言葉は禁句なんだよ。暗黙の了解ってやつ? 小中学校はさ、そんな感じで気を遣われてたんだ』
誕生日に『おめでとう』が禁句……それなら俺は、桜司に無神経にお祝いしようって言っていた。
母親が死んだ日にお祝いしようなんて、俺はっ──。
『出産の時に色々問題があったみたいで、関口を産んでそのまま──だってさ。自分が生まれたのが、母親の命と引き換えだったなんて……きついよなぁ……』
俺は、なんで走ってるんだ……。
会ってどうする? でも、会いたい。
会った後の事なんて考えてない。
今、桜司が泣いているんじゃないかと思ったら、居ても立っても居られない。
桜司の家は、そこの突き当たりを曲がった先だ。
早く……早く会わなくちゃ。
突き当たりを曲がった先に桜司と父親がいるのを発見した。
丁度タクシーから降りている所だった。
先に俺に気付いたのは父親の方だった。
「大滝くん……」
桜司の家で何度か会っていた。俺のことを覚えていてくれたみたいだ。
「え……?」
桜司が俺の方を見た。真っ直ぐ顔を見たのは久しぶりだ。こんな辛そうな顔してたのか……。
側まで駆けていけば、呼吸がうまくできなくて空気を何度も吸い上げた。
言葉を発するにはもう少し時間が掛かりそうだった。
「桜司。家に上がってもらいなさい」
桜司の父親は、そんな俺を見てそう言ってくれた。
呼吸を整えつつ言葉を発する。
「……お線香……あげさせて下さい……」
俺の言葉に桜司の父親はふわりと微笑んだ。
桜司に似ていると思った。
◆◇◆
家の中は線香の匂いが残っていた。
桜司の母親が亡くなっているとは聞いていたけれど、線香をあげるのは初めてだ。
仏壇の前の座布団に座れば、桜司が蝋燭に火をつけてくれる。
「学校で聞いたんだ……今日はお前の母親の命日だって……」
「そっか……」
桜司は、俺の斜め背後に正座した。
線香に火をつけて、香炉に立てた。おりんを叩けばチーンと鳴り響く。
仏壇の写真の女の人は、幸せそうに笑っていた。
この人が桜司の母親……こんな優しそうな人なら俺を許してくれるよな──心は決まった。
そっと手を合わせた。
「桜司のお母さん、初めまして。俺は大滝時春と言います。これから言う言葉に怒ったりしないで下さい。お願いします」
「時春……?」
くるりと振り返って桜司を真っ直ぐに見る。
俺の方を見る桜司はすごく悲しそうに見えた。
「桜司──……誕生日……おめでとう」
桜司の顔がくしゃりと歪んだ。
すごく痛そうな顔をしている。
「桜司のお母さんが亡くなった事、悲しいと思う。でも、でもさ、俺はやっぱり嬉しいんだ。桜司と出会えて嬉しい。桜司と仲良くなれて嬉しい。桜司が生まれてきてくれて嬉しい。桜司のお母さんに感謝してる。桜司を産んでくれてありがとうって思ってる」
桜司は、下を向いて膝の上にあった手をギュッと握った。
やっぱり母親の死んだ日におめでとうなんて……言われたくないか……。
「俺は馬鹿だからさ、お前の気持ちとか理解しようとしたけど、できなくて……お前が俺を避けた理由がおめでとうって言われるのが嫌だったなら──」
「違うっ!」
桜司の叫ぶ声を初めて聞いた。
心が痛くなりそうな悲痛な叫びだった。
「僕は……時春におめでとうって言って欲しかったんだ……。母が死んだ日に……時春と一緒にお祝いしたいって思ってしまったんだ……。母の命を奪ったのは僕なのに……そんな僕が……おめでとうって言われる立場になりたいなんて……許されないと思った……。だから、時春から逃げたんだ……っ」
絞り出すような桜司の言葉に胸が痛い。
そんな風に思っていたのか……。
「桜司……逆なんじゃないか? お前のお母さん、すげー優しそうな人だ。お前がおめでとうって言われて、喜ばない人に見えないよ。桜司のお母さんが一番おめでとうって言いたかったんじゃないか?」
俺の母親みたいに、朝起きて一番に息子に言ってあげたかったはずだ。
「だから、やっぱりおめでとうだよ」
桜司は、仏壇に飾ってある写真に目を向けた。
「母さん……」
そんな桜司の横に来たのは桜司の父親だった。
今まで黙って俺たちの会話を聞いていた。
「桜司。私はお前に言った事がなかったかもしれない……誕生日……おめでとう……」
「──っ」
桜司は、父親にそう言われて蹲まって泣き出した。
桜司の父親は、その背にそっと手を添えた。
「子育てと仕事に追われて……気付いたらここまで来ていた。命日には悲しみに打ちのめされて、息子におめでとうと言えなかった……ダメな父親で……ごめんな……」
「父さんは……僕をっ……恨んでいるんじゃないかって……思って……」
嗚咽混じりの桜司の言葉は、胸を痛くする。
「母さんが亡くなって数年は、心の整理がつかなかった。でも、そんな事忘れるぐらい、お前がここにいてくれて幸せだ」
桜司の父親の手はとても優しく添えられているように見えた。
「父さん……っ!」
桜司の父親は、自分に縋りついて泣く桜司を優しく慰めていた。
桜司の泣き声はしばらく辺りに響いていた。
◆◇◆
泣き疲れた桜司はそのまま寝てしまっていた。
桜司の父親は、どこからかタオルケットを持ってきて桜司に掛けてあげていた。
「大滝くん……おめでとうって桜司に言ってくれてありがとう……君が大事な事に気付かせてくれた……」
「いいえ……」
桜司は父親ともすれ違っていたのかもしれない。
仕事でほとんど家にいないから、話もできていなかったんだろう。
「桜司はいつも大丈夫だって言って笑うから……それに甘えていたんだ……」
愛した人が亡くなるのは悲しい事だと思う。そんな中で、男一人で子供を育てるって事が、どれほど大変なものなのか。桜司も甘えたくても甘えられなかったんだ。
桜司を見つめる視線はどこまでも優しい。桜司がもしも寂しいんだと父親に言っていたら、きっと応えてくれたんじゃないかと思う。
だから俺は、桜司の父親を責める気にはならなかった。
「良かったら……これから桜司と誕生日をお祝いしてやってくれないか?」
「いいんですか?」
「桜司は君と二人でお祝いしたいと思うんだ。私は仕事があるから、一緒にいてあげて」
ニッコリ笑ってくれる桜司の父親に、付き合っている事も気付かれているのではないかと少し思う。
でも、その時はその時だ。堂々と俺が好きなのは桜司だって言いたい。
「頼んだよ」
「は、はいっ!」
もちろん大歓迎だ。
急いで買い物をしに行った。
帰ってきた時にはもう桜司の父親は家を出ていた。桜司はまだ眠ったままでホッとする。
コンビニのケーキとコンビニのお惣菜。それらをダイニングテーブルに並べて桜司が起きるのを待っていた。
「時春……?」
少しして、目を擦りながら体を起こした桜司は、俺に気付くと近くにやってきた。
椅子を引いて座らせてやる。
桜司の父親が今日は帰ってくるのが遅いと伝える。
「桜司、一緒にお祝いしよう!」
「うん……」
照れ臭そうに笑う桜司に俺も照れ臭くなる。
「ケーキ、コンビニで悪いな」
「いいよ。誕生日にケーキ食べたの……初めてだから……」
「マジで?」
「うん……」
桜司は父親にケーキを強請った事もなかったのか……。
だったら少し遠くても、ホールのケーキを買いに行ってあげるべきだったか……。
そんな事を思っていても、桜司は美味しいと言って笑ってくれた。
「時春……ずっと避けててごめん……」
「いいって。気にするなよ」
「自分で避けていたのに……時春に嫌われるのは怖かった……勝手だよね……」
桜司は、ケーキに視線を落としながら、俺にごめんともう一度言った。
「それじゃ、今後は俺に隠し事はなしだ! 自分の気持ちは素直に言葉にしろ。俺もそうする」
「うん……」
優しく微笑むいつもの顔だけれど、付き物が取れたように心の底から笑ってくれているのがわかる。
トクンッと自分の心臓の音が聞こえた。もっと好きになったみたいだ。
「俺は桜司が大好きだって何回だって言うよ」
こんなに好きになれる人に出会えた事に感謝しかない。
「時春……僕の誕生日に欲しいものがあったんだ……」
「なんだ?」
桜司が物を欲しがるなんて珍しい。
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