大魔法使いは二度目の人生を〝普通〟に楽しみたい

おみなしづき

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入学前

裏切りの侍女に制裁を

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 それは、すっかり歩けるようになって、今後の事を考え始めていた時だった。

 この紅茶──いつもと味が違う。

 この奥底に感じる仄かな苦味は身に覚えがある。
 魔法使いは、魔法使いであると同時に薬師でもある。
 人体が治せないからこそ、薬の研究をする人は多い。

 その辺に生えている花でも球根に毒があったりする。
 エルドはどんな味がするのかと、それを自分で試して自分で治すというバカな事をやっていた。思い出すと笑える。

 さすがに猛毒を舐めた時は、魔法を使う余裕もなく一瞬で気を失った。
 それまで散々毒を試していたエルドだったから、その時は毒に耐性ができていて助かった。
 倒れていたエルドを発見してベッドに寝かせ、高熱にうなされている間も面倒を見てくれていたのはリンゼイだった。
 数日苦しんだ後にもう苦しくないと言った時に、バカだと怒られたのを思い出すと懐かしさが込み上げる。
 あの時のリンゼイは、怒っているのに深海のように青い瞳を潤ませて泣きそうな顔をしていたんだ。

 目覚めてすぐにリンゼイの顔を見て、俺は嬉しかったんだよな……。 

 この紅茶をいれた侍女であるエッラは、俺が紅茶を飲む所を震えながら見ていた。

「エッラ」
「は、はい!」

 名前を呼んだだけでビクッと震えた。
 それだけで笑ってしまいそうだ。

「美味しい紅茶をありがとう」

 笑顔を向けてその紅茶を飲み干した。

 何か言いたそうなエッラに敢えて笑顔で受け流した。

     ◆◇◆

 もう三日目だ。
 この紅茶で体調を崩せばいいと思っているやつがいるらしい。
 エッラも分かっていて、毒入り紅茶を飲ませ続けている。

 本来の体の弱いディノだったら、死んでいてもおかしくない──。

 俺の紅茶をいれているエッラに声を掛けた。

「エッラ。たまには紅茶を一緒に飲んでくれない?」

 そう言って、自分のティーカップの横にティーカップをもう一つ並べた。

「え……あ、あの……」
「どうしたの? 震えているね。代わりに僕が入れてあげるよ」

 エッラからティーポットを奪って紅茶を注いだ。
 一つを自分で持って、もう一つをエッラに手渡して椅子に座らせた。

 エッラの正面に座って足を組み、先にティーカップに口をつけた。

「たまには僕と一緒に紅茶を飲んでもいいと思うんだ。遠慮しないで飲んで」

 ニッコリ笑ってエッラがカップに口をつけるのを待った。

「ディノ様……あ、あの……今は喉が乾いていません……」

 震えながらカップとソーサーをテーブルの上に置いた。
 カップがソーサーに当たってカタカタと鳴る音に笑いそうになる。

「そんな事はないだろう? 君の声、掠れているよ?」
「い、いえ……本当に結構です……」
「君は自分が飲めない紅茶を主人に飲ませるのかい?」
「え……?」

 エッラの顔が恐怖に染まり、俺を見つめる。
 笑顔を消して蔑んだ目で見つめれば、エッラの震えが増した。

「早く飲め。無理矢理押さえつけて飲ませてやろうか?」

 エッラは椅子から降りて、床に膝をついて頭を下げて泣き出した。

「も、申し訳ございません! 全てお分かりだったのですね!」
「何のことだかわからないな」

 ため息をついて、自分が飲んでいた紅茶を頭からバシャリとかけてやった。

「あつっ!」
「火傷するほどじゃない」

 エッラはガタガタと震え、頭を下げ続けている。

「全て奥様に頼まれたのです! 私はクビにすると脅されただけです!」
「関係ない。お前が紅茶に毒を入れて俺に飲ませた事実は変わらない。もう三日目だ。三日の猶予をやったのに、お前自身から俺に進言することはなかったな。お前は俺ではなく、夫人を選んだんだ」
「申し訳ありません……!」
「お前──この紅茶で俺が死んでも申し訳ないで済ますつもりだったのか?」

 エッラは震えて申し訳ないと囁くだけだった。

「どちらにせよ、お前はクビだ。荷物をまとめて出て行くんだな」
「そんな! ご勘弁を!」

 やっと頭を上げたエッラは、俺を見つめて必死に縋る。
 エッラが置いた紅茶を指差した。

「だったら、そこにある自分の紅茶を飲み干して見せろ。そうすればクビにはしない」
「そんな事をしたら、死んでしまいます……!」

 紅茶を飲むと死ぬと認識していたくせに、俺に紅茶を飲ませていたとは立派な人殺しだ。

「おかしいな? 俺はお前の紅茶を確かに飲んだ。三日間もな。それなのに死んでないんだ。お前も大丈夫かもしれない」

 エッラは、顔を上げてティーカップに震える手を伸ばしたけれど、それを掴む前に手を握った。
 どうやら紅茶は飲めないらしい。

「すぐに屋敷を出ていけ」

 エッラはフラリとよろけながら立ち上がる。

「ああ、そうだ。君は娼館から逃げてきたんだったな」
「ど、どうしてそれを……」

 怯えた眼差しのままこちらを見つめた。

「嘘をついて夫人を上手く言いくるめてこの屋敷で雇ってもらったようだが、他の仕事につけなかったんだろ? だからここを辞めたくなかった。違うか?」
「…………」
「前の仕事場に連絡しておいた。お前の事を迎えに来ているだろうよ」
「ひ、人でなし!」

 キッとこちらを睨みながらそんな事を言われて笑ってしまう。

「はははっ! まさか人殺しに人でなしなんて、そんな事を言われるとは思わなかった! 人でなしか……良く言われたよ。それなら人でなしらしく、今すぐ跡形も無く燃やし尽くしてやろうか?」
「ひっ!」

 エッラの足下に炎を灯して見せれば、エッラはギョッとして震えながら後ずさる。

「次に俺に会ったら……今度こそ殺してやるから覚えておけよ」

 眉間に皺を寄せて睨めば、エッラはフラフラとよろめきながら俺の部屋を出て行った。

 テーブルの上に置かれたエッラの紅茶を飲む。

 毒入りの紅茶を飲むのは最初の一口だけ。
 毒が入ってると確認して、あとは浄化の魔法をこっそりと使い、やり過ごしていた。

 ここにあるエッラの紅茶も毒なんて浄化されて普通の紅茶に戻していた。
 これを飲むぐらいの気概を見せたなら、少しは考えてやったのにな。

 もう二度と会う事はないだろうし、俺には関係ない。
 怯えていたエッラの顔を思い出すと、クスクスと笑いが込み上げた。
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