大魔法使いは二度目の人生を〝普通〟に楽しみたい

おみなしづき

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入学後

薬学(課外授業)

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 今日の薬学は、課外授業らしい。
 学院の門の前に集まっていた。
 薬学のトマス先生は、柔らかい笑顔で俺たちの前に立っていた。

「今日は、薬剤の材料を取りに行ってもらおうと思います。外出許可はもう出ているので、手渡した魔法陣だけ持ってきて下さい」

 引率は、トマス先生の他にベルナルド先生もいた。
 今日はリンゼイがいないくて残念なようなホッとしているような……。
 リンゼイは、あれ以来、目が合うと優しく微笑んでくれたりして照れ臭い。
 そのたびにドキドキする……心臓は正直だ。

「それじゃあ、学院の裏手にある魔法使いの森に入るので、迷子にならないようについて来て下さいね」

 トマス先生の後について行けば、それほど時間がかからずに魔法使いの森にやってきた。
 ここは一般市民は立ち入り禁止だけれど、魔法使いなら全員が入れるような森だ。
 しばらく歩けばトマス先生は、森の中で足を止めた。

「ここら一体に生えている『急がば走りそう』を取ってもらいます。お手本を見せるから、よく見ておいてね」

 トマス先生は、地面から三十センチぐらいの細長い葉がたくさん生えた草を見つけた。
 魔法陣を用意して構えてから、トマス先生はそっと手を伸ばして草に触れた。
 その途端に草の方が勝手にズボッと土から抜けた。
 抜けた部分は、人参の細い部分が二股に分かれている形だった。
 色は茶色で、そのままシュタッと二本足で立ったと思ったら素早く走って逃げた。長い緑の髪をなびかせて走っていく人みたいだ。

『急がば走り草』──もとい『走り草』は、草に触れると名前の通りに球根が走って逃げる。
 しかもそこそこ速い。びっくりして逃げる猫ぐらい速くダッシュする。

 そこで、トマス先生が魔法を使った。
 ごく小規模な風魔法で、かまいたちみたいな風が『走り草』の上の緑の部分の草を刈った。
 球根はハゲになると、そのままどこかへ走り去って行く。
 また落ち着く場所を探して土に潜ると、数日で刈られた草を伸ばすのだ。

 トマス先生が刈った草を拾ってみんなに見せた。
 生えている時と違ってツヤツヤしているように見える。

「『走り草』は、走らせると質が良くなるよ。色んな薬に使えるけど、増強剤ならその効果もアップします。逃がして切る。これを君達にもやってもらいます。簡単そうだったでしょう? さぁ、やってごらん」

 トマス先生は笑顔で言っているけれど、そう簡単にいかないと思う……。

 メルフィスがやっている所をチラリと見る。
 近付いて草に触れた。すると、さっきと同じようにズボッと抜けて走り出す。
 メルフィスが魔法で上の草を刈った。ハゲの球根はそのまま逃げて、メルフィスは刈った草を回収する。
 メルフィスはどこまでも器用で優秀なやつだ。
 今回ばかりは憎らしい。

「メルフィスは、魔法のコントロールが上手くていいですね」
「どうしてだ?」
「ほら、他の人を見て下さい」

 メルフィスが視線を向けた先には、同級生のバートがいた。
 バートが草に触れて魔法を使う。

「あっ!」

 バートが発動した魔法が球根に直撃した。
 真っ二つに切れる事はなかったけれど、ぶっ倒れた球根は茶色から赤くなった。

 すると、バートの足元に落とし穴が──。

「うわっ!」

 ズドンッと落とし穴に落ちたバートに注目が集まる。
 それほど深くはないけれど、一人で出るのがやっとぐらいの穴だった。
 その隙に赤い球根は立ち上がってダッシュで逃げた。
 ベルナルド先生が近付いて楽しそうにバートを見下ろす。
 
「おーおー。早速やったな。『走り草』はな、こう見えて魔物の一種だ。反撃しないとは言ってないからな」

 出た……ベルナルド先生の鬼畜授業。笑い声が実に楽しそうだ。

「トマス先生が教えて下さいよ!」

 バートの抗議にトマス先生はニッコリ笑顔で言った。

「なぜ? 最初から教えていたとして、君たちの魔法の技術が変わるとでも?」
「…………変わり……ません」

 怖い……! ベルナルド先生よりも、トマス先生の方が得体の知れない怖さがある。
 笑顔なのに冷気がビュービュー吹いているみたいだ。バートが凍りそうだ。
 笑いながらも手を差し伸べて落とし穴から出してやっているベルナルド先生が優しく見える。

「なるほどな……」

 メルフィスは苦笑いして納得する。

「うへっ!」
「ぎゃっ!」

 あちこちで生徒の悲鳴が聞こえる……。
 ドシンッと落とし穴に落ちる音も。

 この課題を考えたトマス先生もなかなか鬼畜な人だ。

 俺はどうするか……俺の魔法の発動時間じゃどう考えても逃げられてしまう。魔法陣を使ったふりでもしてやってしまおうか?
 いや、だめだ。俺は普通の魔法使いになるんだ。

 大体の自分の魔法の発動時間は覚えている。
 誤差を計算して先に魔法を発動してみようか。

 そっと草に近付いてから魔法陣に魔力を通す。
 もうすぐ発動すると思った所で草に触れた。
 ズボッと飛び出して走った所に魔法が発動した。タイミングはバッチリだった。

 けれど、逃げた方角が計算した方向と微妙にずれていた。軌道修正するも、バートと同じように球根に直撃した。
 球根は、倒れもせずに赤くなったまま走って逃げた。

 あ、やばい! ──と思った瞬間には落とし穴に落下だ。

「わっ!」

 ドシンッと穴の底で尻餅をついた。

「いててて……」

 あの球根野郎……絶対泣かす。

     ◆◇◆

 そうして、やっとの事で課題をクリアしたのは、授業が終わるギリギリで服も顔も泥だらけだった。
 少しでもついた泥を払う音があちこちで聞こえる。

「みなさん、ご苦労様でした。薬作るのって大変ですよね」

 ボロボロの生徒達を見回しながら笑顔でいられるトマス先生にみんな引いている。

「だからこそ、魔法使いが作る薬は価値があるんです。こうやって苦労している魔法使いがいなければ、薬が無くなってしまいます。薬師は大事な仕事です。薬師を目指す人がいるのならいつでも相談に乗りますからね」

 ここの先生は鬼畜だけれど、ちゃんと先生として尊敬できると思う。
 何人かはきっと薬師を目指すんだろう。

 学院に戻って来た。
 みんなはやはり疲れていたようで、すぐに寮へ戻っていく。

「ディノ、大丈夫か?」

 心配そうに覗き込んできたメルフィスに笑顔を向ける。

「大丈夫です」

 こんな事で負けん!
 でも、疲れたから……少しだけ甘えたくなった。

「僕は少し行くところがあるので、メルフィス達は先に寮に戻って下さい」

 エーベルトとケフィンにも笑顔を向けた。

「え? どこへ?」
「おい、ディノ!?」
「夕食前には戻りますからぁ──!」

 メルフィス達と別れて学院内にある森の方へ足を向けた。

 いる? いない? やっぱりいる?

 ドキドキとしながら思い出の場所に行けば、リンゼイはそこにいた。座って景色を眺めていた。

 やった! いた! 後ろ姿を見ただけで嬉しくなる。

「リンゼイ先生」

 名前を呼べば、振り向いて笑顔を向けてくれた。

「ふふっ。すごい格好だね」

 俺は全身泥だらけだった。

「あ! いや、だって大変だったんですから……」
「おいで」

 誘われるままリンゼイの隣に座り込む。

「膝を貸してあげるから横になって」
「えっ! でも──」
「疲れているんだろう? 遠慮しないで」

 胡座をかいたリンゼイは、太ももをポンポンと叩く。
 迷ったけれど、エルドの時は良く膝を貸してもらってゴロゴロしていたので懐かしい。
 そこに遠慮がちに頭を乗せた。

 リンゼイは、俺みたいな生徒でも優しくしてくれる。
 そこでふと疑問が湧く。

「リンゼイ先生は、他の生徒でもこうやって膝を貸したりするんですか?」
「状況によるよ。貧血で倒れた生徒がいたら貸すかもしれない」

 それは、別に俺じゃなくてもしてあげるって事か……胸がもやっとする。
 俺以外にするな、なんて言える立場じゃない。
 くそ……聞くんじゃなかった。

「今日はもう授業は終わりですか?」
「うん。二年生は課外授業だっただろう。三年生と一年生の授業は午前中に終わったからね。今日はそれほど仕事がなかったんだ」
「そうなんですね」

 ここに来ること自体を避けていたのに、リンゼイに会えるかもしれないと思っただけでまたここに来てしまった。
 実際にこうやって会えて嬉しく思う。
 リンゼイの手が解けかけていた三つ編みを解いて俺の髪を撫でる。
 気持ちいい──いつもこうやって髪を撫でてくれた。
 甘えちゃいけない……そう思うけれど、この場所が俺の疲れを吹き飛ばす。

「寝ちゃいそうです……」
「少し寝るといいよ。夕食前に起こしてあげるから」

 リンゼイの優しい手のひらに擦り寄れば、優しく微笑んでくれた。
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